7 / 32
第一章
7
しおりを挟む
放送で呼び出された俺は風紀室にいた。呼び出したセンパイはというと、奥の執務机の椅子にどっかりと偉そうに腰を掛けていた。
「さて諸君。仕事だ」
「俺しかいないんですが」
「マーサもいるんだろう。ほら、右肩の方に」
「残念、今は天井の方です」
キスで霊が見えるようになった先輩だが、二時間もすると見えなくなったらしい。日を跨いだ今日となってはもうすっかり見えないようで、今もマーサがどこにいるのかてんで分かっていないようだ。
「心霊現象相談ポスト、略して資源ポストにこんなものが入っていた」
「ツッコミどころありすぎません?」
「内容はだな、」
「無視ですか」
センパイの話した内容をまとめるとこうだった。夜になると音楽室からピアノの音が聞こえる。不気味で仕方ないから調査してくれ。俺に言わせてみると、そんなものピアノの音源が学校の音楽室というから不気味に感じるのだ。大抵の人は夜中にピアノの演奏を聞いたならば「まったく迷惑だ、隣の家だろうか」と考えるのが関の山ではないだろうか。というかそもそも何で夜中に学校にいるのだ。霊よりも寧ろそっちの方が問題ではないだろうか。
「センパイ、この学校ってそんなに簡単に侵入できちゃうんですか」
「本校舎は難しいだろうがピアノがあるのはセキュリティの手薄な旧校舎の方だ。不可能ではないんじゃないか?」
なるほど。
「で、センパイはどうやって解決するんですか」
「何はともあれこういうのは現場だろ? 昼間だけど霊はいるはずだ」
そりゃま確かに。正論である。
音楽室は埃っぽい教室だった。高校生にもなると音楽は選択制だ。あまり使用しないのが原因かもしれなかった。
「あら、どなた?」
よく通る声に、初めて女性の存在に気が付く。二十代中ごろ。スーツを着ている。新任の先生だろうか。音楽系の部活の顧問かもしれない。
「あの、すみません。風紀の者ですが。もしかしてここ、今から部活で使ったりしますか?」
「あなたが風紀……? どちらかというと取り締まられる側に見えるのだけれど」
「ええ、まぁ、そうですね。割と取り締まられています」
率直な言葉に苦笑すると、センパイはちょいちょいと俺の脇腹をつつく。なんだ、痛い。
「魚沼、そこに霊がいるのか?」
センパイの声にびくりと背筋が凍る。まさか。女性の方に向き直ると、少し悲しそうに微笑まれる。
「……幽霊だったんですね」
「分からなかったのね」
驚いた顔を見せる女性とセンパイ。苦笑し、答える。
「見えすぎるもので分からないんですよね。宙に浮いてたり、明らかに瀕死状態だったりすると分かりやすいんですが」
「そう。ごめんなさい、勘違いさせちゃったみたい」
「いえ。それなりにあることです。仕方ありません」
センパイは何とも言えない顔でこちらを見ている。
「……何ですか。幽霊の姿、見たいんですか」
センパイは俺の言葉にくわっと目を見開き、勢いよく後ずさる。
「いやっ! いらない! いらないぞ!?」
「あ、そうですか。別に俺は構わないですけどね」
「俺が構うんだよ……」
案外潔癖なのだろうか。あれくらい気にすることないのに。クスクスと笑う俺を女性は不思議そうに見ている。
「気にしないでください。あの人少し神経質なんです」
「正直、いきなりあれをやられてキレてない先輩は、かなり人がいいと思うけどな」
先程まで自由に出歩いていたマーサが不意に俺の横から顔を出す。まぁ確かに、言われてみればそうかもしれない。人によっては怒りだしても仕方のないことだった。謝る気なんてさらさらないが。
「勝手なこと言うな……誰が神経質だ」
センパイが嫌そうに苦言を呈す。聞こえないフリでやりすごす。
「本来の目的を果たしましょうか。……先生、で合ってますか?」
「ええ。合ってるわ」
「では先生。夜中にピアノを演奏しているのはあなたですか?」
センパイがあ、と口を開ける。あの野郎、本来の目的を忘れていやがったな。
「そうよ」
聞き取りやすい声が質問を肯定する。
「ふぅむ……第五回~幽霊お悩み相談室~」
いぇーい、と高らかに拳を掲げるマーサ。女性は戸惑いつつも一緒に拳を掲げる。お付き合いいただいてしまってすみません。
「なぁ魚沼。愚問であることを承知で訊くが第四回はいつやったんだ?」
「やってませんよ、そんなもん」
何回同じやり取りをさせるんだこの人。
「先生、演奏してる理由を聞いても?」
「大した理由はないわ。……私、音楽の先生になりたかったの」
「なれなかったんですか?」
「なれたわ。すぐに死んじゃったけどね」
苦笑いをする女性に、軽く頭を下げる。これでせめてもの謝意が伝わればいいのだが。
「私、死んだ次の日から授業を受け持つはずだったのよ。それで、夜遅くになるまで一生懸命ピアノの練習をしたわ。緊張しても指だけはちゃんと動くように。それで、気が付いたらこのざまよ。心疾患だったかしら」
女性は鍵盤をするりと撫でる。それでか。ずっと不思議だったのだ。人や物に触れることのできない幽霊が、どうしてピアノを演奏できたのだろうと。
幽霊は、自分の思い入れのある物に関しては触れることができる。大抵は死の間際に触れていた物に限られる。女性もそのパターンだろう。
女性の話が聞こえないセンパイは、いまいち要領を得ないという顔でこちらをぼうっと眺めている。ああこれ一々説明しなきゃ伝わらないのか。まどろっこしいな。
ちょいちょいとセンパイを呼ぶ動作をする。センパイは出番かといった様子で俺に近寄る。その胸倉を不用意に掴み、引き寄せる。そして昨日と同じようにその唇に唇を当てがった。
数秒後、センパイの喉が唾液を嚥下したのを見届け、俺は手を放す。
「これで状況が分かるでしょう。手間掛けさせないでください」
「頼んでない上にすごく要らん世話だ……」
女性は眼前で唐突に行われたキスに状況が呑み込めていないのか、混乱した様子で俺たちを見やる。
「あなたたちはえーっと、恋人なの?」
「いいえ全く?」
「そんな訳ないです……」
疲弊した様子で俺に続き答えるセンパイ。初心な奴って言うのは扱いづらい。はぁ、とため息を吐くとセンパイも俺と同じように重い溜息をついた。なんでだよ。
「さて諸君。仕事だ」
「俺しかいないんですが」
「マーサもいるんだろう。ほら、右肩の方に」
「残念、今は天井の方です」
キスで霊が見えるようになった先輩だが、二時間もすると見えなくなったらしい。日を跨いだ今日となってはもうすっかり見えないようで、今もマーサがどこにいるのかてんで分かっていないようだ。
「心霊現象相談ポスト、略して資源ポストにこんなものが入っていた」
「ツッコミどころありすぎません?」
「内容はだな、」
「無視ですか」
センパイの話した内容をまとめるとこうだった。夜になると音楽室からピアノの音が聞こえる。不気味で仕方ないから調査してくれ。俺に言わせてみると、そんなものピアノの音源が学校の音楽室というから不気味に感じるのだ。大抵の人は夜中にピアノの演奏を聞いたならば「まったく迷惑だ、隣の家だろうか」と考えるのが関の山ではないだろうか。というかそもそも何で夜中に学校にいるのだ。霊よりも寧ろそっちの方が問題ではないだろうか。
「センパイ、この学校ってそんなに簡単に侵入できちゃうんですか」
「本校舎は難しいだろうがピアノがあるのはセキュリティの手薄な旧校舎の方だ。不可能ではないんじゃないか?」
なるほど。
「で、センパイはどうやって解決するんですか」
「何はともあれこういうのは現場だろ? 昼間だけど霊はいるはずだ」
そりゃま確かに。正論である。
音楽室は埃っぽい教室だった。高校生にもなると音楽は選択制だ。あまり使用しないのが原因かもしれなかった。
「あら、どなた?」
よく通る声に、初めて女性の存在に気が付く。二十代中ごろ。スーツを着ている。新任の先生だろうか。音楽系の部活の顧問かもしれない。
「あの、すみません。風紀の者ですが。もしかしてここ、今から部活で使ったりしますか?」
「あなたが風紀……? どちらかというと取り締まられる側に見えるのだけれど」
「ええ、まぁ、そうですね。割と取り締まられています」
率直な言葉に苦笑すると、センパイはちょいちょいと俺の脇腹をつつく。なんだ、痛い。
「魚沼、そこに霊がいるのか?」
センパイの声にびくりと背筋が凍る。まさか。女性の方に向き直ると、少し悲しそうに微笑まれる。
「……幽霊だったんですね」
「分からなかったのね」
驚いた顔を見せる女性とセンパイ。苦笑し、答える。
「見えすぎるもので分からないんですよね。宙に浮いてたり、明らかに瀕死状態だったりすると分かりやすいんですが」
「そう。ごめんなさい、勘違いさせちゃったみたい」
「いえ。それなりにあることです。仕方ありません」
センパイは何とも言えない顔でこちらを見ている。
「……何ですか。幽霊の姿、見たいんですか」
センパイは俺の言葉にくわっと目を見開き、勢いよく後ずさる。
「いやっ! いらない! いらないぞ!?」
「あ、そうですか。別に俺は構わないですけどね」
「俺が構うんだよ……」
案外潔癖なのだろうか。あれくらい気にすることないのに。クスクスと笑う俺を女性は不思議そうに見ている。
「気にしないでください。あの人少し神経質なんです」
「正直、いきなりあれをやられてキレてない先輩は、かなり人がいいと思うけどな」
先程まで自由に出歩いていたマーサが不意に俺の横から顔を出す。まぁ確かに、言われてみればそうかもしれない。人によっては怒りだしても仕方のないことだった。謝る気なんてさらさらないが。
「勝手なこと言うな……誰が神経質だ」
センパイが嫌そうに苦言を呈す。聞こえないフリでやりすごす。
「本来の目的を果たしましょうか。……先生、で合ってますか?」
「ええ。合ってるわ」
「では先生。夜中にピアノを演奏しているのはあなたですか?」
センパイがあ、と口を開ける。あの野郎、本来の目的を忘れていやがったな。
「そうよ」
聞き取りやすい声が質問を肯定する。
「ふぅむ……第五回~幽霊お悩み相談室~」
いぇーい、と高らかに拳を掲げるマーサ。女性は戸惑いつつも一緒に拳を掲げる。お付き合いいただいてしまってすみません。
「なぁ魚沼。愚問であることを承知で訊くが第四回はいつやったんだ?」
「やってませんよ、そんなもん」
何回同じやり取りをさせるんだこの人。
「先生、演奏してる理由を聞いても?」
「大した理由はないわ。……私、音楽の先生になりたかったの」
「なれなかったんですか?」
「なれたわ。すぐに死んじゃったけどね」
苦笑いをする女性に、軽く頭を下げる。これでせめてもの謝意が伝わればいいのだが。
「私、死んだ次の日から授業を受け持つはずだったのよ。それで、夜遅くになるまで一生懸命ピアノの練習をしたわ。緊張しても指だけはちゃんと動くように。それで、気が付いたらこのざまよ。心疾患だったかしら」
女性は鍵盤をするりと撫でる。それでか。ずっと不思議だったのだ。人や物に触れることのできない幽霊が、どうしてピアノを演奏できたのだろうと。
幽霊は、自分の思い入れのある物に関しては触れることができる。大抵は死の間際に触れていた物に限られる。女性もそのパターンだろう。
女性の話が聞こえないセンパイは、いまいち要領を得ないという顔でこちらをぼうっと眺めている。ああこれ一々説明しなきゃ伝わらないのか。まどろっこしいな。
ちょいちょいとセンパイを呼ぶ動作をする。センパイは出番かといった様子で俺に近寄る。その胸倉を不用意に掴み、引き寄せる。そして昨日と同じようにその唇に唇を当てがった。
数秒後、センパイの喉が唾液を嚥下したのを見届け、俺は手を放す。
「これで状況が分かるでしょう。手間掛けさせないでください」
「頼んでない上にすごく要らん世話だ……」
女性は眼前で唐突に行われたキスに状況が呑み込めていないのか、混乱した様子で俺たちを見やる。
「あなたたちはえーっと、恋人なの?」
「いいえ全く?」
「そんな訳ないです……」
疲弊した様子で俺に続き答えるセンパイ。初心な奴って言うのは扱いづらい。はぁ、とため息を吐くとセンパイも俺と同じように重い溜息をついた。なんでだよ。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!
中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。
無表情・無駄のない所作・隙のない資料――
完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。
けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。
イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。
毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、
凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。
「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」
戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。
けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、
どこか“計算”を感じ始めていて……?
狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ
業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる