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ヒューーーー。
ワイバーンの背中に座り、ただいま移動中である。
ワイバーンの速度はどれくらいだろうか?分からないが、元いた世界で存在するどの乗り物よりも速いだろう。とはいっても、ワイバーン骨格がいい具合に風避けになるため、風も強く浴びることはなくそこまで寒くない。

車窓の様に、右から左に流れる景色を見るのに飽きたので、後ろに向き直って座る。夕暮れがワイバーンの赤色を一層際立たせている中、どんどんと遠ざかる世界を眺めながら、僕、猪熊ケモノは教会に戻っていた。

「これも人類を根絶やしにし、自然な世界を作るため、か」

僕がディネクスに捕まったばっかりに、多大なる犠牲を生んでしまった。僕が牢屋から脱出できるように、様々なモンスターが徒党を組んで気を引いてくれたり、バクメーア達が遠くの生息地から助けに来てくれたり。そのせいで尊い命が失われた。

分からなかった。僕のしていることが本当に正しいことなのか。世界の、生物のためになることをできているのか。

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僕は日本の片隅にある田舎で生まれた。親は僕をすぐに森のどこかに捨てたらしい。しかし、通りかかった一人の爺さんに拾われた。木材を育ててそれを売っている爺さんだそうだ。

後から爺さんに聞いたことだが、拾う直前、森の動植物がざわめき、睨まれて、命の危機を感じたという。しかしこのまま僕を放置すると命が危ないと思ったのかため拾って育てたそうだ。

爺さんは森の奥の奥にある小さな木造の家に一人で住んでいて、そこで僕は育てられた。テレビはなく、水は引いてないから汲まないと飲めない。電気はなく蝋燭で部屋を灯すなどなど。近代文明目線では田舎を通り越して昔話の世界という感じか。

しばらくして、爺さんが学校に通わせてくれた。勉強はまぁ嫌いではない。爺さんの家では本も読めたから読み書きはいける。人の友達はできなかったが。

とはいっても寂しくはなかった。森には様々な動物がおり、彼らが友達になってくれたから。彼らと一緒に遊ぶのが好きだった。何故か遊んでくれる。何故か野山を駆け回ってくれる。そういう友達。鹿や猪も鳥も熊も友達だ。理由なんていらない。

学校が終わるとすぐに帰って森で遊ぶ。そんな生活をしているものだから、学校の同級生は僕のことを変な者として扱っていた。自分には理解できない者が側にいると落ち着かないのだろう。だから変な人という定義付けをするんだろう。

大丈夫、僕には森の友達がいる。人の友達なんていらないさ。そうやって僕は同級生と関係を築こうとはしなかった。だって必要ないのだから。彼らがいるのだから。

だがしかし、人の世界は僕のそういう幸せを奪っていった。

住んでいる森を富裕層が買い取り、そこを伐採してゴルフ場にすると言うのだ。もちろん僕は反対した。しかし、森の所有者である爺さんは受け入れていた。

爺さんは「森でなくても人は住める、それに逆らえんのだよ」と言っていた。よく話を聞くと、木々の販売先に圧力をかけて商売できなくさせると言っていたらしいのだ。

僕は動物達と共にその富裕層に殴り込んだが、まけた。猟銃によって皆殺されてしまった。一部の動物はその後食肉にも使われた。とてつもない屈辱だった。

だが、僕だけはのうのうと生かされた。人を殺せば犯罪となる。そういうルールによって、僕だけ生きてしまった。それがとても辛かった。

明日にはこの森は壊される。木々が切られ、地が返され、見る影も無くなるだろう。森のざわめきを聞いた。泣いているようにも聞こえた。

ふと視線を落とすと、小熊がよちよちと一人で住んでいる。歩いていた。親は撃ち殺された熊だ。こいつもいずれ殺されるだろう。

だけど、僕だけは生きてしまった。
だから、この命は森のために。動物のために。自然のために使おう。

だがごめん、無力なばっかりに。せめて僕で、君は生き長らえて欲しい。

咀嚼音が鈍く脳を響いてくる。僕はそこで意識が途絶えた。

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「ガグゥ」

「そろそろかい?」

居眠りをしていると、そろそろ目的地に到着することをイバンが知らせてくれた。正面にまた向き直る。見えるのは、いつも見る白くて高い建物。それを取り囲む住宅や店、田畑等々のインフラは皆信者が作ったものだ。

「はぁ、」

ここの雰囲気、苦手なんだよな。何故苦手かというと、人がぞろぞろと群がっているからだ。それもただ群がっている訳じゃない。

僕とイバンが着陸すると、白装束を纏った人々がこちらに「群がって」きた。これが苦手なのだ。

「おお!教会幹部のケモノ様がお戻りになられたぞ!」

「お帰りなさいませケモノ様!お役目お疲れ様でございました」

「ちっ、騒ぐなうるさい」

僕はこの国、リリージュのど真ん中にある白い建物に向かって歩いていた。だがその間多くの信者達が群がってくる。ただうるさくて仕方がない。静かな方が好きだ。動物は普段こんなに騒いだりしない。

僕が何故ここで人々に尊敬されているのか?いやこれは尊敬ではない。「ただ畏怖の念を抱いている者の隣にいるから」ただそれだけの理由だ。では、その「畏怖の念を抱いている」対象とは誰か?

僕は白くて大きな建物にたどり着き、身長より二倍はあるだろう扉を開く。重々しくググググッと開かれた向こう側には、前方に縦長く大きな部屋が続いている。「教会」と呼ばれるだけはあり、前世界の宗教的内装が施されている。

そして目立つのは、ど真ん中に位置する縦長の大理石でできた机。その正面に位置する者。ガラスから後光が射しているので顔がよく見えない。

それともう二人、机の左右に座る者。

机の右側に座るのは、黒髪を長く伸ばしており、肌が白くて目がぱっちりとしている女。ガラスでできた机に頬杖をついて、憂鬱そうな表情を浮かべている。物思いに耽っているのだろう。見た目はとてもいい。僕が人を好かなければ、こいつの見てくれに一目惚れしたに違いない。

しかし、二つの意味でそんな可能性はあり得ない。

一つが、僕が人間を嫌っていること。生物のすみかを脅かし続ける人間という種族なんて大嫌いだから、それがどれだけ美しいメスであろうと嫌いだ。

二つ目の理由は、この頬杖をついている彼女が教えてくれる。

「はぁ、どうしようかなぁ、」

「ん?」

中身のない言葉に、女の正面にいる男が反応した。

「また動かなくなっちゃったんだ、彼ピッピ」

この女はレッカ。見目麗しくて才色兼備で眉目秀麗という言葉を外見に纏った、束縛女だ。
なんでも生前は、様々なお金持ちのお嬢様が集う学園の生徒会長をしており、テレビでもその存在が大きく取り上げられたとか。うちにはテレビがなかったので、これは風の噂で聞いた話だがな。

しかしその本性が束縛気質だ。男をその容姿で誘い込み、厳選し、気に入った男を「彼ピッピ」と称して自分の部屋に閉じ込める。これがこいつの本性だ。きっと生前にもその本性が原因で死んだのだろう。

「あれ、ケモノじゃん久しぶり、生きてたんだ」

ねっとりした声も耳にこびりついて不愉快だが、興味がなければ砂漠並みに乾ききっている声もまた怖い。その気持ちを露にしても仕方がないので適当に言葉を続ける。

「捕まってただけだ」

「え、あんた捕まったの!?ププッ!ちょっとあんたも笑いなよ!愉快よ痛快よ!」

「...あ、そう」

「うわー、つまんない反応」

と、レッカはジトーっと男を蔑む。
この男はシュンという。名前しか知らないが、野生の勘が、こいつはとても危険だと告げている。それしか分からないし、情報を見せたがらないから分からない。

「彼ピッピどぉ~しよぉ~!愛が足りないぃ~!んん~!」

体を左右に揺さぶって可愛い子ぶっている。気持ち悪いが、反応すると余計に付け上がることをこの場の全員が知っているため反応しない。

「はぁ、もううるっさいなぁ、天遣様、揃ったよ」

シュンは机を指の爪でかつかつしながら声を荒げた。


「ありがとうシュン、では始めようか」


この一声で、さっきまでの雑音が嘘のようにシンと静かになった。後光を背負う影は話す。

「さて君たち、役目は果たしてくれたかな、まずはレッカ」

レッカは真剣な顔で話し出した。

「はい、想像値の低い国の筆頭だったプレプロは、とても平和でのほほんとしていました。故に低想像値だったものと思われます。なのでイケメンを何人か拐かして軽く嫉妬させたところ、値が正常値までに上昇しました」


「なるほど、こちらから手を出すこともないと、だけど言った筈だよ、僕が彼らの前に現れて恨みを買う必要があるのだと」


「は!はい、すみません」

レッカは視線を落とし、しょんぼりと肩を縮こませた。


「だが君は目鼻立ち良い男を収集する癖があるからね、それは仕方がないことだ。君の心を否定しはしないさ。それに飽くまで正常値に戻っただけ。僕が行って高想像値にすることもできる。だから許そう」


「あぁ!ありがとうございます!」

レッカは柳の様に髪を前に垂れさせながら頭を下げた。


「次はシュン、どうだった?」


むすっと無関心な姿勢を直すことなく、大理石の机を眺めながらシュンはだるそうに言った。

「ヴァジャって国も低想像値の一つだったからそこに行ってきたよ。そこは発展ってのに無関心な集まりだった。農耕程度で人生に満足している感じだったから低いんだろうね」


「わかった、よく伝えてくれたね、ありがとう。では最後、ケモノはどうだった?」


ようやく振られたので、見たまんま聞いたまんまのことを話した。

「ディネクスは想像値が低いわりに、いや低い癖にとても文明が発達していた。まるで前世界並みにな。だけどそれは『転移者の記憶を奪う』という措置によって、想像力を働かせなくさせていたからだったらしい。その記憶を利用して文明を発達させてたんだと。だから執行対象としては申し分ない」


「ほう...記憶をね、上手いことをするものだ。貴重な情報感謝するよ」


別にお前の為じゃねーよ、僕がこの世界から人類を消したいってだけだ。だからこれはただの利害の一致。利用しているだけ、それだけだ。

幹部の報告を受けた後、眩い影がいつも言っている言葉を言った。目的の確認みたいなものだ。


「ありがとう、これでまた目的に一歩近づくことだろう。この世界の人類にはよく考え、よく学び、よく想像して貰わねばならない
人類の始祖アダム復活のために。
これからもよろしく頼むよ」


天遣の表情は相変わらず影によって窺い知ることはできないが、その声音は笑顔から出ている感じだった。
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