ラブ・ウォッチ

ミユー

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愛莉と冴絵は会社が休みの土日を使って、一泊二日の温泉旅行へでかけた。
山に向かって車を走らせていると、珍しく愛莉は車酔いしてしまい、気分が悪くなってしまった。
車酔いは子供の頃は経験があるが、大人になってからはない。

「大丈夫?」

運転している冴絵が愛莉に訊いた。

「ちょっときびしいかも」

助手席に座っている愛莉はこたえた。

「休憩できる施設があったらとまるから、少しのあいだ、我慢してね」

「うん」

しばらくすると冴絵は車やバイクを駐車できる休憩施設に車を停め、愛莉を施設内のベンチまで連れて行った。
愛莉が愛莉の背中に手を添えている冴絵の横で、ベンチに座りぐったりしていると、

「大丈夫ですか」

ある男性が声をかけてきた。
愛莉は顔をあげた。
声をかけてきた男性はツーリングのファッションをしていて、ほかに仲間が近くにいるようだった。
スリムな体型で、整った顔立ちをしている。
年齢は愛莉よりいくつか年上のように見える。

「ピピピピ、ピピピピ」

愛莉が目の前に立っている男性の顔をぼんやり見ていると、ラブ・ウォッチのアラームが鳴った。
自分だけに聞こえるくらいの小さな音で、冴絵も男性も気づいていないようだ。
愛莉がびっくりしてラブ・ウォッチを耳にあてると、アラーム音は自然ととまった。

「彼女、車酔いしちゃって」

冴絵が愛莉の代わりにその男性にこたえた。

「そうだ。ちょっと待って」

男性は言って、背負っているバックパックからなにかを取り出した。

「これ、首の後ろにあてると楽になると思いますよ。彼女に」

そう言って、冷却用のシートを冴絵に渡した。

「じゃあ、ぼく達、行くんで」

「ありがとうございました」

冴絵がこたえると、男性は仲間たちと去って行った。
頭のなかが混乱している愛莉はなにも言葉を発せなかった。

今、音が鳴ったということはあの人が運命の人?
でも、もう行ってしまった。
なにかの間違いなのかな。
でも、今まで鳴ったことのないラブ・ウォッチが、あの男性を目の前にしたときに鳴ったということは、やっぱりあの人が運命の人?
もう二度と会えない人なのに?
名前くらい聞けばよかった。

頭のなかでいろいろ考えていると、冴絵が促し、愛莉は冷却シートを首の後ろにあてた。
ひんやりして気持ちがよくて、気分も軽やかになってきた。

愛莉の車酔いが治ったあと、ふたりは車に戻って、快適に観光名所をまわり、宿の旅館までドライブした。
旅館の温泉にも入って楽しんだが、愛莉は旅行中ずっと、心ここにあらず、だった。

どうしてももう一度、ラブ・ウォッチが反応したあの男性に会いたい。

愛莉はそう願っていた。



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