女神の雫〜ルタルニア編〜

山本 美優

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少年と少女 それぞれの理由

少年と少女8

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「ちょっと!うちの可愛いウィルをいじめないでくれるかしら?」

 少々怒気を孕#__はら__#む少女の声に小さくため息を吐いて振り向けば、レイリアが左手を腰に当てながらアトスを睨みつけている。

(どうして今戻ってくるかなぁ…)

 現れた時機もさる事ながら、ウィリスを形容するために用いられた言葉にも、ウィリスは頭を抱えたくなった。

「やぁ、レイリア。ご機嫌いかがかな?」
「良い訳無いでしょ」

 ウィリスに対するものとは全く違い、にこやかに投げかけられたアトスからの挨拶にレイリアはにべもなく応じると、すぐに自分より小さなウィリスの顔を心配そうに覗き込んできた。

「ウィル、大丈夫?アトスに何もされてない?」

 同学年ではあるが、ウィリスの方が生まれ月が早いため、レイリアの方が年下になる。
 しかし、出会ってから#此__こ__の方、一向に埋まる事の無い頭半分近いこの身長差と、少女の様な美しいウィリスの見た目から、レイリアはウィリスを完全に年下扱いし続けていた。

 それが故あってウィリスがゼピス家へと引き取られてからは、亡くなった姉の代わりにでもなったかの如く、何かと世話を焼く様にもなったのだ。

 このような扱いに日々抗議の声を上げてはいるのだが、
「仕方ないわよ。ウィルってば、小さくて可愛いんだもん」
という、男としては屈辱的な言葉を、ニッコリ笑顔で投げかけられるだけだった。

 だが今は、その立場を利用することでレイリアをこの男から引き離す事にした。

「うん、大丈夫だよ。それより、そろそろセラ様がいらっしゃる時間だし帰ろう」

 見た者の多くがその心を射抜かれるような愛らしい微笑みを浮かべてレイリアを急かすと、案の定レイリアは、
「そうね」
と笑顔で応じ、ウィリスと共に出口に向かおうと、アトスへと背を向けた。

「待たないか!」

 アトスは引き留めようとレイリアの肩へと手を置いたが、レイリアはあっさりと払いのけた。

「何よ?」

 面倒くさそうにレイリアが振り向くと、そこには既に社交辞令的な笑みを失い、不機嫌そうなアトスがいた。

「いくらなんでも、未来の夫に対してその態度はどうなんだ?」
「何言っているの?冗談は頭の中だけにしてくれる?」
「冗談じゃないさ。レイリアだってわかっているだろう?うちが正式にゼピス家へ縁談を申し込んでいる以上、君に一番釣り合うのは僕だっていうことを」

 貴族社会において、家と家をつなぐ一番の手段として利用されている制度が『婚姻』である以上、同列の家格であり、家柄からも将来性が見込めるアトスは、レイリアの嫁ぎ先候補として条件面では最高の相手だ。
 だがアトスの、自分より下の身分の者をあからさまに卑下する態度や、家の権力を用いて物事を自分の思い通りにしようとするやり方が、レイリアには非常に気に食わない。

「えぇ、よ~くわかっているわ。家柄しか釣り合っていないって」
「家柄が釣り合えば充分じゃないか」
「残念。私わたしにとっては不十分なの!」

 レイリアが拒絶する理由が分からないらしいアトスは、困惑気味に尋ねてきた。

「いったい僕の何が気に入らないんだ?」
「言って欲しいの?だったらはっきり言わせてもらうけれど、家柄と見た目以外に何の取り柄もないところ。要するに、中身が空っぽっていうところよ」
「何だと!」
「だって、この前の魔術学院の試験結果、成績上位者名簿に名前が載らなかったんでしょう?成績も中途半端な上に、性格が悪いあなたへ、この私が好意を持てると思う?何か一つでも私が尊敬出来る所があればまだ我慢出来るけれど、アトスの尊敬出来る所って、今の所一つも無いのよね。だから無理だし、お断りっ!」
「尊敬出来る所が一つもないだと!?これでも模擬戦闘試験と実践魔法の試験(規定の魔法を扱えるかどうかを確認する試験)は、カイの次に良かったんだぞ!」

 尊敬出来る所を一つ挙げろと言ったにもかかわらず、兄の次、つまり二番目の成績だったことを自慢されても全く尊敬できない。

兄様にいさまより上ならば凄いと思うけれど、兄様の次だなんて意味が無いと思うの…」

 哀れむ様に言うレイリアへ、アトスは一言
「くっ!」
と漏らした。

「そういう訳だから、私の事は諦めて。うち以外、というか多分六侯家以外なら、アトスと結婚したいっていうは沢山いるでしょ?そちらから探したら?」

 レイリアが諭すように言うと、アトスはしばらく黙り込んだ。

「……。ならば、一つでも尊敬出来る所があれば良いんだな?」
「何が?」
「だから、レイリアが僕の事を一つでも尊敬出来れば、大人しく僕の元へとつぐんだな!?」
「え?まぁ、そうね。あれば、ね」
「分かった。今言ったこと、忘れるなよ!」

 アトスは捨て台詞のようにそう言い残すと、立ち去って行った。

「何あれ?」

 呆れた様子でアトスを見送るレイリアへ、今まで二人のやり取りを黙って聞いていたウィリスが、不機嫌丸出しで口を開いた。

「何あれ、じゃないだろ!何であんな約束したんだよ!?」
「あんな約束って?」
「アトスに尊敬出来るところがあれば結婚するって!」
「あぁ、その事?だって、私がアトスを尊敬するとか、天と地がひっくり返ってもあり得ないでしょ?」

 ケラケラとレイリアは笑っているが、ウィリスにはアトスが残した去り際の言葉に嫌な予感しかしない。

「相手はアトスだよ?あんな言い方をしてきた以上、絶対何か仕掛けて来るはずだよ。例えば、人を使ってレイリアを襲わせて、そこへわざとらしく助けに現れる、とかさ」
「そんなことするかしら?後から調べたらすぐアトスの仕業だってわかるだろうし、逆に父様とうさまの怒りを買うだけだと思うのだけれど?」
「だから、例えば、だよ。とにかく用心した方が良いよ!」
「はいはい、わかりました」

 それほど危機感を抱いていないレイリアが適当に返事をすると、ウィリスの顔が一気に険しくなった。

「本当にわかっているのかよ!何かあってからじゃ遅いんだぞ!」 

 心配性の目付け役のお説教には慣れているレイリアではあるものの、面倒であることには変わりはない。

「ちゃんとわかっているから大丈夫よ。それより、セラ姉様ねえさまがいらっしゃるから、早く帰らないと」

 これ以上ウィリスに小言を言われまいと、図書館の正面玄関へと早足で向かったレイリアの後を、ウィリスは大きなため息を一つ吐いてから追いかけた。
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