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黒砂糖デニーロ

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第四章

遺された者の選択

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 ガルスラボの勇者医療研究棟の中にある病室の一つ。殺風景な白い部屋の中心に据えられた大きなベッドの上には、不釣合いに小さな体が静かに横たわる。
 物言わぬ姿となったケインだ。
 その彼を、茫然自失とした眼差しで見つめるヒルダ。一応椅子に座っているが、座ると言うよりは、ただそこに置かれているといった様子で、全く生気の感じられない有様。
 だから、扉がノックされても彼女が返事を返すこともなかった。
 しばらくの間を置いて「入るぞ」という言葉と共に扉が開き、静かに姿を見せたのはアオイだった。
 アオイに顔を向ける気力すら無いのか、目だけを動かしアオイを一瞥すると、再びケインの顔に視線を戻す。
「礼を言いに来た。私が倒れてる間にケインが助けてくれたって、レンから聞いた」
 アオイがそう切り出しても。、、ヒルダは耳にすら入っていないかのように無反応だ。
「ケインのことは本当に、悲しい。こういう時、私はなんて言ったらいいかわからない。でも――」
「やめて」
 続けるアオイの言葉を、冷たい声がぴしゃりと遮る。
「ケインとあなたが知り合ったのなんて、ついこの前じゃない。そのあなた達が彼にどんな感情を抱くというの!?お礼?悲しい?笑わせないで」
「……」
「私は知ってるわ。それは一時的な感傷。運良く生き残った後ろめたさからの逃避。ただの自己満足。でも、心の底で思っているはずよ。“私じゃなくてよかった”“生きててよかった”って。涙を流すのも、悲しんだように遺体の前で言葉を並び立てるのも、そんな本心や罪悪感から逃げるための責任逃れ。お為ごかしなのよ!」
 打って変わって、高い声で一気にまくし立てる。アオイは何も言い返すことなく、しかしヒルダの顔を真正面から見据え続けた。
 肩で息をして荒げた呼吸を整えるヒルダは俯くと、短い沈黙の後、
「私はいつもそうだった……」
 そう小さく呟いた。
「ケインは私を、慈愛溢れる人だと言ってくれた。でも、いつも回りの人間が死んで、心の奥底ではこう思っていることに気付いたわ――“今回も生き残れてよかった”って。最低よね!?笑えるでしょ?」
 そう言うと今度は一転して、狂ったように笑いだす。まるで自分自身を切り刻むかの如きヒルダの言葉は、その自虐的な笑みも含めて痛々しい。それでもアオイは口を挟もうとはしなかった。
 そしてヒルダの笑いが収まり、彼女が落ち着くのを待ってゆっくりと口を開いた。
「ヒルダの言うとおり、私のはただの自己満足なのかもしれない」
「だったら出てって」と言いかけるヒルダよりも先に、アオイは続けた。
「でも、ケインは違う。短い間だったけど、私にはわかる。あいつはイイやつだったが、お人好しじゃない。もし本当にヒルダが自分で言うような人間だったなら、アイツはお前と組んだりはしなかったはずだ」
「そんなの、もう確認できないじゃない。なんとでも言えるわ」
「でも、信じることは出来る。ヒルダは、お前を選んだケインが信用出来ないか?」
 問われ、ヒルダは口をつぐんだ。
 それを否定することは、できなかった。
 ケインがヒルダを選んだ理由は彼女の言う通り、確かに今となってはわからない。
 でも、彼は自分の意志で、自分をパートナーに選んでくれた。そこに打算や下心がなかったことは、彼の性格を知るものであれば誰でもわかる。
 無論、憐憫や哀れみでもない。確かにケインは優しいが、それだけで自分の命を預ける相棒に選んだりはしない。
 ケインは、信じるに足る何かを、ヒルダの中に見出していた。それだけは間違いない。
 彼が自分を選んでくれたことを、ヒルダは密かに心の拠り所にしていた。だから、アオイの問いを否定することは、ケインをも否定することになる。それだけはヒルダにはできない。できるわけがなかった。
「ヒルダの言うとおり、口でならなんとでも言える。だから私は行動で示す。もしケインが生きていたら、今この状況でどうするか。どうしたいか。それを私が叶える。それが私なりの弔いだ……それも自己満足だと言うか?」
 それは、同意を求めるような口調ではない。確固たるアオイの、心からの決意の言葉だった。
「生き残った私たちが何を思い、何をするかは自分で決めることだ。少なくとも、死んだ人間の気持ちを汲み取るくらいならできると思う」
 アオイはヒルダの反応を伺う。しかし、ヒルダはわずかに俯くと、もうそれ以上言葉を返そうとする様子はなかった。お互いにもうこれ以上の言葉はないと察したアオイは、背を向けて部屋を出る。
 アオイが病室を去った後、ヒルダは再び元の位置に戻り、やはり先ほどのように呆然とケインを見つめていた。
「ねぇケイン。あなたは、何を考えて私なんか庇ったの?なんで、私なんかに優しくしてくれたの?」
 ふと、問いかけの言葉が口を衝いて出た。
 震える声で。
彼がなにか答えてくれることを期待するように。
頬には、一筋の涙が溢れる。
 それは、ケインが死んでから初めて流した涙だった。
 それにより、今まで抑えていた涙が堰を切ったように流れ、ヒルダはむせび泣いた。ケインにしがみつき、一気に吐き出すように声を上げ、子供のように泣き続けた。
 そうして、どれほど時間が経っただろうか。涙も嗚咽も出しきったヒルダは、静かに立ち上がり、部屋を後にしようとする。
「……私の命に、価値があるとは思えない。でも、あなたは最後に「生きて」と言った。なら私はこの先、何があっても、何をしてでも生き続けるわ」
 ドアノブに手をかけ扉の前で振り返ったヒルダは、ケインに向けてつぶやくように告げた。
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