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第一章
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塩を用意してください、とセンパイにお願いする。息切れしたセンパイが手渡してきたのは学校横のスーパーで売られている袋入りの塩だ。
「これでいいだろう」
「すごく効かなそうですけどいいでしょう。ところでどうしてそんなに息切れしてるんですか。歳ですか、おじいちゃん」
「誰がおじいちゃんだ。ゆっくりしてるとお前に逃げられるかと思って急いだんだ。っておい。その手があったかみたいな顔をするな」
バレた。
「じゃ、始めますよー」
幽霊がいると連れてこられた教室には確かに幽霊がいた。女の。セーラー服を着ている。うちの学校の女子の制服はブレザーだ。何十年か前の旧制服はセーラーだった筈なので恐らくそのあたりに死んだ幽霊だろう。軽く頭を下げると幽霊は上品ににこりと笑って手を振ってくれる。かわいい。
さらさらさらと教室に塩を落としていく。ちょうど円の中に星がすっぽりと嵌まるような形を描くようにする。俺が塩でそれを描く間、幽霊とマーサは面白そうな顔をしてこちらを見ていた。
「はい、じゃあ陣ができたので儀式を始めまーす」
俺は徐にズボンに手を突っ込み、紙を取り出す。
「それは?」
「んっふ、お札、ですよ」
「何で笑ってるんだよ」
悪霊退散と書かれた赤い紙を持ち俺は陣の真ん中に立つ。
「あくりょーたいさーん」
言いながら紙を破く。相変わらず幽霊とマーサは面白そうにこちらを見ている。うん、面白いよな。俺も面白い。
「はい、霊は祓われました」
パン、と柏手を打ちくるりとセンパイに向き直る。
「お、終わったのか」
「はい、そりゃもーばっちり終わりました」
ブイとピースをしてみせるとおお、とセンパイは小さく拍手をする。
「じゃ、もう呼ばないでくださいね」
「おお、了解した!」
センパイは深く頷いた。一人になったところでマーサは楽し気に話しかけてくる。
「ケーチも悪いことするな。先輩を騙すなんて」
「なんもしてない霊を払う方がよっぽどだろ」
「そもそも祓えないくせに」
「……」
にこり、笑ってみせるとマーサは呆れたような顔で宙で一回転した。
「ま、もう呼ばれないだろ」
それがフラグになったのか。二週間後。俺はまたセンパイに呼ばれた。
「何ですかぁ、センパーイ」
「いや、祓ってくれたのに申し訳ないんだが。あの教室にまた出たんだ」
センパイは眉を寄せ申し訳なさそうに言う。どうやら生徒から幽霊が出ると苦情が入ったらしい。全く余計なことを、と心中で密かに愚痴り、俺はプラプラと手首を振る。
「しょうがないですね~。とりあえず教室に向かいましょう」
教室へ行くと二週間前にも会った幽霊が嬉しそうに近寄ってくる。
「やぁ、久しぶり。気分はいかが?」
「悪くないわ。今日も劇をしにきたの?」
この前のあれをどうやら劇だと思われていたらしい。無理もない。あんな方法で祓えるなんて俺も、幽霊も思っちゃいないから。俺はくすりと笑い、微笑みかける。
「いいえ、レディ。今日はあんな茶番をしにきたんじゃないんです」
「そうなの?」
不思議そうな顔をする幽霊に浅く頷く。センパイは俺の言葉に慌てたように話しかけてくる。
「お、おいッ! まだここに霊はいるのか!?」
「いますよ、ばっちり。センパイだってそう聞いたから俺を呼んだんですよね?」
「お前が祓ってくれたからもういないだろうと思ってたんだ。生徒が見たのは何かの見間違いだろうと。しかし放っておくのも忍びないから一応見てもらおうと思って呼んだんだ」
存外信用を置かれていたことに苦笑する。
「センパイ、そう人のことを信じるもんじゃないですよ」
俺の言葉の意味がよく分かっていなさそうな顔をしているセンパイにくすりと笑う。
「言ったでしょう、幽霊を祓うよりも人一人消す方が楽なんですって」
まさか塩を撒いて紙を破くことが、人を消すよりも大変だと思っていたのだろうか。そういえば、と会得のいった素振りを見せるセンパイ。騙した俺が言うのもなんだけどしっかりしてほしい。
「センパイ。霊感が高いっていうのは、所謂リモコンを持ってる状態なんですよ」
「はぁ?」
「霊が見えない人は、テレビが家にない人って感じで、霊感が低い人っていうのはNHKしか見えない人って感じですね」
「お、おう……」
「霊感が高い人は色んなチャンネルが見れる人なんです。ただ、見える人なんです」
そこで言葉を区切り、センパイをじっと見やる。ようやく気づいたのだろう、センパイはハッと目を見開く。
ようやく気づいたか。俺ができるのはただ幽霊を見ることだけだ。
「じゃあ、この幽霊は……」
「祓えません。というかそもそも祓う必要なんてないんです」
俺の言葉に幽霊は「そうよぉ!」と同意を示す。センパイは顎に手を当て、フム……と浅く頷く。
「じゃあ、この前のアレは何だったんだ」
「塩撒いたりお札破ったり?」
「そうだ、それ」
「せいぜいテンションが上がるくらいですね。楽しかったです」
「それでちょっと笑ってたのか!」
効きもしないまじないを真面目腐ってやって笑うなって方が無理じゃないだろうか。正直「ばっちり終わりました」とか噴き出しそうになったわ。寧ろ噴き出さなかった自分に金一封をプレゼントしたい。
「これでいいだろう」
「すごく効かなそうですけどいいでしょう。ところでどうしてそんなに息切れしてるんですか。歳ですか、おじいちゃん」
「誰がおじいちゃんだ。ゆっくりしてるとお前に逃げられるかと思って急いだんだ。っておい。その手があったかみたいな顔をするな」
バレた。
「じゃ、始めますよー」
幽霊がいると連れてこられた教室には確かに幽霊がいた。女の。セーラー服を着ている。うちの学校の女子の制服はブレザーだ。何十年か前の旧制服はセーラーだった筈なので恐らくそのあたりに死んだ幽霊だろう。軽く頭を下げると幽霊は上品ににこりと笑って手を振ってくれる。かわいい。
さらさらさらと教室に塩を落としていく。ちょうど円の中に星がすっぽりと嵌まるような形を描くようにする。俺が塩でそれを描く間、幽霊とマーサは面白そうな顔をしてこちらを見ていた。
「はい、じゃあ陣ができたので儀式を始めまーす」
俺は徐にズボンに手を突っ込み、紙を取り出す。
「それは?」
「んっふ、お札、ですよ」
「何で笑ってるんだよ」
悪霊退散と書かれた赤い紙を持ち俺は陣の真ん中に立つ。
「あくりょーたいさーん」
言いながら紙を破く。相変わらず幽霊とマーサは面白そうにこちらを見ている。うん、面白いよな。俺も面白い。
「はい、霊は祓われました」
パン、と柏手を打ちくるりとセンパイに向き直る。
「お、終わったのか」
「はい、そりゃもーばっちり終わりました」
ブイとピースをしてみせるとおお、とセンパイは小さく拍手をする。
「じゃ、もう呼ばないでくださいね」
「おお、了解した!」
センパイは深く頷いた。一人になったところでマーサは楽し気に話しかけてくる。
「ケーチも悪いことするな。先輩を騙すなんて」
「なんもしてない霊を払う方がよっぽどだろ」
「そもそも祓えないくせに」
「……」
にこり、笑ってみせるとマーサは呆れたような顔で宙で一回転した。
「ま、もう呼ばれないだろ」
それがフラグになったのか。二週間後。俺はまたセンパイに呼ばれた。
「何ですかぁ、センパーイ」
「いや、祓ってくれたのに申し訳ないんだが。あの教室にまた出たんだ」
センパイは眉を寄せ申し訳なさそうに言う。どうやら生徒から幽霊が出ると苦情が入ったらしい。全く余計なことを、と心中で密かに愚痴り、俺はプラプラと手首を振る。
「しょうがないですね~。とりあえず教室に向かいましょう」
教室へ行くと二週間前にも会った幽霊が嬉しそうに近寄ってくる。
「やぁ、久しぶり。気分はいかが?」
「悪くないわ。今日も劇をしにきたの?」
この前のあれをどうやら劇だと思われていたらしい。無理もない。あんな方法で祓えるなんて俺も、幽霊も思っちゃいないから。俺はくすりと笑い、微笑みかける。
「いいえ、レディ。今日はあんな茶番をしにきたんじゃないんです」
「そうなの?」
不思議そうな顔をする幽霊に浅く頷く。センパイは俺の言葉に慌てたように話しかけてくる。
「お、おいッ! まだここに霊はいるのか!?」
「いますよ、ばっちり。センパイだってそう聞いたから俺を呼んだんですよね?」
「お前が祓ってくれたからもういないだろうと思ってたんだ。生徒が見たのは何かの見間違いだろうと。しかし放っておくのも忍びないから一応見てもらおうと思って呼んだんだ」
存外信用を置かれていたことに苦笑する。
「センパイ、そう人のことを信じるもんじゃないですよ」
俺の言葉の意味がよく分かっていなさそうな顔をしているセンパイにくすりと笑う。
「言ったでしょう、幽霊を祓うよりも人一人消す方が楽なんですって」
まさか塩を撒いて紙を破くことが、人を消すよりも大変だと思っていたのだろうか。そういえば、と会得のいった素振りを見せるセンパイ。騙した俺が言うのもなんだけどしっかりしてほしい。
「センパイ。霊感が高いっていうのは、所謂リモコンを持ってる状態なんですよ」
「はぁ?」
「霊が見えない人は、テレビが家にない人って感じで、霊感が低い人っていうのはNHKしか見えない人って感じですね」
「お、おう……」
「霊感が高い人は色んなチャンネルが見れる人なんです。ただ、見える人なんです」
そこで言葉を区切り、センパイをじっと見やる。ようやく気づいたのだろう、センパイはハッと目を見開く。
ようやく気づいたか。俺ができるのはただ幽霊を見ることだけだ。
「じゃあ、この幽霊は……」
「祓えません。というかそもそも祓う必要なんてないんです」
俺の言葉に幽霊は「そうよぉ!」と同意を示す。センパイは顎に手を当て、フム……と浅く頷く。
「じゃあ、この前のアレは何だったんだ」
「塩撒いたりお札破ったり?」
「そうだ、それ」
「せいぜいテンションが上がるくらいですね。楽しかったです」
「それでちょっと笑ってたのか!」
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