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第九話 最後の夕食
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村長の家を出てから、僕はトボトボと自分の家に向かって歩いていた。
本当、僕はなんて愚かなのだろう?
あと数日で村を去ってしまう人に恋をするなんて……。シロベニアさんがいなくなったら寂しい。とても寂しくて泣きそう。
たった一晩泊めただけなのに、僕はもうシロベニアさんのことが大好きになっていた。
バカみたい……。シロベニアさんは僕のことなんて好きじゃないのに、勝手に盛り上がっちゃってさ。
でも、会いたい。
さっき別れたばかりなのにもう会いたい。
これが恋なのか……。恋ってこんなに気持ちのセーブが効かないものなんだ……。
僕は家に帰るのをやめて、シロベニアさんのいるビッグスライムの元へ向かった。
しばらく歩くと目的地についた。ビッグスライムとそのすぐ近くで魔方陣を描いているシロベニアさんが見える。
ビッグスライムは、相変わらず農作物をモリモリ食べていた。早く追い出さなければいけないのだが、追い出したらシロベニアさんの仕事が終わったことを意味する。そうしたら、お別れしなくちゃいけない。
嫌だ……。シロベニアさんと離れたくない。だけど、我慢しなきゃ。だって僕とシロベニアさんは、生きる世界が違うのだから。
僕は一生懸命魔方陣を描いているシロベニアさんを遠くから見つめた。
声はかけない。仕事の邪魔になるから。と、言うか真剣な横顔を見ているだけでいい。
この時間が一生続けばいいのに。
そんなことは無理だと分かっているが、願わずにはいられない僕なのでだった。
※※※※
それからビッグスライムの被害をまぬがれた畑に行き、他の村民たちとちょっとだけ畑仕事をしてから家に戻ってきた。
部屋の掃除をしていると、昨日と同じように村民たちがやって来て、それぞれの得意料理をタッパーに入れて持ってきた。今日もシロベニアさんにおもてなしをするためだ。シロベニアさんがいるうちは、毎晩みんなで夕食を作ってあげようと村長と決めたのだ。
お礼を言って料理のタッパーを受け取ると、それを器に移して夕飯の準備をする。
慌ただしく時間が過ぎてゆき、外を見るといつの間にか夕方になっていた。
そろそろシロベニアさんの仕事が終わる。今日も迎えに行こう。
僕はシロベニアさんに会える嬉しさから、小走りでビッグスライムの元へ向かった。
「シロベニアさーん!」
走りながら叫ぶと、僕に気付いたシロベニアさんが魔方陣を描くのをやめて、立ち上がった。
こちらを振り返ってニコニコ笑う。
「ネリルさん。魔方陣、完成しました。明日にはビッグスライムをスライムの里に移転できます」
「えー凄い! 頑張りましたねぇ。今日もお疲れさまでした」
うわー……。もうそんなに描いちゃったのかぁ。
それじゃあ明日お別れじゃないか。嫌だ嫌だ、シロベニアさんとお別れしたくないよぉ~と泣きそうになったが、そんな表情はおくびにも出さない。
とにかく僕はシロベニアさんの頑張りを労うために、一生懸命褒めた。
シロベニアさんは僕に褒められて嬉しそうだ。可愛い……。よしよしと頭を撫でてあげたい。
「じゃあそろそろお家に帰りましょうか。今日も村のみんながご飯を作ってくれたんですよ」
「本当ですか? と、言うことは今日もご馳走だ。楽しみだなぁ」
そんな会話をしながら二人で肩を並べて家に帰る。
西の空を見ると、沈みかけた夕日がとても綺麗だった。
「シロベニアさん。夕日が綺麗ですね」
「本当だ。赤々としてて怖いくらい美しいです」
僕はきっと、シロベニアさんと見たこの素晴らしい夕日を一生忘れないだろう。
シロベニアさんと少しでも長くこの景色を見ていたかったから、僕はいつもよりもゆっくり歩き、家に帰ったのだった。
※※※※
家に着くと、昨日と同じようにシロベニアさんにお風呂に入ってもらってから食事を開始した。
今日の僕は最初からお酒を飲んでいる。
だってシロベニアさんが一緒に飲みたいって言うんだもん。
また二人で酔っ払い、ケラケラ笑いながら色々な話をした。
「シロベニアさんは冒険者だから色々な土地に行っているのでしょう? 一番思い出に残った場所はどこですか?」
シロベニアさんはお酒を飲みながら思い出すように笑う。
「虹の郷ですかねぇ。空にいくつもの虹がかかっているんですよ。あれは綺麗だったな。私が子供だったら大はしゃぎですよ」
「へー。それは見てみたいです! きっと夢のような景色なんでしょうねー」
いいなぁ。色々な場所に行けて。僕なんか、生まれてから一度もこの村を出たことがない。
そんなことを考えていたら、シロベニアさんが僕の方を向き、ニコッと笑った。
「じゃあ今度行ってみますか? 私が案内しますよ」
その言葉にビクッと身体が反応しそうになったが、なんとかこらえる。
これはシロベニアさんなりのリップサービスだ。
僕たちに、『今度』なんてない。だって僕たちは住む世界が違うのだから。きっともう……今後一切会うことはないだろう。
それでもシロベニアさんの言葉が嬉しくて、僕はニコニコ微笑んだ。
「いいですねー。連れて行ってくださいよ」
「じゃあ、約束ですよ?」
「はい」
約束なんて、破るためにあるのだ。
少しだけ切なくなったが、湿っぽい空気にしたくなくて、僕はニコニコと微笑み続けたのだった。
※※※※
しばらくすると、シロベニアさんはお酒を飲んでいたからなのか、疲れていたからなのか分からないが、コクリ、コクリと居眠りをし始めた。
ベッドで寝てくださいと言おうと思ったが、せっかく気持ちよく寝ているのに起こしては可哀想だと思いそのままにしていると、座ったまま本格的に眠ってしまった。
「……」
シロベニアさんの寝顔をじいっと見つめる。
すると、愛しさともう会えないという切なさが込み上げてきた。
せめてもの思い出が欲しいと思った僕は、寝ているシロベニアさんの手にそっと触れた。
シロベニアさんの手は、温かくて大きかった。
この手に頭を撫でられたらきっと心地良いだろうな……。そんなことを思いながらキュッと手を握りしめる。
ちょっと喋りかけただけですぐ起きるくせに、不思議とこのときはすうすう寝ていて全然起きる気配がなかった。だから僕は満足するまでシロベニアさんの手を握り続けた。
――さようなら、シロベニアさん。大好きでした。
そんなことを考えていたら、ちょっと涙ぐんだ。
ブルブル頭を振り涙を引っ込めると、手を離しシロベニアさんの肩をゆすった。
「シロベニアさん。寝るならベッドで寝た方が身体が休まりますよ?」
「あ……。そ、そうですね」
それから二人で夕飯の後片付け(やらなくていいって言ってるのに嫌ですと言うので結局手伝わせてしまった)をして、それぞれ眠りについたのだった。
本当、僕はなんて愚かなのだろう?
あと数日で村を去ってしまう人に恋をするなんて……。シロベニアさんがいなくなったら寂しい。とても寂しくて泣きそう。
たった一晩泊めただけなのに、僕はもうシロベニアさんのことが大好きになっていた。
バカみたい……。シロベニアさんは僕のことなんて好きじゃないのに、勝手に盛り上がっちゃってさ。
でも、会いたい。
さっき別れたばかりなのにもう会いたい。
これが恋なのか……。恋ってこんなに気持ちのセーブが効かないものなんだ……。
僕は家に帰るのをやめて、シロベニアさんのいるビッグスライムの元へ向かった。
しばらく歩くと目的地についた。ビッグスライムとそのすぐ近くで魔方陣を描いているシロベニアさんが見える。
ビッグスライムは、相変わらず農作物をモリモリ食べていた。早く追い出さなければいけないのだが、追い出したらシロベニアさんの仕事が終わったことを意味する。そうしたら、お別れしなくちゃいけない。
嫌だ……。シロベニアさんと離れたくない。だけど、我慢しなきゃ。だって僕とシロベニアさんは、生きる世界が違うのだから。
僕は一生懸命魔方陣を描いているシロベニアさんを遠くから見つめた。
声はかけない。仕事の邪魔になるから。と、言うか真剣な横顔を見ているだけでいい。
この時間が一生続けばいいのに。
そんなことは無理だと分かっているが、願わずにはいられない僕なのでだった。
※※※※
それからビッグスライムの被害をまぬがれた畑に行き、他の村民たちとちょっとだけ畑仕事をしてから家に戻ってきた。
部屋の掃除をしていると、昨日と同じように村民たちがやって来て、それぞれの得意料理をタッパーに入れて持ってきた。今日もシロベニアさんにおもてなしをするためだ。シロベニアさんがいるうちは、毎晩みんなで夕食を作ってあげようと村長と決めたのだ。
お礼を言って料理のタッパーを受け取ると、それを器に移して夕飯の準備をする。
慌ただしく時間が過ぎてゆき、外を見るといつの間にか夕方になっていた。
そろそろシロベニアさんの仕事が終わる。今日も迎えに行こう。
僕はシロベニアさんに会える嬉しさから、小走りでビッグスライムの元へ向かった。
「シロベニアさーん!」
走りながら叫ぶと、僕に気付いたシロベニアさんが魔方陣を描くのをやめて、立ち上がった。
こちらを振り返ってニコニコ笑う。
「ネリルさん。魔方陣、完成しました。明日にはビッグスライムをスライムの里に移転できます」
「えー凄い! 頑張りましたねぇ。今日もお疲れさまでした」
うわー……。もうそんなに描いちゃったのかぁ。
それじゃあ明日お別れじゃないか。嫌だ嫌だ、シロベニアさんとお別れしたくないよぉ~と泣きそうになったが、そんな表情はおくびにも出さない。
とにかく僕はシロベニアさんの頑張りを労うために、一生懸命褒めた。
シロベニアさんは僕に褒められて嬉しそうだ。可愛い……。よしよしと頭を撫でてあげたい。
「じゃあそろそろお家に帰りましょうか。今日も村のみんながご飯を作ってくれたんですよ」
「本当ですか? と、言うことは今日もご馳走だ。楽しみだなぁ」
そんな会話をしながら二人で肩を並べて家に帰る。
西の空を見ると、沈みかけた夕日がとても綺麗だった。
「シロベニアさん。夕日が綺麗ですね」
「本当だ。赤々としてて怖いくらい美しいです」
僕はきっと、シロベニアさんと見たこの素晴らしい夕日を一生忘れないだろう。
シロベニアさんと少しでも長くこの景色を見ていたかったから、僕はいつもよりもゆっくり歩き、家に帰ったのだった。
※※※※
家に着くと、昨日と同じようにシロベニアさんにお風呂に入ってもらってから食事を開始した。
今日の僕は最初からお酒を飲んでいる。
だってシロベニアさんが一緒に飲みたいって言うんだもん。
また二人で酔っ払い、ケラケラ笑いながら色々な話をした。
「シロベニアさんは冒険者だから色々な土地に行っているのでしょう? 一番思い出に残った場所はどこですか?」
シロベニアさんはお酒を飲みながら思い出すように笑う。
「虹の郷ですかねぇ。空にいくつもの虹がかかっているんですよ。あれは綺麗だったな。私が子供だったら大はしゃぎですよ」
「へー。それは見てみたいです! きっと夢のような景色なんでしょうねー」
いいなぁ。色々な場所に行けて。僕なんか、生まれてから一度もこの村を出たことがない。
そんなことを考えていたら、シロベニアさんが僕の方を向き、ニコッと笑った。
「じゃあ今度行ってみますか? 私が案内しますよ」
その言葉にビクッと身体が反応しそうになったが、なんとかこらえる。
これはシロベニアさんなりのリップサービスだ。
僕たちに、『今度』なんてない。だって僕たちは住む世界が違うのだから。きっともう……今後一切会うことはないだろう。
それでもシロベニアさんの言葉が嬉しくて、僕はニコニコ微笑んだ。
「いいですねー。連れて行ってくださいよ」
「じゃあ、約束ですよ?」
「はい」
約束なんて、破るためにあるのだ。
少しだけ切なくなったが、湿っぽい空気にしたくなくて、僕はニコニコと微笑み続けたのだった。
※※※※
しばらくすると、シロベニアさんはお酒を飲んでいたからなのか、疲れていたからなのか分からないが、コクリ、コクリと居眠りをし始めた。
ベッドで寝てくださいと言おうと思ったが、せっかく気持ちよく寝ているのに起こしては可哀想だと思いそのままにしていると、座ったまま本格的に眠ってしまった。
「……」
シロベニアさんの寝顔をじいっと見つめる。
すると、愛しさともう会えないという切なさが込み上げてきた。
せめてもの思い出が欲しいと思った僕は、寝ているシロベニアさんの手にそっと触れた。
シロベニアさんの手は、温かくて大きかった。
この手に頭を撫でられたらきっと心地良いだろうな……。そんなことを思いながらキュッと手を握りしめる。
ちょっと喋りかけただけですぐ起きるくせに、不思議とこのときはすうすう寝ていて全然起きる気配がなかった。だから僕は満足するまでシロベニアさんの手を握り続けた。
――さようなら、シロベニアさん。大好きでした。
そんなことを考えていたら、ちょっと涙ぐんだ。
ブルブル頭を振り涙を引っ込めると、手を離しシロベニアさんの肩をゆすった。
「シロベニアさん。寝るならベッドで寝た方が身体が休まりますよ?」
「あ……。そ、そうですね」
それから二人で夕飯の後片付け(やらなくていいって言ってるのに嫌ですと言うので結局手伝わせてしまった)をして、それぞれ眠りについたのだった。
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