あなたにたりないもの

コーヤダーイ

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 試しに、何度も身体を重ねた。

 二人の身体の相性は抜群で、どんなにバルドゥイーンが気をつけようと思っても、アルノーがもっと欲しい、などと可愛いことを言うから、すぐに抱き潰してしまう。

 正直、媚薬の効き目などよくわからないし、どうでもよかった。
 媚薬を使って一晩、その数日あとに、何も使わずに一晩。
 結果は、よくわからない、だった。

 その後も、何度も試してみた。
 媚薬などなくとも、二人で夢中になってする行為は、気持ちがよすぎた。

 アルノーの体調が戻り次第、魔術師のバルドゥイーンが連れ立って、リカルドの家を訪れた。
 リカルド本人と両親のいる前で、頼まれていた商品である『催淫効果のある媚薬』を手渡した。
 アルノーが淡々と商品の説明をし、掛かった費用を請求すれば、リカルドの母親は叫び、父親はリカルドに拳骨を振るった。

 バルドゥイーンが魔術で風をおこして騒ぎを鎮め、魔術師の約束が絶対であることを、彼らに思い出させた。

 魔術師は約束を絶対に守る。
 だがそれは逆を言えば、魔術師と約束を交わした者にも、同じ意味を持つ。

「俺はあんたと、約束した」
 バルドゥイーンが静かに言えば、もう誰も一言も、話さなかった。

「あんたの言う薬を、アルノーにひとつだけ作ってもらう。そのかわり、二度とアルノーに手を出すな」
 そう約束したな、と静かに問えば、リカルドはたくさんの汗を流して、頷くしかなかった。

 アルノーがバルドゥイーンのマントを、ギュッと掴んでいることに気づいていたので、バルドゥイーンはその先はもうどうでもよくなってきた。

「支払いは、後で店に持ってきてくれ。あぁ、あんたは駄目だ。今後店への出入りも禁止する」
 使いの者くらい、誰かいるだろう? と父親を見れば、後で私が直接行こうと答えが返ってきた。

「じゃあ、そういうことでよろしく。アルノー行こう」
 マントを掴んでいたアルノーの手を取り、リカルドの家を後にした。

 しばらくは手を繋いだまま、無言で歩いていたが、アルノーがありがとうと言った。
「ほんとはずっと、リカルドのことが怖かった」
「……わかってる」

 またしばらく、黙ったまま二人は歩き続ける。
 今日は晴れていて、遠くの景色までよく見える。
 はるか向こうに見える山々の頂きに、そろそろ白い雪が積もり始めたようだ。

「いつか、一緒に旅に行こう」
「バルと一緒に?」
「そう、行ってみないか?」
「行きたい。バルと一緒なら、すごく楽しそう」

 旅に行くならどこへ行きたいか、とバルドゥイーンに聞かれて、アルノーはバルの故郷へと言っていた。

「ここからだと、ずいぶん遠い場所にある」
「無理なら、いいんです」
「ずっと旅を続けてきたから、一度戻ってみるのもいいかもしれない」

 バルドゥイーンがアルノーの頬を撫でた。
「ここよりずっと寒いぞ、一年のほとんどを雪が覆う場所だ」
「えぇっ? 私そんなところ、行けるでしょうか」

 行ってみよう、とバルドゥイーンが答える。
「途中にある国も、とても面白いところがある。アルノーに全部見せたい」

 ここから東にずっと進んで、そこから北へ向かえば故郷だ、というバルドゥイーンにアルノーがおもむろに抱きついた。
 突然、飛びつくように抱きつかれたが、バルドゥイーンは難なくアルノーを受け止める。

「バル。私はもう二度と、媚薬は作らない」
「うん。いいと思う」
 それでも、とアルノーが抱きついた手に、ギュッと力を込めた。

「それでも、私と一緒にいてくれますか?」
 バルドゥイーンを見上げた、アルノーのグレーの瞳は潤んでいた。

「いつも一緒にいるだろう?」
 アルノーの顔をキョトンとした顔で見て、バルドゥイーンが答える。

(つ、通じてない……!)

 一緒に暮らし始めて、たまにこういうことがあった。
 そもそも、獣人と人間とでは生活習慣の違いがあって、当たり前なのである。
 そのたびにお互いの認識の違いを、すり合わせてきた。

(そして今このときに、私の言ったことばの意味を説明するとか……)

 精一杯の勇気を出した告白を、通じないから解説するかと思うと、羞恥しかない。

「……あの、ですね。今のは、」
「ごめん」
 羞恥心を抑えて説明しようとすれば、真面目な顔をしたバルドゥイーンにさえぎられた。

「ほんとは、わかってる。でもそれは俺が言いたい」
 二人は街の大通りの往来で抱きしめ合っている。
 バルドゥイーンの片手は肩に、片手は頬に添えられた。

「アルノー、好きだ」
「バル……わ、私も……」

 道の真ん中で、こんなことをしているのだ、注目されているのはわかっている。
 だが今だけは、誰に見られていようと関係なかった。

「俺の巣作りをしてほしい」
 アルノーが、何度かまばたきを繰り返した。

「……アルノー?」
「………え?」
 アルノーが何を言われているのか、理解できなかったことは、伝わった。

「えっと……それじゃ、あの、噛んでもいいか?」
「えっ? どうして?」
 バルドゥイーンのことばにも、どうやらすり合わせが必要らしい。
 
 街を歩くからと、かぶっていたフードを外すと、あらわになった獣耳の回りをガシガシと掻いた。
 ブルルッと獣耳を振って、気合いを入れ直したバルドゥイーンは、真っ直ぐにアルノーだけを見つめた。

 金色の瞳が、光を受けてきらめいている。
「アルノー、俺の番になってくれ」

 バルドゥイーンのマントの裏の刺繍がひとつ、わずかに発光していた。

 アルノーにも、さすがにそれは通じたようだった。
「はい、よろしくお願いします」

 アルノーが心の底から、バルドゥイーンと共に生きることを願えば、バルドゥイーンのマントの裏の刺繍が、またひとつ発光した。

「俺はこの命に誓う」
「私も、命に誓います」

 共に誓えば、バルドゥイーンのマントの裏の刺繍の発光は、もう勘違いでは済まないほど光って、その存在を知らしめていた。

「ねぇ、バル。どうしてマントの裏がそんなに光ってるの?」
「これか。俺たちが誓ったからな」

 なぜ誓うと光るのかを尋ねたのだが、バルドゥイーンから、その説明はない。
 獣人だからなのか、魔術師だからなのか。

 互いの認識の違いに驚くこともある。
 まだまだ、話し合って理解し合うべきことは多い。

 ふと、おかしくなってアルノーは笑い出した。
 種族が違う自分たち。
 告白の言葉ひとつとっても、まったく違うのに、こんなにも惹かれあっている。

「あなたにたりないものは、私が補います」
 だから。
 あなたをぜんぶ、私にください。



「そんなことも~ありましたぁ~」
 アルノーは、酔っ払っていた。

 そもそも飲んでいるのは果実酒を水で薄めたもので、子どもの頃から飲むような飲み物である。
 元からそんなに酒に強いわけでもないので、大した量は飲んでいない。
 だが顔から首、少しまくった袖から見える肌も、ぜんぶ桃色に染め上げてアルノーは上機嫌だった。



 一世一代の告白を済ませ、そのまま帰宅して酒を飲み、二人とビクを入れた一匹で祝った。
 盛り上がって、さかりすぎた。
 
 その後三日間、身体が動かず、ほぼ寝たきりの生活を送ったアルノーは、ようやく起き上がれるようになると、バルドゥイーンに宣言した。

 しばらく、バルドゥイーンとはしません。

 あぁやはり、ダラリと尻尾を下げたバルドゥイーンに、アルノーは続けた。
 その間に、旅に出ませんか? と。

 旅慣れたバルドゥイーンと、森を歩き回っていたアルノーである。
 荷物はすぐにまとまり、できる限りの薬を作り置いて、アルノーの薬を置いてくれている雑貨屋へと預けた。
 バルドゥイーンの肩にビクが乗り、小さな家の戸締まりを済ませれば、もう出発の準備は整っていた。

「それにしても、本当にバルは身軽なんですね」
 出会ったときと変わらない、背中に荷物もない、両手は空いているバルドゥイーンに、アルノーは不思議そうな顔をする。
 そういうアルノーも、少しの着替えと先々必要になりそうな薬類を、いつもより余分に持った程度である。

 使い慣れた薬師としての道具類は、ひとまとめにして袋に詰めて置いてきた。
 案外繊細な道具もあるし、なにしろかさばるものだから、持っては出られないのだ。

 馬車に乗って移動するんですか、と提案したアルノーに、バルドゥイーンが俺は馬に嫌われるんだと言った。
 俺たち獣人を馬が怯えて駄目なんだと聞いて、初めてバルドゥイーンを支えて歩いた日のことを思い出した。
 そういえば、たった一台だけ通り過ぎた高級そうな馬車の馬が、御者の言うことを聞かず暴走していた。

 なるほどそれじゃあ歩きましょう、と二人は話しながらのんびりと歩いた。
 バルドゥイーンの旅してきた国の話は、本当におとぎ話のようで聞いていて飽きない。

 ずっと東へ行けば、今現在も「落ち人様」がいる国が、あるのだという。
 子どもの頃に絵本で読んだきりの話が、現実なのだと聞いても、なんだかピンとこない。

 アルノーの生まれ育った街は、その昔「落ち人様」を大切にしなかったから滅んだ王国の生き残りだという言い伝えが残っていた。
 だから、アルノーの住んでいた街は、国名がない。周りの街も、あるのは街の名前だけで、その辺りをまとめる国も王も存在しなかった。

 国が滅んでも、街は残りそこへ暮らす人々は生きていた。
 人々は再び国を興して、それが滅ぶことをよしとしなかったのだ。

「落ち人様に、会ったことはあるの?」
「いや、ない」
 それじゃあ本当にいるのかどうかは、わからないんだねと言えば、そんなのがなくてもあの国は面白い、とバルドゥイーンがニヤリとした。



 アルノーが生まれ育った街を遠く離れ、国名のない街をいくつか抜けて、やがて新しい国へと到着した。
 国境の城壁で書類に色々と記入をし、アルノーの身元証明証を発行してもらえば、もうこの国から隣の国まで自由に行き来できるのだという。

「ようやくここまで来たな」
 アルノーが身元証明証のカードを何度も眺めていると、バルドゥイーンが大きく伸びをした。

「この先に転移魔法陣のある場所があるから、そこまで行ってしまおう」
「……転移、魔法陣?」
 それこそ物語でしか、見たことのないものだ。

 アルノーの反応を見て、バルドゥイーンがそうだった、と説明をしてくれた。
 アルノーのいた場所では、魔術の力自体が弱まること。
 この国は、ヴァスコーネス魔法王国の現王の第一王女が嫁いできているので、かの国とは友好国であり、転移魔方陣で行き来できるということ。

 ヴァスコーネス魔法王国の魔導具は、非常に優れており、バルドゥイーンのマントも魔導具の一種であること。
 ほら、と言ってバルドゥイーンが取り出したのは、家に置いてきたはずの薬師の道具を詰めた袋であった。



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