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第四章
戦域3――遺志
しおりを挟む「調子に乗んなよ、糞虫が!」
と、そんな野蛮な雄叫びがすぐ間近で聞こえ、僕は声の元に目を向ける。身幅の厚い長剣をぶんぶんと振り回している男の正体に気付き、眉をひそめる。
「アルベルト?どうしてここに!?」
彼はヴァーミリオン社の医療室で治療を受けていたはずだ。正義感からの衝動や都市のピンチにいてもたってもいられなく……ってことはは、まぁないんだろうな。
「ヴァーミリオンのおっさんに聞いたら、魔属群がすぐそこまで迫ってるっていうじゃねぇか。こんな絶好のチャンスに、大人しくベッドで寝てられるかよ!」
「あ。やっぱりね」
「魔属を殺してポイントを稼ぎまくるぜ!」
高らかにそう宣言すると、息を巻いて魔属たちに斬りかかっていく。功名心にどこまでも貪欲な彼に、僕は頼もしいと思うよりは「大丈夫かな……」と心配になる。
とは言え、そこは腐っても勇者。いつも倒れた後の姿しか見ていなかったけど、ヘッドレスを次々と斬り伏せていく姿は、なるほど確かに、大口を叩くだけのことはある。そういえば、ガルスに勝手に乗り込んだ時も、僕らが救出するまで生き残ってたんだっけ。
恐らく、彼に最も足りないのは、魔属群戦の経験だろう。
「アルベルト!後ろ!」
死角への警戒を疎かにしていた彼は、あっさりと背後を取られた。振り向いた時に
はヘッドレスの間合いに捉えられ、突き出された爪が目の前まで迫っていた。
「伏せなさい」
静かだがよく通るその声に、アルベルトは反射的に従う。同時に、鼓膜が破れんばかりの激しい銃声が連続して木霊した。
銃口を飛び出し疾駆する大粒の銃弾は、アルベルトの頭をかすめてヘッドレスに突き刺さる。その運動エネルギーは肉体内部で開放され、肉片を四方にばら撒いて弾けさせた。紫色の血の雨を降らせながら、ヘッドレスの体は地面を転がっていく。
僕が恐る恐る背後を振り返ると、そこにいたのは硝煙を立ち上らせた銃を構えたヒルダさんだった。
「お、おう……すまねぇ」
アルベルトはそう口にするが、ヒルダさんはすでに関心がない様子。
ケイン君と一緒の時には見せたこともない気迫を纏い、冷ややかな目線で戦場を見渡していた。
「来てくれたんですね」
「あなたたちのためじゃないわ」
僕の脇を過ぎりながら返した言葉はそっけない。
「それじゃどうして?」
「……ケインが望んだからよ」
弾倉を換えると、再び銃を構える。これ以上の問答を拒絶するように銃声を轟かせ、魔属へと立ち向かっていく。
僕はてっきり、ケイン君の側を離れないものと思っていた。
アオイの言葉をきっかけに、彼の生前の意思を汲み取ってこの場に駆けつけた――にしては、彼女の表情はあまりに虚無的であった。
ケイン君に見せた優しい表情でも、喪った悲しみの表情でもない。魔属に対する恨みや憎悪とも違う。能面のような無表情に、戦う者の鋭い眼差しがあるだけ。どのような類の感情を抱いているのか、とても読み取ることはできない。
彼女は危なっかしいまでに大胆に魔属の只中に身を投じ、返り血すらも拭わず無慈悲に淡々と魔属を葬っていく。今日まで大切な人を守る戦いをしてきた彼女とはまるで別人の戦い方だった。
その時「ガキンッ」という甲高い、不快な音が響く。
「なにィ?!」
続くアルベルトの悲鳴にも似た声。彼の手元を見れば、刀身が根本から折れていた。
どうやら鬼岩相手に、力任せに叩きつけてしまったようだ。
彼の得物は聖剣ではなく、勇者用の強化合金剣。聖剣を持たない勇者に勇者機関から支給される刀剣だ。勇者の膂力に耐えうる堅牢さを有してはいるが、それでも鬼岩のような強固な魔属には刃が立たないのは常識。それは勇者が聖剣を用いる理由の一つでもある。
空手になってしまったアルベルトは、さっきまでの威勢はどこへやら。魔属を前にあからさまに狼狽を見せ、歯を打ち鳴らしながら鬼岩を見上げていた。背を向けて逃げ出さないのはプライドのせいか、単に恐怖で足が竦んでしまったせいか。
そんな彼の様子など一顧だにすることなく、鬼岩の腕が振り下ろされる。
「これを使いなさい!」
叫ぶと同時に、ヒルダさんが投げて寄越したものを、藁にすがる思いで掴んだアルベルト。そのままそれを掲げるように前にかざす。
そこに叩きつけられる鬼岩の拳。間に合わない。仮に間に合ったとしても、あの大質量を受け止めるパワーはアルベルトにはない。
哀れアルベルトは岩鬼の拳の下敷きとなり、原型を留めず無数の肉片となって周囲に飛び散る――そんな光景を想像してしまい、僕は反射的に目をつぶってしまう。
だが、耳に届いたのは肉の潰れる不快な音ではなく、硬質な物同士が激突する不協和音。
目を開けると、アルベルトのいた場所が銀色の傘に覆われていた。
何物をも通さない、担い手を守る絶対防御の盾。
ヒルダさんが投げ渡したもの。それは、ケイン君の聖剣[アルジェント]だった。
アルベルトも一応は勇者である。彼にも[アルジェント]を起動させる資質は有しているのだ。
新たな主を守るべく、展開されたナノマシン群の防壁。自分の拳で砕けぬものがあることに気分を害したのか、鬼岩は低重音の咆哮を上げ、二度、三度と拳を連続で叩きつけるが、銀の盾には傷一つつかない。
「スゲェなこいつは!無敵だなオイ!?」
一転して有頂天になってアルベルトは防御を[アルジェント]に任せ、魔属へと突っ込んでいく。
その様をさして気にかけることもなく、ヒルダさんは眼前の敵に視線を戻す。言うなればケイン君の遺品である[アルジェント]を、緊急事態とはいえあのアルベルトに持たせることに何かしら思うところがありそうなものだが。
それすらも気にしないくらい、彼女の中で何かが変わったということだろうか。
守るものもなく、ひたすらに魔属を葬り続ける彼女の背中には物悲しさ以上に、危うさのようなものを感じられてならない。
(今の彼女を見て、君ならなんて声をかけるんだろう)
感傷的になる頭を振って意識の外にし、再び戦場に目を向けた。
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