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黒砂糖デニーロ

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第三章

それぞれの戦い――act:ケイン

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 レンとクロウが合流した頃。ケインとヒルダはフェイク1をアオイから引き離すことに成功していた。
 かつて繁華街だった大通りにて刃を交えるケインとフェイク1。後方にはヒルダがケインと付かず離れずの距離を常に保ち、彼を援護できる位置を取っている。
 未だに[アルジェント]は沈黙し、彼の能力〈ヘリカル・バインド〉も使用できない状況にあり、ケインは剣一本と持ち前の身体能力だけで戦うことを余儀なくされていた。ヒルダの援護射撃も加わった数の有利があってもなお、戦況はフェイク1に傾いていた。
 横殴りに叩きつけられる左手のトンファー型の剣を、ケインは垂直に立てた剣に左手を添えて受け止める。凄まじく重い一撃に、受け止めた腕の骨が軋む。
 ケインは額同士が触れそうなほどの距離にあるフェイク1に問いかける。
「何故こんなことを!?あなたは勇者ではないんですか!?」
「勇者?ハッ!反吐が出るね!」
 叫びを刃に乗せて腕を振り下ろす。握りの先の鋭い先端がケインの鼻先を掠める。
 アオイとの一戦を見てもわかるように、フェイク1のマーシャルアーツは一撃一撃が鋭く、重い。アルベルトが一撃で沈められたことからも、その恐ろしさは推して知るべし。
 能力を封じられたケインが剣技と体術で渡り合うには、あまりにも強大な相手だと言わざるを得ない。
「昔、まだ私が軍にいた頃、基地が魔属群に襲われた。私達は必死に戦い、勇者が来るまで粘り続けた」
ふと、フェイク1はそんなことを口にする。
「だが、駆けつけた勇者はあろうことか、敵わないと見るや私達を置いて逃げやがった!おかげで基地は壊滅。部隊も戦友もみんな死んだ!」
彼女の怨念めいた言動と攻撃性。その根源を僅かに垣間見た気がした。
「そんなクソ勇者と私を、一緒にするな!」
怒りを乗せたつま先は、ガードを突き抜けてケインの身を軋ませた。
「ケイン!」
 ヒルダが叫ぶと両手でハンドガンを構え、フェイク1にポイントすると同時に引き金を引いていた。だが次の瞬間、フェイク1の剣の刀身部分が四つに分離。ワイヤーに連なった連刃が身をくねらせて起立し、弾丸の軌道上にピタリとその身を置いた。銃弾は刀身に軌道を逸らされ、壁や路面に突き刺さった。
「雑魚は引っ込んでな!」
 右手の剣をその場で手放し、腰後ろから素早く抜いたサブマシンガンを横に構え掃射する。彼女の銃は他のフェイクたちとは違い、ストックは伸縮タイプだ。ストックを収納することで、即座に銃撃と格闘を切り替えるためである。
 素早くビルの影に隠れたヒルダのすぐ後に、無数の9ミリ弾が壁を穿つ。
(剣を手放した!)
 その隙に一気に肉薄するケイン。フェイク1の右側面に回りこみ、斜め下方から斬撃を繰り出すも、彼女は慌てた様子も見せず体を大きく反ってやり過ごす。さらにフェイク1は反った体を戻さず、左手を路面につくと両足を振り上げ、きれいな円を描く軌道でケインの下顎に爪先を蹴り上げた。女性らしい柔軟な動きからの、シャープな一撃だった。
 慮外からの攻撃によろけるケインを、フェイク1はさらに追撃。蹴り上げた勢いで逆立ち状態になると、両足を大きく広げて振り回し、ケインの側頭部に続けざまに踵を叩きつける。一発一発がハンマーで殴られているが如き衝撃に、気を抜けば昏倒しそうになるケイン。
 全身を独楽のように回転させながら着地したフェイク1は、旋回に合わせて右手を振り払う。その手には、いつの間にか手放した剣の片割れが握られている。
 今までの一連の動作の中で自然と拾い上げていたのだ。
(ただ苛烈なだけじゃない、全ての動きに無駄がない……!)
 刀身を前方に向け、這うような低い姿勢から放たれた斬撃は、ケインの両足の腿を深々と切り裂く。
 駆け抜ける痛みはむしろ、霞む思考をクリアにし意識を引き戻した。ケインはたじろぎ、後退しそうだった足を強引に前に踏み込ませ、剣を振りぬいた姿勢のフェイク1に刺突の乱打を繰り出した。
 死に体だったフェイク1に一矢報いるはずだった切っ先はしかし、瞬時に分裂した連刃が精密機械の如き正確さでその全てを受け止め、捌き切った。
「それは聖剣ですね?」
「ええ、そうよ。最近手に入れたばっかりなの。たしか[ソーン]とか言ったかしら?あなたのと同じ自動防御型の聖剣らしいわね。ま、確かに便利な道具だけど相性は良くなくってね。両手が塞がるし、正直、好きじゃないのよ」
「聖剣を扱えるのに、勇者じゃない。そんなの理屈に合わない!」
「大人の世界には理屈の通らないことで溢れてるわ。覚えておくことね、坊や」
 その声は眼前から。
 一足で間合いを詰めたフェイク1。斬撃、打突、蹴撃を多彩に織り込んだフェイク1の攻撃に、ケインはただひたすら受け、捌くだけの防戦一方。突き崩せぬ防御と殺意を乗せた猛烈な攻撃に竦んでしまった――というわけではない。
 むしろその目は、何かを狙うかのように静かな闘志を湛えていた。
(まずはあの防御を崩さないことには始まらない。さっきは奇襲の上に多勢に無勢だったけど、一人なら攻める手立てもある)
 ケインの体は目の前の戦闘に集中しながら、脳内ではこれまでの戦いの光景が繰り返し再生されていた。反撃の糸口を見出すために。
(さっき手放していた間は防御機構が働かなかった。所有者を接触で認識して起動するタイプだからか。現行の聖剣にはよく見られるタイプだ。それが二対一組じゃ四角がない……いや、待て)
 そこでケインははたと気付く。脳内の映像も、その閃きを裏付けていた。
(だとすれば、片方だけでも手放させることができれば、僅かだが隙を作ることができるかも……!)
 ケインの目は冷静に[ソーン]の挙動に注がれる。不利な状況にあっても恐怖に呑まれず、思考を状況への対応に傾ける。それができるということは、彼の年齢を考えれば勇者である事を加味しても非凡な素質であることは間違いない。
(重要なのはタイミングだ。難しいが、やれなくもないはずだ)
 表情を強ばらせ、剣の柄をぎゅっと音が鳴るほど強く握ると、ちらりと視線をヒルダに投げかける。ビルの壁を背にしながら身を隠すヒルダは小さく頷く。たとえどんな状況でもケインからのサインを見落としたりはしない。言葉はなくともヒルダはその意思を汲み取る。
 影から飛び出したヒルダはフェイク1に向かって引き金を引き、牽制しながらその場を移動する。連続して吐き出される銃弾は、やはり連刃に防がれ僅かな隙すら作ることはできなかった。もはやフェイク1はヒルダを一瞥すらしない。そもそも彼女を脅威と認識していないからだ。
 むしろ、何やら決意めいた雰囲気をその眼光から読み取ったフェイク1は、彼の一挙手一投足に注意を払いつつ、尚も苛烈に攻めるべく手足を繰り出す。
 だが、彼女の警戒に反し、ケインは彼女の間合いを避け、一定距離を常に保ち続けることに終始した。
「勝てないと見るや逃げの一手か!?やっぱ勇者ってのは腰抜けの臆病者だな!」
 彼女の怒りに呼応するかのように左右の刀身が一斉に分離し、空を滑ってケインに殺到する。
 広い間合いを瞬きの間にゼロにして迫る刃の毒蛇を、ケインは後ろ向きにステップを踏んで回避するも、やはり蛇の如き執念深さで追従し牙を突き立てる。腕を、脇腹を、こめかみを切り刻んでいく。ぱっくり開いたこめかみから奔騰する鮮血で路面が朱に染まる。
 そして切っ先の一つがケインの心臓を貫くかに思われた時、連刃は唐突にその動きを硬直させた。
 何の事はない。[ソーン]のワイヤーが伸びきり、リーチの限界に達したのだ。「ちっ!」とフェイク1が舌打ちして自ら踏み出し、ケインとの間合いを詰めると同時に連刃を引き戻す。
 ケインの腕が素早く動いたのは、その直後だった。
 彼の手は、右手側[ソーン]の連刃を束ねるワイヤーを掴んでいた!
 コンマ数秒で元の形態に戻る[ソーン]を素手で掴むことは難しい。事前にその挙動を目に焼き付けていなければまず不可能である。
 無論、所有者への攻撃ではないため[ソーン]の防御機構は機能しない。
 綱引き状態になるかと思い、とっさに腰を落として[ソーン]を握る腕を引くフェイク1。
 だが、ケインはそれに逆らわず、自ら地面を蹴って前進した。
 もとより、力で張り合うつもりはケインには毛頭ない。急速に引き戻される連刃の勢いに乗って、フェイク1との距離を瞬く間に縮めていく。
「トチ狂ったか!?」
 動揺しながらも、先に元の形態に戻った左腕の[ソーン]を再び分離させ、その矛先をケインに向ける。
 しかし、それを待ち構えていたかのようにヒルダが車の陰から身を乗り出すと同時に引き金を引いた。
 細長い銃身とグリップの下から長く伸びるロングマガジンを装備したその銃は、拳銃の『ゴスホーク』ではなかった。彼女が『ゴスホーク』と共に携えているサイドアームであるMIM社のマシンピストル『MP66/5C “ペルグリン”』。使用する9ミリ拳銃弾は魔属相手には心許ないが、連射力に優れ、凶悪犯罪者相手には『ゴスホーク』より活躍する場面も多い。
 マズルから閃光を迸らせて迫り来る9ミリ弾の雨も、勇者と同様の肉体強度と回復力を併せ持ち、さらに防弾チョッキを着こんでいるフェイク1には脅威とならない。しかし、左手の[ソーン]は"所有者の危機回避最優先"のプログラムに従い、すぐさま攻撃をキャンセルすると高速回転で大きな渦を描き、銃弾をことごとく弾き流した。
 フェイク1は横目でヒルダを睨み、忌々しげに舌打ちする。左腕の[ソーン]は銃撃が続く限り攻撃には使えない。
 迎え打つか、振り払うか――判断に数瞬の間を要した。
 そのわずかな逡巡は、幼くとも戦士たるケインにとっては十分な間隙となり得た。ケインはここにきてさらに加速し、フェイク1へと肉薄する。
 フェイク1は半ば反射的に左足で回し蹴りを放っていた。とっさの動きとは思えない、風圧の鈍い音を伴った鋭い蹴撃はしかし、ケインの残影だけを刈る。
 ケインの突撃の勢いは直前で旋回運動へと急変し、フェイク1の視界外へと消えた。連刃の根本である柄を支点にして振り子の要領で急旋回したのだ。
 地面を滑るように回り込み、死角から片手で握った剣を横殴りに叩きつける。ここに来てようやく右手の[ソーン]が外敵の存在に反応するが、間に合わない。
 剣は反射的に翳したフェイク1の前腕を切り裂き、そして剣の柄に激突する。
「はっ!この程度の手傷で――」
「もらった!」
 すかさずケインは腕を翻し、切り返しで[ソーン]を右手からもぎ取った。宙を回転する[ソーン]が元の形態に戻るのと、ビルの壁面高くに突き刺さったのはほぼ同時であった。
 決して並外れたパワーでも、目にも留まらぬスピードでもない。しかし、ケインの烈火の如き攻めが、ヒルダの絶妙な援護射撃が、鋼の蛇の片割れを狩ったのだ。
 そして聖剣[ソーン]は二対一組の聖剣。それぞれで左右の防御範囲を担っている。片割れになれば防御は手薄になる。
 この好機を逃さんとケインはさらに踏み込む。右側面に回り込み、多少の反撃も覚悟で剣を突き出す構えで大きく踏み込む――
「残念だたわね、坊や」
 マスク越しに覗く眼が、酷薄の笑みに細められる。その眼差しに射抜かれ、背筋を駆け上る悪寒がケインの覚悟をかき消し、足を踏み止まらせた。
 空いた右の掌が五指を開いて、ケインに向けられている。
 その掌の周囲の空気が大きく歪んでいることに気付いた瞬間、本能的恐怖がその場から飛び退かせ、理由も分からず反射的に左手をかざすように突き出していた。
 ――轟音
 爆発に等しいその音とともに、意識が飛びそうな程の激しい痛みがケインを襲う。かつて経験したことのない激痛にケインの発した悲鳴すらも、その爆裂音によってかき消された。
 ケインの左腕は掌から肩までもが衝撃で爆ぜ散り、一瞬にして血煙と化した。それだけにとどまらず、その衝撃は彼の身を通りの反対まで吹き飛ばし店舗のシャッターに叩きつけた。
 深いダメージにすぐに立ち上がることができず、陥没したシャッターに力無くもたれる。腕から流れ出る大量の血は彼の左半身をべっとりと染め、足元に血溜まりを作った。
「だから言ったでしょ?相性が悪いって。この能力、手が塞がってると使えないのよ
 掌をヒラヒラと振りながら、悠然とした足取りで近寄るフェイク1。
「それにしても、いつ見てもすごい威力ね。潜在力をエネルギーに変換してして槍状に打ち出す"DEEP"だそうだけど、ゼロ距離なら人間の胴体ぐらい簡単に千切れ落としちゃうのよ。ホント、反則級よね」
 本能的に剣を持ち上げ、震える切っ先で牽制するケイン。だが目は朧に霞み、意識も半ば飛びかかっている弱々しい姿に、フェイク1はマスクの下の笑みを深め、妖艶に指を揺らす。
「でも、お前ら勇者相手にコイツをぶち込んだ時の快感はたまらないわ。傲慢な勇者を同族の力でねじ伏せる痛快さと、その時の表情を見ると、興奮のあまりイッちゃいそうになるわ」
「ケインに近付くなァ!」
 ケインの側へと駆け寄ったヒルダは叫びながら銃を連射する。だが、当然銃弾は全て[ソーン]によってはたき落とされ、フェイク1にはかすりもしない。しかしそれでも構わず、一瞬でマグチェンジを行い銃弾を立て続けに浴びせかける。
 フェイク1は面倒くさそうに軽くため息を吐いたかと思うと、一瞬で間合いを詰め、刈り取らんばかりのミドルキックがヒルダの脇腹に見舞う。強烈な蹴撃はヒルダの足を地面から引き剥がし、横っ飛びに倒れ地面を転がる。ダメージは内臓にまで達し、倒れ伏したヒルダはすぐに立ち上がることもままならず、這いつくばりながら血を吐く。
「必死ねぇ。何アンタ、坊やの保護者かい?まさかこんな子供と男女の仲ってわけでもあるまいし」
「……あなたなんかには、わからないわ」
 ヒルダはゆらりと立ち上がると、持ち上げた銃口越しに憎悪を込めた目でフェイク1を睨みつけた。
「って、おいおい。まさかホントなのかい!?まったく、見下げた色狂いだ!そういう女は社会のためにも、一刻も早く駆除しないといけないわね」
 射殺さんばかりの視線も、怒りの込められた弾丸も全く無視し、笑い飛ばしたフェイク1はおもむろに右掌をヒルダへと向ける。
「やめろっ!」
 その光景を目にし、ケインは突き動かされたかのように体が勝手に動き、真横からヒルダを突き飛ばした。
 空気の歪みはすでに掌の中心に収縮し、不可視の槍はすでに発射寸前。もはや間に合うタイミングではない。ヒルダはケインの体が細切れに吹き飛ぶ姿を幻視し、固く目をつぶった。
 直後、再び轟く爆音。
 しかし、不思議なことに聞こえてきたのは血肉の弾ける音でもケインの断末魔でもなく、甲高い硬質な金属音であった。
 違和感を覚えたヒルダは目を開け、そして、二人同様に驚愕に目を大きく見開いた。その場にいた全員の表情が一様に驚愕に固まっている光景は、どこか滑稽ですらあった。
 ケインとフェイク1の間を隔てる、銀色の六角形ヘキサゴン
「[アルジェント]……起動したのか!?」
 銀色の盾は形を失うと、ケインの言葉を肯定するかのように、鎧の形となって彼の身を覆った。
「っち!まさかフェイク2の奴、やられたのかい!」
 忌々しげに舌打ちするフェイク1。
 彼女の憂虞は的中していた。この場の人間には知る由もない事だが、折しもこの時、勇者たちの能力を封じていたフェイク2はクロウの拳を食らい絶命していた。
 それにより、ケインにかけられていた妨害もまた解除されたのである。
 即座に左手の[ソーン]を突き出す。空を駆け、放射状に伸びる四本の切っ先。
 だがその先端はいずれも、背後のシャッターを貫いただけに終わる。
 とっさに見上げたフェイク1。視線の先では、ケインはヒルダの肩を抱き、宙高くに浮いていた。見れば彼が垂直に持ち上げた手から伸びる光の帯がビルの屋上アンテナに結びついていた。
 今度はサブマシンガンの銃口を向け銃弾をばら撒くが、それらは全て[アルジェント]の銀幕が弾く。
「やっぱり!〈ヘリカル・バインド〉も使えるよ、ヒルダさん!」
「ホントね……って、そんなことより、腕は大丈夫なのケイン!?」
「全然平気さ。それより、これなら勝てるかもしれない」
 気丈に答えるケインであったが、血を失った青白い顔色を見るに、口ぶりほど余裕はないとヒルダは見抜いていた。
 それがヒルダを心配させない優しさ故の去勢であることも。
「でも、僕一人じゃ無理だ。ヒルダさんも手伝ってほしい」
 それでも彼女は深く頷く。今、ケインの身を案じるなら一刻も早くケリを付けることが最善であると判断した。
 手近の窓からヒルダを降ろすと、ケインは一人で地面に降り立ちフェイク1と対峙した。
「もうあなたは僕には勝てません。投降してください」
「そういう上からの視線が我慢ならないんだよ!いつもお前ら勇者は!」
 怒りも露わに、左腕を振り払う。分離した[ソーン]の連刃は上下左右からケインに迫る。
[アルジェント]の動体センサーはその動きを敏感に感じ取ると、ナノマシン群に指令を送る。鎧の形を取るナノマシン群は即座に動き、ケインの潜在力を借りて防御幕を前面に展開し、鋼鉄よりも固く硬質化する。
 瞬時に展開した銀の幕に阻まれ、連刃は表面をわずかに削り擦過の火花を激しく散らす。[ソーン]の攻撃力では[アルジェント]を破るには至らない。
 それは承知とばかりに肉薄したフェイク1は右腕を突き出し、不可視の槍を放った。当然、それも[アルジェント]の盾に阻まれ、先程の再現となる。それでも構わず[ソーン]で間断なく攻撃しながら、不可視の槍を叩き込んでいく。
 ケインは慎重に機会を伺う。
 防御に関してはケインに一日の長があったが、さりとて迂闊に攻撃に転じ隙を見せればどうなるか、失われた左腕が証明している。
(慌てるな……気付かれちゃいけない)
[アルジェント]による防御はケインを覆うように広がっていく。防戦一方になるケインの眼前で、展開した銀幕の表面が小刻みに波打った。
 それを見たフェイク1はほくそ笑む。
 ――鉄壁の硬度と思われている[アルジェント]であるが、実はそうではない。変質したナノマシン群には展開規模に応じた限界強度というものが存在する。
 ブライン戦時、[アルジェント]が破られたのも、その限界強度に達したためだ。
 レンのような聖剣技術に精通しているものならいざしらず、余人がそれを知る由はない。だが、フェイク1は明らかにそれを知っていた上で攻撃を仕掛けてきている。
「お前のソレが無敵じゃないってのは知ってンだよ!」
 叫びに重なった一撃が、銀殻を貫いた。
 そしてフェイク1は驚愕に目を見開いた。
 その向こうにケインの姿はなかった。
 この時、ケインはフェイク1の右手側数メートル先にあった。高速で地を滑りながら、両足を踏ん張って制動をかけているところだった。
 破壊される寸前、回りこむように〈ヘリカル・バインド〉を伸ばし、その強力な張力を利用してフェイク1の死角から高速で抜け出していたのだ。
 主の下へと戻ろうとするナノマシン群の動きからケインの所在を察知したフェイク1。
「そこか!」
 叫び、振り向きながら左腕を突き出す。それに応じて一直線に伸びる[ソーン]の連刃。
 その切っ先は先んじて横っ飛びで躱したケインを貫くこと叶わず、その先にあった錆びついた自動車に突き刺さった。
「っラァァァァ!」
 雄叫びを上げ、左腕を振り払うと、[ソーン]は突き刺さった車を軽々と持ち上げてみせた。遠心力を伴い、一つの大きな質量弾となった車体がケインに叩きつけられる。
 再展開した[アルジェント]の盾により直撃こそ免れたものの、勢いを殺すまでには至らず、盾ごとケインの身を押しやりってビルの壁面へと叩きつけた。老朽化していた壁はもろくも崩れ、あたりに粉塵が舞い上がり、視界を覆った。
 その粉塵を突き破って疾駆する螺旋の鎖。
 攻撃直後の[ソーン]はそれに反応するも紙一重間に合わず、防御のないフェイク1の右腕へと巻き付いた。その根本を視線で追うと、夕風が粉塵を吹き飛ばし、右腕を突き出しているケインの姿を露わにしていた。
 ブラインすらも拘束せしめた〈ヘリカル・バインド〉。彼女の力だけで解くことは不可能だった。
「武器を捨てて投降してください。僕の〈ヘリカル・バインド〉はあなたの身を――」
「舐めるな!」
 裂帛の気合と共に、フェイク1の右腕が宙に舞った。
 なんとフェイク1は自ら片腕を切り落として見せた。
 切断面から噴出する自身の血に濡れるフェイク1。マスクの向こうに覗く双眸にケインは狂気にも似た感情を見た。
「自ら腕を断ち切って拘束を抜け出すなんて……その覚悟だけは、本物の勇者にも勝ります」
「私にとっては最低の侮蔑だ!」
 吐き捨てるように言い、血の尾を後ろに引きながらケインへと迫るフェイク1。右腕を失って尚、鬼気を漲らせながら[ソーン]の刀身を叩きつける。迎え打つケインも、ここにきて苛烈さを剥き出しにし剣を振るう。
 隻腕同士の戦い。双方とも防御を埒外に置き、意識は攻撃のみに向けられた。
 ケインの剣は[ソーン]に受け流され、フェイク1の刃は[アルジェント]の盾によって阻まれる。鋼同士が激突する度に火花が弾け、夕日の赤に溶け込んでいく。
 両者とも能力は徒手でなければ行使できない。しかし、まともに入ればその瞬間に相手を粉砕できる分、フェイク1の不可視の槍に僅かなアドバンテージがある。それを承知のフェイク1は猛攻を浴びせながらも、一撃必殺の隙を虎視眈々と狙っていた。
 もっとも、それはケインもまた同じであった。
 フェイク1の拳が引き戻される刹那のタイミングを見切り、ケインは[アルジェント]の解除と同時に切っ先を突き出す。矢の如き速さで送り込まれた切っ先はフェイク1の左胸に突き刺さった――と、錯覚してもおかしくない完璧なタイミングとスピード。
 しかし、いち早く反応した[ソーン]がケインの剣をがっちりと絡め取っていた。
 ケインは踏ん張って抗うも、それもほんの一瞬。ケインの力では[ソーン]に抵抗できず、ついには剣がその手からもぎ取られてしまう。[アルジェント]は回転しながら通りの遠く向こうまで投げ飛ばされる。
 認識範囲外となり聖剣の庇護を失ったケインの顔面に、強烈な膝蹴りが突き刺さる。常人であれば顎の骨を粉々に砕かれるほどの衝撃がケインの脳を揺さぶった。
 大きく後ろに吹っ飛んだものの、震える足を踏ん張り膝を屈さなかったのはひとえに彼の強い意志の賜に他ならない。
 聖剣を奪い、勝利を確信したフェイク1。溜飲が下がる心地に酔いしれ、マスクの下で哄笑を上げた。
「殻の中で大人しく振るえていれば少しは長生き出来たものを。残念だったなァ、勇者!」
「そうでもありませんよ」
 口腔から溢れ出る血で濡れた口を笑みの形にして気丈に言い放つケインに、フェイク1は訝しげに眉根を寄せる。そして彼が腕を真横に伸ばし、そしてその指先から伸びる光の鎖を見るに至り、彼女はようやく異変に気づく。
[アルジェント]を投げ飛ばした[ソーン]が元の形態に戻っていない。
 それもそのはず。[ソーン]の連刃はケインの手から伸びる〈ヘリカル・バインド〉に絡め取られていたのだから。大きく湾曲しながら伸びる光の鎖に、まさに雁字搦めに縛り上げられていた。
 剣が手元から離れたその瞬間にケインは、死角から〈ヘリカル・バインド〉を放っていたのだ。
「防御に隙ができるのを狙っていたのはお互い様……残念でしたね」
 激情に駆られ、ケインを仕留めることに意識が集中していたフェイク1は〈ヘリカル・バインド〉に気付くことができなかった。彼女の喉が悔しさに、獣にも似た低い唸りをあげる。
 連刃が身悶えし[ソーン]の柄がギリギリと軋む音を上げる。このままでは双方ともに動くことはできない。
「勝敗は決しました。本当にこれが最後です。どうか降伏してください」
「こんなんで勝ったつもりか!?馬鹿が!詰んだのはお前の方なんだよ!」
 言って、フェイク1は[ソーン]を自ら投げ捨てた。そして顔面を掴みかからんばかりの勢いで手を伸ばし掌を正面にかざす。掌周囲の空気が歪むと、不可視の槍は音よりも速く射出された。
 二人の間の空気を圧し潰しながら突き進むエネルギーを、ケインは路面に倒れるように身を傾かせて躱した。遅れて生じた風圧が、ケインの髪を激しくかき乱す。
 ――避けたか。でも、避け方が不味かったな!
 大きく傾いだケインに向けて手首を軽く捻る。もはや絶対防御を失い、身動きすらままならないコイツには、たったこれだけで事足りるのだ。
「これで終わりだァ!勇――!」
 フェイク1の歓喜の叫びは半ばで絶句となり、マスクの下の笑みが凍りついた。
 視線の先には拳銃『ゴスホーク』を構えたヒルダの姿が。大きな銃口は己の死を映す深い闇を湛えていた。
 ケインが巧みに注意を己に向けさせていたのもあるが、ヒルダを取るに足りない相手と気にかけていなかった。
 フェイク1は舌打ちすら打つ余裕もなくケインに向けていた掌を瞬時に跳ね上げ、銃弾の軌道上にかざす。すでに引き金は引かれていた。
 見た目に劣らぬ激しい咆哮と共に吐き出される.585口径の対魔属弾は、強固な魔属の皮膚をも貫く。人間の肉体など容易く破壊して尚余りある威力を内包している。
 放たれた不可視の槍が、ライフリングに沿って高速回転する銃弾と正面からぶつかり、その弾道を逸らした。銃弾は大きく外れ、建物の壁面を穿った。
 紙一重の迎撃だったが、そこまでである。
 もとよりこの不可視の槍は乱発できる類のものではない。セミオートで連射される弾丸を防ぐ術をフェイク1はこれ以上持ち合わせていなかった。
 不可視の槍が次の射出準備に入った時、すでに次の銃弾は銃口から飛び出した後だった。常人を遥かに超える身体能力を持つフェイク1の動体視力は、銃炎に包まれながら迫る弾丸を捉えてはいたが、体が反応することはできなかった。
 銃弾は翳された掌を木っ端微塵にしても尚そのエネルギーを損なわず、彼女の肩に突き刺さり、筋肉と骨を粉砕して抜けていった。
 怒りに血走った目を限界まで見開いた彼女の眉間を、三発目の銃弾が射抜いた。頭部は水風船のように盛大に弾け飛び、力を失った体は弾丸の威力に軽々と引っ張られて路面を跳ねて転がった。
 街中を殷々と反響する銃声が遠ざかると、あたりは打って変わって静寂に包まれた。
 倒れた姿勢でそれを目の当たりにしたケインは緊張の糸がほぐれると、呼吸の仕方を思い出したかのように深く息を吐いた。
 街灯に寄りかかりながら身を起こすケインにヒルダが駆け寄ってくる。
「さすがヒルダさん。うまくいったね。怪我は無――」
 彼女を気遣うケインの言葉は、ピシャ!という頬を打つ乾いた音に遮られる。
「何考えてるのあなたは!」
 金切り声で叱りつけてくるヒルダに、ケインはしばらくの間ぽかんと口をあけて呆然としていた。
「……え、え?え?ど、どうしたのヒルダさん?何のこと?」
「さっき、私を突き飛ばして庇ったでしょ!」
 言われて確かに、不可視の槍から守るために彼女を無意識に突き飛ばしたことを思い出す。が、それでなんで怒られているかまでは理解が及ばなかった。
「[アルジェント]が起動したからいいものの、そうじゃなかったら今頃あなたは……」
 泣きそうなヒルダの顔を見るに至り、ケインはようやく彼女の怒りを理解した。
 彼女にとって身近な人の死は、初めてではない。すでに何度も経験してきた。
 そんな彼女に、“自分は死なない”と約束した。
「あなたは私のジンクスを否定してくれるんでしょ?それともあれは私を哀れんで言った気休めなの?」
「違う!僕はそんなつもりじゃ……」
「だったら約束して。二度と私を庇うような真似はしないって。いいわね?」
 有無を言わせない口調のヒルダに「ごめんなさい……」とケインは呟いてしゅんと俯く。その姿は先程まで勇敢に戦った勇者のものではなく、歳相応の少年であった。
「……でも、そういうあなただから、私は相棒になったのよね……助けてくれてありがと」
 優しく微笑むと、ケインを抱き寄せる。この上なく愛おしい、唯一無二の存在を二度と放さぬように、その両腕で包み込んだ。
 ヒルダの胸に顔を埋めるケインは「でも……」と小さく囁くが、それ以上は言葉にならず喉の奥へと消えた。
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大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

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