世界はもう一度君の為に

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第二十一話:どうして

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 ある家庭に、それはそれは仲の良い兄弟がおりました。
 家庭も円満で、優しい父母に囲まれのびのびと育った二人は、楽しいことも苦しいこともお互いに分け合いながら過ごしてきました。
 そして数年経って、母が亡くなりました。
 強盗に入られ、恐怖で固まってしまった弟を守り、刺されてしまったのです。兄も重症を負いましたが、一命を取り留めました。
 さらに数年経って、父が亡くなりました。
 これまた不可解なことに、強盗に刺されてしまったようです。兄も再び重症を負いましたが、一命を取り留めました。
 どちらも弟だけは無傷でした。
 そうして両親を失った兄弟は、その強い絆を胸に二人で生きていくことを決意しました。

 しかし本来の兄弟の物語は、こんなストーリーでは、結末では、許されなかったのです。

 何も知らない弟と、全てを知っている兄。
 それは、決別するには充分すぎる理由だったのでした。

「あ、ぁに、き……どう、して」
 千鬼がふらふらと後ずさる。仮面が千鬼の手から徐々に摩擦を失って落ちた。
 ――一番ショックなのは千鬼だろう。しかし、俺達も負けないほどには動揺していた。喉の奥がひりつき、上手く声も出せない。
「どうもこうもない、私は君たちを裏切った。ただそれだけの話だ」
 無刀はフードをパサッと脱ぐと、一つ大きなため息をついた。
「…で?君たちの裏切り者がここにいるわけですけど……どうするんです?そんなに選択肢無いと思いますけど」
 無刀は軍刀を降ろさない。バレたからといって戦いを辞めるつもりはないらしい。
「………どうする、って…」
 無刀は――強い。
 多分俺達の中で一番実力がある。
 先程までの戦いぶりも、恐らく全力ではない。フードが捲れないようにするためか、あるいはまた別の何かがそうさせたのか――普段の無刀はもっと速い。
 俺が太刀打ちできる相手では、到底――
「無刀」
 重い、静かな怒りを含んだ声が俺の思考を現実へと引っ張り戻す。
「覚悟は出来てる…ってことでいいんだな?」
 花依だった。
 場を凍らせる程の威圧感と怒りを全身からぶちまけながら、今にも無刀に向かって解き放たれそうな拳を震わせて彼女は問うた。
「出来てなかったら裏切りなんてしません」
「そうかよ、…千鬼、下がってろ」
 花依は前に出て千鬼の肩を後ろに引っ張った。
「か、花依…」
「お前、自分の手見てみろ。アル中かってぐれー震えてんぞ…落ち着くまで戦闘に入ってくんな」
 千鬼はまるで感情の抜け落ちた人形のように、言われた通りに自分の掌を見つめた。
 そうして自分の現状を自分自身で確認すると、辛そうに目を細める。
「すぐる、お前は戦えるか」
「……うん。すぐるは、大丈夫……」
「よし…真里、お前は出てくんなよ。千鬼といろ」
「なっ、でも…!」
 俺が反論しかけると、花依は振り返ってパチンと片目を閉じて見せた。
 頼むよ、という風に――
「……あぁ」
 千鬼を見ていて欲しい、ってことか。
 確かにこの精神状態じゃ…一人は駄目だ。
 無刀が居なくなったときですらあれだけ動揺していたのだ。それがましてや無刀が裏切り者だったなんて――
 彼にとっては地獄みたいな話だろう。
「無刀。私は怒ってるんだ」
「…でしょうね」
 無刀は淡々と答える。口元に微笑を携えたまま。目元に闇を残したまま。
「いつから裏切ってた、どうして裏切った、お前は……弟が大事なんじゃなかったのか!?」
 花依は感情をむき出しにして無刀に叫んだ。
 こんな内容の話を、こんな状態の千鬼に聞かせるべきではないとわかっているのだろうけど――動揺してるのも、不安定な精神状態なのも、千鬼だけではない。
 それに少なくとも花依は千鬼の為に、いや――千鬼の代わりに怒っていた。

「…………最初から」

 無刀は変わらず淡々と答えた。
 ――最初から?
 最初からって、いつから?
 俺を特訓してくれてたときから?
 皆で鍋を囲んだときから?
 仲間を探してくれていたときから?
 
 俺と仲間になったそのときから?

「……は」
 声帯が震えて、息をするのに無駄に声が漏れた。
 気付かなかった。あれだけ長く一緒に居たのに、いや――時間的には短くても密度は高かったはずなのに。
 こいつはずっと隠してたんだ。
 俺と出会った時からずっと。
 女郎蜘蛛でさえ見破れなかった、俺に対する殺意を。
「わかった。もういい」
 花依は吐き捨てるように呟くと、すぐるを待たずに飛び出した。拳が無刀に吸い付くように放たれる。――が、軽く頭を振って回避。続く連撃に、無刀は最小限の動きで対応した。
「ふざけんな!裏切るだけならまだいい、いや、よくないけどっ…お前が居なくなった時、お前の弟が!どれだけ!心配してたか!」
 拳、拳、蹴り、拳、蹴り、蹴り。 
 無刀からの反撃はない。攻撃が無効化されるから当たり前だが。ただ冷静な目で花依の攻撃を見切って避けているだけであった。
 羽虫が顔の周りを飛んでいるかのような認識の瞳で。
「私達が、お前を、どれだけっ……!」
 花依はそこで一瞬動きを鈍らせた。
 その数瞬を無刀は見逃さない、攻撃は通らないため軽く地面を蹴って花依の攻撃範囲外へうつる。
「そんなこと知ってますよ。裏切るってことは、仲間に辛い思いをさせる。わかっていたからこそ、私だとバレないままで――を殺したかった」 
 無刀の瞳が俺を捉える。
「――っ!」
 すぐるがいち早くそれに気づき、無刀と俺の間に入った。だが俺もここまで来てはおちおち戦闘を見守ってもいられない、千鬼には悪いが俺はバットを持って立ち上がった。
 無刀がため息をつく。
「すぐる、サポート頼むぞ」
「……うん」
 横目でちらっと女郎さんを見た。 
 彼女は未だ余裕そうに煙管を吸っている――が、腰の刀に手がかかっている。
 もし本当にマズいときは――いつでも助けには入れる、と。
 まだ女郎蜘蛛に戻らないでくれているのは、きっとこの状況を見たらあいつが無刀を殺す――いや、半殺しにすると判断してだろう。女郎蜘蛛はおそらく、感情的な奴の気がするから。
「真里」
 弱々しい声がした――千鬼だ。
「すまねェ…」
 まだ震えている手で、千鬼は自分の顔を覆う。
 …なんでお前が謝るんだ。
 お前はなにも悪くないだろう。そもそも謝られる立場なのはお前なんだ、何も気にすることはないんだから――
 そんな言葉が頭に浮かんだが、どれもこれも千鬼の震えを止めてやるにはいささか綺麗すぎる。
 綺麗さは時に人を殺す。
「あぁ」
 だからこんな味気のない返事しか出来ない。
 ごめんな。
 ごめんな――無刀。
 だから俺は、お前にどんな言葉をかけていいかわからないし、裏切った相手に対して何をするのが正解かわからない。
 だからお前が向かってくるなら――こっちも応戦するしかないんだ。
 何も出来ない奴でごめん。
 人格者じゃなくてごめん。
 ほんとはこんなこと違うってわかってるんだ、争い合うなんて違うってわかってるんだ。でも俺がを止めるなんて出来ない。
 止めるためには言葉が必要だけど、俺はそれを持っていない。
 浮かぶのは綺麗事ばかりだ。
 そんなもので人は止まらない。
 だから争うしかない。
 人はそういう風に出来てる。
「……始めましょうか、特訓の時みたいに」
 無刀の軍刀が振り抜かれた。
 いつもの日本刀じゃないことに違和感を抱きつつそれらをバットで弾く。その隙にすぐるがヨーヨーを振り回した。激しくうねりながら向かうヨーヨーは軌道を読むにはかなり難儀で、避けることが難しい。

 その言葉と共に、竜巻が発生した。
 ――と言っても、かなり小規模だ。無刀の異能を初めて見たときはもっと大きかった気がするが、かなり細かい調整が可能なのだろう。
 その竜巻が起こした暴風は、すぐるのヨーヨーを跳ね返す。
 ……そうか、今までは俺達にバレないように異能を使うことを極力避けていたが、今はもう出し惜しみしないってことか。
 おそらく、屋上から落ちてきたときも異能で衝撃を緩和したのだろう。あの時の暴風はきっとそれだ。
 しかしこちらも黙っているわけにはいかない。
 殺すつもりでバットを振った。それくらいしないと当たらないと、あの三日間で知っているから。
 そして思った通り、俺のバットは進行を軍刀に阻まれ――

「えっ?」

 そうはならなかった。
 無刀は動かず、俺のバットを――自分の首筋に向かっているバットを見つめるだけで、その軍刀を振り抜こうとしない。
 このままじゃ、こいつの首は――
「―――ッ!!」
 俺はむりやりバットの軌道をそらす。
 怖くなった。無刀がタダで死ぬような奴ではないとわかっているのに、おそらくこの行為にも何か意味があるのだろうと、俺の一撃なんかで死なない奴だとわかっているはずなのに俺はバットを振り抜けなかった。
「……いくじなし」
 無刀がため息交じりに呟いた。
 今度は無刀の番だ。
 軍刀がさっきの俺と同じように、いや、俺より速く――俺の首に吸い付いてくる。
「ぎっ……」
「……三日間の成果は、ちゃんと出たみたいですね」
 バットと軍刀がつばぜり合いをする。――ギリギリだった、ギリギリ間に合った。
 そこで無刀の背後からすぐるのヨーヨーが飛んでくる。ヨーヨーは脇腹付近をかすめ、再びすぐるの手中に戻った。
「…脇腹なんて狙ってていいんですか?もっとほら、頭とか首とか心臓とか狙ったらいいじゃないですか」  
 無刀が煽るように吐き捨てた。
 すぐると俺で無刀を挟み撃ちの体勢にしている。花依は今は千鬼の横で、いつでも戦闘態勢に入れるような姿勢でいた。
 一人で戦っているわけではないことを再確認し、体勢を立て直してバットを構えたとき――
 唐突に気付いた。
 俺のバットは、無刀の一撃に間に合った。
 間に合って――しまった。
 俺が強くなったのか?
 違う。
 火事場の馬鹿力か?
 違う。
 だってあの至近距離で、女郎さんの一撃を塞いだときのような速度で刀を振られていたら…
 
 あの瞬間の記憶すら薄れかけている今、ハッキリとは言えない。でも――
 まるで、加減したかのように――
 すぐるがヨーヨーを構えた。今すぐにでも発射されそうなそれを、無刀は冷たい目で見つめている。
 当然だがすぐるも怒っていた。動揺していた。冷静でない頭でさっきのように煽られては、ひょっとしたら――
 そう思ったとき、口が勝手に動いた。
「すぐる、待っ――」
 
「――ッ待って!!」
 
 突然響いた大声にびくんと肩を震わす。
 路地の入口に、ぜぇぜぇと肩で息をしながら手を膝につく人の姿があった。
「…ハッカー先輩?」
 どこからここまで走ってきたのか、体は汗だくで立っているのもやっとというような状態だった。
 無刀は一瞬驚いたようにハッカー先輩を見た。ここにいるはずがないだろう、というように。
「……ッ…待っ…ほんとにっ…息……整えさせっ……」
 ひゅうひゅうと本当に苦しそうに息をする先輩を哀れみを込めた目で見つめつつ、先輩の息が整うのを待った。無刀でさえ待ってあげていた。
「………、はぁ……、無刀、お前っ…」
 待っててあげるのに、焦ったようにハッカー先輩は未だ荒い呼吸で言葉を紡ぐ。
 無刀の名前が出たとき、無刀は一瞬体を引きつらせた。…恨み言を言われると思ったのだろう。俺もそうだろうとしか思えなかった。
「お前は、一体」
 汗を拭いながら先輩は顔を上げた。まっすぐ無刀の目を見つめて必死に呼吸をしながら。

「……どうして欲しかったんだっ…」

 息切れのせいなのか、それともまた別の何かのせいなのか、先輩の声は震えていた。
「…は?」
 予想だにしていなかった言葉なのだろう、無刀は何も答えられず、ハッカー先輩の次の言葉を待っている。
「刺客がお前だと気付いたとき、まず始めに違和感を覚えた」
 段々整ってきたハッカー先輩の呼吸は、言葉を綺麗に紡ぎ出した。
「…何を言って」
「だってそうだろ、無刀、お前なら…」
 そうしてハッカー先輩は代弁してくれた。
 俺が心のどこかで思っていたことを。
「お前なら簡単に真里君を殺せたはずだ。お前なら変装なんてしないで、いつも通り彼と話しながら首を掻ききることだって出来たはずだ。お前の性格なら、一度裏切ると決めたなら真里君以外だって殺したはずだ」
 無刀の表情が強ばった。
「でもお前はそうしなかった。例え百歩譲ってお前が真里君以外殺そうとしなかったとしても、千鬼君達が集合してしまったとしても、少なくとも…仮面を取られるなんてヘマ、お前がするわけなかっただろ!」
 その言葉に千鬼がぴくりと反応した。
「無刀、お前は、俺が見る限り…手を抜いてた。完璧主義のお前が、だ」
 油断とは無関係なお前が。
「黙れ」
 無刀がそこでようやく口を開いた。
 その声には威圧感と言うよりはむしろ――恐怖が、含まれていた。
 それ以上言うな、と。
 しかしハッカー先輩はそんな圧に構わない。
「無刀、お前は」

「…気付いて欲しかったんじゃないのか」

 核心を突かれた、と言うように無刀はわかりやすく顔を歪めた。
「……もっとわかりやすく言ってやろうか」
 と、そこまで淡々と話していたはずのハッカー先輩の口調に怒りが混じった。
「お前は、殺して欲しかったんじゃないのか」 
 目つきの悪さも相まって、その言葉は今までのどの言葉よりも重く感じられる。
 無刀もその圧に気圧されたのか、ひくっと息を呑み、気まずそうに目をそらした。
 あれだけ感情を隠していた無刀が――何も隠せず、動揺していた。
「お前が誰に何を言われて裏切ろうなんて思ったのかは俺にはわからない。わからないが、これだけはわかる」
 一度怒りを覚えた先輩は、もう止まらなかった。完全に整った呼吸で、叫ぶように語りかける。
「本気で裏切って真里君を殺そうとしたなら、お前は仲間探しなんてしなかった!真里君を鍛えたりしなかった!俺に後方支援なんて、頼まなかった!…っ無刀、お前はっ……」
 俺のバットを避けなかったのも。
 すぐるを挑発したのも。

「お前は、俺達に殺して欲しかっただけだろうが!」
 
 先輩は今までで一番大きな声量で叫んだ。
 その目は怒りに燃えている。
 無刀はどう答えたらいいかわからないと言うように、まるで迷子の子供のような顔をして口を開いたり閉じたりした。
 しかし、ぐっと強く目を瞑ってもう一度開いたときには――先程までの冷たい瞳が戻ってきた。
「…そうだ、と言ったら?」
 その言葉に、ハッカー先輩が強く奥歯を噛み締めた。
 俺達もハッカー先輩がここまで言ってくれたなら黙っていられない。全員がそれぞれの言葉で無刀を責めようと――優しさ故に、怒って、責め立てようと口を開く。
 しかし、その言葉を誰一人発することは出来なかった。
 何故なら――

「兄貴」

 一人の声に、先を越されたから――
 ではなく。
 その一人の声が、この中で一番――
 
「そういうことだったんだな」

 兄に似て、冷たくも激しい怒りが込められていたから。
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