女王候補になりまして

くじら

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脱・引きこもり姫

打ち明け話

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 先生に乗馬練習を教えて貰い、早一ヶ月。
 女王候補試験が始まってもう二ヶ月が経とうとしていた。

 私はその殆どの月日を乗馬に費やしていたお陰か、そして先生の教え方が上手いお陰がすぐにエヴァに乗りこなす事が出来た。

 今では何の補助も無く、一人でエヴァに乗り、一人で草原を駆け回れる程にまで成長した。
 自分でも思う。進化が爆速だと。
 でも、練習すればする程出来ることが増えていって、やりがいがあるのがとても楽しい。

 そして今、私は先生と共に馬に乗りながら森へ来ていた。

「先生、一体どこへ行くつもりですか?着いて来いって……」

「安心しろ。危険な場所じゃねぇよ。ま、着けば分かる。その時のお楽しみだ」

 いたずらっ子の様に歯を見せて笑う先生はやはりイケメンだと何度も思わせられる。
 
 先生とは二ヶ月お世話になってきたが、まだ先生の素性はよく分からない。
 名前も知らない相手とよくここまで来れたなと自分でも思う。
 でもそれ以上に先生は優しいし、俺様だし、一緒にいて楽しい。

 エヴァは相変わらず私よりも先生の方に懐いているが、私も普通の人よりは仲良くなってもらえている。
 それもこれも全部、彼のお陰だろう。
 性格に難ありだが、それを除けば普通に良い人だ。あと素性も。

 まぁ、私も素性は隠しているので、お互い様という事だろう。
 でも、彼の素性が気にならない訳でも無い。
 一度その事について尋ねてみたのだが、なんだか雰囲気が気まずくなってしまったので深く追求するのはやめにしたのだ。
 あと、単純に怖かったのだ。この関係が壊れてしまいそうで。

 私はいつの間にか、この乗馬の時間が好きになっていたのだ。

「よし、着いたぞ。エマ」

 私が物思いにふけっていると、先生が声を掛ける。そして、先生の見ている先を私も見ると──。

「!ここは──…!」

 目に映ったのはとても綺麗で色鮮やかな花畑だった。

 遠くの方にも花畑が続いているので、それなりに広い花畑なんだろう。

 私はエヴァから降りて、花畑に着地する。
 花を踏まないように、無意識に気を付けながら。

「どうだ?綺麗だろ」

「はい!すごく綺麗です」

 私はエヴァの手網を引っ張りながら先頭を歩く先生に着いて行く。
 迷いのない足取りにここに来たことが何度もあるのだろうと察する。
 
「見ろ。ここが見せたかった景色だ」

 暫く歩くと、先生が立ち止まり指を指す。私は先生の指した方向に目を向けると──。

「!綺麗……!」

 目の前には青空の下に咲いている色とりどりの花、そして、所々に流れている小川などがあり、それらを全て一望出来る場所だった。

「ここは俺の秘密の場所なんだ。悩み事を考えたり、心を落ち着かせる時に来たりしてその度に救われてるんだ」

「先生にも悩みとかあるんですね……」 

 そんな事を言ったらまたデコピンされた。地味に痛い。

「あるに決まってるだろ。最近はお前のことばっか考えてる」
 
「私……?」

 一気に視界がピンク色になった。まさかとは思うが、このまま春を迎えてしまったりして…。

「お前がどうやったら今以上に乗馬が上手くなるのかとか、エヴァに気に入って貰える行動をお前にどう教えようかとか、お前は本当に一人立ち出来るのかとか」

「………」

 やっぱり先生は先生だった。先生の思考の中心にあるのは乗馬のことばかりだ。まあ、何となくそんな気はしてたけど。

「──あと、お前にどうやってあの事を話そうかとも」

「……?何です?あの事って」

 私がそう言うと、先生は一度口籠もり、こちらに体を正面に向けた。
 先生の顔は私と目を合わせずにずっと地面を見つめている。何だか、申し訳無さそうにしている様だ。

「…………………エマ。よく聞いてくれ」

「?………はい」

「…………………………乗馬大会に………出ることになった」

「……え?な、なんて…言いました?」

「っ──乗馬大会に出ることになった!!」

 先生はもう半分投げやりの様に大声で私に言った。
 乗馬大会に出ることになった…?

「……今まで黙っていてすまない。実を言うと、俺がお前に近づいたのはお前を大会に出場させる為だったんだ」

「え、と…それはつまり、既に大会に出場するのは決定事項だったと……?」

「……ああ、そういうことだ」

 私は一歩後退る。まさか、先生がこんな事を企んでいたとは思いもしなかった。イケメンには裏があると言われているが、実際にその通りだった。

「で、でもなぜ私……?」

 私は、何故自分を出場させるのかと先生に問う。先生は今度はちゃんと目を合わせて答えた。

「それは……お前に見込みがあると思ったからだ」

「見込み……」

 そう言われてちょっと嬉しくなる。あの時私が絶望していた状況で見込みがあると思ってくれていたのか。
 しかし、まだ肝心なことが聞けていない。 

「どうして…どうして私は大会に出場しなければならないのですか……?」

「それは………すまない。その事に関しては言えない。本当にごめん」

 先生は視線を外し、申し訳無さそうに下を俯いている。
 私は何も答えてくれないと判断し、すぐさま質問を変更した。

「なら、私は大会に出場して何をすれば良いのですか?」

「…優勝を、することだ」

「………」

 先生には今まで色々とお世話になった。だから何かしらの形で恩返しはしたいと思っていたが……流石に優勝を取るのは二ヶ月間の努力では足りないのでは無かろうか。

 私は一気に先行きが不安になる。そのせいか、自然と眉を寄せてしまう。

「…大会に出場する部門は新人部門だ。だから、そこまで強い奴はいないと思う。でも、もしそれでも嫌なら……」

「もう、取り消しは出来ないんですよね?」

「え?あ、あぁ」

「…分かりました。出場します」

 私がそう宣言すると、先生は驚いた様に目を見開く。それから、心配そうな顔で覗き込んでくる。

「ほ、本当に良いのか?だってお前はただの趣味で始めたようなものだろ?それなのに俺の都合で参加させられて……俺が言うのも何だが、辛くないのか……?」

「まぁ、確かに趣味で乗馬はやりましたけど、今はそれ以上に乗馬が楽しくてずっと続けていたいと思っています。辛くは無いですよ?驚きはしましたけど…。でも取り消し出来ないのなら、もう腹を括ります」

「っエマ……!」
 
 すると、先生はこちらに近付いて私をふわりと抱き上げる。

「え、ちょ、うわわわ!せ、先生!お、降ろして!降ろして!」

「あはははっ!やっぱお前最高だわ!ありがとう!ホントにありがとうな!!」

 断じて夢溢れるお姫様抱っこなどでは無い。普通に赤ん坊などにする抱っこと同じように私は抱き上げられている。
 先生の背が高いからか、普通に視界が高くなるし、上から先生を見下ろす形になる。色々と怖い。

 降ろしてと言っているのに、先生は興奮が抑えられないのか、先生が静まるまで私はずっと抱き抱えられていたのだった。

 








「乗馬大会に出場する事になった……?」

 私は帰宅してすぐ、部屋に戻ってきたレイアにそう告げた。
 レイアは暫くポカンとしつつも、すぐに真顔に戻り経緯を教えてください、と質問してきた。

 私は今日あった出来事をレイアに事細かに話す。
 話終えるとレイアは一度深い溜息をした。それも結構長めの。

「お嬢様が何かしらの厄介事を持ち込むのは幼少の頃からよくある事でしたが……まさか、ここに来てそうくるとは……」

「ご、ごめん……」

 レイアは全く、と言って諦めた様に笑う。

 「それで、大会の日程はいつになるのですか?私もお嬢様の勇姿を拝見致します」

「えっと…それが一週間後らしくて……」

「………かしこまりました。予定を組んでおきます。……一応聞いておきますが、まさか、優勝を狙っているおつもりで?」

「……………まぁ、そうとも言えるかなぁ…なんて。あはは……」

 レイアは再び深く長い溜息を吐いた。ごめんなさい。
 
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