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第一章
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マーサがやぁと手を小さく振るのが見えたのか、センパイは手を振り返した。
「誰だ……?」
「鈴木真麻。マーサと、ケーチには呼ばれている」
「ケーチ……?」
「魚沼圭一だからケーチ。あ、そうだ。職業は幽霊だ。よろしく」
「幽霊って職業なのか……?」
センパイは首を傾げながらも「千堂翔だ」と自己紹介をする。律儀だ。マーサにデコピンをする真似をしてみせると彼は笑いながら首を竦めてみせる。
「……で、センパイ。これでセンパイも幽霊が見えるようになった訳ですけど。それでも本当に怖くないんですか?」
センパイは訝しげに俺の顔を見、そして得心したように手をポンと叩いた。
「魚沼お前、俺が本当にお前を怖がってないかを確かめたくてこんなことしたのか」
「……そう、ですけど」
心底呆れた、といった表情のセンパイに言葉が詰まる。俺はそんなにおかしなことをしただろうか。いや、したな。めっちゃしてたな。
センパイは言葉を選ぶ素振りを見せ、口を開く。
「まぁ、確かに俺も霊が見えるようなるとは驚いたが」
センパイがマーサに手を伸ばす。ハイタッチをするように伸ばされた手は、合わさることなくそのまますり抜ける。センパイは自身の手を見つめる。
「やっぱり、触れないんだな」
「幽霊ってそういうものでしょ」
「……」
軽い調子の俺の言葉にセンパイは首肯する。マーサはなんとも言えない顔をして黙り込んだ。センパイはそんなマーサに気付くことなく言葉を重ねる。
「なぁ、魚沼。頼みたいことがある」
「嫌です。何ですか」
「言う順番間違えてないか」
まぁいい、とセンパイは独り言ちた後、人差し指をピンと立てる。
「お前、風紀に入らないか」
「勘弁してください。え、風紀?」
「話を理解する前に取りあえず断るスタンスやめてくれ」
センパイの文句をスルーし、話を促す。
「お前が俺の態度に信が置けないなら、置けるようになるまで一緒に行動を共にすればいい。で、ついでに風紀に入って校内の霊を祓ってくれ」
「……センパイが信用できるかどうかって、俺にとってそんなに重要なことじゃないんですけど」
「取りあえずこの書類にサインしろ」
「話を聞いてくれない」
センパイはさらさらと書類に俺の名前を書き、「確かに!」と言い放つ。何も確かじゃない。強いて言うなら偽装書類ということしか確かじゃない。ダメじゃん。
「ということで魚沼、お前は今日から裏風紀として活動してもらう!」
「どういう訳ですか。その賢い頭で俺にも分かるように説明してくれませんか」
説明してみろ。できるもんならな! 俺の嫌味に気付いているのかいないのか、センパイはどこか得意げだ。なんでだよ。マーサはセンパイの話に興味深そうに唸り、俺に話しかける。
「いいじゃないか、ケーチ。やればいい。霊も基本は成仏したい奴らばっかだし、ここの生徒も霊には出ていってほしい訳だろ? win-winじゃないか」
「霊と生徒にとってwin-winなだけで俺には少しも利がないじゃないか……」
大体お前自身はどうなんだ。成仏したいと思っているのか。
問いを放つよりも先に、センパイは唸り声を上げ俺に提案する。
「そうだな。確かにお前に利がない。じゃあこうしよう。一つ案件を解決するごとに俺からご褒美をプレゼント」
「要は報酬制にするってことですか」
そこまでして俺にその裏風紀とやらをやってほしいのか。理解できない。考えるのも面倒になり、思考を放棄することにする。
「……もう、いいですよ。これ以上問答を続けても無意味っぽいんで。腹くくりますよ」
投げやりに告げると、センパイは顔を紅潮させる。
「そうか! いい加減霊の苦情を適当に処理するのも大変だったんだ! 助かる!」
「ハイハイ。ちなみに今日は何かくれたりするんですか」
「今日はこれだ」
センパイは先ほど俺の頬に押し当てていたペットボトルを再びたぷんと揺する。ミルクティーだ。そういえばそんな物もあったな。
「……ごちです」
「どういたしまして」
センパイのにこりと笑う顔に嘆息する。やっぱり早まったんじゃないかなぁ、これ。
「──俺はただ、お前が少しでも怖がらずに過ごせるようになればいいとそう思ってるよ」
「分かったような口利かないでください」
冷たく言い放つ俺にセンパイは苦笑する。
「悪かったとは思っている。その、幽霊を祓うのは存外大変なようだから」
センパイは未だにへたり込んでいる俺に緩やかに視線を向けた。
「……今日は楽な方でしたよ」
「そうか。それならまぁ、よかった。家には帰れそうか?」
「……暫くしたらなんとかいけるかもしれません」
「送っていこうか?」
センパイの提案に思わず呆ける。申し訳なさそうに眉を下げるセンパイに、善意からの言葉なのだと理解が及ぶ。普段通りを意識し、小馬鹿にするような表情を作る。
「別に。平気です。センパイを家になんて呼んだらどんなエッチなことされるか分かったものじゃないですし」
「実際にしてきたのはお前の方だけどな!?」
「はぁ? あー、キスの話ですか。そんなのもエッチなこと扱いとかセンパイ童貞くさーい」
顔を真っ赤にして怒るセンパイを他所に、よいしょと勢いづけて立ち上がる。まだふらつきこそするが家に帰る分には問題ないだろう。
「じゃ、俺帰りますんで。マーサも。また明日な」
一方的に言い放つと、センパイは愕然とした表情をしつつも俺を見送る。なんだかんだ人がいいのだろう。だからといって信用することなどできないのだけれど。
「誰だ……?」
「鈴木真麻。マーサと、ケーチには呼ばれている」
「ケーチ……?」
「魚沼圭一だからケーチ。あ、そうだ。職業は幽霊だ。よろしく」
「幽霊って職業なのか……?」
センパイは首を傾げながらも「千堂翔だ」と自己紹介をする。律儀だ。マーサにデコピンをする真似をしてみせると彼は笑いながら首を竦めてみせる。
「……で、センパイ。これでセンパイも幽霊が見えるようになった訳ですけど。それでも本当に怖くないんですか?」
センパイは訝しげに俺の顔を見、そして得心したように手をポンと叩いた。
「魚沼お前、俺が本当にお前を怖がってないかを確かめたくてこんなことしたのか」
「……そう、ですけど」
心底呆れた、といった表情のセンパイに言葉が詰まる。俺はそんなにおかしなことをしただろうか。いや、したな。めっちゃしてたな。
センパイは言葉を選ぶ素振りを見せ、口を開く。
「まぁ、確かに俺も霊が見えるようなるとは驚いたが」
センパイがマーサに手を伸ばす。ハイタッチをするように伸ばされた手は、合わさることなくそのまますり抜ける。センパイは自身の手を見つめる。
「やっぱり、触れないんだな」
「幽霊ってそういうものでしょ」
「……」
軽い調子の俺の言葉にセンパイは首肯する。マーサはなんとも言えない顔をして黙り込んだ。センパイはそんなマーサに気付くことなく言葉を重ねる。
「なぁ、魚沼。頼みたいことがある」
「嫌です。何ですか」
「言う順番間違えてないか」
まぁいい、とセンパイは独り言ちた後、人差し指をピンと立てる。
「お前、風紀に入らないか」
「勘弁してください。え、風紀?」
「話を理解する前に取りあえず断るスタンスやめてくれ」
センパイの文句をスルーし、話を促す。
「お前が俺の態度に信が置けないなら、置けるようになるまで一緒に行動を共にすればいい。で、ついでに風紀に入って校内の霊を祓ってくれ」
「……センパイが信用できるかどうかって、俺にとってそんなに重要なことじゃないんですけど」
「取りあえずこの書類にサインしろ」
「話を聞いてくれない」
センパイはさらさらと書類に俺の名前を書き、「確かに!」と言い放つ。何も確かじゃない。強いて言うなら偽装書類ということしか確かじゃない。ダメじゃん。
「ということで魚沼、お前は今日から裏風紀として活動してもらう!」
「どういう訳ですか。その賢い頭で俺にも分かるように説明してくれませんか」
説明してみろ。できるもんならな! 俺の嫌味に気付いているのかいないのか、センパイはどこか得意げだ。なんでだよ。マーサはセンパイの話に興味深そうに唸り、俺に話しかける。
「いいじゃないか、ケーチ。やればいい。霊も基本は成仏したい奴らばっかだし、ここの生徒も霊には出ていってほしい訳だろ? win-winじゃないか」
「霊と生徒にとってwin-winなだけで俺には少しも利がないじゃないか……」
大体お前自身はどうなんだ。成仏したいと思っているのか。
問いを放つよりも先に、センパイは唸り声を上げ俺に提案する。
「そうだな。確かにお前に利がない。じゃあこうしよう。一つ案件を解決するごとに俺からご褒美をプレゼント」
「要は報酬制にするってことですか」
そこまでして俺にその裏風紀とやらをやってほしいのか。理解できない。考えるのも面倒になり、思考を放棄することにする。
「……もう、いいですよ。これ以上問答を続けても無意味っぽいんで。腹くくりますよ」
投げやりに告げると、センパイは顔を紅潮させる。
「そうか! いい加減霊の苦情を適当に処理するのも大変だったんだ! 助かる!」
「ハイハイ。ちなみに今日は何かくれたりするんですか」
「今日はこれだ」
センパイは先ほど俺の頬に押し当てていたペットボトルを再びたぷんと揺する。ミルクティーだ。そういえばそんな物もあったな。
「……ごちです」
「どういたしまして」
センパイのにこりと笑う顔に嘆息する。やっぱり早まったんじゃないかなぁ、これ。
「──俺はただ、お前が少しでも怖がらずに過ごせるようになればいいとそう思ってるよ」
「分かったような口利かないでください」
冷たく言い放つ俺にセンパイは苦笑する。
「悪かったとは思っている。その、幽霊を祓うのは存外大変なようだから」
センパイは未だにへたり込んでいる俺に緩やかに視線を向けた。
「……今日は楽な方でしたよ」
「そうか。それならまぁ、よかった。家には帰れそうか?」
「……暫くしたらなんとかいけるかもしれません」
「送っていこうか?」
センパイの提案に思わず呆ける。申し訳なさそうに眉を下げるセンパイに、善意からの言葉なのだと理解が及ぶ。普段通りを意識し、小馬鹿にするような表情を作る。
「別に。平気です。センパイを家になんて呼んだらどんなエッチなことされるか分かったものじゃないですし」
「実際にしてきたのはお前の方だけどな!?」
「はぁ? あー、キスの話ですか。そんなのもエッチなこと扱いとかセンパイ童貞くさーい」
顔を真っ赤にして怒るセンパイを他所に、よいしょと勢いづけて立ち上がる。まだふらつきこそするが家に帰る分には問題ないだろう。
「じゃ、俺帰りますんで。マーサも。また明日な」
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