世界はもう一度君の為に

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第二十話:その仮面が外れる時に

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「おい、すぐると橘弟。聞こえるか?」
 花依は走りながらスマートフォンのトランシーバーアプリを開いて、画面に向かって話しかけた。
『うん、聞こえるよ』
『…なぁこれ、かなりヤバくないか』
 二人も移動しながら会話しているのだろう、雑草を踏みしめる音、アスファルトを軽快に蹴り上げる音が一定のテンポで聞こえてくる。
「正直言って状況は最悪だな、あのアホ毛野郎の足が無駄に速いせいで、私らが向かっていた位置から大きく目標がズレてしまった」
『それに、今真里がいるのは袋小路の場所でしょう?後ろから近づいて、もし気付かれたら』
『…逃げるように真里がいる奥の方まで走って、真里を……』
 その台詞に続く言葉は、全員がわかっていた。
『上から行けば、確実じゃないかな?』
 不意にすぐるが呟いた。先程まで聞こえていた雑音が急に消える。足を止めたのだろうか。 
「上から…?いや確かに、上から跳んで真里と刺客の間に入れば…刺客は私達を殺せねーみたいだし…」
『だがどのくれぇの高さから行く?低すぎたら意味が無ェし、高すぎたらこっちが死ぬ』
『そのことなんだけど…すぐる、検証してみたの。たった今』
「『……は?」』
 ふと、一瞬止んでいたすぐるのマイクに入っていた雑音が復活する。
『三階ぐらいからなら、なんとか跳べそう!』
「『……………」』
 …音が止んだのは、空中にいたからか。
 そう気付いた花依は一度ため息をつき、やれやれというように頭を振った。恐らく、千鬼も同じ様な反応をしているだろう。
『…すぐる、怪我はしてないんだな?』
『うん、着地の時にヨーヨーで地面を殴って衝撃和らげたから』
『そうか、ならいいんだが…』
 さすがは我らがきっての体術使い、こういった激しい動きはどんとこいなのだろう。
「…よし、わかった。すぐるはそんな感じで、上から戦闘に介入してくれ。私と橘弟は、そのあとすぐ背後から追い込む形で入る。それでいいな?」
『あぁ』
『わかった!』
 二人は軽快に返事をし、トランシーバーアプリから聞こえるのはただの雑音のみとなった。花依も喋る必要がなくなったので、先程までより速いペースで走り出す。無駄に広い学校の敷地が忌々しく感じられた。
「…上手くいくといいんだが……」
 その言葉は向かい風に吹かれて静かに散った。

    *   *   *

 刺客の刀を振り抜く速度は、思った以上に速かった。
 例えるなら――初見じゃ体が反応できなくて防げない、ぐらい。
 ギィン!
「!?」
  刺客が少し驚いた様子で、振り向きざま軍刀を振り抜いた。
 軍刀はもう一つの刀か何かに当たってギリギリとつばぜり合いをし、振動している。そのせり合いに負ければ――今押さえている何かが自分に向かって容赦なく斬り込んでくるとわかるのだ。
 しかしそこには何も見えない。
 ――刺客からしたら。

「やぁ真里、少々久しぶりだね…加勢に来てやッたよ」

 黒い着物。大人らしい声。裾から見えるロングブーツ。
「……女郎さん!」
「ッたく、アンタも偉くなったモンだねぇ、刺客に追われる身になるとは思いもしなかッたよ」
 刺客と刀を合わせながら、女郎さんは余裕そうに俺に笑いかけてきた。
 …女郎さんが持っているのは、いつも女郎蜘蛛が持っている短刀ではなく、刀身の紅い日本刀だった。体格的に、持つ武器を変えているのだろうか。…その日本刀を女郎蜘蛛の時はどこにしまっているんだという疑問が残るが、気にしないことにしよう。うん。
 そうこうしているうちに、刺客と女郎さんのつばぜり合いが終わった。刺客は見えない相手に警戒し、大きく退く。
「…それにしてもアタシの気配がよめるとは、たいした奴もいたもンだ……それとも、時代と共に優秀な奴が増えただけかねェ」
 刀を一旦鞘にしまいながら女郎さんは独り言のように呟き、不意に俺の方を向いて言った。
「…が珍しくアタシを呼んだのは、力加減ができないからさ。力をうまく制御できないあの子が、という条件付きでしかも誰かを庇ったりしながら戦うのは難しい」
 だから今回はアタシが補助してやる――と言うが早いか、刺客を挟んで対面にいたはずの女郎さんはとっくに俺の真横に来ていた。
「お仲間が到着するまで、だッたかい?気張ッていくよ!」
「……!はいっ!」
 初の女郎さんとの共闘に内心動揺しながらも心強さを感じながら、俺はバットを構えなおした。
 
 すぐるはたった今校舎内に入ったところだった。
 そのまま三階に駆け上り、真里のいる場所にまっすぐ落ちれる窓を探す。
「……っもう!」
 中々適した場所がない。そもそも真里達がいるほうの壁には窓が少ない。地団駄を踏むが、無意味だ。
 ――やむを得ない。
 すぐるはさらに階段を駆け上った。
 目指す先は――決まっている。

 キィン!
 刺客の軍刀と俺のバットがぶつかり合う。
 確かに早いが、先程女郎さんの攻撃を止めたときの刀の振り抜き。あれを見ていたから速度はわかっている。ならば――適応できる。
 刺客が二発目の攻撃をしかけようと、一度退いて再び踏み込んできた。
 しかしその攻撃は、不発に終わる。
「アタシの存在を忘れて貰ッちゃあ困るねェ。たしかにアタシがいなきゃ、今ので一撃入ッたとは思うよ」
 女郎さんが、刺客の額にぴたりと刀の先を当てている。
 それに気付いた刺客は、動きを制され止まった。
「…女郎さん、舐めて貰っちゃ困ります。今のは俺だけでも防げましたよ」
「何を言ッてンだい。防げても一撃目が手一杯だろ」
「そんなことないですってぇ!」
 そう叫んだ瞬間、刺客は後ろに退き、もう一度踏み込もうとした。 
 …まぁ当然だろう。こちらから相手に攻め込む理由はないし、向こうから来るしかない。
 つまり俺達は、攻めに意識は向けず守りに集中すればいい。
 それが簡単にできたら苦労はしないけど……
 刺客は攻撃を続ける。こちらも防御を続ける。お互いに相手が消耗するのを待ちながら。 
 ただ違うのは――俺は、仲間も待っているということ。
 そして女郎さんがいること。
 ここまでくれば、俺の勝利は確実…だと思う。
 女郎さんが来なかったら多分最初の一撃で死んでいたが。
「真里、油断すンじゃないよ?」
「わかってます、大丈夫ですから…」
 その時。
 刺客が、腰に差していたもう一本の軍刀を――抜いた。
「…は?」
 
 戦況が不利と感じたのか、そいつは刀の本数を増やしてきやがったのだ。
 …さすがの俺でもわかる。刀の本数を増やしたところで強くなるわけじゃない。ちゃんと二刀流の訓練をし、心得をもった時点でなくば二本の刀を上手に扱えない。
 むしろより不利になる可能性だって、ある。
「…」
 刺客は踏み込んだ。
 二本の刀が絡め取るように俺を――

 はらり。
 と。
 防ぎきれなかった分の頭髪が散った。
 無意識にバットを振り抜いた姿勢のまま動けないでいると、女郎さんはぽつりと呟いた。
「想像以上だ」
 もし。
 もし俺が無意識にバットを振り抜いていなければ。
 無意識に振り抜いたバットが刀の軌道を少しでもずらしていなければ――
「っ………」
 刺客は平然とそこにいる。 
 急に刀の本数を増やしたことに戸惑いも不安もなしに。
 つまり、そいつは――
 見事に
「女郎さん」
「どうかねェ…」
 女郎さんは一つため息をついて言った。
「速い」
 アタシは自分以外への攻撃に過敏に反応できるほどお人好しじゃないンだよ、と呟き、女郎さんは上を見上げた。
 そしてしばらくその姿勢で固まり、その体勢のまま口を開く。
「…真里。次の一撃だ」
「は?!どういうことですか!?」
「どうもこうもない、あと一撃」

と言ッてるンだ」
 
 なぜあと一撃なのか、女郎さんの意図が全く読み取れない。一撃耐えれば、そこに何かあるのか?
「悪いけどアタシは下がらせて貰うよ、のは嫌なンでね」
「えっ、ちょっ、酷いですよ!」
 その言葉通り俺の数メートル後ろに退いた女郎さんは、頑張れとでも言うように拳を軽く突き上げる。
 ――信じるぞ?
 あと一撃、俺の力で耐えればいいってことだよな……
「!」
 刺客は前傾姿勢で飛び出した。速い。二本の刀が構えられる。
 あれこれ考えてる場合じゃねぇ!
 俺は下手をしたらほとんど目で追えないような刀の軌道を見て、バットを――
 いや、違う。
 刀の軌道をして――バットを振った。
 ギィィン!
 二本の刀は、上手く受ける角度を調整されたバットによって完全に阻まれ、行き場のない力でカタカタと震えている。
「………!」
 そうだ、そうだった。
 
 二刀流の場合、刀は軌道をどう描くのか。二本を一本で防ぐにはどうしたらいいのか。教わらずとも、あの三日間の猛特訓を体が覚えている。
 よし、これで一撃耐えた――これでいいんだよな?!
 未だつばぜり合いは続いているが、これで良いという確証が欲しかった俺は少し首を回して女郎さんの方を見た。
 …見ようとした。
「ぐぇぁっ!?」
 もう少しで後ろが見えるというときに、フードを思いっきり引っ張られる感触がした。一応三日間の特訓を経て体幹が良くなってる俺でも普通に体が引っ張られるレベルの力だった。
 考えずともわかる――女郎さんだろう。
「上だ」
 予想通りフードを引っ張った手の持ち主は女郎さんで、真後ろからその大人らしい声が聞こえる。
 急に退いた俺の行動を怪しく思ったのか、刺客は素早く周囲を見渡す。
 そして上を向いた瞬間――刺客も思い切り退いた。
「………上?」
 刺客も上を見上げているのをいいことに、俺は空を仰いだ。
 すると――

「………」
 すぐるは三階よりも高い位置にいた。
 ここからなら、いくらでも飛べる。
 しかしそれには相当の勇気を要した。
「………ふぅーー…」
 すぐるは深く息を吐く。
 大丈夫。真里のためなら、このくらい。
「…すぐるは、すぐるが、嫌いだから」
 疫病神である自分が嫌っている自分自身だ。
 から飛び降りた程度じゃ死ねたりしない。
 すぐるはヨーヨーを固く握りしめ、眼下の景色を見下ろし、着地地点に目星をつける。最後に、トランシーバーアプリで二人に「飛ぶよ」と報告をし、準備完了。
 そうしてすぐるは飛んだ。

 ――屋上から。

「んなっ………!」
 上を見上げると、そこには――
 ほぼ体を地面に水平にして落ちてくる、仲間の姿があった。
「すぐるっ!!」
 何で、何で、どこから飛んだ?まずい、受け止めてやらないと、でもあの高さから落ちてきた人間を無事に受け止めるにはどうやって――
 …ふと、考えるのをやめた。
 あいつが無策で落ちてくるとも、あいつらが無策で飛び降りさせるとも思えなかったから。
!」
 彼女がらしくもない真面目な顔でそう叫んだ途端、そのヨーヨーは意思を持ったようにうねりだす。
 そして――
 ドォン!
 砂埃や衝撃波が辺り一帯に散らされる。さっき刺客が屋上から落ちてきたのと同じように。
 その砂埃が落ち着き始めたとき――
「…真里!助けに来たよ、屋上から!」
 そう言ってすぐるは――いつもの調子でニコッと笑った。   
 …女郎さんの言う「巻き込まれたくない」は、このすぐるが落ちてきた衝撃のことだろう。
 しかし。
「……すぐる、お前…無茶しやがって」
 着地時ヨーヨーを地面に叩きつけることで衝撃を緩和したとはいえ、屋上から落ちたという事実は変わらない。ヘタしたら死ぬし、少なくとも足になんらかの怪我をする可能性が高い。
 …が、しかし、当の本人はぴんぴんしていた。
「確かに無茶はしたけど、仕方なかったんだもの!それに、足も捻ってないよ!ちょっとびりびりするけど、暫くしたらなおる!」
 …………………。
 じゃあつまりすぐるは、刺客と同等のスキルを持ってるってことか…
 屋上から無傷で飛び降りられるスキルって、いつ使うんだよ。
「………」
 刺客は刀を手持ち無沙汰にして、どうしたらいいかわからないとでもいうように動きを止めた。
 そうか、すぐるが俺と刺客の間に入ったから俺を殺すのを阻まれているという体勢になるのか。
 やはりハッカー先輩の考察は正しかったんだ。刺客は俺以外を攻撃できない。そうでなければこの会話の間にすぐるの首は落ちている。
 俺ははっとして、足のびりびりを治そうと少ししゃがんでいるすぐるに問いかけた。
「すぐる、千鬼と花依は――」
「あの二人?あぁ、すぐるがここに来たから…」

「もうすぐ来るよ」

 その言葉を引き金にしたように、俺達がいる袋小路の路地の入口――そこから二人の声が聞こえた。
「遅くなってすまねェ!怪我は!?」
「生きてんだろーな真里!」
 その声に反応した刺客が、自分が挟まれている状況に気付く。
「…!」
 さすがに少し焦ったように、刺客は周りを見渡した。どこかから挟み撃ちの状況を抜け出せないかと探っているのだろう。
 しかし、それはほぼ不可能に近い。こちら側は俺、すぐる、女郎さんの三人、向こう側は千鬼と花依の二人。しかもフィールドは狭い一本道と来た。
 いける。
 俺はこっそり向かい側の二人にアイコンタクトをとった。二人もこくりと頷く。
 ――刺客をとっ捕まえて、情報を吐かせる。
 そしてあわよくば、刺客と交換で生徒会が無刀を返してくれたら――なんて。
 とにかく、まずは刺客を倒さなくては意味がない。俺達は全員戦闘態勢に入った。
 …降伏しろなんて言ったって、聞くような相手じゃないとわかっているから。
「真里、アタシは本当にマズい時以外戦闘には介入しないよ。敵にも味方にも姿が見えないッてのは厄介だからねェ」
 確かにそうだろう。自分ごと刺客が攻撃されては、たまったものではないだろうし。
「…わかりました。大丈夫です、こいつらがいるので」
「フ…そうかい、じゃあアタシは優雅に観戦でもさせて貰うよ」
 そう言って女郎さんは数歩後ろの木の幹にもたれかかった。
 …それにしても、やはり俺の不殺という条件は女郎蜘蛛にとってはかなり厳しいものだったのだろうか。こうしてわざわざ女郎さんを呼ぶ上、女郎さんもどこか手加減しているように見えた。
 そうでなければ――もしこの不殺の条件がなかったら、女郎さんも女郎蜘蛛も周りに気を使う前に相手を葬れるはずなのだ。
 無茶なことを言ってしまっているのだろうか。
 いや、それは――お互い様かもしれないけれど。
 俺は考えを打ち消すように目を強くつむって、バットを構え直し再び目を開けた。
 すると、少し考えるように俯いていた刺客も顔を上げて――
 俺の方に迫ってくる。
「っ!」
 いや、まぁ、それはそうだろう。
 刺客にとっては、のだから。
 俺を殺して、あとは逃げる。いや、例え逃げられずとも俺だけは殺す。
 そんな意思が見えた。
 しかし――
「だめ。すぐるの真里に手は出させない」
 すぐるが俺の前に立ちはだかった。  
 途端、刺客は怯む。構えた刀の切っ先を少し下げた。
 そして、背後からは――
「覚悟しやがれ、変な仮面なんかつけやがって!」
 花依が拳を握って接近。あいつの馬力は男子並、しかも攻撃が通用しないという特権で、単身生身で敵の懐に突っ込める。
 強烈なパンチが刺客の後頭部にブチ込まれる…直前。
「…チッ、避けたか」
 刺客は自身の体を横に移して避け、そうすることで俺達全員を――女郎さんは除くが――視界に写した。
 どこから攻撃が来ても対応できるように。

 まずはすぐるのヨーヨーと千鬼の大刀が同時に襲いかかる。刺客は二本の刀を使って攻撃をそらし、壁を背にした不利な立ち位置から逃れるべくすぐると千鬼の間をすり抜けた。
 すると――
「残念。その動きは簡単に読める」
 花依が刺客の進路を妨害した。刺客は一瞬花依に峰打ちを打とうとしたが、何かに気付いたようにその腕を止めて刀を下ろした。
「ん?どうした?ほら来いよ」
 ――花依の狙いは分かっている。 
 
 あの軍刀がなくなれば、何一つ気にする必要なしに刺客を捕らえることができる。
 しかし、刺客は軍刀を決して花依に近づけようとしない。
 …異能の情報は筒抜け、ってことか?
 でなければここまで花依一人に武器を向けないなんて有り得ないだろう。
 しかしそうやってまごまごしている間に、千鬼とすぐるの攻撃は再び訪れる。それを防ぎ、なおかつ花依の攻撃にも気を使わねばならない。花依に至ってはうっかり武器を向けてしまわないように――
 立場が、逆転した。
 ただ攻撃に徹していた刺客は、いまや先程の俺と同じく守りに徹するしかなくなっている。
 それもそうだ。
 百年以上生きた化け物でさえ、不殺という縛りにかなり力を押さえられているのだから――
 それは刺客にだって言える。
「……!」
 いける。これならいける!
 そう思って俺も戦闘に介入しようと踏み出すと、
「「「真里は来るな!!」」」
 全員ハモってしまった。
 いや、確かに俺がうっかりの何かの弾みで殺されでもしたら本末転倒。だからってただここで見ていろと…?
 女郎さんが後ろで少し笑ったのがわかった。
「……、すぐる、花依、一旦退いてくれ」
 ふと千鬼が攻撃をやめて指示を出した。
「は?…何する気だ」
「大丈夫なの?」
「あぁ」
 自信に満ちあふれた顔で、千鬼は話す。
「こいつの相手は、俺が一番適任だ」
 その表情に気圧されたのか、「なら任せる」と花依もすぐるも退く。しかし刺客が逃げないよう、退路は塞いで。
 その瞬間――
 千鬼の大刀が、うなりを上げる。

「………っ…!」
 ギンギンギンギャリッ、キィンギンガギィッ!
 刺客と千鬼の刀が激しい力と速度でぶつかり合い、悲鳴を上げ火花を散らす。
 …そうか。
 千鬼は俺なんかより、ずっと長い間二刀流の戦い方を見てきたのだ。
 きっと、一番そばで。 
『俺が一番適任だ――』
 …なるほどな。
 邪魔はすまい。きっと一人の方が戦いやすいのだろうから。
 無責任な気もするが――こればっかりは仕方ない。そう思って俺は千鬼の戦う姿を見守った。
 
    *   *   *

「……すごい…」
 ハッカーは放送室の中、真里達の戦闘を見て感嘆の声をもらした。
 このままいけば、あるいは。
「くそっ……」
 しかし、自分が何もしてあげられていないのが心苦しい。
 いっそのこと、軍事施設の全自動ドローンにハックして操って参戦させてしまおうか。
 そんなとんでもない計画をたてていたハッカーの脳内から――
 唐突に、電子の信号が消えた。
「えっ?」
 思わず体が強ばる。まだ異能を解除していない。つい先程まで見えていた真里達の戦闘も見えず、その音さえ聞こえなくなった。
 …電波妨害ではない。
 
 まずいことになっている。
 直感でそう感じたハッカーは、辺りを見回す。それで特にこの状況が改善されるとも思えなかったが、なにかしなくては気が済まなかったのだ。
 そうして混乱するハッカーの耳に――
 かちゃん、と。

 ロックの外れる音が聞こえた。

「………は?」
 どこのロックか?選択肢は入口のドアしかないだろう。
 ――有り得ない。
 ハッカーはこの部屋を借りる際、異能でロックを外してついでに暗号も変更していた。放送委員の誰かが入ってくると困るから。
 出るときにまた元に戻そうと思っていたのだが――
 ドアノブが捻られる。
 ハッカーの目はドアに釘付けになって離れない。
 異能を使えない今、助けを呼ぶこともできない。スマホじゃ遅すぎる。
 鼓動がうるさい。耳から体内の何かが出るんじゃないかと思うほどに。
 そして――ドアが開いた。
「どうも。こんなところで何をしておられるんです?」
 濃い緑色のマント――軍服のマントがまず視界に入る。
 目元に傷のある、長身の男。
「……生徒会会計…ごう…!」
 なるほど、異能が強制解除された理由はこいつか。
「おや、驚かせてしまいましたか?すみません、ですが外に連絡を取られても面倒ですから、暫くこのまま話をしましょう」
 雨城 業――彼の異能は、他者の異能をもの。
 その特定の範囲内は彼自身の決めた中心に基づいた円形状に広がり、広さは限界もあるが基本自由自在。異能無効化の範囲には魔法陣のような模様が浮かび上がるので視認して範囲から脱出するのは容易だ。
 しかし――逃げ場のない放送室内では、その範囲から脱出する術はない。
「さて。早速本題に入りますが――貴方、どうやら無能力者の彼に手を貸しているようですね」
「………っ!」
 殺される。
 ハッカーは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなり、なんの返答もせずただ相手と目を合わせたまま固まった。
「ふふ、そう怯えずとも何もしません。ぼくはただ、をしに来ただけです」
 そう言って業は、真意の知れない瞳を細めて口角を上げた。
 信用できない、というようにハッカーが元々悪い目つきを更に悪くして業を睨むと、業はやれやれと口を開く。
「まっ、信じられないのも無理はありませんか。ですが実際ぼくに貴方を殺す気はありませんし、今日は会長からの言づてを伝えに来ただけです」
 ……本当だろうか?
 疑念の目を向け続けるハッカーに根負けしたのか、業はどうやらもうハッカーに信頼して貰うことを諦めたようだ。
「…その言づて、というのはですね」
 業は面白そうに、演技かかったような口調で告げる。

「貴方を、見逃してやってもいいとのことです」

「………は?」
 ハッカーの思考がフリーズする。見逃す?どうして?どうして、俺だけ。
「混乱してらっしゃいますね、ふふ。ですがただで見逃すと言うわけではありませんよ?無論、今すぐこのいざこざから手を引くのが貴方の命を保証する条件です」
 ……………。
 確かに命は惜しい。
 だが今俺が手を引けば、あいつらが――
「貴方は今のところ、無刀さんに頼まれて彼らに協力しているだけであって貴方自身の意思で参戦したわけではない。ならば情状酌量の余地はあります」
 自分の命が惜しいのは、あいつらだって同じの筈だ。なら俺がやるべきことはもう決まっているはずではないのか。
 そんな自問自答を繰り返し、もう答えは出ているというのに、それを業の――生徒会の前では言えずに黙り込んでいると業は面白いものを観察しているかのように笑った。
 嘲笑った。
「…ま、こちらとしてはどっちでもいいんですよ。あまり猶予は与えられませんが、今日中に決めておいて下さい。ですがこれだけは言っておきましょう」
 業は再び、口元を隠して軽く笑った。
「例え刺客がを殺すのに成功しても失敗しても――どちらにせよ、彼らはもう終わりですから」
「…?おい、どういうことだ、待てっ!」
 業の肩を掴んで引き留めようと立ち上がるが、業の方が速い。
「では。確かにお伝えしましたよ」
 そう言って難なくドアを開け、その扉がもう一度閉まったときには、ちゃんと異能によるロックは復活していた。勿論ハッカーの異能も復活し、脳内に戦いの様子が映る。
「…………」
『どちらにせよ、彼らはもう終わりですから』
 その言葉が頭から離れない。
 そうして、ぼうっとしている場合ではないと分かっていながらもその言葉を無意識に脳内で反芻させながら真里達の戦闘を見守る。
「…………」
 仮面の刺客。
 まさか、とは、思うのだが。
「……嘘だろ?」
 ハッカーは泣きそうな顔で呟いた。
 考えると、辻褄があってしまったから。
 もしそうなら、確かに――
 彼らはもう駄目なのかもしれない。
 
    *   *   *  

 千鬼の大刀が刺客の二本の軍刀を翻弄する。
 段々と刺客が追い詰められていった。
「はっ、同じ二刀流でも兄貴よりは弱ェな!」
 千鬼がさらに大刀を振る。その全てを刺客は躱し、さばくが、限界は近そうだ。
 と、そこで千鬼がひときわ速く大刀を刺客に向かって振り下ろした。刺客はそれを受けるために軍刀を二本とも前に出す。
 が、その動作は――フェイクだった。
「…っらぁ!」
 刀を囮に足蹴りを喰らわせる。予想だにしなかった動きなのか、それとも体力が限界だったのか、刺客はあっさりと喰らって地面に転がった。
 うつ伏せになりながら、刺客が少し呻いているのが分かる。
「さて」
 と――千鬼の手には、
「吹っ飛ばすときに仮面掴んで、攻撃の反動で外させて貰ったぜ。まずはそのご尊顔を拝見といこうじゃねェか」
 いつの間に……無刀の影に隠れていて自覚が足りなかったが、千鬼もやはりかなりの実力者なのだ。
「………」
 刺客は無言でうずくまったままでいる。しかし、どうやら蹴られた部分が痛くて立てない――と言うわけでもないようだ。立とうとしていない、という表現が正しいだろうか。 
「どうした、立てよ。お前には聞きてェことが山ほどあるんだ」
 余裕がなさそうに千鬼は刺客を急かす。…聞きたいこと、というのは、自分の兄のことに違いない。
 ――すると、刺客が深いため息をついた。
 そして、フードを先程よりずっと目深に被って立ち上がる。顔は下を向いたままのようで、その顔を確認することはできない。
 が、しかし、観念したかのように刺客は顔を上げた。
 木々が風で揺れる。そのせいで日の光が乱雑に揺れ、その光で一瞬刺客の顔が明るく照らし出された。
「……………ぇ」
 
 俺は気付くべきだった。
 ヒントはそこら中にあったはずなのに。
 どうして刺客は戦いの時にやけに異能を使わなかったのか。
 どうして刀を二本にしても問題なく戦えたのか。
 どうして千鬼は初めて戦う相手に、たとえ二刀流のやつに慣れていたとしても、あそこまで通用したのか。
 そもそもどうして刺客は、仮面をつけていたのか。
 何度もフードを深く被り直していたところを見ると、よっぽど顔を見られたくなかったのだろう。
 だから、俺は――気付くべきだったのだ。
 気付いたことでさして何一つ変わらないとしても、それでも気付いてさえいれば何か出来るはずだった。
 少なくともこうして争うことは、避けられたんじゃないかと。
 わかっている。こんなものは捕らぬ狸の皮算用だ。俺が気付いたところで争い合う結果が変わらなかったとしても、それでもそういう未来があったのではないかと疑って後悔するのは人間の性だ。
 ――要するに、だ。

「負けたよ」
 刺客は仮面の向こうの赤い瞳をあらわにして、聞き覚えのある声で、言った。
 赤い瞳。
 千鬼と同じ色の瞳。
 それから、音の鳴らない黒い鈴の――
「…………ぁ」
 カラン、と千鬼が大刀を落とした音がした。地面が芝生だから大して音は鳴らなかった。

「…あに、き」

 俺は気付くべきだった。
 気付いてさえいれば、少なくとも千鬼がここまで深く傷つくことはなかったはずだから。
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