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『悪意』の味
2話
しおりを挟む授業がすべて終わり、放課後。
男は標的と接触するため、 校内で標的の『悪意』が染み付いている場所を覗きに行った。
事前にいくつか目星をつけていた場所を、遠目に隠れて確認していく。
四つ目に向かった場所。
三年棟の空き教室を見て、男の口に覚えのある腐敗臭が広がった。
(自己愛が強く、他者を使い潰すことに何も感じない。澱んで腐りきった『悪意』の味)
間違いなくあいつだと、確信を持った男は目を閉じ、昼に買った緑茶で口をすすぐ。
そして、三年棟の出入り口が見えるベンチに腰掛け、目的の人物が出てくるのを待った。
空が茜色に染まり始めた頃。
男は味覚えのある『悪意』を撒き散らす集団と、集団に少し遅れてフラフラとした足取りの『悪意』が染み出ている女生徒が数人、校舎から出て来るのを確認した。
おぼつかない足取りの女生徒たちは、まるで床を転がった後のように制服が汚れ、乱れている。
その中で一番『悪意』が濃く染み出している女生徒が一人になるのを待ち、声をかけた。
「ボロボロですけど……大丈夫ですか?」
自分が生み出す味に辟易としながら、男は心配気な表情を女生徒に向ける。
女生徒は突然話しかけてきた男を警戒しているのか身構え、卑屈な視線を返した。
「……あんた誰?」
男は軽く自己紹介をし、気まずげな雰囲気を作って言葉を選ぶ。
「急に話しかけてすみません。ただ、そんな状態の女性を目の前にして、無視することが出来なくて……」
「余計なお世話なんだけど」
何も事情を知らないくせに首を突っ込むなと、男に辛辣な言葉を投げつける。
しかし男の舌はその言葉に何の味も感じず、女生徒に対する好感が少し上がった。
(この人無差別に『悪意』をばら撒くタイプじゃないのか)
そうなると……、と男が計画に修正をかけていると、女生徒がため息をついて諦めたように呟く。
「それに、私と話しているところを誰かに見られたら、あんたも碌な目に合わないよ」
そう言うと、いくつも足跡のついたスカートをつまみ、男に見せてくる。
男には、この光景は女生徒が無力な自分に絶望しているように見えた。
しかし男の舌は彼女の『悪意』を感じ取っていた。
(胃液を舐め回しているような強い酸味と焦げたような苦みが混ざった濃厚な『悪意』、これは自暴自棄になった復讐心の味)
そして、味の深みがこの女生徒の『悪意』の大きさを物語っていた。
(それに、この『悪意』爆発寸前だな)
女生徒の『悪意』の分析をひとまず終え、男は会話に集中する。
「……着替えはあるんですか?」
会話を続ける男に呆れたのか、女生徒が再び大きなため息をつく。
「……今日は体育がなくてね、このまま帰るよ」
「だったら少し待っていてください」
男はカバンから使っていないタオルを取り出し、女生徒に見せる。
「このタオル今日使わなかったので、制服をキレイにするのに使ってください」
タオル濡らしてきますね、と女生徒の返答を聞かず男は走り出した。
「あんた本当に何なの」
女生徒は渋々といった様子で男からタオルを受け取り、ぼやきながら制服の汚れを拭き始める。
「ただの紳士ですよ」
「……フフッ」
男の肩をすくめておどけた答えに、女生徒から思わず笑みがこぼれた。
そして笑ってしまったことが悔しかったのか、表情を引き締めて男を睨みつける。
男はその視線を無視し、目的のため自分の都合のいいように話を始めた。
「せっかくお知り合いになれたわけですし、明日お昼ご一緒しません?」
「は?」
男からの急な誘いに女生徒は呆けた声を上げる。
返事を待たずに男は続けた。
「僕が迎えに行きましょうか? それとも僕の教室まで来てくださいます?」
「待って」
「ああ、そうですね。僕の教室は1年3組です」
「そうじゃない!」
男の言葉を遮るように、女生徒が叫ぶ。
「私の話を聞け! 私と表立って関わったら面倒な奴らに目をつけられるって言ってんの!」
女生徒は肩を上下に揺らし、噛みつくように吠えた。
「? それでどちらがいいですか?」
「だから!」
「どっちがいいですか?」
「……」
話が通じない男に恐怖したのか、女生徒が数歩後ずさる。
しかしこれまでの会話で、この女生徒は押しに弱いと味で予想した男は、さらに強引に要求をぶつける。
「選んでもらえないのなら。昼休み中、全校舎走り回って大声で探し回ります」
「……それは止めて」
「だったらどちらですか?」
「…………私が行くから、目立つことしないで」
裏切られて傷ついたと言わんばかりの表情を見せる女生徒から、ささやかな『悪意』が男に向けられる。
男はその『悪意』を舌の上で転がし、味わった。
(この人、かなりのお人好しだな。ほのかに甘い『悪意』なんて珍しい)
この人を爆発させて社会的に死なすのは少し勿体ないな、と少し悩む。
(あの女にこの人を差し向けようと思っていたけど……止めておくか)
そして計画を大幅に変更することに決めた。
「明日が楽しみですね」
「……」
その後、うなだれて抵抗しなくなった女生徒を駅まで送り届け、男も帰路についた。
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