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出会って一年が過ぎていた

ケーキ屋さんのイチゴ大福

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 少し体調の良くなった聖に、「何が食べたい」と聞いたら、「ケーキが食べたい」と、言われた。
 …ケーキか…。
 とっさに思い付いたのは、以前、初めて聖と出掛けて食べたケーキ屋さん。
 …買いに行くか…。
 昼食を終えて、聖が再び眠り始めると、黒龍はそっと部屋を抜け出した。


 黒龍は、意気込んで来たのは良いが、女性ばかりが入っている店に、一人で入店する勇気が無かった。
 良く考えてみれば、今日は日曜日。
 買い物客が多いはずだ。
 だが、聖はケーキが食べたいと言っていた。
 …どうしよう。
 店の近くをウロウロしながら見ていると、次から次へとお客さんが入り、購入していく姿が見える。
 …無くなってしまうかもしれない。
 黒龍は意を決して、ケーキ屋さんのドアを開けた。

 中に入ったのは良いが、どれを選べばいいかが分からない。
 黒龍がガラスケースと、にらめっこしていると、顔見知りになった店員さんが、声をかけてきてくれた。
 聖がケーキが食べたいと言うと、時折ココへ来てお茶をしていく事があるからだ。
「今日はお一人なんですね」
「…風邪を引いて…ケーキを食べたいと言うのだが、何を選べばいいか分からない…」
 特に甘いものが好きなわけでは無いから、どれも同じように見えてしまう。
「…そうですね。口当たりの良いムースとか、冷たいゼリー菓子とかはどうでしょう」
 良く分からないので、それで良い。
「…それで良い」
「…味は…いつもイチゴ系をご注文なさるから、イチゴにしておきますね」
「…そうしてくれ」
 …良く覚えているな。
 店員さんが包んでくれている間にも、お客さんが入ってくるので、黒龍は角の方に身を寄せた。
 何か見られているよな…。
 男一人でケーキを買いに来るのは、珍しいからかもしれない。
 そんな事を思いながら、ふと、思い出す。
 良く考えてみれば、仕事以外に、厨房の人に卵粥を作ってもらったり、小納谷の同僚に布団を敷いてもらったり、朝食を準備してもらったりと、迷惑をかけていることに気が付く。 
 …お礼に、何か買っていくか…。
 しかし、人数分のケーキだと凄い金額になってしまうし、マフィンだと、年配の方が、あまり好みでないような事も言っていた。
 …どうしよう。
 そんな事を思っていると、店員さんが、箱詰めし終わり声をかけてくれた。
 そうだ、ついでに何か有るか、聞いてみよう。
「…ケーキではなく、お礼に店の皆にあげたいと思うのだが、何か有るだろうか?予算の加減と人数が多いのと、気兼ね無く食べてもらえそうなのが良いのだが…」
 店員さんはしばらく考え、
「人数はどれくらいですか?」
「ちゃんと数えた事が無いから…二、三十人くらいはいるかと…」
「和菓子でも良いですか?」
「…和菓子?」
 ケーキ屋なのに、和菓子が有るのか?
「ケーキ屋さんなのにと、思ったでしょう」
 店員さんが、笑う。
「店の店長、イチゴ大福が好きで、良いイチゴが入荷すると、たまに作るんですよ」
 なるほど、イチゴ大福なら気兼ねせずに食べてもらえる。
「今日は有るのか?」
「ちょっと待ってくださいね」
 そう言って、奥の厨房へと入っていった。
 チラリとガラスケースを覗くと、角の方に、確かにイチゴ大福が並んでいる。
 
 しばらくすると店員さんが、戻ってきて、
「厨房に20個ありました。店頭に5個有るので、25個ですが、よろしいでしょうか」
「それで、お願いします。…あっ、1個だけ、さっきのケーキと一緒に入れてもらって良いですか?」
 …せっかくなので、俺の分も。
 聖と一緒に食べるとき、俺の分が無いと、気兼ねするだろう。
「分かりました。もうしばらく、待ってくださいね」
 そう言って、厨房の中へ入っていった。
 チラリとイチゴ大福の値段を見て、財布の中身を見て、ため息を付いた。
 …大きな出費だが、仕方ない。
 厨房と大輔の分だけは確保して、後は、出勤の人達で別けてもらおう。
 …本当は医者の薬代やら出張費がかかるが、酒を飲まない盆栽好きの方らしく、小納谷で急患が有った時、来てくれるよう頼んである人らしい。
 なので、必要ないと言われた。
 …給料から差し引かれるのかも…。
 ちょっと不安になりながらも、イチゴ大福を箱詰めされるのを待っていた。


 
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