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第四章
断章
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彼はただ、確認したかった。
仲間たちの死は無駄ではなかった。引き換えに救われた人はいたのだと。
そうすれば正義を信じて死んでいった仲間たちへの、せめてもの慰みになると思ったのだ。
しかし、かつて戦地となった首都に足を踏み入れた青年はその光景に、愕然とした。
そこは略奪と暴力、貧困と餓えが蔓延する無法地帯と化していた。
国連によって骨抜きにされた暫定政府に民族をまとめ上げる力などあるはずがなかった。
――今回のPKOを国連が成功を大々的に宣言し、世界中のメディアが賞賛する裏で、ある憶測がネット上では囁かれていた。
国連議会の反対を押し切ってまで議決された今回のPKOには、この地で発見された天然資源を欲した大国の思惑がその根底にあり、虐げられる人々の解放などそのための口実にすぎない、と。
そして、初戦で予想以上の反撃を受け及び腰になった発起人であるアルメリア。大義名分として掲げてしまった『正義』を貫くため、本来は対魔属のための戦力である勇者を持ち出した。
そしてその勇者を"救国の英雄"などと祭り上げ賞賛することで、自分たちの行いが正当なものであったことを印象付け、自分たちの思惑から注意を逸らした。
彼ら勇者は、都合よく利用された。
それらの憶測を、青年は信じなかった、信じたくなかった彼だが、それが真実であったことをまざまざと見せつけられ、認めざるを得なかった。
正義の戦いなどと標榜しながらその実、そこに正義など最初からありはしなかったのだ。ショックに打ちひしがれながらも、彼はすがる思いで街に足を踏み入れた。
正義の所在はともかく、独裁者の圧政からは市民が開放されたのは事実だ。救われた人はいるに違いない。
そう必死に自分に言い聞かせ、祈るような思いで呆然と街をさまよい歩いていた時、背後から声が響く。
「こいつ、あの時の勇者だ!」
振り返ると、そこには右足を失い、松葉杖で立つ男が自分を指さしていた。喚き立てる声に、何事かと人々が集まり出し、気付けば大群衆に青年は取り囲まれていた。
彼の姿を見て、放たれたのは祝福や感謝の声ではなく、万の罵詈雑言であった。
「何が英雄だ!前よりも酷くなったじゃないか!どうしてくれるんだ!」
「お前らが来なければこんな事にはならなかった!」
「お前が英雄なら、有り金を全部よこせ!どうせ腐るほど持ってるんだろ?!」
「息子はあんたに殺された!あたしの息子を返せ!」
「頭を擦り付けて俺たちに詫びろ!今すぐ死んで詫びろ!」
口々に罵声を浴びせかける人々。その中にはあの時襲いかかってきた民兵もいれば、圧政に苦しんでいた一般市民もいた。彼らは言葉だけでなく石礫、レンガ、酒瓶を手にし、容赦なく彼に投げつけてきた。
彼は浴びせかけられる有形無形の怨嗟と憎悪を身じろぎ一つせず、ただ俯いてひたすら耐えながら己に問いかけた。
こんな仕打ちを受けるために、ボクらは戦ってきたのか?
こんなことのために、あの二人は惨たらしい死に方をしたのか?
ボクらは、何のために戦ってきたんだ?
――君が言った、救うべき世界と多くの人々か?
人々とは、この目の前の醜い奴らか?それとも、自分たちの欲望を"正義"と宣った豚どものことか?
世界とは、そんな"正義"のためにボクたちを便利に扱い、平然と犠牲にする、こんな世界のことか?
……ボクが本当に守りたかったのは、なんだった?
「勇者だったら、今すぐ俺達を救え!」
ぶつけられたその一言が、これまで彼を支え、同時に内から込み上げてくる何かを抑えつけていた細糸を断ち切った。
怒号を上げ、今にも襲いかかろうとしていた群集はしかし、時が止まったかのように沈黙した。石塊を頭に受け、血を流しながらこちらを睨む不気味な青年の姿に恐怖を覚えた。
青年は呆然、と呼ぶにはあまりに明確な意志を宿した瞳で虚空を見つめ、そして笑った。
PKOの後以来、何度も繰り返された自問に、彼はようやく答えを見出した。
命を散らした仲間たちの勇気に、意味などなかった。
この世界に命をかけて守る価値など、無い。
仲間たちの死は無駄ではなかった。引き換えに救われた人はいたのだと。
そうすれば正義を信じて死んでいった仲間たちへの、せめてもの慰みになると思ったのだ。
しかし、かつて戦地となった首都に足を踏み入れた青年はその光景に、愕然とした。
そこは略奪と暴力、貧困と餓えが蔓延する無法地帯と化していた。
国連によって骨抜きにされた暫定政府に民族をまとめ上げる力などあるはずがなかった。
――今回のPKOを国連が成功を大々的に宣言し、世界中のメディアが賞賛する裏で、ある憶測がネット上では囁かれていた。
国連議会の反対を押し切ってまで議決された今回のPKOには、この地で発見された天然資源を欲した大国の思惑がその根底にあり、虐げられる人々の解放などそのための口実にすぎない、と。
そして、初戦で予想以上の反撃を受け及び腰になった発起人であるアルメリア。大義名分として掲げてしまった『正義』を貫くため、本来は対魔属のための戦力である勇者を持ち出した。
そしてその勇者を"救国の英雄"などと祭り上げ賞賛することで、自分たちの行いが正当なものであったことを印象付け、自分たちの思惑から注意を逸らした。
彼ら勇者は、都合よく利用された。
それらの憶測を、青年は信じなかった、信じたくなかった彼だが、それが真実であったことをまざまざと見せつけられ、認めざるを得なかった。
正義の戦いなどと標榜しながらその実、そこに正義など最初からありはしなかったのだ。ショックに打ちひしがれながらも、彼はすがる思いで街に足を踏み入れた。
正義の所在はともかく、独裁者の圧政からは市民が開放されたのは事実だ。救われた人はいるに違いない。
そう必死に自分に言い聞かせ、祈るような思いで呆然と街をさまよい歩いていた時、背後から声が響く。
「こいつ、あの時の勇者だ!」
振り返ると、そこには右足を失い、松葉杖で立つ男が自分を指さしていた。喚き立てる声に、何事かと人々が集まり出し、気付けば大群衆に青年は取り囲まれていた。
彼の姿を見て、放たれたのは祝福や感謝の声ではなく、万の罵詈雑言であった。
「何が英雄だ!前よりも酷くなったじゃないか!どうしてくれるんだ!」
「お前らが来なければこんな事にはならなかった!」
「お前が英雄なら、有り金を全部よこせ!どうせ腐るほど持ってるんだろ?!」
「息子はあんたに殺された!あたしの息子を返せ!」
「頭を擦り付けて俺たちに詫びろ!今すぐ死んで詫びろ!」
口々に罵声を浴びせかける人々。その中にはあの時襲いかかってきた民兵もいれば、圧政に苦しんでいた一般市民もいた。彼らは言葉だけでなく石礫、レンガ、酒瓶を手にし、容赦なく彼に投げつけてきた。
彼は浴びせかけられる有形無形の怨嗟と憎悪を身じろぎ一つせず、ただ俯いてひたすら耐えながら己に問いかけた。
こんな仕打ちを受けるために、ボクらは戦ってきたのか?
こんなことのために、あの二人は惨たらしい死に方をしたのか?
ボクらは、何のために戦ってきたんだ?
――君が言った、救うべき世界と多くの人々か?
人々とは、この目の前の醜い奴らか?それとも、自分たちの欲望を"正義"と宣った豚どものことか?
世界とは、そんな"正義"のためにボクたちを便利に扱い、平然と犠牲にする、こんな世界のことか?
……ボクが本当に守りたかったのは、なんだった?
「勇者だったら、今すぐ俺達を救え!」
ぶつけられたその一言が、これまで彼を支え、同時に内から込み上げてくる何かを抑えつけていた細糸を断ち切った。
怒号を上げ、今にも襲いかかろうとしていた群集はしかし、時が止まったかのように沈黙した。石塊を頭に受け、血を流しながらこちらを睨む不気味な青年の姿に恐怖を覚えた。
青年は呆然、と呼ぶにはあまりに明確な意志を宿した瞳で虚空を見つめ、そして笑った。
PKOの後以来、何度も繰り返された自問に、彼はようやく答えを見出した。
命を散らした仲間たちの勇気に、意味などなかった。
この世界に命をかけて守る価値など、無い。
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