魔王様、ずっと記憶喪失のままでいてください

チョロケロ

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第七話 ノリの軽さで全てが解決する

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 それから私は自分の部屋に向かった。
 途中、魔王城の使用人とすれ違うことがあり、私を見てギョッとした。
 なぜギョッとしたのかと言うと、私がゆるゆるの服を身につけていたからだろう。
 ついでだから話を聞く。

「おい、お前。私のことは知っているか?」
「もちろんでございます。あなた様は、魔王様の側近のカイネ様です」
「私が三ヶ月間不在だったことは知っているか?」
「は、はい……。存じ上げております」
「では、なぜ不在だったのかは知っているか?」
「……。はい」
「なぜ不在だったか理由を話してみろ」

 使用人はチラリと私の顔色を窺った。真実を話して良いのか躊躇しているのだろう。だが、私がなるべく圧をかけないように穏やかな表情でいると、使用人はボソボソと口を開いた。

「カイネ様は魔王様の怒りを買い、お仕置きを受けていたと聞いております……」

 なんと言うことだ。
 使用人まで私が魔王にされたことを知っているのか。使用人が知っていると言うことは、城中の者たちが知っていると言っても過言ではない。

「お仕置きの内容は知っているのか?」
「寝室に閉じ込められていたことは知っています。ですが、お仕置きの内容までは知りません……」

 良かった……。そこまでは噂になっていないようだな。まさか裸にされ、鎖に繋がれていたとは誰も思うまい。それを知られたら私の尊厳が失われる。
 その事実が知られていないのなら、まだ挽回出来る余地はある。

「そうか。ありがとう。もう行ってよいぞ」
「はい。失礼いたします」

 使用人は私に一礼すると、そそくさと去っていった。
 私は気を取り直して部屋に向かう。

 部屋に着くと、まずは熱いシャワーを浴びた。
 それが終わるといつもの仕事着に着替えた。久しぶりに仕事着に袖を通したので、私はちょっと感動した。服を好きなときに好きなように着れるって素晴らしい。
 それからベッドに座り、これからのことについて考えた。
 とりあえず、仕事はいつも通りしよう。退職も考えたが、今辞めたら記憶喪失の魔王を一人ぼっちにしてしまう。仕事のことは覚えていると言っていたが、完璧にこなせるかは分からない。記憶喪失にしてしまった責任もあるし、しばらく私が補佐をして、魔王を支えよう。
 それから……。
 私は嫌な気持ちになったが、なんとか心を鎮める。
 それから……、婚約者のヨーランに話を聞こう。
 あのときはカッとなって魔王を殴ってしまったが、本当にヨーランが魔王と肉体関係があったのか確認せねば。その返答次第で、婚約を破棄するかどうか決める。

 あとはまぁ、なるようになるだろう。

 ここで考えても仕方がない。とりあえず、魔王の元に向かおう。

 私は側近のくせに、あまり思慮深くないのだ。そう言うことは魔王がやっていた。
 私は考えるより、行動派なのだ。
 だから婚約の件も、なにも考えず魔王に報告した。
 今だから思うが、魔王は私のそういうところが嫌いだったのかもしれないな。
 まあ、今更そんなことを後悔してももう遅いが。
 行動派の私を側近にしたのは魔王だ。つまり、魔王にも責任があると言うことだ。
 などと責任転換をしていたら、いつのまにか仕事の時間になっていた。

「さあ、どうなることやら」

 まるで他人事のようだ。だが、昔ほど魔王に心酔していないので仕方がないではないか。それより今は、自分の身の方が大事だ。記憶喪失の魔王は良い男だから、上手くいくことを願うが、上手くいかなくても私を恨むなよ?
 などと薄情なことを考えながら、私は部屋をあとにしたのだった。

※※※※

 魔王の執務室に入ると、魔王はすでに椅子に座り、部下と楽しそうに談話していた。
 私に気が付き、ニコッと笑う。

「おっはよー。カイネちゃん!」
「お、おはようございます」

 部下も私に気が付き、慌ててこちらに近付いてくる。

「カイネ様! お久しぶりです! ここにいると言うことは、魔王様に許されたのですね!?」
「う、うむ」

 やはり私が魔王に監禁されていたことは、魔王城で周知の事実のようだ。
 知っているならなぜ助けてくれなかったのか? と思うかもしれないが、あの魔王に意見できるものなどここには存在しないので、恨んでも仕方がない。
 
「良かったです!! ですが、新たな問題が浮上しましたぞ。なんと! 魔王様が記憶喪失になったらしいのです!」

 あ、あれ!?
 あっさりバラしたのか!? てっきり記憶喪失のことは隠し通すと思ったのに。
 魔王は気さくな笑みを浮かべながら、ぽりぽりと頭をかく。

「そうそう。カイネちゃんを許して部屋に戻したあと、一人で酒飲んでたんだー。そうしたら酔っ払ってすっ転んじゃった。それから人の名前とか顔を忘れちゃったんだよね。つまり、ちょっとした記憶喪失になっちゃったんだ。でも、仕事のことは覚えてるから問題ないよー」

 相変わらずノリが軽いな……。
 そんな説明で納得できるのか!? と思い、ハラハラしながら部下を見つめた。
 だが、部下は気の毒そうな顔をしているが、疑うような表情はしていない。

「それは大変でしたね。でも、仕事のことは忘れないで良かったです」
「うん。でも、なにか間違えがあったら困るから、これからはみんなで俺の仕事手伝ってくれる?」
「も、もちろんです! 魔王様のお仕事をお手伝い出来るなんて感激です!」

 本当に感激しているのか、部下の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。
 魔王は「ありがとうー」とお礼を言うと、今度は私に目を向けた。

「カイネちゃんもよろしくー」
「は、はいっ!」

 さすがは魔王だ。
 みんなでやればなにか不備があったとしても対応できる。さらに、仕事を任された部下も嬉しい。
 これならみんな良い思いをするではないか。
 ワンマンで仕事をしていた以前の魔王とはえらい違いだ。でも、本当は私たちも魔王のお手伝いがしたかったのだ。
 記憶喪失になった魔王は、私たち部下にも仕事を手伝うという名目で、成長するチャンスを与えてくれた。
 本当に良い魔王になったな。

 これなら本当に、記憶喪失バンザイではないか。
 ああ……。一生このままでいてほしい……。
 そんなことを思いながら、私たちはみんなで仕事に取り掛かったのだった。
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