あなたにたりないもの

コーヤダーイ

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 アルノーは動揺したまま、心を鎮めるお茶を震える手で入れた。
 二つのカップに注いだ蒸らしのあまいお茶は、味がぼやけているし、湯の温度は高すぎて、口にするとき火傷した。

「あちっ」
 舌を出したアルノーの顎をすくったバルドゥイーンに、どれ舌を出して見せてみろと言われ、素直に従う。

「赤くなっているが、大した火傷でもないだろう。こんなのは、」
 舐めれば治る、と言ったバルドゥイーンが、舌を舐めた。
「~~~~っ!」

 そのまま舌を吸われ、深い口づけを与えられた。
 顎をすくった手を外そうと両手で掴めば、空いた片手で後頭部を固定されてしまった。

 バルドゥイーンの唇がようやく離れたのは、アルノーが呼吸困難になり、唾液すら飲み込めず唇の端からこぼれ、もう一人で立っていられなくなるほど、意識もとろけたころだった。

(こんなの、困る……)
 唇の端の唾液をぺろりと舐めとられ、背筋がぞくりとする。

 もしもバルドゥイーン相手に媚薬のテストをするにしても、キスひとつでこんなになってしまうのでは、媚薬など意味がないのではなかろうか。

「アルノー、上に行こう?」
 考えのまとまらないまま、媚薬の瓶を手にしたバルドゥイーンに連れられて、階段を上がった。

 白い服をまくって脱がされ、ベッドに優しく倒される。
 さっきひとりで自慰をしたときに想像したのよりも、ずっと巧みにバルドゥイーンはアルノーを高みに導いた。

 甘い香りがして、アルノーの後ろに指が触れた。
 一瞬こわばったアルノーの肩を唇で撫で、鎖骨、首筋をたどってまた口づけを落とされる。

 何も考えられなくなるようなキスを受け入れているうちに、バルドゥイーンによってアルノーは解されていた。

 痛みも違和感もない。あるのはもっとそこに、奥まで欲しいとねだる熱の高まりだけである。

 媚薬が効いているのか、バルドゥイーンの手腕によるものか。
 そんなことを考える余裕もなく、アルノーは腰を揺らめかせていた。

「……ん、もう、欲しい、です」
 それだけ言えば、バルドゥイーンはすぐにきてくれた。

 よく解されたアルノーは、ただただ気持ちいい、と快楽にふけった。
 気持ちよすぎて涙が流れれば、バルドゥイーンが舌ですくう。
 先ほど吐き出した精を、再び吐き出して、アルノーは背をそらせた。

 アルノーが力なくほどけても、バルドゥイーンは元気である。
 まだ続けてもいい? と耳にささやかれ、アルノーはもっと奥にください、とささやきを返した。

 もう、とうに動けない。
 弛緩した身体を人形のように預けて、アルノーはバルドゥイーンをいまだ受け入れ続けていた。

 対面座位である。体重はすべてバルドゥイーンに乗せて、ひとりで座っていることもできないから、その胸に寄りかかって支えられている。
 下からゆるゆると突き上げられ、それでも快楽の波は引かないのだから恐ろしい。

「も、つらい……バル、死んじゃう……」
「んじゃ、これで最後にしような」
 両手で腰を掴まれて、何度か揺り動かされた。

 支えを失った上半身が、ぐらぐらと揺れて、たまらずバルドゥイーンの肩へとしがみつこうとして、それも上手くいかずに胸へと倒れ込んだ。

 息を吸うのも苦しくて、気持ちよすぎて死ぬこともあるのかもしれない、とぼんやりアルノーは思った。
 考えられたのは、そこまでだった。



 ぐったりしていたアルノーの身体が、ついにぐにゃりと倒れ込んで、ようやくバルドゥイーンは己を抜いた。
「ははっ……すげぇ」
 媚薬のせいか、アルノーとの身体の相性がすごぶる良いのか。

 こんなに夢中になって、相手をいたわる余裕もなくなるくらい感じたのは初めてだ。
 片手では足りないほど、精を何度もアルノーの中へと吐き出した。

 バルドゥイーンは、アルノーの作った媚薬の瓶をチラリと見て、その中身がほとんど減っていないことを確認していた。

 媚薬を使わずに試してみなくてはわからないが、おそらく薬などなくとも、アルノーは良い反応を返してくれるはずだ。

 疲れて眠るアルノーを抱いて、浴室で掻きだし清めた。
 帰り道、街で買い物をしたときに、大きな布も買っていた。
 ベッドのシーツを剥がし、新しい布と交換する。

 きれいになったベッドにアルノーを寝かせて、上掛けをかけてやる。
 空はまだ群青色をしているが、じきに明るく色を変えるだろう。

 きっとアルノーは起きられないだろうから、やれることをやっておくか、とバルドゥイーンは大きく伸びをして動き出した。



 アルノーの目が覚めたのは、昼もだいぶ過ぎたころだった。
 嘘のように身体が重くて動かない。

 顔の横で、寝息が聞こえる。
 首も肩も薬を集中して作りすぎたときより痛いが、なんとか隣を見てみれば、寝息を立てているのは丸くなって眠るビクだった。

 洗面所にも行きたいし、喉も痛い。
 ようやく起き上がったが、ベッドから立ち上がろうとしたら、そのまま腰が砕けた。

 夕べバルドゥイーンを散々受け入れた箇所は、痛くはない。
 痛くはないが、とてつもなくダルくて、身体中が石に代わってしまったように重かった。

(ものすごく、気持ちよかった……)
 夕べの快楽の波を思い出し、手で顔を覆って赤面を隠す。
 乱れに乱れた、ぜんぶ媚薬のせいだと思いたい。

 自分でバルドゥイーンを煽って、もっととねだったことも覚えている。
 あんなに感じたことなど、今まで一度もなかった。
 そもそも、アルノーは自分がそういったことに淡泊だと思っていて、いつでも一度射精したらお終いだったのだ。

 夕べ自分が何度達したか数えて、途中まで思い出して、再び赤面して数えることを止めた。
 バルドゥイーンを受け入れて、前にも触れずに達したことを思い出したからだ。
 思い出しただけで、もうとうに空のはずのソコが、緩く勃ち上がりかけた。

 意識を現実の世界に戻そうと目をつむり、深呼吸をする。
 何度か繰り返し目を開けると、ベッドの近くに椅子が一脚あり、グラスに入った飲み物が置いてあった。

 森で清涼な香り、と教えた薬草が入れてある水だった。
 起きたら飲めるように、バルドゥイーンが用意してくれたのだろう。
 ありがたく飲み干して、アルノーは膝に手を当てて、ようやく立ち上がった。

 洗面所へ行くには、階段を下りなければならない。
 軋む全身の筋肉を叱咤して、アルノーは一歩ずつゆっくりと階段を下りていった。



「おはよう、アルノー」
 キッチンに立ったバルドゥイーンが、アルノーに気がついて振り返った。

 昨日の夜に、あれだけ激しく動いたとは思えないほど、爽やかに微笑んでいる。
 顔は艶々として、疲れなどみじんもない様子のバルドゥイーンに、壁伝いに歩いてきたアルノーも朝の挨拶を返した。

「おはよう、バル」
 自分の顔は老け込み、目の下にはきっと、クマができているに違いない。
 そう思って姿見を覗いたのだが、そこに映っていたのは、いくらか顔艶の良くなった自分の顔であった。

 バルドゥイーンはアルノーの疲れた様子を気遣い、身体は辛くないか、と聞いてきた。
 覚えたてのセックスでもあるまいし、やりすぎて身体中が筋肉痛で痛い、とは言いたくないアルノーである。

 痛みはない? と質問を変えて聞いてきたバルドゥイーンに、薬のおかげか、そっちの痛みはまったくないと答える。

「もうあの薬は、そのまま渡してしまったら?」
 と言われて、それもそうだと思う。

 そもそも媚薬など、人によって効きは違うはずだ。
 しかもあれを、何度も試して薬の効きを確かめることなど、バルドゥイーンに頼めそうもなかった。

「アルノーが、もう少し試したいというのなら、俺はいくらでも付き合うけど」
 たった今、自分からは頼めそうもない、と思ったことを逆に言われて、アルノーの顔は再び真っ赤に染まった。

 ぶんぶんと首を振って、もう無理と断れば、バルドゥイーンが楽しそうに笑った。
「だけどさ」
 楽しそうな顔のまま、バルドゥイーンがアルノーを見ている。
「今度は媚薬、使わないで試してみよ?」

 アルノーはグレーの瞳を見開いて、口をパクパクさせた。
「だって、そうしないと、媚薬が効いたのか俺たちの相性が良いのか、わからないだろ」
「……あい、しょう……」
「そ、身体の相性、ね」

 バルドゥイーンの言い分はもっともだ。
 他の薬であれば、いつもアルノーはしつこいほど、何度も試してみるのだ。

 だが、薬を使わないで試してみる、ということは。
(それって、ただのセックス……)
 再び顔に血が集まる。
 媚薬が効いたのかどうか、普通にセックスして確かめよう、と誘われているのだ。

「きょ、今日は無理ッ!」
 気が動転したアルノーが、今日は無理だと断れば、なぜだかバルドゥイーンが爆笑した。




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