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第七話:全ては狂いながら廻っていた
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「真里の家に行こう!」
何を?言ってるんだ?こいつは?
「俺の家来るって…侵略?侵略か?」
「違うよー!真里の願いを半分叶えてあげるってこと!」
………??
俺の願いは異能力を手に入れることだから、半分とかは出来ないはず…なんだが…
そんなことを考えている間に、女郎蜘蛛はさっさと進み出す。俺の家どこか知らねえだろ!
「ねえ、真里の家どこ!?」
それ見たことか。
「……」
女郎さんの言っていたこと。
…そんなに有害そうには、見えねえんだけどな…
「……本当に、俺の願いを叶えてくれるのか?」
「うん、半分だけね」
……俺はまだ少しこいつを疑っている。
女郎さんの言葉、『たくさん殺した』。それは簡単に信じられるものでもないが、簡単に疑えるものでもない。なにせこの見た目だけは幼く純粋無垢な少女は、あまりにも狂っているから。
こいつがたまに見せる、狂気。
『あたしは、真咲の願いを――』
こいつは真咲――俺の先祖――の願いを叶えるために、俺の願いを叶えるという。
異様なまでの真咲への執着心。
女郎蜘蛛の言葉を信じるなら、こいつは数百年以上も真咲のことを思い続けている。
健気だよな。偉いよな。何でも貫き通せる、いい子じゃないか。
だから怖いんだよ。
真咲のためなら、こいつは何でもやるんじゃねえかって。
「……」
「………真里?」
殺されるかもしれない。
少なくとも、滅茶苦茶危険な賭けに出ていることは確かだ。
「ねえ真里ってばあ、真里の家どこ?」
……………。
『これ以上あの子を人間離れさせないでおくれ――』
「ああ、こっちだ」
俺は先導をきって歩き出した。
騙すつもりもさらさらない。ここを出て道なりに行けば、後は多少曲がるだけで俺の家につく。
俺の願いは元々無茶だ。女郎蜘蛛がたとえ「そんなこと叶えられない」と言っても、大して不思議じゃないくらいに無茶苦茶な願いだ。
『それはだあ~めっ!』
…さっきはムキになっちまったが、本当はあのセリフだって無理もない。
俺の願いなんて、元々叶わなくて当然だった。でもこいつは――女郎蜘蛛は半分だけでも叶えてくれると言ったのだから。
なら俺はいくら勝率が少なかろうと知ったことじゃねえ。どうせ誰にも、父さん以外には必要とされてねえ命だ。父さんには申し訳ないが、俺は自分の命を賭けたギャンブルだろうがためらわない。
そのほんの少しの勝率の先に、差別も偏見もない世界が待っているなら――
「…そんな世界は、存在しねえか」
完全な願いの成就には至らないし、それに――
最初に埋め込まれた価値観は、俺がどうなろうと簡単には覆らない。
それでも俺は、わずかな望みに賭けると決めた。ほんの一握りしかつかめないような幸せでもいいと誓った。
俺は少し歩みを速めた。後ろから、女郎蜘蛛がパタパタとついてくる音が聞こえる。
もう逃げられない。
…そんなことは、最初から分かっていた。
そっと鍵を開けて、家の中に入る。
…よかった。母さんは今日はいないみたいだ。父さんもまだ帰ってきていない。
「真里ー、何キョロキョロしてるの?」
「決まってんだろ、お前を家族に見られたら不味いだろうがよ!今は誰もいねえけど、誰かが帰ってきたらちゃんと隠れるなりなんなりしろよ!」
「えー…ねえ、真里のお母さんとお父さんって、どっちも無能力者なの?」
「……いや、母さんは能力者だぞ。無能力者は父さんの方だが…」
「ん、わかった。じゃあ真里のお父さんが来たときは隠れるよ」
「は、はあ?いや、母さんが来たときも隠れてくれよ!つか、どっちかっつーと母さんが来たときは特に気をつけて欲しいんだが……」
あの母親に女郎蜘蛛のことを見せたら、なんて言われるか……想像しただけで恐ろしい…!
「だってえ…真里のお母さんにあたしのことは見えないよ?」
「は?」
見えない?
「…子供のときにだけ見える妖精的な?」
「違うよっ、化け物だって言ってるでしょっ!」
いや、そもそも俺十七歳だからもう子供じゃねえか…。
じゃああれか?心の綺麗な人にだけ見える的な…俺の心綺麗じゃねえわ。はは。
「あたしはね、無能力者にしか見えないんだよ。そういう設定になってるの」
……設定?
「あたしを訪ねに来る人間は蓮田谷家の人間だけとは限らなかった。もちろん、他のあたしにとってどうでもいい人間があたしを見つけてしまうこともあった。それは面倒くさいからね、あたしは無能力者にしか--蓮田谷家の人間にしか見えないように自分の体を弄ったの。だから、無能力者にしか見えないし聞こえないし触れられない」
ほーん、へー、自分の体をねえー。ふーん。
気にしたら負け。気にしたら負け。こいつは化け物、これが普通……!!
「っていうか、そんなことできんなら俺にしか見えないようにしろよ」
「面倒くさいからや。特定の条件を満たす人間にしか見えないようにするだけでも結構大変なんだよ」
「くっっそ」
仕方ねえ、これ以上の口論は無謀だ。今は、俺の願いをたとえ半分でも叶えてもらう他ない。
俺は階段の電気をつけ、二階に上がった。奥の一番狭い部屋に入る。…俺の部屋だ。
「うっわ、きったな」
「デリカシーどうした。テキトーなとこ座ってくれ」
昨日散らかした書物がそのままだったからな…許せ、女郎蜘蛛。
「…で?俺の願いを叶えてくれるっていったよな。今度こそしっかり叶えて貰おうじゃねえか」
「……うん、わかった。しつこいようだけど半分だからね……真里、何か、武器のような物はないかな?」
「は?武器?あーー、確かこっちのクローゼットの中にあるが……何に使うんだ?」
「いいからいいから、決して危害は加えないからあ!」
俺はしぶしぶクローゼットの中を漁る。もう随分と使ってなかったからな、でも確かここら辺に……
「お、あった。これだ、女郎蜘蛛」
よかった。まだ使えそうだ。
手にすっかり馴染んだそれを、俺は女郎蜘蛛に得意げに見せた。
「……木の棒?」
「えっ、知らねえのか?これは野球のバットだぜ」
「やきゅう?」
「そ、そっからかよ…もう木の棒でいいよ…」
そう、これは何の変哲もない、安物の野球のバットだ。
が、これは俺が中学生でぐれていた時に異能力者数名を共に倒した英雄だ。こいつがいなけりゃ俺は今頃どうなっていたか分からないくらい、俺はこいつに助けられた。
「ふーん、木の棒かあ…真里、もっと強いのないの?刀とか!」
「ねえよあるわけねえよ。木の棒で我慢しろ」
「むーー、わかったよお……じゃあ、今からこの木の棒に…」
「異能力を、与えるね」
聞き返す前に、女郎蜘蛛はもう行動に移っていた。
と言っても今回は女郎さんの時のように派手ではなく、バットに手をかざして少し光がもれただけで終わった。
…あまりにも呆気なかったから、正直何が起きたのか分からない。これが、俺の願いを半分叶えたことになんのか?
「はいっ、おしまい。その木の棒、ちょっと振ってみたら?」
「……こ、こうか?」
俺は言われるがままバットを振ってみた。すると――
スパンッ。
俺の机が、バットに当たったところから真っ二つに――
割れた。
「………………は???」
ちょっ……ええ?
俺の机…あと数年は使うつもりだったのに…って違う!
「おい、なんだこれ!?バットでこんな風に机が斬れるなんて、有り得ねえっ――」
「そうだね、有り得ないね――異能力を使わない限りは」
―――――ッ!!?
まさか、このバット――
『半分だけね』『異能力を使わない限りは――』
「そう。あたしはその木の棒に、異能力を込めたんだよ」
――やっぱりか。
そういう風にして物体に異能力を込め、性能などを格段にあげるという技術は、聞いたことがある。
そのような物体は、性能の高い高級品についてはもはや異能力。これで、俺の願いは半分叶ったということになるのか。
だが――
「……机が斬れるようになったくらいじゃ、それは異能力じゃねえ。たったこれだけじゃ、俺の願いは半分どころか四分の一も叶ってねえぞ」
この程度なら、一万といくらかで手に入る。そんなのを振りかざしたところで、誰も俺を認めてはくれない。
「机が斬れるようになっただけじゃないよ。その木の棒には、もっと凄い性能を加えておいたんだから!」
「……?そうなのか?」
「うん、見てて!」
女郎蜘蛛は、そう言うと手のひらを前に突き出し、少し力を溜めた。
すると――女郎蜘蛛の手のひらから、細く白い蜘蛛の糸が何本もの束になったものが飛び出す。
…うん。もうこれくらいじゃ驚かねえな。
「真里、見ててね。この糸、今からあたしの短刀で斬るよ」
その宣言通り、女郎蜘蛛は袂から短刀を取り出し、糸を斬った。
が、斬られた糸はわさわさと生命を得たように這い、再び手のひらの糸と繋がった。
「……これ、すぐに再生するの。ほら。でもね、これを真里の木の棒で斬ると――」
スパッ。
…………。
今度は、斬られた糸が―――
へたり、と倒れ込むように床に弱々しく落ちた。
「……なんだ、これ。この二つの違いは――」
「…真里の木の棒に与えた二つ目の性能は、これ」
「異能自体を壊す力」
「…なんだよ、それ」
「そのまんまの意味だよ。ただ異能無効化とはちょっと違うかな?再生能力とかを断つみたいな…」
「違う、そこじゃねえ」
俺はすでに恐ろしい殺戮兵器と化したバットを握りしめて言った。
「お前、これ、俺が異能力者と戦うこと前提で性能を埋め込んだだろ」
そうでなければ、「異能力を斬る」なんで無茶苦茶な性能はいらない。
もっと言えば、バットの攻撃力をこんなに高くする必要もなかった。
「………………」
女郎蜘蛛は無言で、無表情で俺を見つめる。大きな目は限界まで開かれているというのに、そこに光は全く入ってきていない。
「………、ねえ、真里」
そのまま、女郎蜘蛛は話し出す。
「真里はさ、こう思ったんだよね。『皆に認められたい』って。それからこうも思ったよね。『この世界は間違ってる』って」
瞳孔の開ききった目で、女郎蜘蛛はまっすぐに俺の目を見つめる。
「女郎蜘蛛、俺の質問に答えろ」
「でも貴方は世界を変えようとはしなかった。だって、それはとても難しいことだから。世界を変えるよりは、己を変える方がずっと容易いと貴方は分かっていたから」
「女郎蜘蛛、」
「じゃあ己を変えられない貴方はどうするの?」
女郎蜘蛛は、にこりと笑った。
いつもにこにこと健全な満面の笑みを浮かべるその顔には、歪んだ、悪魔のような笑顔がうつっていた。
「貴方は自分を変えられない。あたしが変えてあげないから。じゃあどうするの?真里はこのまま泣き寝入りなんてしないよね?だって、真咲の子孫なんだもの。なんとしてでもこの間違った世界で自分が少しでも自由に生きられるようにするでしょう?」
……………。
吸い込まれる。引き込まれる。
こいつの、言葉に。
「世界を変えるよりは、己を変える方が容易い。だから真里は己を変えようとした。でも貴方は己を変えられない。なら何を変えなきゃいけないの?」
――――――!!
こいつ――
「真里、」
「あたしと一緒に、世界を壊そう」
なんてことを考えるんだ。
人っていうのは、こんなにも狂えるものなのか?
女郎さん、貴女の言った言葉の意味が、今わかりました。
『多分あの子に勧誘を受けると思う』
こういうことだったんだ。
『たくさん殺しちまったんだよ』
こういうことだったんだ。
こいつは、この化け物は、幾度となく蓮田谷家の人間に接触しては共に世界を滅ぼそうとしたんだ。
「ねえ真里、どうするの?」
……………。
女郎蜘蛛の言うことに、何一つ間違いは、ない。
こいつは、ある意味で正義だ。
「………」
これが。
こんな狂気が正義だと認識されるような世界ならば。
俺は――
「その話、乗った」
俺も、それ以上に狂ってみせてやる。
間違った世界を、破滅と言う名の更生へ導いてやろうじゃねえか。
「交渉成立、だね」
女郎蜘蛛はようやく、おかしな笑顔を崩していつもの正常な笑顔に戻った。
「よろしく、真里」
「ああ。俺は、いや――俺達はこれから、何をするべきなんだ?」
「うん、まずは――」
同じ志をもつ者が、一人でもいる。
それは何よりも頼もしくて、嬉しくて、それから――
その志のためなら、どんな悪事にも手を染められるというような気になってくる。
…、女郎さん、俺は死にません。
自分の願いも、女郎蜘蛛の願いも、女郎さんの願いも全部拾う。
狂った俺は、狂った仲間と共に、狂った世界に立ち向かう――
そんな、狂った覚悟を決めた。
何を?言ってるんだ?こいつは?
「俺の家来るって…侵略?侵略か?」
「違うよー!真里の願いを半分叶えてあげるってこと!」
………??
俺の願いは異能力を手に入れることだから、半分とかは出来ないはず…なんだが…
そんなことを考えている間に、女郎蜘蛛はさっさと進み出す。俺の家どこか知らねえだろ!
「ねえ、真里の家どこ!?」
それ見たことか。
「……」
女郎さんの言っていたこと。
…そんなに有害そうには、見えねえんだけどな…
「……本当に、俺の願いを叶えてくれるのか?」
「うん、半分だけね」
……俺はまだ少しこいつを疑っている。
女郎さんの言葉、『たくさん殺した』。それは簡単に信じられるものでもないが、簡単に疑えるものでもない。なにせこの見た目だけは幼く純粋無垢な少女は、あまりにも狂っているから。
こいつがたまに見せる、狂気。
『あたしは、真咲の願いを――』
こいつは真咲――俺の先祖――の願いを叶えるために、俺の願いを叶えるという。
異様なまでの真咲への執着心。
女郎蜘蛛の言葉を信じるなら、こいつは数百年以上も真咲のことを思い続けている。
健気だよな。偉いよな。何でも貫き通せる、いい子じゃないか。
だから怖いんだよ。
真咲のためなら、こいつは何でもやるんじゃねえかって。
「……」
「………真里?」
殺されるかもしれない。
少なくとも、滅茶苦茶危険な賭けに出ていることは確かだ。
「ねえ真里ってばあ、真里の家どこ?」
……………。
『これ以上あの子を人間離れさせないでおくれ――』
「ああ、こっちだ」
俺は先導をきって歩き出した。
騙すつもりもさらさらない。ここを出て道なりに行けば、後は多少曲がるだけで俺の家につく。
俺の願いは元々無茶だ。女郎蜘蛛がたとえ「そんなこと叶えられない」と言っても、大して不思議じゃないくらいに無茶苦茶な願いだ。
『それはだあ~めっ!』
…さっきはムキになっちまったが、本当はあのセリフだって無理もない。
俺の願いなんて、元々叶わなくて当然だった。でもこいつは――女郎蜘蛛は半分だけでも叶えてくれると言ったのだから。
なら俺はいくら勝率が少なかろうと知ったことじゃねえ。どうせ誰にも、父さん以外には必要とされてねえ命だ。父さんには申し訳ないが、俺は自分の命を賭けたギャンブルだろうがためらわない。
そのほんの少しの勝率の先に、差別も偏見もない世界が待っているなら――
「…そんな世界は、存在しねえか」
完全な願いの成就には至らないし、それに――
最初に埋め込まれた価値観は、俺がどうなろうと簡単には覆らない。
それでも俺は、わずかな望みに賭けると決めた。ほんの一握りしかつかめないような幸せでもいいと誓った。
俺は少し歩みを速めた。後ろから、女郎蜘蛛がパタパタとついてくる音が聞こえる。
もう逃げられない。
…そんなことは、最初から分かっていた。
そっと鍵を開けて、家の中に入る。
…よかった。母さんは今日はいないみたいだ。父さんもまだ帰ってきていない。
「真里ー、何キョロキョロしてるの?」
「決まってんだろ、お前を家族に見られたら不味いだろうがよ!今は誰もいねえけど、誰かが帰ってきたらちゃんと隠れるなりなんなりしろよ!」
「えー…ねえ、真里のお母さんとお父さんって、どっちも無能力者なの?」
「……いや、母さんは能力者だぞ。無能力者は父さんの方だが…」
「ん、わかった。じゃあ真里のお父さんが来たときは隠れるよ」
「は、はあ?いや、母さんが来たときも隠れてくれよ!つか、どっちかっつーと母さんが来たときは特に気をつけて欲しいんだが……」
あの母親に女郎蜘蛛のことを見せたら、なんて言われるか……想像しただけで恐ろしい…!
「だってえ…真里のお母さんにあたしのことは見えないよ?」
「は?」
見えない?
「…子供のときにだけ見える妖精的な?」
「違うよっ、化け物だって言ってるでしょっ!」
いや、そもそも俺十七歳だからもう子供じゃねえか…。
じゃああれか?心の綺麗な人にだけ見える的な…俺の心綺麗じゃねえわ。はは。
「あたしはね、無能力者にしか見えないんだよ。そういう設定になってるの」
……設定?
「あたしを訪ねに来る人間は蓮田谷家の人間だけとは限らなかった。もちろん、他のあたしにとってどうでもいい人間があたしを見つけてしまうこともあった。それは面倒くさいからね、あたしは無能力者にしか--蓮田谷家の人間にしか見えないように自分の体を弄ったの。だから、無能力者にしか見えないし聞こえないし触れられない」
ほーん、へー、自分の体をねえー。ふーん。
気にしたら負け。気にしたら負け。こいつは化け物、これが普通……!!
「っていうか、そんなことできんなら俺にしか見えないようにしろよ」
「面倒くさいからや。特定の条件を満たす人間にしか見えないようにするだけでも結構大変なんだよ」
「くっっそ」
仕方ねえ、これ以上の口論は無謀だ。今は、俺の願いをたとえ半分でも叶えてもらう他ない。
俺は階段の電気をつけ、二階に上がった。奥の一番狭い部屋に入る。…俺の部屋だ。
「うっわ、きったな」
「デリカシーどうした。テキトーなとこ座ってくれ」
昨日散らかした書物がそのままだったからな…許せ、女郎蜘蛛。
「…で?俺の願いを叶えてくれるっていったよな。今度こそしっかり叶えて貰おうじゃねえか」
「……うん、わかった。しつこいようだけど半分だからね……真里、何か、武器のような物はないかな?」
「は?武器?あーー、確かこっちのクローゼットの中にあるが……何に使うんだ?」
「いいからいいから、決して危害は加えないからあ!」
俺はしぶしぶクローゼットの中を漁る。もう随分と使ってなかったからな、でも確かここら辺に……
「お、あった。これだ、女郎蜘蛛」
よかった。まだ使えそうだ。
手にすっかり馴染んだそれを、俺は女郎蜘蛛に得意げに見せた。
「……木の棒?」
「えっ、知らねえのか?これは野球のバットだぜ」
「やきゅう?」
「そ、そっからかよ…もう木の棒でいいよ…」
そう、これは何の変哲もない、安物の野球のバットだ。
が、これは俺が中学生でぐれていた時に異能力者数名を共に倒した英雄だ。こいつがいなけりゃ俺は今頃どうなっていたか分からないくらい、俺はこいつに助けられた。
「ふーん、木の棒かあ…真里、もっと強いのないの?刀とか!」
「ねえよあるわけねえよ。木の棒で我慢しろ」
「むーー、わかったよお……じゃあ、今からこの木の棒に…」
「異能力を、与えるね」
聞き返す前に、女郎蜘蛛はもう行動に移っていた。
と言っても今回は女郎さんの時のように派手ではなく、バットに手をかざして少し光がもれただけで終わった。
…あまりにも呆気なかったから、正直何が起きたのか分からない。これが、俺の願いを半分叶えたことになんのか?
「はいっ、おしまい。その木の棒、ちょっと振ってみたら?」
「……こ、こうか?」
俺は言われるがままバットを振ってみた。すると――
スパンッ。
俺の机が、バットに当たったところから真っ二つに――
割れた。
「………………は???」
ちょっ……ええ?
俺の机…あと数年は使うつもりだったのに…って違う!
「おい、なんだこれ!?バットでこんな風に机が斬れるなんて、有り得ねえっ――」
「そうだね、有り得ないね――異能力を使わない限りは」
―――――ッ!!?
まさか、このバット――
『半分だけね』『異能力を使わない限りは――』
「そう。あたしはその木の棒に、異能力を込めたんだよ」
――やっぱりか。
そういう風にして物体に異能力を込め、性能などを格段にあげるという技術は、聞いたことがある。
そのような物体は、性能の高い高級品についてはもはや異能力。これで、俺の願いは半分叶ったということになるのか。
だが――
「……机が斬れるようになったくらいじゃ、それは異能力じゃねえ。たったこれだけじゃ、俺の願いは半分どころか四分の一も叶ってねえぞ」
この程度なら、一万といくらかで手に入る。そんなのを振りかざしたところで、誰も俺を認めてはくれない。
「机が斬れるようになっただけじゃないよ。その木の棒には、もっと凄い性能を加えておいたんだから!」
「……?そうなのか?」
「うん、見てて!」
女郎蜘蛛は、そう言うと手のひらを前に突き出し、少し力を溜めた。
すると――女郎蜘蛛の手のひらから、細く白い蜘蛛の糸が何本もの束になったものが飛び出す。
…うん。もうこれくらいじゃ驚かねえな。
「真里、見ててね。この糸、今からあたしの短刀で斬るよ」
その宣言通り、女郎蜘蛛は袂から短刀を取り出し、糸を斬った。
が、斬られた糸はわさわさと生命を得たように這い、再び手のひらの糸と繋がった。
「……これ、すぐに再生するの。ほら。でもね、これを真里の木の棒で斬ると――」
スパッ。
…………。
今度は、斬られた糸が―――
へたり、と倒れ込むように床に弱々しく落ちた。
「……なんだ、これ。この二つの違いは――」
「…真里の木の棒に与えた二つ目の性能は、これ」
「異能自体を壊す力」
「…なんだよ、それ」
「そのまんまの意味だよ。ただ異能無効化とはちょっと違うかな?再生能力とかを断つみたいな…」
「違う、そこじゃねえ」
俺はすでに恐ろしい殺戮兵器と化したバットを握りしめて言った。
「お前、これ、俺が異能力者と戦うこと前提で性能を埋め込んだだろ」
そうでなければ、「異能力を斬る」なんで無茶苦茶な性能はいらない。
もっと言えば、バットの攻撃力をこんなに高くする必要もなかった。
「………………」
女郎蜘蛛は無言で、無表情で俺を見つめる。大きな目は限界まで開かれているというのに、そこに光は全く入ってきていない。
「………、ねえ、真里」
そのまま、女郎蜘蛛は話し出す。
「真里はさ、こう思ったんだよね。『皆に認められたい』って。それからこうも思ったよね。『この世界は間違ってる』って」
瞳孔の開ききった目で、女郎蜘蛛はまっすぐに俺の目を見つめる。
「女郎蜘蛛、俺の質問に答えろ」
「でも貴方は世界を変えようとはしなかった。だって、それはとても難しいことだから。世界を変えるよりは、己を変える方がずっと容易いと貴方は分かっていたから」
「女郎蜘蛛、」
「じゃあ己を変えられない貴方はどうするの?」
女郎蜘蛛は、にこりと笑った。
いつもにこにこと健全な満面の笑みを浮かべるその顔には、歪んだ、悪魔のような笑顔がうつっていた。
「貴方は自分を変えられない。あたしが変えてあげないから。じゃあどうするの?真里はこのまま泣き寝入りなんてしないよね?だって、真咲の子孫なんだもの。なんとしてでもこの間違った世界で自分が少しでも自由に生きられるようにするでしょう?」
……………。
吸い込まれる。引き込まれる。
こいつの、言葉に。
「世界を変えるよりは、己を変える方が容易い。だから真里は己を変えようとした。でも貴方は己を変えられない。なら何を変えなきゃいけないの?」
――――――!!
こいつ――
「真里、」
「あたしと一緒に、世界を壊そう」
なんてことを考えるんだ。
人っていうのは、こんなにも狂えるものなのか?
女郎さん、貴女の言った言葉の意味が、今わかりました。
『多分あの子に勧誘を受けると思う』
こういうことだったんだ。
『たくさん殺しちまったんだよ』
こういうことだったんだ。
こいつは、この化け物は、幾度となく蓮田谷家の人間に接触しては共に世界を滅ぼそうとしたんだ。
「ねえ真里、どうするの?」
……………。
女郎蜘蛛の言うことに、何一つ間違いは、ない。
こいつは、ある意味で正義だ。
「………」
これが。
こんな狂気が正義だと認識されるような世界ならば。
俺は――
「その話、乗った」
俺も、それ以上に狂ってみせてやる。
間違った世界を、破滅と言う名の更生へ導いてやろうじゃねえか。
「交渉成立、だね」
女郎蜘蛛はようやく、おかしな笑顔を崩していつもの正常な笑顔に戻った。
「よろしく、真里」
「ああ。俺は、いや――俺達はこれから、何をするべきなんだ?」
「うん、まずは――」
同じ志をもつ者が、一人でもいる。
それは何よりも頼もしくて、嬉しくて、それから――
その志のためなら、どんな悪事にも手を染められるというような気になってくる。
…、女郎さん、俺は死にません。
自分の願いも、女郎蜘蛛の願いも、女郎さんの願いも全部拾う。
狂った俺は、狂った仲間と共に、狂った世界に立ち向かう――
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