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第二章 モモとダンジョン

第51話 モモ(10)

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 新たに隊長になったアレーさんは体調がかなり悪いらしく、約1年半もの間入院生活を送っていた。たぶん彼女はもう戻ってこないだろう、部隊内ではそんなうわさがされている。しかし、エリーさんは、かたくなにアレーさんこそが我々の隊長だと主張し譲らなかった。
 その間は、エリーさんが事実上の隊長として、彼女と同期のアンズさんが副隊長のような状態で部隊は運営される。

 そんなある日、もうダメだと言われていたアレーさんが奇跡的な回復を見せ戻ってくる。
 彼女は事前の評判では、かなり厳しい人だと聞いていたが、実際には男性のような口調でありながらもかなり優しい人物だった。みんなは、病気で死にかけた経験が彼女の性格を変えたんじゃないかとささやいている。

「わっ。もう、エリーか……」

 後ろから近づいてきたエリーさんに、隊長のアレーさんが驚く。

「隊長、もう綺麗な髪が乱れてますよお」

「い、いいよ。俺が自分でやるから」

 エリーさんは、そんなアレーさんをかなり気に入ったのか、元々仲が良いのか、ことある毎に彼女と密着して絡んでいた。まるで姉妹のようにいつも一緒にいる。
 エリーさんがアレーさんの髪をいじろうとすると、彼女は照れくさそうにそれを避ける。そんな様子もエリーさんは楽しんでいるようだった。

 ☆

「お前、何してんだ!」

 私は叱られた。ここでは上司は人間である。
 私はその日、体調を崩していた。しかし亜人である私たちは、よほどの理由がない限り訓練は休むことは許されない。
 結果、私は訓練中に足がふらつき、ついには倒れ込んでしまう。

「こらっ! 立つんだ」

 エリーさんが苦々しい顔でこっちを見ていた。彼女も黙って見ているしかない。ここでは人間の上官は絶対であった。
 同じ女性とは思えないほど……いや、同じ女性だからこそ酷い扱いを受けているのか、そんなことを思う。

 私を蹴り上げ、無理やり立たせようとする上官。何回か蹴りをたえれば……そう思って蹴られることを覚悟し、目を閉じたその時だった。
 バシッ! と大きな音が響くも、私の身体に蹴りがとんでこない。そして二度、三度と音が響いた。

「た、隊長……」

 私が振り返ると、上官の前に私を守るように座っている隊長がいた。
 彼女は上官の蹴りを顔に受けつつも、私を守ってくれている。

「貴様、逆らうのか!」

「いえ、部下の不始末は、隊長の私の責任です。私が罰を受けます」

 そう言って上官の前に立ちあがる隊長。
 そのようすにエリーさん出て来ようとするのを、彼女は止めると続けて言った。

「私の責任です」

 そう言い切った隊長を見て、上官が「くっ」と軽く笑う。

「わかった。お前の責任だな」

 笑いながらそう言うと、思い切り拳を振り上げて彼女の顔を殴る上官。

「お前のその綺麗な顔が気にくわなかったんだ」

 そう言って何度も顔を殴りつける。

「隊長……」

 私は自分の代わりに殴られる隊長を見上げた。次第に顔がはれ上がり、それでもなお私を庇うように立ちふさがる隊長。

「やめてください、私が悪いんです」

 泣きながら、殴られる彼女の脚にしがみつく私。それでもかまわず殴り続ける上官。

「こんなに脚が細いんだ……」

 隊長は長期間の入院していたせいで、かなり体力も衰えていた。エリーさんが「徐々に体力を戻していきましょう」とよくアレーさんに言っていたのを聞いている。
 体力が戻っていないのだろう。その細い体で私のために……耐えてくれていた。

「もう、こんのくらいで許してやる。休憩だ」

 上官は殴り疲れたのか、そう言い放つとどっかに行ってしまった。

「隊長!」

 散々殴られ、ぎりぎりの状態で立っているアレーさんを見たエリーさんが叫ぶ。そして彼女はアレーさんのもとへと駆け寄ると、その体を後ろから抱きしめるように支えた。

「だ、大丈夫ですか?」

 そう心配そうに顔を覗き込むエリーさんに、隊長はその腫れ上がった顔で笑って見せる。

「大丈夫だ」

「……全然、大丈夫じゃないです」

 エリーさんは隊長の酷い顔を見て、涙を流しながら言った。
 隊長はそんな彼女の支える腕を、振りほどくと私の前にしゃがみ込む。
 そして座り込んで泣いている私の顔を覗き込むと、優しく言ってくれる。

「どうした? どこか痛いのか?」

「いえ……すみません。顔が……」

 その隊長の腫れあがった顔を見て、私はさらに涙をあふれ出させる。
 そして隊長は自分の顔に手を当てた。

「酷い顔になっちまったな」

 そう私に向かって笑顔を見せる隊長。
 エリーさんはそんな隊長を立ち上がらせると言った。

「さあ、あっちで手当てしましょう」

「ああ、そうだな」

 そう言って隊長はエリーさんの肩を借りると、治療を受けるために訓練場の隅へと歩いて行く。
 そんな隊長の後ろ姿を、じっと見ていた私だった。
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