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一日の終わり
しおりを挟むキッチンに着いたあと、小ぶりな冷蔵庫を開けた。今日は買い物に出掛けてないから中は空っぽで、隅っこに麺つゆの素が一本と、なぜかジップロックに入った細麺が何束かあるだけだった。今日はそうめん日和だ。
僕は棚から小さな鍋を取り出し、水と麺二束を入れて火にかけた。鍋底にうつる彼の青がキラキラと光っていた。
「本当に綺麗な目してるよなお前。顔立ちもいいし、正直羨ましいよ。」
僕は彼の青に見入ってしまったせいか、鍋が沸騰していることをすっかり忘れていた。気づいた時には鍋からボコボコと音を立てて泡が鍋中を覆っていた。僕はすぐ火を消し彼を近くの椅子に置くと、鍋を流しへ持って行き笊へ麺を移して、大急ぎで水で冷やした。笊の上に雲のようにふわっとした水蒸気が溢れる。ほのかに麺の柔らかい匂いが漂う。
麺の水を切った後皿に盛り付け、さらに底の深い皿に麺つゆを注いだ。
「薬味は…ああ、そうだった。買って来ないとないんだった。シンプルだけどたまにはいいよね。」
僕は椅子に置き去りにしていた彼を自分の向かい側の椅子に移動させた。一人の生活に慣れてしまったせいだろうか、〝ふたり 〟でいることにそれとない違和感を覚える。これは違和感というより、安心感というのだろうか、いつもより今日のそうめんはとても美味しく感じた。
「よし。プチ晩酌でもしようか。」
僕はプラスチックのコップとガラスのサングリアを食器棚から持ってきた。晩酌とはいっても、冷蔵庫にあった炭酸水を注いで彼の目の前にそっとサングリアを置くだけだった。彼の瞳には炭酸の泡がキラキラと映し出され、それは宝石のようなまばゆい輝きを放った。
僕は片方の手でコップを持ち、
「乾杯!」
といって彼のサングリアまでスライドさせ、コツンと心地の良い音が響いた。もちろん、彼は飲めないが今の僕の感覚を味あわせてあげたかった。 僕はゴクゴクと勢い良く炭酸水を飲んだ。喉にシュワッとした刺激がピリピリ伝わってくる。こんなにも炭酸水を美味しいと思ったのは初めてだった。
楽しい晩酌が終わり、僕はシャワーを浴び歯磨きをすませ、寝床についた。僕の隣には彼がいて、いつものような虚無感は何一つなかった。
「お前のおかげで今日は楽しかったよ。よく眠れそうだ。」
僕は彼の耳元でそっと囁いた。彼にとって、今日はどんな一日だったのだろう。いつか話してくれないかな。枕元にいる彼を撫でながらそんなことばかりぼーっと考えていた。
今の僕を普通の人が見ればどうみても僕は変な奴だ。自分でもなんとなく分かる。でも、何も無い真っ暗な世界にに光がさしたような彼はそういう存在なんだ。もう一人にはなりたくない。そんな思いが僕の中に溢れ返っていた。
僕は幸せな気分に満ちたままライトを落とし、そっと目を閉じた。
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