2 / 4
第一章少年と天使と賞金稼ぎ
さすらいのジャコモ
しおりを挟む青い闇が、星明り一つ見当たらない夜空を覆っていた。月並みな表現をすれば、そんな晩だった。
薄暗いバーのスイング・ドアが音を立てて揺れると、そこには黒い外套を羽織った人影が佇んでいた。
人影は黒革のトリコーンを目深に被り、襟首で顔の半分を覆っていた。
そのせいで表情は見えない。
バーには、人影以外に客が一人いるだけだった。
他に客の姿はなく、それどころか酒場の店主も不在の様子だった。
ゆっくりとした足取りで人影が、たったひとりの客の居る右側のテーブル席に近づいていく。
そのテーブル席には、ずんぐりむっくりとした体型のヒューマンの巨漢が足を投げ出して座っていた。
巨漢が自分に近づいてくる人影に向かって声をかける。
酷く酒臭い息だった。
「おい、お前、俺に何か用か?」
人影は巨漢から視線を動かさずに「よう、あんた、肉蜘蛛のボンドだろ」と、陽気な口調で問いかけた。
「ああ、そうだとも。この俺様が肉蜘蛛のボンド様よ。で、そういうテメエは誰だ?」
ボンドがウォッカの瓶を軽く傾けながら、人影を凝視する。
「俺のことかい?なあに、ただ、あんたを殺しに来ただけさ」
その言葉と同時に外套に隠されていたレミントンM1890が、立て続けに火を噴いた。
放たれた銃弾の衝撃に椅子ごとボンドの巨体が吹き飛び、後ろの壁に激突する。
宙に放り出された酒瓶が地面に落ちて砕けた。
辺りに立ち込める硝煙の匂い、人影は倒れたボンドを無言で見下ろした。
「死んだふりはやめておくんだな、大将。それとも本当におっ死んじまったのか?」
人影の言葉に反応するかの如く、床に転がったボンドが勢い良く上体を起こした。
すかさず、人影目掛けてボンドが大量のスレッドを浴びせる。
ボンドの吐き出した蜘蛛糸に身体をがんじがらめにされる人影。
ボンドの顔面は、もはや人間のそれではなかった。
真っ赤に光る六つの複眼を人影にむけながら、鋭い牙を携えた上顎をひっきりなしに擦っている。
そのまま地面にうつ伏せになると、ボンドの脇腹を突き破って節のある肢が生えてきた。
その姿はまさに蜘蛛だった。
「あんなチャチな豆鉄砲、いくら撃とうがこの俺に効くかよ、この間抜け!ははっ、それじゃあ踊り食いとしゃれこむか。この店の連中みてえによ」
蜘蛛糸に絡め捕られた人影にボンドが、わざと牙をカチカチと鳴らして見せる。
獲物を嬲っているのだ。
毒腺から分泌される毒液が、牙の先端からぽたぽたと床に滴り落ちると、紫色の煙とともに悪臭を放った。
卑しい光沢を帯びたボンドの複眼が、薄闇の中でぎらつく。
人間の温かな生肉の触感を思い出し、興奮しているのだ。
だが、人影に焦りは見られない。
「……おあいにく様だったな、大将」
人影が両腕を振り上げ、ネット状に絡みついた糸を引きちぎる。
その光景にボンドが驚愕の表情を浮かべた。
「なっ、俺のスパイダーネットを素手でっ」
ボンドの糸は鋼鉄の1000倍以上の強度を誇り、ゾウすら絡め捕る代物だった。
その糸をこうも易々と千切り飛ばすなど、ただのヒューマンができる芸当ではない。
「お、お前、なんだ、いったい誰なんだっ」
人影から距離を取ろうと後ずさるボンド。
無言のまま、人影が襟首をずらすと葉巻をくわえ、マッチで火をつけた。
マッチの明かりに浮かび上がった人影の相貌。
山猫だ。
比喩でもなんでもなく、文字通りの山猫の顔がそこにあった。
「一週間前、とある行商人の一行が何者かに襲われ、皆殺しにされた。全員、蜘蛛糸で絡め捕られ、食われた状態でな。
俺はピンときたよ。犯人はお前だってな」
山猫がゆったりと葉巻の煙を吐き出す。
それを隙と見たボンドが跳躍し、山猫に襲い掛かった。
刹那、轟音とともに閃光がボンドの胴体を貫いた。
ボンドの腹部に刻まれる巨大な風穴。
山猫がボンドにむけた右腕、そこには肘から伸びた筒状の無骨な銃砲が突き出ていた。
「み、右腕が銃だと……っ、そうか……お前が……ジャコモか……っ」
血反吐を吐きながら崩れ落ちるボンド。
「お前についた賞金は教会の孤児のために使ってやるよ。よかったな、最後に罪滅ぼしができて」
「くっ……くそったれめ……」
徐々にボンドの瞳から光が失われていった。
ジャコモと呼ばれた山猫が、燻ぶった葉巻をボンドの口に差し込む。
「まあ、こいつでも一服しながら冥途に旅立ってくれ。地獄じゃ、大勢の亡者どもがお前を手厚く歓迎してくれるだろうぜ。いや、手荒くの間違いか」
ジャコモが担ぎ上げたボンドの亡骸を外に置いてある棺桶に放り込んだ。
そのまま軽やかにジャコモが、ビートルホースの背中に跨る。
ビートルホースのピエールが、ズルズルと棺桶を引きずりながら、ジャコモとともにハンターギルドを目指す。
枯れ木にとまったフクロウ達の鳴き声が響いた。
すると夜風が、枯葉を揺らしながら、ジャコモの横顔を通り過ぎて行った。
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
二度目の勇者は救わない
銀猫
ファンタジー
異世界に呼び出された勇者星谷瞬は死闘の果てに世界を救い、召喚した王国に裏切られ殺された。
しかし、殺されたはずの殺されたはずの星谷瞬は、何故か元の世界の自室で目が覚める。
それから一年。人を信じられなくなり、クラスから浮いていた瞬はクラスメイトごと異世界に飛ばされる。飛ばされた先は、かつて瞬が救った200年後の世界だった。
復讐相手もいない世界で思わぬ二度目を得た瞬は、この世界で何を見て何を成すのか?
昔なろうで投稿していたものになります。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる