恨み買取屋

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第一章・首吊り少女の怨念

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 恨み買取屋。
 普通に聞けば、何か怪しい宗教団体だろうかとか、厨二病をこじらせた店主の店なのだろうかとか要らぬことを考えてしまいそうだが、今私は幽体。死人。この世ならざるモノ。
 あの世では意外と、コンビニぐらい広まっている普通の店なのかもしれない。   
「ははっ、なんだそれって顔してる。かぁーわいぃー」
「やめて。というかそれがわかってるのなら説明しなさいよ」
 私がそう言うと、夜狐はぽりぽりと頭を掻いて少し眉を八の字にひそめた。
「ん~説明って言ってもなぁ。文字通りだよ。恨みを買い取る業者――それが恨み買取屋」
 簡単な説明を受けても意味がわからなかった。
 言葉としてはわかるのだが、まるで物語の中のような話でどうにも想像がつかないのだ。しかしあの世にはこんな、物語のようなものが大量に溢れているのだろう。…慣れなくては……。
「わかったわかった。ま、君は――香澄ちゃんは死にたてだもんね。しっかり説明してあげる」
 なにをちゃっかり名前呼びで、しかもちゃん付けで呼んでいるんだこの人は。
 ――そもそも夜狐は人なのだろうか?
「え?あ、ごめん、嫌だった?」
「…嫌と言うほどのものでもないけれど、てっきり苗字で呼ばれると思っていたのよ」
「へ~。じゃ、説明入ろうか、香澄ちゃん」
「直さないんだ…」
 どうやら夜狐は随分マイペースな性格らしい。
 そうして、夜狐は一つ咳払いをすると、演技がかった口調で話し出した。
「まず、恨み買取屋と言ってもお金で買い取るわけじゃない。僕達は、相手の恨みを代わりに晴らしてあげる事で――その恨みを引き取るんだよ」
 早速何を言ってるのかわからない。
 恨みを引き取る?それはつまり――どういうことだ?
 すでに思考することを諦めた脳は何の役にもたたず、ただ夜狐の言葉のみで私が理解できることを望むしかない。
「恨みって言うのは、する。幽霊みたいなものさ。あいつが憎い、こいつが恨めしいと言った気持ちを核として、物の怪のような…なんて言うのかな、現世に危害を加える存在になってしまう。人の思いには、それぐらいの重みがあるんだ」
 特に悪い感情はね――と夜狐は続けた。
「恨みが具現化した物の怪は、それを生み出した人間が抱いていた恨みに応じて姿形、強さを変える。そうして、恨んでいた人間を殺す――ま、恨みはほぼ幽体みたいなもので現世の人間を触ることは出来ないから、原因不明の心筋梗塞とか脳血管の破裂とか、不運な事故なんかを引き起こすぐらいしかできないけれどね」
 ぐらい、というが人は十分それで死ねる。
「恨みに殺された人間は、天国には行けない。必ず地獄へ落ちる。恨みに殺されたということは、誰かに恨まれていた証拠だからね。そして、その恨みの持ち主も一緒に地獄行きさ。いくら人が死んでも知ったことではないけれど、それで地獄が渋滞されても困るから、この恨みを倒す人間が必要になった。それが僕ら、恨み買取屋」
 ここで私は一つの疑問を持った。夜狐の話を遮って質問をする。
「ちょっと待って。恨みを倒す――って言ったわよね。貴方、さっきは引き取るって言ったじゃない」
 揚げ足を取るようだったが、この話で疑問を残してはいけないと思ったのだ。一度ついていけなくなったらもう話を聞く気力も無くなるだろう。
 その質問に夜狐は一瞬キョトンとしたが、すぐにまたへらっと笑った。
「さすが。良い質問だ」
 良いかどうかは知らないが、夜狐は先程より上機嫌になり、口を開く。
「引き取るって言うのはつまり、戦って倒す――ってことなんだよ。たとえば、香澄ちゃんはバゲットモンスターって知ってる?」
 知ってるも何も、国民的アニメじゃないか。見てはいなかったけれど、キャラの名前とある程度の知識は持ち合わせている。
「モンスターと戦って、ある程度弱らせてからパンを投げて捕まえるやつでしょ?ハンバーガーみたいに挟んで……あっ」
「そ。恨みを引き取るってのはそれと同じ」
 
 そういうことなのだと夜狐は言った。
「相手が大人しく捕まってくれるなら苦労はしないけどね、向こうはこっちに危害を加える存在だ。話し合いなんかが通じる相手でもない」
 害獣駆除――みたいなものか。
「そして、恨みはの世界ではすごく貴重なモノなんだ。人の負のエネルギーは、呪いを生み出す。その呪いから生成されるものが、君たちも知っているかもしれないけど…呪具ってものなんだよ」
 呪具。
 呪術的行為の媒体となるモノ――か。あまり詳しくは無いが、人の負の念、それこそ、恨みが込められて作られていると聞いたことがある。
「まぁとにかく、人間の恨みは凶悪な代わり利用価値がある。だからそれを回収するって役割が、あの世で必要とされたって訳さ」
 基本的には回収して呪具にしてから売り出すって感じなんだけど――と、そこで夜狐は一旦言葉をきった。
「…ふむ、この辺で良いかな?」
「…ええ、まぁ、大体わかったわ。だけど――」
 やはり私にはいくつか疑問が残っていた。
「どうしてなの?話を聞く限り、貴方達のしていることは駆除みたいなものじゃない。恨みが具現化した害のあるモノ――それが恨んでいる人を殺してしまったら自分も地獄行きなのでしょう?だったら、向こうはむしろ自分がお金を払うなりなんなりしてでも恨みを祓って貰おうとするんじゃないの…?」
 その言葉に夜狐は不思議そうに返す。
「憎くて恨めしい人間が死んで地獄に落ちてくれるなら、安いもんでしょ?」
 悪意もなにもなく、ただそう言うものであろうという風に淡々と夜狐は言った。
 そのチャンスを僕たちは奪っちゃう訳だからね、と夜狐は笑う。
「その分、僕らが恨みを倒して核そのものに戻してしまえば、恨みの持ち主は気持ちが軽くなる。恨んでいたという感情がきれいさっぱり消えるから」
 ただそれでもやっぱり恨みを売らずに、相手を葬ろうとする者も多いそうだ。
 …未だ、理解が追い付かない部分は多かった。しかし大部分は理解できたし、細かい疑問は置いておいて、私は本当に知りたかったことを聞くことにした。
「貴方、どうして私のところに来たの?」
「…賢い君なら、もうわかっていると思うけれど」
 その通りだった。既に見当はついていたし、なんとなく夜狐が何て言うのかも想像がついていた。
 それでも確証が欲しかったのだ。
「恨みは、いや、恨みが具現化するのは死んだ人間のみだ。だってそうだろ?生きた人間の恨みまで具現化されちゃあ、世界は恨みで溢れかえる。その人間が死んだとき何を恨んでいたのか。それが反映されて恨みが生まれる」
 だから僕は今君の目の前にいるんだ――と言って夜狐は笑った。
 先程までのようなへらへらした笑顔ではなく、にやりと、なにかを企んでいるかのような。
「恨みっていうのは本来、自分で背負うべきもの。恨みを晴らすのもその責任を取るのも当人の役目だ。だけれど、だからこそそれをどうするかは当人の自由」
 そう言うと、夜狐は私に向けて手を差し出した。青白い、傷一つない、綺麗な手だった。

「僕に君の恨みを売ってくれ」

 演技がかった口調と、ニヤついた笑顔で――夜狐は想像通りの言葉を口にした。

    ▽ ▲ ▽ ▲ ▽

「勿論、無理に首を縦に振る必要はない。憎い相手を地獄に落として、自分もその罪を償う――そんな選択をするとしても、それは僕が口を出すことじゃない」
 差し出された手を取らないでいると、彼はそう言ってしゃがみ、私を見上げるような形で話を続ける。
「ただ、ね」
 夜狐の笑顔が、ほんの一瞬だけ崩れたような気がした。
 確信すら持てないレベルの一瞬だったのだが、その表情の意味を考える前に夜狐は再び口を開く。
「君が地獄に落ちるのは、僕が嫌だ」
 とんだワガママだけれど、聞いてくれるかい?と言って、彼は本物の狐のようなその金眼を細めた。
「…私たち、何処かで会ったことあったかしら」
「……いやぁ?初対面さ。先祖でもなければ守護霊でもない」
 先祖や守護霊を引き合いに出したということは、やはり夜狐は死人なのか。
 そんなことを考えられる余裕があるのかと聞かれれば、答えはNOだ。私の頭の中は、今自分がどうするべきかと夜狐の正体についてでいっぱいいっぱいだった。
 この男はなんなんだ。
 どうして私を――
「…ごめん、混乱させちゃったね。いいんだ、君の好きなようにしてくれて」
 そんなことを言われても、一度あんなことを言われては何だか申し訳ないような気がして、選択の余地はほぼないに等しかった。
 でも。
 私の恨みの矛先は、大体わかっていた。きっと多方面に向いていて、そして――
 に対する恨みは、一段と大きいのだろうとわかっていた。
 わかるからこそ、その人物がこれからものうのうと生き続けるのは癪だった。例え自分が地獄に落ちるとしても。
「……一つ、頼みがあるの」
 でも夜狐の思いを無下にすることは、やっぱり出来なかった。
「私が一番恨んでいる相手に対する恨みは――私に倒させて頂戴」
「………わぁお」
 まさかそんな返答が来るとは思いもしなかったよ――と夜狐は頭を掻いた。
「…いいの?確かに恨みは生きた人間には触れられないけれど、死人には触れられる。大怪我する危険性だってあるよ」
「こちとらもう死んでるのよ。どんな怪我をしようがもう一度死ぬってことはないはずでしょ」
「………鋭いなぁ、全く」
 夜狐は困ったようにはにかんだが、暫くすると諦めたかのようにため息をついた。 
「わかった。武器はその時こっちで支給する。でも約束してくれ――絶対に無茶はしないこと」
 まるで心配性の母親のようなことを言いながらも、夜狐は私の我が儘を聞き届けた。
 私が地獄に落ちない代わりに――といった交換条件だからだろうか。
 意外と、聞き分けがいいじゃないか。 
「なんだか予想だにしなかった事態になりそうだよ。そもそもこんなの前例が無さすぎる」
「ならあなたがなればいいじゃない。とやらに」
 私は夜狐の前に出て足早に歩き出す。後ろで、夜狐が慌ててついてくる足音が聞こえた。
「ちょっと待ってよ、行くアテは?」
「あるわけないじゃない。でも病院にいたって仕方ないでしょ?」
 そうと決まれば、と私は少し浮き足だった心に従うように夜狐を待たず先を急ぐ。
「…案外積極的なんだなぁ」
 夜狐は困ったように、でもどこか安心したような穏やかな声で笑った。

『初対面さ』

「――君にとっては、ね」

 その声は、先を行く香澄に届くことはなかった。                                                                                                                                            
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