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ここに寄ったのは、これからイェンスとどういう話をするか、先に伝えておくためだ。同時にラウラウラの意見も聞いておきたかった。
「どうしたい、と言われましても」
ラウラウラは混乱した。これからあの恐ろしい長の元へ行き、話をするだけでも怖いのに、さらに希望があるかと尋ねられても。
「私は男であることが知られれば、死ぬものと思っておりました。この国のことも何も知らない私に、どのような道が残されているのでしょうか」
ウーヴェにも正直わからなかった。イェンスは黙っていても女が寄ってくる男だ。どんな女も選び放題といっていいのに、結婚するのに一国の王女を選んだ。
今は、大金を支払い手に入れた王女が、部下に寝取られたと思っている。それでも一度の過ちは許す、という懐の深さを見せた。
いや本当は、過ちは犯していないが。昨日は疲れすぎていて、ラウラウラのことまで頭が回らず、悪いことをしたと思っている。
だが、花嫁にするつもりの王女が、男だったと知ったら。そもそも男同士で結婚しても、子を望むのは無理だ。イェンスのような強い男なら、きっと子どもを望むだろう。
竜に選ばれるのは竜騎手の血脈が多い、というのは長い歴史の統計でわかっていることである。結婚しなくてもいい、一人で育てるから子種だけくれ、とウーヴェにすら言い寄る女がいるほど、竜に選ばれる竜騎手は人気があるのだから。
「俺にもわからない。が、死ぬことはないと思う、たぶん」
竜を恐れないだけでも、ここで仕事ができるということだ。なんにせよ、考えていてもはじまらない。ウーヴェは頼まれた仕事をこなしただけなのだ。
ここから先は、イェンスと話し合わなければならない。
イェンスの執務室で人払いをして話をした。見た目では男だと信じようとしないので、ここでもラウラウラがズボンを脱いで見せた。
顔と股を何度か目線が往復して、顔を覆ったイェンスが「まじか」とつぶやいた。よほどショックを受けたのだろう。イェンスはしばらく動かなかった。
「それで。お前が男なのはわかった。どうして王女と偽ったんだ」
ようやく復活したイェンスが、お前たちも座れ、というのでソファに座った。そういえば、どうして王子が王女になったのか、ウーヴェも聞いていない。
「母が身ごもったとき、王は女なら認知すると言ったそうです」
ラウラウラは静かに話した。自分が64番目の王女として育ったこと。現在73番目の王女が生まれていること。生まれたのが男の場合、いつの間にか赤子は消えている話。王女でも子を孕むこと。
育った環境は劣悪で、ウーヴェの促しで語られたのは、左手のひらの焼き印。そして野宿でもウーヴェより役に立ったこと。なにより竜に怯えないこと。
「いつか男であることが知られると思っていました。突然の話とはいえ、騙してしまってすみませんでした。覚悟はできております」
ソファから降り膝をついて頭を下げた姿に、じっと話を聞いていたイェンスは何も言わない。ウーヴェは謝罪する小さな背中を見た。
「正直言って、働く人間は間に合っている。竜に関わる仕事は人気職だからな」
イェンスの言葉は冷たい。それはそうだ。人材不足ということばを聞いたことはない。
「俺は妻にできない男はいらない。お前が死んでも構わないし、勝手に生きるというなら娼館で働け」
その見た目でたくさんの男に抱かれて金を稼ぐといい、という言葉にウーヴェが唸った。
「ふざけんなよ、イェンス」
一人きりで突然、異国へ連れて来られて、いらないと言われる。そして出てきた言葉が娼館で働けとは、あんまりではないか。
「本気だ。俺はそんなやついらない」
「なら! 俺がもらう。金は返す、足りない金は働いて返す」
「払えるかな」
「一生使っても払う!」
「それならウーヴェが生涯責任を持って、そいつの面倒をみるといい」
「言われなくてもそうする」
ウーヴェは立ち上がると、膝をついていたラウラウラの手を取って立ち上がらせた。執務室を出るときに「部屋の鍵は閉めろよ」と言われて「言われなくてもそうする」と返した。
「よろしいのですか」
イェンスしかいなくなった執務室に、別の声がする。部屋にかかる絵画の裏が空洞で、続き部屋と繋がっているのだ。会話を聞くため、続き部屋にはイェンスの秘書官が控えていた。
「いいさ。俺の入る幕はなさそうだ」
「……たしかに」
「俺も本気で殴った。顔見るだけで、怯えられてる」
「クックッ、せっかくあなた好みの女性が、と思ったんですけどね」
「男じゃなあ……」
付き合いの長い秘書官には、イェンスの好みを知られていた。見た目の派手さで、見た目の釣り合いがとれる女性ばかりが集まってくるのだが、本来イェンスはかわいいものが好きなのである。いかにも強そうな見た目のせいで、子どもにも怖がられてしまうのだが。
里の長として、竜と絆を結べる子どもは必要だった。統計から、夫婦の血は濃くないことが望ましいこともわかっている。だからわざわざ、果ての国から妻を探した。妻はかわいい女性を、と思っていたのに。
「ウーヴェも昔はかわいかったんだけどな」
「だいぶ昔の話ですけどね」
醜い竜とアニュアスのことを馬鹿にされ、怒って泣いていた少年。気に入らないときには「言われなくてもそうする」が口癖だった。本人はいまだに口癖が直っていないことに、気づいているんだろうか。
怒りながら新しい部屋へ入ったウーヴェは、扉を閉め鍵を掛けて、ようやく掴んでいた手首をはなした。ラウラウラが手首をさすっている。
「すまん、痛かったか」
大丈夫ですと答えたラウラウラは、ウーヴェの足元に頭を下げてひざまずいた。
「命を助けてくださり、ありがとうございます。一生をかけてご恩をお返しいたします」
そんなことをされたことがなくて、ウーヴェはうろたえた。
「そ、そんなことしなくていい。死ななくてよかったな」
「はい」
「立って、普通にしてていいから」
「はい」
自分の旦那様となる男には、話をするときは必ず膝をつくべし。というのを実践しなくていいらしい。ラウラウラは立ち上がった。
「お茶をいれましょうか」
「いや、いまはいいよ。好きに過ごして」
茶を入れるか掃除しか、できることがない。好きに過ごすのが、どうやるのかわからず手持ち無沙汰だ。
「旦那様」
「……は?」
「旦那様?」
「いやいや、俺はお前の旦那じゃねえし? ウーヴェでいいだろ」
「では、ウーヴェ様。好きに過ごすとは、いったいどうすれば……」
「ウーヴェでいいから。そこから説明が必要だったか」
ウーヴェは竜の里のことを簡単に説明した。暮らし方についても話をした。
「まずは、わからないことだらけだろうから、とにかく何でも聞け」
「はい」
明日から、ラウラウラをどうしようかと思う。ウーヴェには基本的に毎日仕事がある。自分の仕事のあいだ、ラウラウラに何をさせたらいいのかわからない。そもそもこの元王女が、何をできるのか全く知らないのだ。
喉が渇いたが、部屋には飲み物がない。食堂で冷えた飲み物を買うか、温かい湯をもらって茶葉を買って部屋に戻るか。さいわいなことに、この新しい部屋は食堂が近い。ラウラウラを連れて、食堂へ飲み物を調達しにいった。
食堂へ入ると一斉に視線を感じた。ラウラウラの珍しい髪の色が目立つからだろう。視線は感じるものの、誰も話しかけてはこないので、冷たい飲み物を買ってさっさと部屋に戻った。
「お前さ、なんかできることあるの?」
「できること……掃除しかやったことないです」
「掃除……元王女が掃除」
「一応、教育の時間はありましたので、文字は読めます」
「なるほど」
飲み物の冷たさが喉にしみわたる。文字が読めるのはいい、仕事の選択肢が増える。
「あとは簡単な作法は、ひととおり」
「ふんふん」
「閨教育は途中までですが……」
「そ、そんなことまで教育されんの?」
口にした飲み物を吹き出しそうになる。ラウラウラはうなずいて、飲み物をひとくち飲み込む。
「基本は旦那様に忠実に従いますが、手や口や足を使う方法も存じております。実地経験はございませんが、さっそく試されますか?」
ラウラウラは表情がほとんど動かない。口調からは、本気か冗談かも読み取れない。貴族というのはそういう教育を受けるのだろうか。残念だが、きれいな顔だからと人形を抱く趣味はない。
「いや待て、今はいい。お前いくつだ」
「次で十五になります」
「てことは、今はじゅう、よん……やっぱり子どもじゃねえか」
性教育はまだ早い、と言い切ったウーヴェに、ラウラウラは下を向いてしまった。
ラウラウラの国、ザギオリェニキィアでは正しい性行為についての知識は、身を守る術だった。左手のひらに紋章をもつ王女ですら、妊娠してしまうのである。
さいわいラウラウラの身に、そういったことは起こらなかったけれど、それでもいざというとき自分が怪我をしないための知識は大事だった。
ウーヴェの国は、ザギオリェニキィアより良い国なのかもしれない。それを確認する方法も、祖国の常識を説明することばも、ラウラウラは持ち合わせていない。
「そういうことは、大人になって、好きな人とするもんだ。この国じゃお前は自由なんだから」
自由と言われて涙ぐむ。この誠実な男は自分のために高い金を払うことになってしまった。金でやり取りされた命に、自由があってよいのだろうか。
「でも、旦那様は、ウーヴェ様は」
「ウーヴェ、だ」
「う、ウーヴェは私のためにお金を……」
「金のことは、子どもは心配しなくていい。俺はどうせ竜以外に金を使うあてもないし」
ずさんな性格のウーヴェは、自分の貯蓄額すら把握していない。竜の里で竜騎手として働ける間は、金の心配をしなくてすむ。
「まあ、成人するまでは俺の庇護下ってことで。そのあとは金を返せなんて言わないから、お前は好きに生きればいいさ」
何があっても泣いたことがなかったのに、涙がでて止まらなかった。声をあげることなく、静かに涙を流した。瞳からあふれた涙が頬を流れ顎を伝い、雫となって床に落ちた。
最初は驚き、泣き止ませようとしてなだめて、余計に泣かせてしまったウーヴェは、くそっと言ってラウラウラを抱きしめた。
さきほど一緒に風呂に入ったばかりなのに、引き締まった体からは男の匂いがして、少しだけ気分が落ちついた。
「広いベッドって、これか……」
ラウラウラを抱きしめたことにより、新しい部屋の奥、壁で半分仕切られた場所にベッドが置かれているのが目に入った。たしかに広い。これなら一人用のベッドを隙間を空けて二台並べることもできるだろう。
「あー、ベッドが二台の部屋を申請しておく」
「このベッドでは、ウーヴェは休めませんか」
腕の中から首を伸ばしたラウラウラが、ベッドを確認して聞いてくる。
「デカすぎるだろ」
「たしかに、昨晩より大きいです。二人で寝るなら、昨晩のベッドの大きさがあれば私はかまいません」
一人用のベッドで腕枕し、抱きしめるように眠っていたのを思い出す。これから先、毎日では踏み潰しそうで怖いし、寝返りも打てないのでは疲れが取れない。
「夕べのは一人用ベッド、あれじゃ狭すぎる」
「では、大きなベッドでかまわないのでは?」
そう言われると、そんな気もしてくる。まあそうか、などと返事をしてラウラウラの涙が止まっていることにホッとする。
「俺の竜を見に行くか」
気分転換にと説明したが、腕の中の小さな体が折れてしまいそうで、無性にアニュアスに会いたくなるウーヴェだった。
「どうしたい、と言われましても」
ラウラウラは混乱した。これからあの恐ろしい長の元へ行き、話をするだけでも怖いのに、さらに希望があるかと尋ねられても。
「私は男であることが知られれば、死ぬものと思っておりました。この国のことも何も知らない私に、どのような道が残されているのでしょうか」
ウーヴェにも正直わからなかった。イェンスは黙っていても女が寄ってくる男だ。どんな女も選び放題といっていいのに、結婚するのに一国の王女を選んだ。
今は、大金を支払い手に入れた王女が、部下に寝取られたと思っている。それでも一度の過ちは許す、という懐の深さを見せた。
いや本当は、過ちは犯していないが。昨日は疲れすぎていて、ラウラウラのことまで頭が回らず、悪いことをしたと思っている。
だが、花嫁にするつもりの王女が、男だったと知ったら。そもそも男同士で結婚しても、子を望むのは無理だ。イェンスのような強い男なら、きっと子どもを望むだろう。
竜に選ばれるのは竜騎手の血脈が多い、というのは長い歴史の統計でわかっていることである。結婚しなくてもいい、一人で育てるから子種だけくれ、とウーヴェにすら言い寄る女がいるほど、竜に選ばれる竜騎手は人気があるのだから。
「俺にもわからない。が、死ぬことはないと思う、たぶん」
竜を恐れないだけでも、ここで仕事ができるということだ。なんにせよ、考えていてもはじまらない。ウーヴェは頼まれた仕事をこなしただけなのだ。
ここから先は、イェンスと話し合わなければならない。
イェンスの執務室で人払いをして話をした。見た目では男だと信じようとしないので、ここでもラウラウラがズボンを脱いで見せた。
顔と股を何度か目線が往復して、顔を覆ったイェンスが「まじか」とつぶやいた。よほどショックを受けたのだろう。イェンスはしばらく動かなかった。
「それで。お前が男なのはわかった。どうして王女と偽ったんだ」
ようやく復活したイェンスが、お前たちも座れ、というのでソファに座った。そういえば、どうして王子が王女になったのか、ウーヴェも聞いていない。
「母が身ごもったとき、王は女なら認知すると言ったそうです」
ラウラウラは静かに話した。自分が64番目の王女として育ったこと。現在73番目の王女が生まれていること。生まれたのが男の場合、いつの間にか赤子は消えている話。王女でも子を孕むこと。
育った環境は劣悪で、ウーヴェの促しで語られたのは、左手のひらの焼き印。そして野宿でもウーヴェより役に立ったこと。なにより竜に怯えないこと。
「いつか男であることが知られると思っていました。突然の話とはいえ、騙してしまってすみませんでした。覚悟はできております」
ソファから降り膝をついて頭を下げた姿に、じっと話を聞いていたイェンスは何も言わない。ウーヴェは謝罪する小さな背中を見た。
「正直言って、働く人間は間に合っている。竜に関わる仕事は人気職だからな」
イェンスの言葉は冷たい。それはそうだ。人材不足ということばを聞いたことはない。
「俺は妻にできない男はいらない。お前が死んでも構わないし、勝手に生きるというなら娼館で働け」
その見た目でたくさんの男に抱かれて金を稼ぐといい、という言葉にウーヴェが唸った。
「ふざけんなよ、イェンス」
一人きりで突然、異国へ連れて来られて、いらないと言われる。そして出てきた言葉が娼館で働けとは、あんまりではないか。
「本気だ。俺はそんなやついらない」
「なら! 俺がもらう。金は返す、足りない金は働いて返す」
「払えるかな」
「一生使っても払う!」
「それならウーヴェが生涯責任を持って、そいつの面倒をみるといい」
「言われなくてもそうする」
ウーヴェは立ち上がると、膝をついていたラウラウラの手を取って立ち上がらせた。執務室を出るときに「部屋の鍵は閉めろよ」と言われて「言われなくてもそうする」と返した。
「よろしいのですか」
イェンスしかいなくなった執務室に、別の声がする。部屋にかかる絵画の裏が空洞で、続き部屋と繋がっているのだ。会話を聞くため、続き部屋にはイェンスの秘書官が控えていた。
「いいさ。俺の入る幕はなさそうだ」
「……たしかに」
「俺も本気で殴った。顔見るだけで、怯えられてる」
「クックッ、せっかくあなた好みの女性が、と思ったんですけどね」
「男じゃなあ……」
付き合いの長い秘書官には、イェンスの好みを知られていた。見た目の派手さで、見た目の釣り合いがとれる女性ばかりが集まってくるのだが、本来イェンスはかわいいものが好きなのである。いかにも強そうな見た目のせいで、子どもにも怖がられてしまうのだが。
里の長として、竜と絆を結べる子どもは必要だった。統計から、夫婦の血は濃くないことが望ましいこともわかっている。だからわざわざ、果ての国から妻を探した。妻はかわいい女性を、と思っていたのに。
「ウーヴェも昔はかわいかったんだけどな」
「だいぶ昔の話ですけどね」
醜い竜とアニュアスのことを馬鹿にされ、怒って泣いていた少年。気に入らないときには「言われなくてもそうする」が口癖だった。本人はいまだに口癖が直っていないことに、気づいているんだろうか。
怒りながら新しい部屋へ入ったウーヴェは、扉を閉め鍵を掛けて、ようやく掴んでいた手首をはなした。ラウラウラが手首をさすっている。
「すまん、痛かったか」
大丈夫ですと答えたラウラウラは、ウーヴェの足元に頭を下げてひざまずいた。
「命を助けてくださり、ありがとうございます。一生をかけてご恩をお返しいたします」
そんなことをされたことがなくて、ウーヴェはうろたえた。
「そ、そんなことしなくていい。死ななくてよかったな」
「はい」
「立って、普通にしてていいから」
「はい」
自分の旦那様となる男には、話をするときは必ず膝をつくべし。というのを実践しなくていいらしい。ラウラウラは立ち上がった。
「お茶をいれましょうか」
「いや、いまはいいよ。好きに過ごして」
茶を入れるか掃除しか、できることがない。好きに過ごすのが、どうやるのかわからず手持ち無沙汰だ。
「旦那様」
「……は?」
「旦那様?」
「いやいや、俺はお前の旦那じゃねえし? ウーヴェでいいだろ」
「では、ウーヴェ様。好きに過ごすとは、いったいどうすれば……」
「ウーヴェでいいから。そこから説明が必要だったか」
ウーヴェは竜の里のことを簡単に説明した。暮らし方についても話をした。
「まずは、わからないことだらけだろうから、とにかく何でも聞け」
「はい」
明日から、ラウラウラをどうしようかと思う。ウーヴェには基本的に毎日仕事がある。自分の仕事のあいだ、ラウラウラに何をさせたらいいのかわからない。そもそもこの元王女が、何をできるのか全く知らないのだ。
喉が渇いたが、部屋には飲み物がない。食堂で冷えた飲み物を買うか、温かい湯をもらって茶葉を買って部屋に戻るか。さいわいなことに、この新しい部屋は食堂が近い。ラウラウラを連れて、食堂へ飲み物を調達しにいった。
食堂へ入ると一斉に視線を感じた。ラウラウラの珍しい髪の色が目立つからだろう。視線は感じるものの、誰も話しかけてはこないので、冷たい飲み物を買ってさっさと部屋に戻った。
「お前さ、なんかできることあるの?」
「できること……掃除しかやったことないです」
「掃除……元王女が掃除」
「一応、教育の時間はありましたので、文字は読めます」
「なるほど」
飲み物の冷たさが喉にしみわたる。文字が読めるのはいい、仕事の選択肢が増える。
「あとは簡単な作法は、ひととおり」
「ふんふん」
「閨教育は途中までですが……」
「そ、そんなことまで教育されんの?」
口にした飲み物を吹き出しそうになる。ラウラウラはうなずいて、飲み物をひとくち飲み込む。
「基本は旦那様に忠実に従いますが、手や口や足を使う方法も存じております。実地経験はございませんが、さっそく試されますか?」
ラウラウラは表情がほとんど動かない。口調からは、本気か冗談かも読み取れない。貴族というのはそういう教育を受けるのだろうか。残念だが、きれいな顔だからと人形を抱く趣味はない。
「いや待て、今はいい。お前いくつだ」
「次で十五になります」
「てことは、今はじゅう、よん……やっぱり子どもじゃねえか」
性教育はまだ早い、と言い切ったウーヴェに、ラウラウラは下を向いてしまった。
ラウラウラの国、ザギオリェニキィアでは正しい性行為についての知識は、身を守る術だった。左手のひらに紋章をもつ王女ですら、妊娠してしまうのである。
さいわいラウラウラの身に、そういったことは起こらなかったけれど、それでもいざというとき自分が怪我をしないための知識は大事だった。
ウーヴェの国は、ザギオリェニキィアより良い国なのかもしれない。それを確認する方法も、祖国の常識を説明することばも、ラウラウラは持ち合わせていない。
「そういうことは、大人になって、好きな人とするもんだ。この国じゃお前は自由なんだから」
自由と言われて涙ぐむ。この誠実な男は自分のために高い金を払うことになってしまった。金でやり取りされた命に、自由があってよいのだろうか。
「でも、旦那様は、ウーヴェ様は」
「ウーヴェ、だ」
「う、ウーヴェは私のためにお金を……」
「金のことは、子どもは心配しなくていい。俺はどうせ竜以外に金を使うあてもないし」
ずさんな性格のウーヴェは、自分の貯蓄額すら把握していない。竜の里で竜騎手として働ける間は、金の心配をしなくてすむ。
「まあ、成人するまでは俺の庇護下ってことで。そのあとは金を返せなんて言わないから、お前は好きに生きればいいさ」
何があっても泣いたことがなかったのに、涙がでて止まらなかった。声をあげることなく、静かに涙を流した。瞳からあふれた涙が頬を流れ顎を伝い、雫となって床に落ちた。
最初は驚き、泣き止ませようとしてなだめて、余計に泣かせてしまったウーヴェは、くそっと言ってラウラウラを抱きしめた。
さきほど一緒に風呂に入ったばかりなのに、引き締まった体からは男の匂いがして、少しだけ気分が落ちついた。
「広いベッドって、これか……」
ラウラウラを抱きしめたことにより、新しい部屋の奥、壁で半分仕切られた場所にベッドが置かれているのが目に入った。たしかに広い。これなら一人用のベッドを隙間を空けて二台並べることもできるだろう。
「あー、ベッドが二台の部屋を申請しておく」
「このベッドでは、ウーヴェは休めませんか」
腕の中から首を伸ばしたラウラウラが、ベッドを確認して聞いてくる。
「デカすぎるだろ」
「たしかに、昨晩より大きいです。二人で寝るなら、昨晩のベッドの大きさがあれば私はかまいません」
一人用のベッドで腕枕し、抱きしめるように眠っていたのを思い出す。これから先、毎日では踏み潰しそうで怖いし、寝返りも打てないのでは疲れが取れない。
「夕べのは一人用ベッド、あれじゃ狭すぎる」
「では、大きなベッドでかまわないのでは?」
そう言われると、そんな気もしてくる。まあそうか、などと返事をしてラウラウラの涙が止まっていることにホッとする。
「俺の竜を見に行くか」
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