魔王様、ずっと記憶喪失のままでいてください

チョロケロ

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第三話 殺意

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 夜になり、魔王が寝室に戻ってきた。
 魔王の片手にはウイスキーのボトルが握られている。
 また私の惨めな姿をつまみにしながら酒を飲むのか……。
 私はなんだか憂鬱な気分になってきた。

 魔王は椅子に座ると、いつものように私を観察する。

「カイネ。お前も飲むか?」

 そう言ってグイッとボトルをラッパ飲みした。
 それをドンっと音を立ててテーブルに置く。
 私は魔王から目を逸らしながらボソボソとつぶやいた。

「いりません……」
「そうか」

 それより私が気になっていることは、婚約者のヨーランのことだ。彼女は無事なのだろうか?
 話すタイミングを窺いながら、魔王の顔をチラチラ盗み見る。
 魔王は基本無表情なので、機嫌が良い時と悪い時の違いが分からないのだ。機嫌が悪い時に話しかけて、殴られるのは嫌だった。
 だが、そうも言ってられない。
 私がモタモタしている間に彼女になにかあったら一大事だ。
 私は勇気を出して口を開いた。

「魔王様……あの……」

 私の言葉に、魔王の口角が上がったのが見えた。
 私が話しかけたことが嬉しかったのだろう。良かった……。きっと今日は機嫌が良いのだ。

「なんだ?」
「ヨーランのことについて教えてください。彼女はどうなったのですか?」
「……」

 途端に魔王は無表情になった。

「つまらん。せっかく話しかけてきたと思ったら、あの女のことか」

 そう言って、再びグイッとウイスキーをがぶ飲みした。
 その反応で、魔王は機嫌を損ねたのだと気付いた。だが、ここで引き下がってはいけない。ヨーランの無事を確かめるまで、私は突き進むぞ。

「お願いします、魔王様。彼女のことが心配なのです」
「ふむ……」

 魔王はつまらなそうに自分の前の椅子を指し示した。

「では、ここに座れ」

 私は立ち上がり、ノロノロと椅子に向かった。
 鎖は数メートルはあるので、部屋の中を自由に行き来できるようになっているのだ。
 テーブルを挟んだ椅子に座り、魔王と向かい合う。
 すると、魔王が昔を懐かしむように目を細めた。

「以前はこうやって、よく一緒に酒を飲んでいたな」

 そうだ。
 私が魔王に監禁される前は、よく魔王の寝室へ行き、遅くまで酒を飲んでいた。
 他愛のない話ばかりしていたが、魔王の寝室に呼ばれたことが嬉しかったので、私は一生懸命会話をしたのを覚えている。だが、今は――。

「魔王様。それよりヨーランはどうなったのです?」
「ふむ……。あの女は今も元気だぞ?」
「!」

 その言葉を聞いて、私は安心してドッと力が抜けた。
 私と同じような目にあっていたら、そんな言い方はしないはずだ。どうやら魔王は、ヨーランにはなにも手を下さなかったようだ。
 私はペコリと頭を下げる。

「それが知れただけでも良かった。魔王様、ありがとうございます」
「ふふ……。元気過ぎて困るくらいだ。抱いてやるともう一回、もう一回とせがみ、俺を離さぬのだ。あの女……、清純そうな顔をしてなかなか精力が強いと見える。お前も大変だっただろう?」
「え……?」

 今、魔王はなんと言った?
 ヨーランを抱いた? 二人には肉体関係があるのか?

 私が呆然としていたら、魔王がククッと笑った。

「もうお前のことは忘れるとさ。婚約も破棄するとのことだ。お前とのセックスは、昔から物足りなかったらしい。俺に抱かれ、女の悦びを知ったと言っている」
「……」

 私の顔が色を失ってゆくのを感じた。
 震えた声で、魔王を問いただす。

「なぜ……? なぜヨーランを抱いたのです? あなたはもしかして、彼女を愛していたのですか?」

 愛していたから、結婚すると言ったとき怒り狂い、私をこんな惨めな姿にしたのかと思ったのだ。
 だが、魔王は残酷に笑う。

「そんなわけなかろう。あんな女、昔も今も眼中にない」
「それならば! なぜヨーランを抱いたのです!? 私はヨーランの婚約者なのですよ!?」

 その言葉を叫んだ瞬間、魔王はまたいつもの無表情に戻ってしまった。いや、無表情だが、怒りをはらんでいるような気がする。なぜならば、魔王の発する気がビリビリと痛いからだ。

「それは、お前が俺を裏切ったからだ。お前を苦しめてやろうと思ったから抱いた」
「……っ!」

 魔王は、なぜこんなにも私を恨んでいるのだろう?
 私がなにをした!? ただ、愛する者を紹介しただけではないか。

 憎い……。魔王が憎い。

 私からヨーランを奪った魔王が憎い。
 私をこんな姿にして、監禁する魔王が憎い。
 私を裏切者と糾弾する魔王が憎い。

 憎い。憎い。ならばいっそ死んでしまえ……。

 私はフラフラと立ち上がり、テーブルにのっているウイスキーボトルを持ち上げた。

 殺してやる……。殺してやる!
 私からなにもかも奪った魔王に制裁を!

 私はボトルを振り上げ、魔王の頭を思い切り殴った。
 私に頭を殴られた魔王は椅子から転げ落ち、フルフルと頭を振ってからじいっと私を見つめた。

「これは驚いた。まさかお前が反撃するとは」

 うるさい。喋るな。
 私は魔王の上に馬乗りになり、その頭を何度も殴った。
 何度も何度も……。
 魔王の頭から大量の血が流れている。痛くないわけがないのだ。だが、魔王は笑っていた。
 笑いながら無抵抗で、何度も私に殴られているのだ。

「死ね! 死ね!」

 私は狂ったように魔王の頭を殴り続けた。

 ハッと我に帰ったとき、魔王はぐったりと倒れていた。

 私は自分が恐ろしくなった。ボトルが震える手から滑り落ちてゆく。
 どうしよう……。魔王を殺してしまった。あの魔王を……。

「どうしよう……どうしよう……」

 私は立ち上がると、自分のしでかしたことに恐怖を感じ、ガリガリと爪を噛んだ。
 どうしよう……どうしよう……。
 頭の中はそればかりだ。
 ここから逃げようか? 逃げなければ魔王の部下に粛清しゅくせいされてしまう。
 誇り高き魔王を手にかけたのだ。
 きっと拷問される。考えられないような苦痛を味わいながら、じっくりと殺される。
 どうしよう、どうしよう……!

 私が一人で狂乱していたら、魔王の身体がぴくりと動いた。

「!」

 あれほど殴ったのにまだ息があるのか!?
 驚いたが、ホッとした気持ちの方がずっと大きい。
 私は慌てて魔王に駆け寄った。
 魔王がむくりと身体を起こす。

 そして、じいっと私を見つめた。
 その瞳があまりにも澄んでいたので、私は戸惑いを隠せなかった。

「ま、魔王様……」

 絞り出すような声でつぶやくと、魔王は不思議そうな声を上げた。

「あなたは誰ですか?」
「え?」

 今、魔王はなんと言ったのだ?
 混乱する私をよそに、魔王はキョロキョロと辺りを見回した。

「ここはどこだ?」
「……」
「俺は誰だ?」

 その言葉を聞いたとき、私の心は凍りついたのだった。
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