女王候補になりまして

くじら

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脱・引きこもり姫

幽霊退治②

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「兄様、一体何故こんな所に……?深夜に皇宮内でジョギングでもしようとしていたんですか?」

 目の前で不思議そうな顔をしているリシャーナ様は黒のマントに紫色の小さな魔石がはめ込まれている魔法の杖を持っていた。

「おい、リシャーナ。流石に俺もそこまで脳筋では無いぞ。俺たちは女王候補の課題として幽霊退治をしていたところだ」

「幽霊退治……?皇宮に幽霊が出たんですか?」

「そうらしい。確か……夜な夜な走り回る足音が聞こえたり、壁やものにぶつかる音、あと男の人影が……って───」

「それ僕じゃないですか?」

「………………」

 アルビー様が黙ってしまった。そんなアルビー様をよそにリシャーナ様は「良かったですね。原因を究明出来て」などと呑気な事を言っている。

 そうしてリシャーナ様は自分が持っている魔法の杖の魔石の部分をローブの裾で磨いていた。

「それで、貴女は?」

 目線も寄越さず磨く手も止めないまま、リシャーナ様はこちらに向かって尋ねてきた。

「わ、私はエマ・フロンティアです。女王候補の一人でございます」

「そうなんですか。大変ですね。深夜にありもしない幽霊なんかを捜索させられて」

 無表情のまま、彼はそう言った。

「そうですね……でも、これが課題というものなので。あの……失礼ながら、先程は一体何をされていたんですか?」

 リシャーナ様は磨く手を止め、私に向き合った。そして突然、別の話を言いだした。

「──……一般的にご令嬢は人間以外の動物を嫌います」

「……ん?」

「それは理由は様々ですが、獣臭いから、うるさいから、可愛くないから、礼儀がなっていないから、怖いから、嫌いだからなど……他にも色々と理由を聞いてきました」

「は、はあ」

「それが一般的な令嬢です。一般的な令嬢の中では動物が絡む会話すら嫌う者もいます」

「あの……それがどうしたんですか?」

 私が聞き返すとリシャーナ様はずいっと顔を寄せてきた。

「ですから、貴女は一般的な令嬢ですか?それとも異常な令嬢ですか?」

「……………えっと………?」

 リシャーナ様の瞳には光が無い。まるで品定めされているかの様に居心地が悪い目線だった。

「リシャーナ、こいつは馬を飼っているぞ」

 すると突然、アルビー様がリシャーナ様に声を掛けた。

「馬、ですか」

 リシャーナ様は私から顔を離し、思案顔をした。

「こいつは朝早くから自分の馬の世話をしているんだ。毎日、欠かさず。俺も馬の世話をたくさんした事があるからその凄さはとてもよく分かる。動物好きなお前も、その一人だろ?」

 (あ……そういえば……)

 攻略対象の一人であるリシャーナ様のキャラクター紹介では、『好きなもの』に動物と書かれていた気がする。

 この世界には動物に限らず、魔物や魔獣、人魚やクラーケンなどといった生き物も存在している。

 会ったことは無いが、その生態について図鑑に載っているほど、当たり前の存在となっているのだ。

 (──確か、リシャーナルートは主に魔獣を滅ぼそうとする人達に立ち向かう為に協力して手を取り合うみたいなストーリーだった気がする)

 彼はおそらくショタ枠として登場したのだろう。好感度が高いと、上目遣いをしたり、お姉さんなどと言って甘えてきたりしたのだ。

「馬慣れしている兄様がそう言うなら……信じることにします」

 彼のストーリーには魔獣を滅ぼす人達の他にも動物を毛嫌いする令嬢達も悪役の方に回っていた。動物好きの彼は、今まで動物嫌いの令嬢達に散々なことを言われていたんだと思う。

 (何が原因であんなことを聞いたのかは分からないけど、昔から散々な物言いをされればあんなことを尋ねるのも頷けるな……)

 私は一人納得し、改めてリシャーナ様に向き合った。

「それで、僕が深夜に皇宮を走り回っていた理由ですよね。………僕は現在進行形で逃走している魔獣、『シーティアラ』を捕まえる為に毎夜皇宮を徘徊していたのです」

「シーティアラ、か」

「……深夜にですか?昼間探した方が良いのでは……?」

「僕もそうしたいのは山々ですが、生憎僕の探しているシーティアラは昼間は透明化をしていて肉眼では見ることが出来ないのです」

 ───シーティアラ。

 それは昼間は透明化をして一箇所に留まり、夜間になると姿を時折見せる夜行の魔獣の一つ。
 幻覚魔法を施し、相手を惑わすことで敵を攻撃している。
 大きさは手のひら程で小さい。色は白で瞳は充血しているみたいに赤い。ふわふわとした毛並みは手触りが良いと言われている。

「普段は人を襲うことはない温厚な魔獣なのですが、警戒心が強いので逃げられてしまったんです。おまけに透明化を扱うので余計……」

 リシャーナ様の言葉には少し疲れているような声がする。きっと今まで大変な思いをしてきたのだろう。

「深夜に捕獲行動に出ていることは城のものには伝えていないのか?」

「伝えていませんよ。ご令嬢の他にも貴族生まれのメイドや執事の中にも動物嫌いの者がいますから」

「………確かにそうだな」

 アルビー様は顎に手を添えて考え込んでしまった。

「………ですがリシャーナ様、差し出がましいことを言いますが、深夜に捜索しているということは睡眠時間はきちんととれているのですか?」

 するとリシャーナ様は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「………必要最低限はしている………つもりです」

 言い淀んだ。
 私は失礼を承知でずずい、とリシャーナ様に近寄る。

「もしよろしければ、その捜索、私たちが手伝ってもよろしいですか?」

「……はい?」

 私がそう言うとリシャーナ様には訝しげな顔をされる。
 ───怪しい。きっとそう思われているのだろう。

「………一体どうしてそんなことを……課題は原因を究明することですよね?究明出来たんですから、レジックにでも何でも報告すれば良いじゃないですか」

 確かに通常であればそうだ。原因を究明出来た訳だし、さっさとレジックに教えて寝床にゆっくりと入るべきだ。

 だけど、私にはそれが一番正解な行動には思えなかった。
 これはきっと、私のお人好しだ。

「………それでは、国民の困り事を無視することになります」

「……つまり?」

 私は息を吸って、リシャーナ様に向き直る。
 私はこのゲームのヒロインでは無い。
 けれど、目の下には隈ができて、その状態で地獄の様な公務を倒れそうな程毎日している人間を見過ごすことは出来なかった。

 この世界の情報だけでは彼のことは助けなかったかもしれない。

 ──だけど、私は知っているから。

 前世の記憶で彼が……いや、彼らがどれほど辛い毎日を送っているかを。

 私は少しでもそれを軽くしてあげたい。

「私は時期女王を目指す人間です。困っている人を────例えそれが王子だとしても見過ごすほど、冷酷な人間では無いのです」

 本当は女王なんて目指していないのだけれど、名目として使わせてもらおう。

 すると、それを聞いたリシャーナ様が少しだけ目を見開いた。伏せがちだった綺麗な赤の瞳が少しだけ垣間見えた。

「なので、リシャーナ様。少しだけでも力にならせて下さいませんか?」

 最後は困ったように私は笑った。




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