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黒砂糖デニーロ

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第三章

それぞれの戦い――act:ギン

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 旧ガルス跡にあって一際目につく時計塔。
 街の繁栄を記念して建てられたこの時計塔も今は時を刻む事無く、廃墟となったこの街をただ静かに見下ろす。
 その内部。時計塔の最上階で、時計のメンテナンスを行う機関室。そこには仰々しいまでの大小様々な機械類が鎮座している。だが、それらはすでに錆び付き、朽ち果て、すでに機能しないことを示していた。
 無人の街の、意味を成さない時計の機関室。本来であれば人がいるはずのない場所に、一人の男がいた。
 窓に佇むのは黒ずくめの男――コールサインはフェイク3。出で立ちは、今アオイが刃を交えているフェイクと呼ばれる者たちと全く同じであった。差異があるとすれば、頭部にガスマスクは装着しておらず、代わりにヘッドマウントギアで単眼式のスコープを片目に装着しているくらいだ。
 男は静かに眼下の街を眺めていた。戦場と化している街の中で、二つに分かれた戦域の両方を冷静に観察する。
 ヘリ部隊は混乱を極め、残った機体は僅か三機。しかも分散させた片方の編隊は操縦を奪われた上に全滅。片やほぼ丸腰の人間を相手に未だ苦戦しているのだから最新鋭機が聞いて呆れる。結局ヘリ部隊の援護を失ったフェイクリーダー、フェイク1がイレギュラーと交戦を再開。
 ヘリ部隊の周章狼狽ぶりに辟易していたフェイク3に味方を撃ち落とした悔恨の念は皆無だった。彼の思考は至って冷静に、状況の把握と問題の解決にのみ向けられる。
 ヘリ相手に大立ち回りを演じる大男に、フェイク3は見覚えがあった。それもまだ記憶新しい。
(もしこうなることがわかっていたならあの時、多少無理をしても殺しておくべきだった)
 蘇る痛みの記憶に熱くなりかける思考を、軽く頭を振って霧散させる。
 確かに大男の怪力は脅威だが、所詮はそれだけのこと。いくらでも対処の方法はある。
 それよりも気がかりなのはヘリの暴走原因。ヘリがひとりでに暴れだし、味方を撃つなどという道理はない。墜落直前までの通信内容から考えるに、外部からのハッキングが原因だろう。標的の中にそんな芸当ができるような人間がいるとは事前のブリーフィングでは受けていない。とすれば、介入してきたイレギュラーたちの仕業と見て間違いない。だが、現在姿を見せて戦っている介入者たちの仕業でもない。そんな素振りも見られなかった。
 すなわち、どこかにまだ隠れている者がいる。それがイレギュラーたちの司令塔であるなら、大男と少女の両者を視認できる位置のはずだ。
 そう分析をしながら、スコープ越しに少女と大男を中心とした区域にくまなく目を配らせる。程なく、少女とフェイクリーダーが戦っている場所のすぐ近くに、人影を見つける。
 ビルの入口から現われたのは、バックパックを背負った幼い容貌の少年。見た目は子供のようだが、奴がヘリにハッキングを仕掛けたに違いない。終始戦闘に参加する様子を見せないところからも、この少年が戦闘支援を担っているものと推察できる。
 もし奴があのイレギュラーの司令塔の役割を担っているなら、現状における最優先排除目標である。
 冷静な思考の末に判断を下したフェイク3は、速やかに攻撃体勢に入る。
 といっても、ここに狙撃銃の類は見当たらない。あるのは、壁面に立てかけられた巨大な剣だけだ。剣として規格外の長さを誇るその剣は刀身だけで二メートルに達し、身幅も異常に厚い。加えて鍔の部分も肥大している。
 フェイク3はその剣の柄を掴むと、重々しい音を立てながら長い刀身を窓の縁に乗せた。重量に刃が自然と窓辺に食い込みながらも、フェイク3は切っ先を窓の外へと突き出した。
 スコープ内のレティクルに少年の頭を合わせると、それに合わせて機械のような精密な動きで切っ先も目標に向けられる。狙撃銃か大砲でも撃つような構えだ。
 そしてフェイク3が剣に意識を向けると、その刀身がバクンッ!っと上下左右に割れる。四つに分割された大剣の刀身の間の空間には、時折バチバチっと弾けるような音が鳴り光が弾ける。この形状こそが、フェイク3の得物である聖剣の戦闘形態である。
 柄の部分に装填された弾丸を潜在力を変換した電流の力によって打ち出す、まさにレールガンと同種の兵器であると言って差し支えない。もっとも、その原動力や構造、大きさから比較した破壊力を見れば、現用のレールガンとは一線を画すものである。
 柄を小刻みに動かし、スコープの中に少年の動きを読む。狙撃銃のように正確に照準する必要はない。一度打ち出した後も、多少の弾道修正は可能だからだ。
 何より、その威力を鑑みれば直撃でなくとも人体を粉砕して余りある。
 狙いを定めたフェイク3は、柄を通して剣に発射の意思を送る――まさにその時、
「どんな巨大な銃を使っているのかと思ったが、まさか剣だったとはな」
 唐突に背後からかけられた声に、フェイク3はバッと勢いよく振り返る。そして、驚愕に目を見開く。
 ――なるほど。あの大男がここにいるのだから、こいつもこの場にいても不思議ではない。
 そこに立っていたのは、異国風の装束を纏い、両手に木刀を携えた青年。彫りは浅いが、毅然としたその面はまだ記憶に新しい、見覚えのある顔だった。
 そして、フェイスマスクの下で潰れた鼻柱が疼くのを感じたフェイク3は、薄く笑みを浮かべた。
 まさか、こんなに早く雪辱を晴らす機会が来ようとは。


 相手を確認してから攻撃に移るフェイク3の動作は速い。腰後ろに下げていたサブマシンガンを片手で瞬時に抜き、引き金を引く。一連の動作には無駄がなく、高度に訓練された動きだと見て取れた。
 しかし、ギンの動きはそれを上回る速さだった。
 引き金が引かれ銃口から銃弾が飛び出したとき、すでにギンは一瞬で間合いをゼロにし、銃口の下にまで音もなく踏み込んでいた。
 斜め下から斬り上げられる木刀は、サブマシンガンの銃身の底を強かに打ち、フェイク3の手からもぎ取っていった。
 フェイク3は宙を舞うサブマシンガンには目もくれず、懐に潜り込んだギンの顔面めがけて回し蹴りを放つ。鞭のように力強くもしなやかなその一撃も、ギンは流水のごとく柔軟な動きでやり過ごす。
 しかし、そのギンの頭上に影が差す。ごうっと唸りを上げ、真上から迫り来る大質量。それは、窓の外に向けられていたあの大剣だった。すでに砲門は閉じられ剣の形状に戻ったそれは、天井を抉りながら振り下ろされる。
 ギンは大きく後ろに跳躍し、その一撃を躱す。床に突き刺さった剣は時計塔が崩れるのではと思うほどの衝撃で部屋全体を揺らした。
 フェイク3はゆっくりとした動作で床から大剣を持ち上げて構え、ガシャンと重々しい音を鳴らす。
「やめておけ。そんな大得物、まともに当たると思うか?」
「それはどうですかね?」
 言葉の語尾は、後方へと流れて消える。一息の間に間合いを詰めたフェイク3は、鉄の塊のようなその剣を軽々と振りかぶり、叩きつけた。
 さしものギンも、重量に見合わないその素早い動きには意表を突かれ、大きく後退して躱す。しかし、そう広くない室内。背中を壁にぶつける。
 そのギンを追尾し、切っ先が無数に突き出される。ギンは体さばきだけでこれを躱し、そのたびに背後の壁が砕け、穿たれる。
 打って出るにはフェイク3の剣はリーチは長すぎる。それでもギンは切っ先が引き戻されるタイミングを見計らい、大胆に踏み込んだ。大剣の間合いの内に入ると同時に、逆手に握った右手の木刀をフェイク3の脇腹目がけて打ち込む。
 タイミング、速度、角度のいずれも、まともな反射神経で躱せるものではなかった。しかし、木刀が伝えてきたのは硬質なものを打ち据えた手応え。フェイク3は大きく引き戻した大剣の柄尻でそれを受け止めていた。
 続けざまに左手の木刀を突き出すも、フェイク3は突きの速度の合わせて旋回して切っ先をやり過ごす。
 同時に、旋回の勢いと共に大剣を軽々と振り回していた。
 目を見開いたギンは、彼にしては珍しく驚いた表情で飛び退った。眼前を豪風を巻き上げながら切っ先が過ぎっていく。
 ズザァっと制動をかけて静止するギン。彼の額には、めったに見ることのできない冷や汗が僅かに滲み出ていた。
「どうしました?まるで化け物でも見ているような目をして」
「確かに、どいつもこいつも化け物じみているよ……お前たちはな」
 ギンが言い放った言葉に、フェイク3は沈黙で返す。
「下の奴らを見てなんとなくそんな気はしていたが、刃を交えてみて確信した。もっとも、そんな奇っ怪な剣を振り回していたら、誰でもすぐ気付くだろうがな」
 するとフェイク3は、何がおかしいのかクククと小さく笑い出した。
「……何か間違ったことを言ったか?」
「えぇ。大間違いです。我々が勇者?あんな度し難い連中と同じに思われるのは甚だ心外です」
 言外に何かを含んだ口調で語るフェイク3に、ギンは眉根に皺を寄せて推し量るような目で睨む。意味深な言葉の意図を読み解こうとしている、という訳ではなかった。
「その声……聞いた覚えがあるな」
 既視感めいたものを感じたギンは、記憶を手繰り寄せるように顎に拳を当てて考え込む。
「そうか。お前、アーネストの部屋にいた奴だな」
 フェイク3は口の中で小さく舌打ちする。
「お前には聞きたいことがある。悪いが洗いざらい喋ってもらうぞ」
「そうですか。こちらとしては目障りなので、あなたには黙っていていただきたいんですがね……永遠に!」
 会話を打ち切ると、フェイク3は力強く踏み込む。同時に、かなりの重量があるであろうその得物を大きく振り上げ、ギンの真上から力と重量に任せて叩きつける。
 その太刀筋を見切ったギンは体裁きでこれを受け流す。空を切り床に突き刺さるかに思われた大剣はしかし、ピタリと静止したかと思うと、そのまま勢いよく跳ね戻った。身を反ったギンはそのまま後方に宙返りし距離をとるが、その時すでに大剣の切っ先は吸い寄せられるようにギンの体に突き出されていた。
 水平に寝かされた幅の広い刀身による突きはもはや点ではなく線の攻撃であり、左右への回避は難しい。
 ギンは天井スレスレまで跳躍し、これを回避。そのままフェイク3の頭上を越え、背後に回る。もっとも、すでにその動きを予測していたフェイク3は反転する勢いを乗せ横薙ぎの一撃を繰り出していた。
 フェイク3の剣筋は単純でとても剣術と呼べるものではなかったが、一撃一撃が重量武器とは思えないほどに速い。剣が振るわれるたびに風圧が生じ、連続した剣撃が狭い室内に暴風を巻き起こした。剣の腕は素人でも、その常人離れした体術と重量武器の攻撃は十分脅威であり、達人であるギンが後手に回ってしまう。
(勇者であることを否定していたが、勇者以外の何ものでもなかろうが)
 とりわけその大剣の軽々と操る膂力は突出している。
 ギンがバックステップで避けた横薙ぎの凶暴な一撃は、そのまま流れて時計を動かす大掛かりな機械に突き刺さり、それを粉々に粉砕した。
 飛び散る破片に一瞬怯んだ時、二の太刀はすでに直上に迫っていた。
 一際苛烈な打ち下ろしを、ギンは二本の木刀を軌道上に差し込み紙一重、勢いの大半を受け流すことに成功する。が、それでも腕に伝わる負荷は殺人的であった。踏みしめた床が、苦しげに歯を食いしばるギンを代弁するかのように悲鳴をあげる。
 大剣が床に突き刺さると同時に、ギンは飛び退って大きく間合いを取る。
(剣筋は素人なんだがな……如何せん、それ以外が規格外すぎる) 
 魔属相手にも一切怖じけること無く打ち込んでいくギンをして、決断を慎重にさせる。
 太刀筋は見極められても、そこから攻勢に出る隙を見出だせずにいた。加えて、こう狭い部屋であっては動きがかなり制限される。そうそう回避し続けることも難しい。
(剣は素人、か。それならば……)
 怪物的な力の前に苦戦を強いられながらも、ギンの頭は冷静に回る。
 縦に横に烈火の如く打ち込まれる重斬撃を、ギンは巧みな足さばきで回避に専念。
 ごうっ、と突き出された切っ先をバックステップで避けつつ、木刀で軌道を逸らした。
 そこで腰に固い感触にぶつかる。振り返らずとも、それが何か、ギンにはわかっていた。
 そこは部屋の四隅の一角。旧ガルスを一望できる出窓を背に追い詰められた形となった。五〇メートルに届く窓から吹き付ける夕風がギンの首筋を撫でていく。
 追い詰めたフェイク3は勝利を確信した。瞬時に剣を後ろに引き、とどめの一撃を見舞うべく力を溜めると、斬撃に乗せて打ち放つ。
 唸りを上げ斜め下から迫り来る凶刃。もはや躱せる場所はない――しかし、次にギンの取った行動に、フェイク3は驚愕した。
 トン、と軽く床を蹴ると、ギンは背面跳びで窓の外へと身を投げたのだ。直後に、水平になった体の下スレスレを刃が過っていく。
 死中に活を見出し難を逃れたギンであったが、彼は未だ危機の最中にある。地上約五〇メートルの空中に飛び出したギンの体は、万人に等しく作用するその不変の物理法則に則り、はるか下方の地上に引き寄せられていく。
 と、思われた。
 しかし次の瞬間には、ギンの身は逆再生のごとく室内へと引き戻されていた。
 超人的なフェイク3もも見えてはいなかった。
 一瞬のうちにギンは、左手の木刀を高速で突き立てたのだ。深々と刺さった木刀を視点に、絶妙な平衡感覚と体重移動を駆使し、見事生還を果たしたのである。
 ぶわりと着物の裾をはためかせ、室内のフェイク3の頭上へと舞い上がったギン。
「上を取ったと思ったか?馬鹿め!」
 呆気にとられたのも一瞬のこと。逃げ場のない空中にいる彼は格好の餌食。今度こそ仕留めるべく、フェイク3は素早く剣を引く――しかし、意図に反してその動きが硬直する。
 ハッとなり、フェイク3は自身の得物を見遣る。大剣は、勢いのまま側面の壁に深々と食い込んでしまっていた。
 必殺のチャンスにただでさえ高い腕力がさらに必要以上に力み、そこに虚を突かれたのだ。結果、制動を忘れ、剣客であればまず犯さないミスをフェイク3は犯してしまった。
 ギンは追い詰められたのではない。これを狙って、誘導したのだ。
 まさに死に体。身体能力で勝るフェイク3が初めて見せたこの隙を、ギンは見逃しはしない。
 落下しながら両手で木刀を握り、高々と振り上げる。フェイク3は大きく後ろに後退しながら壁から剣を引き抜いていたが、ギンの間合いからは逃れられない。いかに超人的なフェイク3といえど、もはや躱せるタイミングにはなかった。
 ギンの腕の筋肉はたわみ、力を溜める。最速の一撃を繰り出すために。
 しかし、木刀が振り下ろされることはなかった。それどころか、ギンは驚愕に目を見開いていた。
 ギンの目の前でフェイク3の姿が消えたのだ。
 寸前まで確かに視界の中にいた。ただの一瞬も視線を外さず、瞬きすらしていない。仮に視界外に避けたとしても、相手を完全に見失う愚を犯すギンではない。
 剣を引き着地したギンは、反射的に死角からの奇襲を警戒し前方に大きく踏み込む。間髪をいれず即座に身を反転し、木刀を払いながら背後を振り返ると上下左右に素早く視線を走らせる。
 だが、どこにもフェイク3の姿は見当たらない。フェイク3の姿は部屋から完全に消えてしまったのだ。ギンの視界に映るのは、塗膜の剥がれた薄汚れた壁だけだった。
 瞬間、ギンは背骨が軋むほど急速度でのけ反り、上半身を後ろに傾けた。
 それは考えての行動ではなかった。空気が押し潰される感覚を肌で感じ取り、反射的に体が動いていたのだ。
 それでも、を完全には躱しきれなかった。
 直後、ギンの額の表皮がぱっくり裂けて血が吹き出す。
 それでもギンは痛みを無視し、続く弐の太刀を予期し、額から奔騰する血で宙に線を引きながらさらに後ろ方向へ素早く身を引く。その危惧は正しかったが、やはり僅かに間に合わなかった。
 不可視の刃がかまいたちのように過り、着物の上から二の腕を深く切り裂いていく。衝撃にさらに数歩よろめくように後退ったギンは、ほぼ部屋の中心で立ち止まった。
 裂けた袖の合間から露出した腕からは血がどくどくと溢れ出し、着物の袖口までをべっとりと朱に染める。それでもとっさに木刀を落とさなかったのはさすがと言えよう。
 ギンは傷口を横目でちらりと確認し、木刀を何度か握って感覚を確認する。多少の鈍さと痛みを感じるものの、戦闘に支障はきたさないと判断すると、呼吸を整える。
 視線だけを素早く動かし、フェイク3の姿を探す。存在は感じるのに、姿どころかその痕跡すら見出すことはできない。まるで幻か幽霊でも相手にしているかのような錯覚を覚えていた。
「無駄ですよ。肉眼で私の姿を捉えることは不可能です」
 そんなギンをあざ笑うかのように、フェイク3の言葉が響く。とっさに、背後を振り返るもやはりそこにフェイク3を確認することはできなかった。
「姿を消すのがお前の能力か」
「少し違いますね。正確には私の存在を認識できなくなる。熱や音、体臭、声……五感で感じられる私の全ての情報は隠蔽されます」
 唯一耳に届くその声もまるで洞窟の中にでもいるかのように反響して聞こえ、その居場所を特定することはできない。
 ――実際、フェイク3はギンの真正面にいるのだが、ギンの視覚には認識されていない。
「ククク……姿の見えない相手に狙われる気分は如何ですか?」
 獲物を追い詰めた肉食獣のように、フェイク3はギンの周囲を悠然と歩みながら言葉を投げかける。だがギンは口調をわずかも変えること無く、「別段どうも」とつまらなそうな口調で返した。
「そうやって余裕を演出しているつもりでしょうが、苦し紛れの虚勢なのが見え見えですよ。そういえば、"ギ"の人間は敵に追い詰められると、自ら腹を切って自殺するそうですね?今ならそのチャンスを与えてもいいですよ?」
「はぁ……その手の偏見は子供の頃からもう聞き飽きてる。いちいち訂正する気にもなれん」
「だいたい切腹なんて大昔の風習だぞ。まったく……」とブツブツ文句を呟くギンの様子に、フェイク3は軽く苛立ちを覚える。
「まさか、この状況で何かできるとお思いで?」
 問いかけにも「さぁな」と肩を吊り上げる。フェイク3は大仰に嘲笑った。
「気は確かですか?窮鼠猫を噛む、などと思っているのでしょうが、それはわずかでも抵抗の手段を有する者のための言葉。もはや成す術のないあなたにはそのような――」
「本当に成す術がないか、試してみるといい。噛み付くどころかその喉笛、喰いちぎられるぞ」
 姿の見えないフェイク3に向かって、不敵な笑みを作るギン。威圧感とも覇気とも取れる何かを後ろ姿から感じ取ったフェイク3は一瞬、自分の姿が見透かされているような感覚に陥り、フェイク3は思わず身を引いていた。
 だが、すぐに自分が優位に立っていることを思い出し、気を取り直しながら冷静に思考を巡らせる。
(ふん、クズが。そうやって挑発を重ねて、こっちのボロが出るのを狙っているのだろう?無駄なことを)
 大言壮語を宣いながら、攻撃を仕掛けてくる様子がないのがその証拠だ。無警戒に背中を見せるギンをフェイク3は鼻で笑った。
「そうやって強がっているといい。なんと言おうと、生殺与奪の権を握っているのはこの私です。さて、どうしてあげましょうか?両脚を刈り取って、無様に這いずるあなたを追い詰めるか。内臓を引きずり出して、死ぬまで苦しみもがく様を眺めるのも悪くない」
 嗜虐的な笑みを浮かべながら獲物を値踏みするように全身を睨めつけるフェイク3の心境は、すでに勝利を確信した者のそれだった。
 フェイク3は身じろぎ一つせず固まったギンを睨み、聖剣の柄を強く握り込む。
「ではまずそのいけ好かない澄まし顔を削ぎ落としてやりましょう」
 ギンの顔面が吹き飛ぶ光景を想像しながら、剣を振りかぶる。そして僅かな溜めの後、床がしなる程強く踏ん張り、渾身の力で剣を振るう。見えない刃が持ち手の願いを実現するべくギンへと迫った。
 フェイク3の表情はすでに喜悦に歪みきっていた。
 だが次の瞬間、ギンは目をわずかに見開くと、無駄のない華麗な足捌きで身を滑らせた。ギンはフェイク3の不可視の攻撃をあざやかに躱していた。
 風圧がギンの髪をわずかに揺らしながら、剣は床に突き刺さる。驚愕に目を見開き、振り下ろされて床に突き刺さる剣先を凝視するフェイク3。それを超える衝撃がフェイク3の喉を直撃した。
 躱すと同時に、大きく身を反らせながら突き出した木刀は、確かな手応えをギンに伝えた。
「ぐはァっ!」
 よろめきながら後ずさり、寸分の間の後、口から血を吐いて喉元を押さえるフェイク3が消えたときと逆戻しに姿を現した。
「くそっ!なぜ躱せた!見えているのか!?」
 信じられず、思わず声を荒らげて叫ぶも、再び込め上げてくる激痛に咳き込み、それ以上は言葉が続かない。
「いや。確かにお前自身の存在は五感では感じ取れない。でも、そんなものは必要はない」
 ギンの言葉の意図が理解できず、フェイク3は困惑げに眉根を寄せる。
「剣を振り下ろすときに生じる剣風、部屋全体の空気のわずかな揺らぎ、攻撃を繰り出すときの向けられる感情の起伏。お前の存在を知覚できなくとも、意識を空間全体に向ければ、自然と見えてくるものだ。目に見えるものにだけに頼らず、相手の発する感情や気配を研ぎ澄まし先の先を取るのがイザナギ流の剣だ」
 ギンは簡単に言ってのけるが、姿の見えない攻撃者を前にして、それは口で言うほどそれは容易いことではない。まして、カウンターの一撃をお見舞いするんだどもはや神業の領域だ。
 フェイク3からすればギンの言う事などオカルトか大法螺に等しく、とても受け入れられることではなかった。
 そして、淡々とした口調で重ねられる言葉の一つ一つが、フェイク3が普段から常としてきた冷静さを根こそぎ拭った。怒りにこめかみに血管を浮かび上がらせ、フェイスマスクの下の表情を怒気一色に染め上げた。
「まぐれ当たりで、さも見切ったようにほざくなよ!」
 ギンの言葉を受け入れることのできないフェイク3は怒声と共に三度、能力を行使。視界から消える。
 しかしそれは同じ結果を招くだけだった。
 次は背後に廻り込み、最短距離で心臓を刺し穿つ軌道で切っ先に送り込む。ギンは後ろに目があるかのようにギリギリで旋回しながら躱し、遠心力を乗せた木刀を脇腹に叩き込んでフェイク3の肋骨を数本へし折った。
「そしてお前の背格好から剣の間合いも、速度も、太刀筋もすべて把握した後じゃ、姿だけ消えても何ら意味は無い。その能力は切り札として温存する類のものじゃない。むしろ最初も最初、初手の一手で使うべきだったんだ」
 フェイク3は血走った目でギンを睨むと再度能力を発動し、やけくそ気味に剣を横薙ぎに振り払う。ギンはするりと這うようにして剣を頭上に躱し、その体制から鋭い鋭角を描く一撃を放つ。木刀は姿の見えないフェイク3の足首に直撃し、彼の足首の骨を粉々に砕いた。
 短い悲鳴と共に、バランスを崩して床を転がるフェイク3の姿が現れた。
(何故だ何故だ何故だ何故だ何故だァ……!)
 荒い息を吐き、片膝立ちで俯くフェイク3。あくまでギンの言葉を聞き入れない彼は半ば錯乱した思考を無理やり回転させ、現実に対応させようとする。
「決定的だったのは、お前から発せられる殺気だ。俺を見た時からずっと感じていたが、あんたの殺気は終始、肌に突き刺さすくらいに強すぎた。能力を発動した後でもな。せっかく消した自分の存在を教えているのも同然だ」
 この時、フェイク3は無意識下で悟ってしまった。
 目の前の相手は、とは別格の存在であると。
 必勝の手をいとも容易く破られ、フェイク3の心理は半ば錯乱状態。込み上げてくる怒りで我を忘れそうになるのを細糸一本でつなぎ止め、兵士として思考回路がかろうじて、この状況への対処へ向けられる。だが、
「刃を納めて投降しろ。俺たちは勇者の一行だ。命まで取る気はない」
 それは彼の生まれ故郷で言うところの武士の情け……などではなく、単純にこれ以上の戦闘は避けたかったからに他ならない。下手に能力など使わずとも、その身体能力を前面に押し出された方がギンにとっては厄介なのであった。
 もっとも、その言葉を哀れみととらえたフェイク3。結果、期待とは真逆の結末を迎えることになった。
「勝ち誇ってんじゃねぇぞこのガキがァ!」
 血でマスクをべっとりと濡らし、吠えながら長剣を手に立ち上がる。そして剣を腰だめに構えると、彼の手にある剣の刀身が四方にスライド。砲撃形態に変形させると、狭い室内にも関わらず弾丸を発射した。時計塔を震わせる程の大音響と共に射出された弾丸は壁を粉微塵に粉砕して突き抜け、虚空へと抜けていく。
 半狂乱状態となったフェイク3。反動で砲身が暴れるのも構わず、聖剣を乱射する。高速で射出された弾丸は、壁と言わず天井と言わず部屋中に次々と大穴を穿っていく。
「こいつはまずいな……!」
 生身には掠っただけでも致命傷になりかねない弾丸とはじけ飛ぶ壁材の破片を潜り抜け、ギンは階下へと繋がる階段に飛び込むように逃げこむ。
「逃がすかよォ!」
 そのギンを追って、フェイク3はグン!と砲身を大きく振る。同時に、ギンの逃げた階段もろとも吹き飛ばすべく、出力をより高めて発射する。
 一際凄まじい、稲妻のような轟音と共に刀身から弾丸が発射される。弾丸は床を抉り、階段を破壊し壁を吹き飛ばしても尚威力を失わず、壁のその向こうに見える雑居ビルの屋上へと突き刺さった。頭上を過った弾丸の衝撃にギンは翻弄されまいと身を伏せて踏ん張り、落ちてくる瓦礫から頭を庇う。
 一方、最大出力で放った反動がフェイク3の身に圧しかかる。足を負傷し、ダメージの蓄積で足腰がままならない身で大砲以上の威力の弾丸を発射したのだ。当然、その反動は尋常ではない。砲身は大きく跳ね上がり、射手であるフェイク3は背骨が軋むほど身を反りながら後ろへと引っ張られる。
 この時、剣を手放し手入れば、まだ助かったかもしれない。
 踏ん張りがきかず、フェイク3は窓縁に背中を強かにぶつける。窓周囲の壁には、乱射により無数の亀裂が走っている。そこにフェイク3と大剣の重さ、砲撃の反動がぶつかったことで、窓を中心とした壁面が粉々に砕け落ちた。
 そしてフェイク3の体は開いた壁穴から宙に投げ出された。
 罵声とも悲鳴ともとれる雄叫びを吐き、手足をもがきながら落下していくフェイク3。
 階下に逃れていたギンはその叫びを耳にし、窓から身を乗り出して直下を覗き込む。同時に地面に激突する鈍い音がし、遥か下方で赤い染みとなったフェイク3の亡骸を見た。
 一転して静寂に包まれる室内で、ギンは緊張を解き、その場に力無く座り込んで俯く。
 自分なら殺さずに無力化し、証人として連行することができる――そんな過信があったのではないか。その驕りが、あの男フェイク3を追い詰め、死に追いやってしまったのではないか。
 去来する思いが、ギンを苛んだ。
「俺はまだまだ未熟です……師匠」
 自身の未熟さと、後味の悪さを噛みしめるギンであった。
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

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