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黒砂糖デニーロ

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第三章

第十九話 小憩

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 ブラインの討伐を果たしてから一週間が経過した。
 調査の結果、早い段階で中核を成す上級種を討伐したおかげで、ネスト化は都市機能を奪うまでには至っていなかった。残存魔属の掃討が完了すれば、市民の帰還は十分に可能であるというのが軍の大方の見解であった。
 ブラインを討たれたことにより、下位の魔属たちは目に見えて統率を失った。それでも魔属であることに変わりはなく、勇者と軍による殲滅が目下のところの急務であった。それも三日経過した頃には、勇者たちの奮闘もあり八割近くが掃討されたという。
 当初の絶望的な状況からは想像もできないほどの大逆転劇である。
 しかし、手放しで喜ぶことはできない。
 魔属討伐と並行して、シェルターに入れなかった生存者の捜索も行われたが、そちらに関してはほぼ絶望的な有様だった。都市の各所では魔属による惨状の痕跡だけが見つかるばかりで、ほとんどが行方不明のままだ。
 そして何より気がかりだったのは、ヴィルさんの消息だ。
 軍による捜索にもかかわらず、ヴィルさんの姿は、どこにも見当たらなかった。
 すでに都市制圧から一週間も経過している。大佐の言うとおりおそらくヴィルさん存命の可能性は低いだろう。
 いかにクラス:マスターの勇者といえどいつ、どんな状況で命を落とすかはわからない。
 それが魔属との戦いの現実だ。
 せめてガルスを救ったことがヴィルさんの弔いとなり、魂の慰めになることを祈るばかりだ。
 そしてアオイはというと――

「はよ」
「あ、おはようアオイ。ご飯できてるよ」
「ん」
 姿を見せたアオイは眠気まなこをこすりながら席に座る。
 すっかりいつもと変わりないアオイの姿に、僕は内心で安堵する。
 ブライン戦直後に意識を失ったアオイは、非常に危険な状態にあった。
 負傷と潜在力の過剰消費により、バイタルが極端に低下したことが原因だった。著しく生命力を失い、死んだように昏睡し続けている間、僕も生きた心地がしなかった。
 幸い、ブラインは撃退された後である。アオイは医療施設に担ぎ込まれ勇者専門医による治療を受けることができた。おかげで翌日には意識も取り戻し、今や何事もなかったように全快しているのでひとまず安心である。
 僕はバスケットに入ったパンを勧める。先に来ていたギンも軽く頷き、無言でアオイに挨拶をする。
 ここはガルスにあるホテルの食堂。魔属によって半壊状態の基地に代わり、軍があちこちの比較的損壊の軽い施設を一時的に徴用し、拠点としている。ここもその一つというわけだ。
 フロアの一面ガラス張りの窓からは暖かな朝日が入り、今日も快晴であることを知らせてくれていた。
「あと来てないのはクロウだけだけど……」
 僕がそう口にするのと、入り口に見慣れた巨体が現われたのは同時だった。
「うぉおお!食い物をありったけよこせ!」
 飢えた山賊の如く登場したのは、言うまでもなくクロウだ。
「お、おはようクロウ。朝御飯ならたくさんあるから叫ばないでね。視線が集まって恥ずかしいから」
「お!?飯発見!確保ォ!」
 席に座るよりも先にヘッドスライディング気味にバスケットに手を伸ばしてパンを根こそぎ掴みとると、ダイレクトに口に運ぶ。残念ながら僕のお願いなど耳にも届いていないようだ。
「ふがもごぶふぉあ!」
「あぁあぁ、もう。とりあえず座って、口のものを飲み込んでから喋ろうね。飛び散り方が行儀悪いってレベルを超えてるから」
 僕はナプキンを手に取り、クロウの服に溢れまくるパンくずを払い取ってあげる。
「すまねぇ……オレ様は戦い以外に関しちゃ不器用だからな」
「何をこいつはカッコつけて言ってるんだ?バカなのか?」
 アオイは眉根を寄せ、心底疑問そうに首を傾げながらパンを口に頬張る。
「ほら。アオイの好きな苺ジャムもあるよ」
「もらう!」
 僕の手からもぎ取るように掴むやいなやトーストにたっぷりと塗り、口に運ぶアオイ。口に広がる甘みに、幸せそうに表情をとろけさせるアオイ。その表情を見ていると、こっちまで笑顔になってしまう。
「おいしい?」
「うん!レンも食べろ。遠慮は要らない」
「マジだ!こいつァうめえ!」
「おい!ジャムを直に食う奴があるか!」
 そんな騒々しくも和やかな食事風景に、僕は思わず笑みかこぼれる。まだ状況は予断は許さないとはいえ、こういうほのぼのとした朝食は久しぶりな気がする。まるで僕達が旅に出る前の、故郷にいた頃を思い出す。
「にぎやかですね」
 と、そんな僕達に声をかけてきたのはケイン君だった。その後ろにはやはりヒルダさん。
「遠くからでもすぐにあなた達がわかったわ」
「さすがにオレ様ほどの大物になると、溢れ出るオーラは隠し切れないってことか」
「隠しきれていないのはお前の品の無さだ、このたわけ」
「皆さんがいるところは賑やかだ、ってヒルダさんは言いたいんだよね?」
 ケイン君が振り返って言うと、ヒルダさんは穏やかな微笑みを浮かべる――だけで、頷きはしなかった。
「ご一緒してもいいですか?」とケイン君がたずねる。もちろんと、僕は席を勧める。
 ブラインに負わされた重症の跡はどこにも見られず、彼もまた壮健そのものだ。あれだけの重症を追いながら、その日のうちには自力で立てるほどに回復したのは、幼くてもやはり彼が勇者であることの証である。翌日には魔属残党の討伐に参加し、先陣に立って剣を振るっていたのだから驚かされる。
「そう言えばランス大佐からの連絡は聞きましたか?」
「警戒レベルの引き下げに伴い、勇者の任務は完了って話?」
「そっか。ようやくお役御免か」
 アオイは安堵の表情を見せる。
 この一週間、ここにいるみんなはよく戦ってくれた。いくらブラインが討たれたとはいえ、ここまで迅速に掃討戦が進んでいるのはケイン君やガーネットさん、そして復帰したアオイが昼夜を問わず精力的に強力な魔属を倒していったからに他ならない。
 失ったものも大きかったけど、なんとかガルスを魔属の手から奪い返すこともでき、役割が終えられたことには素直に喜ばしいことだ。
「ケイン君たちはこれからどうするんだい?」
「僕らは残って掃討を手伝うつもりです。まだ完全に安全ではない以上、万が一の事態も考えられますからね」
「ケインは真面目だな。そんな考えてばっかだと誰かみたいな小姑になっちゃうぞ。少しはクロウを見習え」
「おう。男は偉大な男の背を見て成長するもンだぜ」
 馬鹿にされているのに誇らしげだから手に負えない。
 ……ところで小姑みたいな誰かって、誰のことかな?あとでしっかり問い詰めよう。
「あ。そういえばガーネットさんはどうするのかな?今日はまだ見てないけど」
 何気なく僕が言うと、ケイン君は不思議そうな表情で首を傾げる。
「あれ?聞いてませんか?ガーネットさんは今日にもガルスを発つそうですよ?」
「えぇ!?そんなの初耳だよ!」
「そうだよね?」とケイン君がヒルダさんを仰ぎ見る。
「ええ。たまたま昨晩会った時に。てっきりあなたたちにも伝えてあるものと思っていたわ」
 きっとガーネットさんのことだ。問題が解決したガルスに長居する気はないと、さっさと次の戦場に向かうつもりなのだろう。使命感の強い彼女らしいけど、共に闘った僕らに一言も無いのは少し寂しい。
「そっか……。せめて一言くらい挨拶しておきたかったな」
「あ、でも発つのは会社の方を確認してからって言っていたから、もしかしたらまだ会えるかもしれないわよ?」
「会社の方って……ああ、ヴァーミリオン社のラボか」
「ここからそんなに遠くないですし、行ってきてはいかがですか?ランス大佐には僕の方から伝えておきますよ」
「そう言ってくれると助かるけど……どうするアオイ?」
「レンがそう言うなら、会ってやらんでもない」
「なんでコイツは上から目線なんだ」
 態度はこんなだけど、「嫌だ」とは言わないあたり、ガーネットさんに別れの挨拶をしておきたい気持ちはあるようだ。
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