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ダブルワーク
しおりを挟む先日仕事納めをした男は、自宅のこたつで疲れを癒していた。
「毎年のことだけど、この『ダブルワーク』は体に堪える」
こたつの天板にうつ伏せになり、携帯電話の電源を落としてぼそりと呟く。
普段から仕事の関係で、個人行動の多い男は独り言が多かった。
「監視も干渉もされずに気が抜けるのは、この時期だけだもんな……」
一緒に住んでいる女は、毎年恒例の年越し旅行に自分の両親と行っており、静かな部屋に男の小さな独り言がよく通っている。
「この生活を始めて、もうすぐ三年。そろそろ限界かもな……」
沈黙した携帯電話をこたつに置き、男は伏せた顔をゆっくりと持ち上げる。
そして、不安な未来に思いを馳せた。
男が今一緒に暮らしている女と出会い、婚姻届を出したのが三年前。
女と出会うまでの男は、仕事が見つからずやさぐれた生活をしていた。
そして女と共同生活を始めて、男は息苦しい生活を代償に安定した生活を手にした。
そのことに関して、男は今でも女に感謝している。
「でも、守らなきゃいけない決まりが多すぎる……」
この生活を維持するためには、男は女が決めたルールをすべて守る必要があり、日々いつの間にか増えていくルールの確認と厳守に頭を悩ませていた。
神経質で完璧主義な女は、自宅内はもちろん、外出時でも男に自分の理想を再現させる。
男はルールをまとめたメモ帳を何度も確認しなければ、女と一緒に出かけることが出来なかった。
しかし女は、こんな生活が理想で、十分満足しているという。
「義両親からの圧力が無いのも、今だけだしな」
思い浮かべるのは、女を抜きに仕事について三人で話した記憶。
顔を赤く染め上げた義父からの暴言、汚物を見るような義母からの眼差し。
そして、女と共にいるための条件という名の命令。
それは在宅ワークの女と無職の男を交流させないための、男に対する毎朝の強制出社命令。
女を溺愛している義両親は、女には義両親が男に仕事を紹介したと説明している。
しかし実際には男は無職のままで、毎日無為な時間を過ごしていた。
不定期に確認の電話がかかり、その度に嫌味や、罵倒が繰り返される。
それでも娘から嫌われたくないのか、義両親から定期的に口止め料が振り込まれる。
「ほんと、似たもの親子だよな」
女は仕事の紹介もあり、男と義両親がうまくやっていると思い。
義両親は女の理想とする振る舞いの男が、女と思い合っていると思っている。
しかし現実は醜いと男は嘲笑う。
女は男と偽装結婚をし、義両親からのお見合い攻撃に対する盾として、男の生活を縛り付け。
義両親は男に毎朝強制出社をさせ、男と女の生活を破綻させるために、男に不自由な生活を押し付ける。
義両親が諦めて、女を自由にするか。
女が折れて、義両親の言いなりになるのか。
どちらかの結末を迎えるまで、交わることのない平行線の上にいる男は、この親子に振り回され続ける。
「……俺から辞めると言ったら……あの親子からどんな目に合わせられるか……想像したくもない……」
毎年、年末に湧き出てくる、あの親子に対する反骨心。
しかしそれは、孤独に現実を見返すだけで萎んでいく、穴の空いた風船のようだった。
金と権力を持ち合わせる、過激で自分本意な親子を想像し、すべてを失う恐怖に体が震える。
義両親を騙し、女との偽装結婚を守れば、生活は保証され。
女を騙し、義両親からの強制出社命令を守れば、十分な小遣いがもらえる。
無職の自分には贅沢な環境だと、いつものように無理やりに思い込んだ。
こたつに置かれた、電源の切れた携帯電話。
男を挟んで騙し合っている親子と繋がる、この部屋で唯一の手段。
男は黙らせた携帯電話から目を逸らし、ぬくもりを求めてこたつに潜り込む。
結局今年も、この歪な『ダブルワーク』を辞める決心がつかず、男は虚しく年を越す。
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