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第一章
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「終わったのか」
「……終わりましたよ」
壁に力なく凭れる俺に、センパイはそのようだなと言葉を返す。そしてうーんと何やら考え込む素振りを見せ、無言で教室を出ていく。なんだあの態度。あれが頼みごとを叶えてもらった者の態度だろうか。クソッタレ、碌なことがない。
あああ、と唸り声を上げ俺は床に横になる。座っていることさえしんどかった。だからやりたくなかったんだ、こんなこと。
「気持ち悪いとでも思ったんだろうな」
「……そうか?」
不思議そうに問い返すマーサに返事をする。
「そうさ。人ってのは見えないモノ、分からないモノに関して不寛容な生き物だ。目の前でこんな訳の分からないことされて気味悪く思わない訳ないだろう」
「お前の家族は受け入れてるだろ」
「……お前にはそう見えたんだな」
マーサは学校を離れることができない。だから彼が言っているのはこの間親が俺の格好についての呼び出しを喰らった時の話だろう。
「幽霊のお前にもそう見えたんなら親も肩肘張ってる甲斐があるってもんだろうよ」
俺の皮肉めいた言葉にマーサは顔を顰める。
「ケーチ。事情があるのは分かったがそういう言い方はどうかと思うぞ」
「……悪かった」
頭を僅かに項垂れさせるとマーサは俺の頭に手を触れさせる。じわり、光が滲んだ。ぐるり、マーサの記憶が俺に入りこむ。びくり、体が震えた。
「……っ、え」
「マー……サ、やめ」
ぞわりと腹の内側から撫でられる感覚に声が漏れる。
「え、なんで」
「……っい、いいから、マーサ、手を放して……ッ」
あわあわとマーサが手を放すとぞわぞわした感覚は治まった。なるほど、こういうことも起きるのか。困惑するマーサを他所に俺は一人納得する。
「……はっ、……はぁぁぁぁ」
肩で息をする俺をマーサは心配そうに見つめる。
「だ、大丈夫かケーチ」
「はっ、ハハッ、あー、大丈夫」
思わず笑みが漏れる。よかった、マーサは何が何だか分かっていないようだ。
「平気か」
「……平気さ」
くしゃりと笑ってみせるとマーサは不思議そうな顔をした。
「あ、そう」
ひやりと頬に冷たい感触が走る。ハッと顔を上げると出ていったはずのセンパイの姿があった。
「センパイ? なんで」
「何でって、お礼を買いに?」
ほら、と頬に当てていた物をセンパイは揺する。とぷん、とペットボトルから音がした。飲み物を買ってきてくれたのか。
「何か言ってから行きましょーよ」
「言ったぞ?」
多分それ、アンタの頭の中で言っただけだぞ。飄々としているセンパイの姿に俺は思わず苦笑する。
「アンタ、気味悪くないんですか」
「え、何をだ」
「……俺を、ですかねぇ」
「その、お前をって言うと」
「はい」
「いつも訳わからんこと言って人を煙に巻いて、学校に私服登校を強硬に続けて、人の説教前にしてガム噛んじゃう男を、俺が怖がると? つまりそういうことか?」
そう言われると認めづらいんだが。先ほどまで心配そうな顔をしていたマーサもゲラゲラと楽し気に笑っている。
「う、ま、はい。そうですね」
「……お前、俺のこと馬鹿にしすぎじゃないだろうか」
「センパイに言われたくないですね」
普段そんな目で俺のこと見てたのか。まぁその通りだけども! こほんと咳ばらいをし場をとりなす。
「……この学校に、霊は多いです」
「……ん? ああ。心霊現象に関する苦情も多い」
「それなりに歴史のある学校ですからね。埃も溜まれば霊も溜まります。そういうものです」
「埃と同じ扱いなのか」
「はぁー? 誇り高き元人間様のことをごみ扱いー? ふざけるのも大概にしてくれませんかぁー?」
「……」
センパイは不機嫌そうにそっぽを向いた。「あ、そこに幽霊が!」とセンパイの手元を指さすと「ヘアッ!?」という声を上げて退いた。怖くないわけじゃないのか。じゃあ何で俺のことを怖がらないのか。変な人だ。訳が分からない。
「そんな嘘も怖がるくせに、何で俺を平気なんて言いきれるんです? 虚勢でも張ってるんですか」
「はぁ? 嘘だったのか。びっくりさせんな。で、虚勢? 別に張ってないが」
ふん、と軽く答えるセンパイに少しイラつく。分かってない。見えるということがどういうことか、絶対に分かってない。
センパイのきっちり閉められた襟を掴み唇を奪う。「は?」というセンパイの間抜けな声は口内に消えた。文句を言おうとしたのか、僅かに開けられた口に舌を挿し込む。ひくりと竦んだセンパイの舌先にぬるりと舌を絡める。トロリ、唾液を送り込むとセンパイの喉はゆっくりと上下しそれを飲み下した。
唇を離し、襟を解放する。唇の間に唾液がつらりと橋を作る。ふっと息を吹きかけると橋はふつりと切れた。
「は、な、何して」
「キス、といえばキスですかね」
慌てた様子を見せるセンパイにぬけぬけと答えてみせる。センパイはひとしきりアワアワとした後、はっと何事かを思い出したように俺の顔を見やった。
「お、お前」
「何ですか」
「ファーストキスがどうとか言ってなかったか」
「……まさか信じてたんですか。嘘に決まってるでしょう、あんなもん」
「そりゃな!? こんなキスいきなりされたらそりゃな!? 気づくけども!!」
今度は声を荒げ暴れるセンパイに呆れる。そんなにガタガタ騒ぐほどのものでもないだろうに。
「……センパイ。それより、見えませんか」
「は? 何を──」
訝しげに問い返す先輩の目は、俺の右上に吸い寄せられた。ちょうどマーサのいるところに。
「……終わりましたよ」
壁に力なく凭れる俺に、センパイはそのようだなと言葉を返す。そしてうーんと何やら考え込む素振りを見せ、無言で教室を出ていく。なんだあの態度。あれが頼みごとを叶えてもらった者の態度だろうか。クソッタレ、碌なことがない。
あああ、と唸り声を上げ俺は床に横になる。座っていることさえしんどかった。だからやりたくなかったんだ、こんなこと。
「気持ち悪いとでも思ったんだろうな」
「……そうか?」
不思議そうに問い返すマーサに返事をする。
「そうさ。人ってのは見えないモノ、分からないモノに関して不寛容な生き物だ。目の前でこんな訳の分からないことされて気味悪く思わない訳ないだろう」
「お前の家族は受け入れてるだろ」
「……お前にはそう見えたんだな」
マーサは学校を離れることができない。だから彼が言っているのはこの間親が俺の格好についての呼び出しを喰らった時の話だろう。
「幽霊のお前にもそう見えたんなら親も肩肘張ってる甲斐があるってもんだろうよ」
俺の皮肉めいた言葉にマーサは顔を顰める。
「ケーチ。事情があるのは分かったがそういう言い方はどうかと思うぞ」
「……悪かった」
頭を僅かに項垂れさせるとマーサは俺の頭に手を触れさせる。じわり、光が滲んだ。ぐるり、マーサの記憶が俺に入りこむ。びくり、体が震えた。
「……っ、え」
「マー……サ、やめ」
ぞわりと腹の内側から撫でられる感覚に声が漏れる。
「え、なんで」
「……っい、いいから、マーサ、手を放して……ッ」
あわあわとマーサが手を放すとぞわぞわした感覚は治まった。なるほど、こういうことも起きるのか。困惑するマーサを他所に俺は一人納得する。
「……はっ、……はぁぁぁぁ」
肩で息をする俺をマーサは心配そうに見つめる。
「だ、大丈夫かケーチ」
「はっ、ハハッ、あー、大丈夫」
思わず笑みが漏れる。よかった、マーサは何が何だか分かっていないようだ。
「平気か」
「……平気さ」
くしゃりと笑ってみせるとマーサは不思議そうな顔をした。
「あ、そう」
ひやりと頬に冷たい感触が走る。ハッと顔を上げると出ていったはずのセンパイの姿があった。
「センパイ? なんで」
「何でって、お礼を買いに?」
ほら、と頬に当てていた物をセンパイは揺する。とぷん、とペットボトルから音がした。飲み物を買ってきてくれたのか。
「何か言ってから行きましょーよ」
「言ったぞ?」
多分それ、アンタの頭の中で言っただけだぞ。飄々としているセンパイの姿に俺は思わず苦笑する。
「アンタ、気味悪くないんですか」
「え、何をだ」
「……俺を、ですかねぇ」
「その、お前をって言うと」
「はい」
「いつも訳わからんこと言って人を煙に巻いて、学校に私服登校を強硬に続けて、人の説教前にしてガム噛んじゃう男を、俺が怖がると? つまりそういうことか?」
そう言われると認めづらいんだが。先ほどまで心配そうな顔をしていたマーサもゲラゲラと楽し気に笑っている。
「う、ま、はい。そうですね」
「……お前、俺のこと馬鹿にしすぎじゃないだろうか」
「センパイに言われたくないですね」
普段そんな目で俺のこと見てたのか。まぁその通りだけども! こほんと咳ばらいをし場をとりなす。
「……この学校に、霊は多いです」
「……ん? ああ。心霊現象に関する苦情も多い」
「それなりに歴史のある学校ですからね。埃も溜まれば霊も溜まります。そういうものです」
「埃と同じ扱いなのか」
「はぁー? 誇り高き元人間様のことをごみ扱いー? ふざけるのも大概にしてくれませんかぁー?」
「……」
センパイは不機嫌そうにそっぽを向いた。「あ、そこに幽霊が!」とセンパイの手元を指さすと「ヘアッ!?」という声を上げて退いた。怖くないわけじゃないのか。じゃあ何で俺のことを怖がらないのか。変な人だ。訳が分からない。
「そんな嘘も怖がるくせに、何で俺を平気なんて言いきれるんです? 虚勢でも張ってるんですか」
「はぁ? 嘘だったのか。びっくりさせんな。で、虚勢? 別に張ってないが」
ふん、と軽く答えるセンパイに少しイラつく。分かってない。見えるということがどういうことか、絶対に分かってない。
センパイのきっちり閉められた襟を掴み唇を奪う。「は?」というセンパイの間抜けな声は口内に消えた。文句を言おうとしたのか、僅かに開けられた口に舌を挿し込む。ひくりと竦んだセンパイの舌先にぬるりと舌を絡める。トロリ、唾液を送り込むとセンパイの喉はゆっくりと上下しそれを飲み下した。
唇を離し、襟を解放する。唇の間に唾液がつらりと橋を作る。ふっと息を吹きかけると橋はふつりと切れた。
「は、な、何して」
「キス、といえばキスですかね」
慌てた様子を見せるセンパイにぬけぬけと答えてみせる。センパイはひとしきりアワアワとした後、はっと何事かを思い出したように俺の顔を見やった。
「お、お前」
「何ですか」
「ファーストキスがどうとか言ってなかったか」
「……まさか信じてたんですか。嘘に決まってるでしょう、あんなもん」
「そりゃな!? こんなキスいきなりされたらそりゃな!? 気づくけども!!」
今度は声を荒げ暴れるセンパイに呆れる。そんなにガタガタ騒ぐほどのものでもないだろうに。
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「は? 何を──」
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