世界はもう一度君の為に

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第十九話:時間切れまで、あと

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「女郎蜘蛛!刺客は!?」
「……まだいない!大丈夫!」
 女郎蜘蛛は後ろを振り向くこともなく、周辺の気配を読み取って俺に伝えた。人間技じゃないが、こいつがやるなら信用できる。 
 まずは刺客を撒かなくては…家まで突き止められたら堪ったもんじゃねぇよ!
『貴方、学校側に本当の家の住所なんて教えていないでしょうね?…ならよろしい。まぁばか正直に住所を教える生徒の方が少ないですからね、身を守るためにも。それだけうちの学校は物騒だと言うことですよ…成績は地域でも良い方なんですけどね』
 無刀の言葉が頭をよぎった。
 本当は今すぐにでも探しに行ってやりたい衝動をぐっとこらえ、もう一度その言葉を脳内で再生する。
 そうだ、俺は正しい自宅の住所を学校に申告していない。もしどこかから情報がもれて、立場的にも弱い俺がたちの悪いいじめにでもあったら放火されるんじゃねーかと思って…
 でもまぁ、他の生徒も…いじめっ子やら生徒会が怖くて、申告してないらしいが。
 こういうとこが頭脳も異能も優秀な生徒が集う進学校の闇だろうか。
 さて、確実に相手を撒くには相手の位置情報があった方がやりやすい。
 どうする、女郎蜘蛛に頼むか――いや、こいつとの通信手段がないな。
「……ん?」
 通信……
 はっとしてスマホを取り出す。
 丁度その瞬間、ザザっといいう音と共にここら一帯のマップと俺ら全員の位置情報が映し出された。それと同時に、今日知ったばかりの声が鼓膜を揺さぶる。
『…真里君か?あぁ、ようやく繋がった…まさか一番重要な君が最後に繋がるとはな…』
「……!ハッカー先輩!」
『遅くなってすまない。どうやら電波妨が…が……れてるみたいで…』
 先輩の声は途切れとぎれで、聞き取りづらい。先輩の能力は便利だが、その性質上非常に繊細なんだろう。
『いつ通信が切れるかわからない、手短に言う。まずそのマップには、俺含む全員の位置情報が記されている…無論、刺客のもね。それをうまく活用してくれ』
「!たっ…助かります!」
 ナイスタイミング。これさえあれば刺客をなんとか出来る!
『それから…刺客のことなんだけど』
 先輩は切羽詰まったように、早口でまくしたてた。
『先程、花依ちゃんが刺客に接触した』
「………!」
 嘘だろ、花依が?いや、落ち着け、あいつの能力は攻撃の無効化――勝つことは出来なくても負けることは絶対にないはず。
 そんな俺の思考を見透かしたように、先輩は続けた。
『花依ちゃんなら大丈夫だ。ケガ一つ無い…ただ妙なの、は』
 音質の悪いその声は、まるで無機質な、警告音のようで。

『刺客は花依ちゃんをはっきりと視認したにも関わらず、何もせずその場を去った――これがどういうことか、わかるか?』

 俺の背筋を凍らせた。

 …生徒会にとって、一番の脅威は俺――なのだろう。俺がいなくなれば、女郎蜘蛛によって学園が脅かされる可能性も、ないのだから。
 それはつまり――
 ということ。
『…少し違う』
 ハッカー先輩は諭すように言葉を紡いだ。
『刺客にとって、確かに最優先の殺害対象は君だ。あちらとしても殺す人数は少ない方がいい。でも…』
 
『君を殺すのを邪魔してくる輩がのこのこ目の前に現れた絶好の機会をあえて見逃すほど――あいつらが甘いとは思えない』
  
「……?」
『つまりね、真里君。恐らく刺客は、んだよ。生徒会にそう命令されているのか、自分の意思なのか。どちらにせよこれはチャンスだ』  
 先輩の意図が段々と見えてきた俺は、無言で先輩の話の続きを促した。
『千鬼君達にはもう指示を出してある。他の皆に君の周りを囲って貰えれば、刺客はそう易々と真里君を殺せない…だから、君は皆の合流地点となっている。だからそこで待っていてくれ…』
 と、言いたいところなんだけど、と先輩は続ける。
『君が同じところに留まっていては、すぐやられる。逃げない獲物を狩るほど簡単なことはないからね…だから、逃げろ。千鬼君達は必ず君のところに来る』
 そう強く言いきると、だから大丈夫だ、と今にも頭を撫でてくれそうな優しい声で言った。
 でもこれなら…いける気が、する。
 あとは俺が逃げ切るだけだ。
「ありがとうございます、ハッカー先輩……俺、やってやりますよ」
『うん、頑張れ』
 画面の向こうで先輩が笑ったのがわかった。
「あ…最後にひとついいですか?」
『ん?何?』
「…刺客の位置情報掴んでるって……どうやったんです?」
『………それは』
 
『企業秘密♡』
 先輩は悪戯っぽく笑った。

    *   *   *

「……さて。カッコつけて企業秘密なんて言っちゃったけど…」
 ハッカーは薄暗い室内で一人呟く。
 そこは放送室だった。何に使うのか係以外の者には理解できそうもない機材がハッカーの視界を埋め尽くしている。
「ここなら刺客も入ってこれないでしょ。放送ガチ勢の放送委員会が、結界を張ってるからね」
 電子ロック式の結界。それだけ聞くとただの錠前だが、まごうことなき異能の力である。
 電子ロックを解かず無理やり入ろうとしても、できない。結界は絶対なのだ。まるで空間そのものが途切れているかのようにどんな物理手段も通用しない。酸素は異能の力で勝手に生み出してくれる。
「さすがに放送に雑音が入らないようにここまでするとかやりすぎでしょ。ま、そのお陰で俺は隠れられてるんだけど…」
 結界の一時的な解除方法を、放送委員全員ができるように電子ロックにしてくれていたから助かった。もしそうでなかったら、ハッカーはこの部屋に入ることすらできなかっただろう。
「ここからは集中だ」
 そう言うとハッカーは、首もとにぶら下げていたヘッドフォンを着けた。
 瞳に、淡く光る0と1が浮く。
「…こんなの、ただの力業だよ」
 その脳内には、学校内全ての監視カメラ映像、真里達のスマートフォンに表示されているマップが映し出されている。
 監視カメラに、全身を覆うようなフード付きの黒いマントを羽織った人物が映っている。フードを目深に被っているためその顔は見えない。腰に軍刀が二本。
 ……いわずもがな、こいつが例の――
 それを確認して、ハッカーは呟いた。
「…現在位置、西棟一年フロアの付近。南南東に向かって進んでいる…」
 その言葉に連動するように、刺客の位置情報が変わっていく。
 つまるところ、全てハッカーの手作業なのだ。
 一秒たりとも休めない、責任重大な仕事。
「先輩として、やれることはやらなくっちゃね」
 そう言って、ハッカーは再び数字の海へと溺れていく。

    *   *   *

 スマホで全員の位置情報を確認する。…確かに、全員俺の方に向かってきているように思える。
 だがここで大人しく待っていれば、先輩のいう通りゲームオーバーだ。
 俺の方に向かってきてくれているのは、仲間だけと言うわけではないのだから。
「…仕方ねぇ、逃げるぞ。女郎蜘蛛、いけるよな」
「もちろん!あたし、化け物だもの」
「よし」
 もう一度位置情報を確認し、刺客の死角に入るように慌てずゆっくりと進んでいく。
 ………
「真里。面白くないよ」
「俺の思考をよむな!!!」
 別に狙った訳じゃねぇよ!
 …さて、どうやら刺客は校内の三階辺りにいるようだ。階段を上っている…外にいればしばらく襲われる心配は無さそうだ。
 だが視界が高くなるということは見通しが良くなるということだろう。油断はできない。
 なるべく視界に入りにくいように、校舎の壁際を伝って歩く。
 ……完全に死角に入った。本当は刺客のいる棟と反対側の棟に行くぐらいしたいが、どうしても見つかるリスクが高まる…ここでやり過ごすしかない。
「…あいつらも順調みたいだな」
 位置情報によれば、千鬼達の位置はしっかり俺に近づいてきている。そこまで派手な動きはしていないからな。このまま派手な動きをしないでスムーズにあいつらと合流したいんだが…
 なにも起きないことを期待するしかない。
 刺客の位置を再確認し、まだ相手が校内にいることと死角に入っていることを再々確認して、俺は校舎の壁に体重を預けた。

「…………」
 青い空が視界を満たす。風が強い。フードがめくれてしまわないように、手で押さえる。
 刺客は屋上に到達していた。
 その顔には仮面がついていた。簡素なデザインだ。その仮面のせいなのか、それとも無機質な一挙一動のせいか、感情が全く読み取れない。
 刺客はフェンスを器用に跨ぐと、フェンスの向こう側の小さな出っ張り――飛び降り自殺の直前大体の人がたっているあそこに着地する。
 そしてそこから地上を見下ろした。
 首だけ下に向けるのではない。腰の辺りから体を折って、見えない部分がなくなるように。
 常人の精神力では耐えられないだろう。
 強風が刺客のマントを翻す。下に着ているのは学校指定の制服のズボンとワイシャツだ。フードがめくれてしまわないように、再び手で押さえている。
 そうしながら、地上を見下ろす。しばらく目をぎょろぎょろと動かし、がいないとわかると見下ろす位置を変えてくまなく探す。
「……」
 経つこと数分。

 仮面の向こうの赤い瞳が、捜索対象蓮田谷真里をとらえた。
 
「…?なあ女郎蜘蛛、この刺客、屋上にいるみてぇだぞ」
「ふーん。高いところから真里を探そうとしてるのかな?でもこうやって壁際によっていればそう簡単に見つかりはしないと思うよ」
「……まぁそう、だよな…見つけたとしても、屋上からここまで来るには時間かかるし…」

 刺客は二本ある刀の一本を構え、地上までの大体の距離を把握するかのようにうなずいた。
 そうして、前動作も恐怖心も何もなく――
 刺客の体が、宙に浮く。

 いや、刺客の異能にもよる。ひょっとしたら屋上からこっちまでの距離を瞬時に縮めてくるかもしれない。
 …やはり決めつけはよくないな、念には念を入れてここを離れた方が――
「女郎蜘蛛――…」 
 その旨を女郎蜘蛛に伝えようとしたとき。

 ――風が吹いた。

 その風は瞬時に強風から暴風に変わり、砂利や砂ぼこりを散らす。 
 反射的に目を閉じた。暴風がピークに達したとき、何かが着地するような音が聞こえた気がする。
 その暴風が収まり、目を開けたとき――
 
 黒いマントが一番に目に飛び込んできた。
 フードがめくれないように…だろうか。頭を押さえていた手は見るからに男。
 質素な仮面に映し出されている感情はただ一つ。
 ――
 
 左手に軍刀、腰にもう一本の軍刀。
 間違いない、こいつは―― 
 ――そいつが俺を視界にとらえたのと、俺の足が逆方向に地面を蹴りあげたのが同時だった。
 一目みてわかった、俺が太刀打ちできるような相手じゃない。
 屋上から落ちてきた直後でも一部の隙もない構え。いやそもそも屋上から落ちてきた時点で俺には倒せない!
 足にだけは自信がある。千鬼達が俺のところに来てくれるまで逃げきらねぇと…!
「真里!あたし、足止めしようか?」
「頼む――と言いたいところだが…」
 本当に大丈夫か?
 走りながらそう問うと、女郎蜘蛛は頼もしく答えた。
「うんッ!殺さないから安心して、それにあたし化け物だから怪我したとしても全然平気だよ!すぐ治るもん!」
「……あんまり無茶しないでくれ、痛い思いはなるべくするな」
「ん…はぁーい。じゃ、後でね」
 女郎蜘蛛がからだを後ろ向きに変え、そのまま勢いを殺すように重心を落とした。砂ぼこりをあげながら勢いのまま滑っていき、そのからだが止まった瞬間女郎蜘蛛は力強く踏み込む。
 俺はその背中を少しだけ見送り、唇を噛み締めて再び走り出した。

「…この先は行かせないんだから!って、聞こえてないか」
 女郎蜘蛛は袂から短剣を抜き取り、真里を追いかけようとしている刺客の前に立つと、その胸部に峰打ちをつき出す。
 刺客が無能力者ということは、まずあり得ないだろう。屋上から落ちて来たときのあの突風は、異能で間違いない。
 つまり刺客に女郎蜘蛛は見えない――
 が。
 女郎蜘蛛の短刀が刺客に当たることはなかった。
「………へえ、なんだ、このには随分優秀な人が多いんだね」
 刺客は自身の胸部を押さえ、女郎蜘蛛から数メートル離れた場所で立ち尽くしている。
 女郎蜘蛛の気配に気づき、直前で後ろに跳んだのだ。
「………」
「…相手になって貰うからね」
 女郎蜘蛛が短刀を構え、いつでも飛びかかれるように少し腰を落としたとき――
 刺客が上空へ跳んだ。
「えぇっ!?」
 目に見えない敵の相手をしていたら多大な時間のロスになると踏んだのだろうか、そのまま近くにあった大木に刀の峰を引っかけ、それを引っ張る反動で木の上に上がる。
 あとは――一瞬だった。
 枝に乗った刺客は、そのたわみを利用して反動をつけ跳躍。そのままいくつかの木を足場にし、同じ要領で身軽に真里との距離を縮めていく。激しい動きにフードがめくれないよう押さえながら。
 ――まずい、真里との距離を縮められては、あたしが思いっきり戦えない――!
 女郎蜘蛛はその瞬間走り出した。足の健がちぎれるのではないかという速度と、踏み込みで。
 ――しかし、スタートの差で刺客の方が速い。
「…っ、真里ーーーッ!しくじった!気をつけてーーッ!」
 せめてと思って叫ぶが、その声は届いたのだろうか。いいや、今は信じるしかない。
「………」
 不意に足を止めた女郎蜘蛛の――血管が膨張する。

「真里ーーーッ!しくじった!気をつけてーーッ!」
 遠くの方から、そんな声が聞こえた。
 俺にしか聞こえない声。紛れもなく――女郎蜘蛛の声。
「あいつ……ッ、」
 あの化け物がしくじるなんて…怪我でもしてんじゃねぇだろうな!?
 …駄目だ、今は自分のことだけ考えろ!
 頭を振って足に全てを集中させる。一定のリズムで地面を蹴る――それの繰り返し。大丈夫、いつも通りやればいいんだ。
 そうして後ろから迫っているであろう刺客から逃げているうちに、分かれ道に差し掛かった。
 右に行けば確か――行き止まり。
 なら左に、とからだの方向を変えた途端――
 視界いっぱいに黒いフードが現れた。
「――――!」
 いつの間に追い付かれた!?気配が全くしなかった、いや違う、逃げなければ。攻撃を避けなければ。
 刺客が横一線に振った軍刀が、後ろに引いた俺のブレザーを掠める。
「~ッ……」
 後ろに跳んだ反動を使ってそのまま回れ右をし、後方に駆け出す。後ろ少し振り返ると、刺客がただ突っ立ってこちらを見ていた。
「……?」
 なんだかよくわからないが、とりあえずこの場は凌げた。早く逃げ……
 ……待てよ。
『右に行けば行き止まり――』
 …………………。
 ひょっとしてこれは…袋のネズミ状態では?
 まずいまずいまずいまずいまずい。このままじゃやられる。殺られる!何とかこの状況を打破しねぇと、なんとか――
 背中に背負ったバットの存在を思い出す。
 …戦う、しかないか。
 勝とうなんて気はさらさら無いが、せめてもの時間稼ぎぐらいにはなるかもしれない。この異能を斬るバットさえあれば、異能による攻撃は全て無意味と化すのだから――
 ……あいつの異能は一体…何なんだ?
 あのとき吹いた突風がそうなのだとしたら、風を操る能力…と言ったところだろうか。…随分攻撃範囲が広そうだが…捌ききれるだろうか。
 いや、ここまで来たらやるしかない。
 覚悟を決め、まだそれほど突き当たりに近くない位置で応戦体勢に入った。攻撃を後ろに避ける余裕ができるように。
「…来いよ!」
 刺客は、もう逃げられる心配はないと思ってか、悠々と歩いて近づいてきた。
 …まるで空間の歪みのような奴だった。平和的な校舎と芝生の風景に、間違って描かれてしまったのかと思うほどの異様さ。殺気と邪気の量。そいつが立っている部分だけ地獄にでも繋がっているんじゃないかと疑いたくなる。
 まぁ何が言いたいかって言うと――
 一体何稼げるんだろうなってレベルの話なんだ、これは。
「……」
 刺客は一言も喋らず、俺の五メートル程手前で止まった。
 バットを構える。千鬼が教えてくれたように。
 そして、刺客も左手の軍刀を構え、腰を落とし――
 刀身が日光に照らされ、眩しく光った。

「…おい、これ……」
「ハッ……嘘だろ…真里、なんとかもてよ」
「……急がなくちゃ」
「…くそッ、何か、何かできることは……!」
 位置情報を見た全員が言葉を失った。
 真里と刺客の位置の配置。それは誰がどう見ても追い詰められた獲物と猟犬だった。
 しかし、それは二人の位置が暫く大きく変動しないことを表す。
 間違いなくここが正念場。これで真里がやられる前に千鬼達が集結できれば――

 刺客の、敗けだ。
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