スィルゼナの果てから果て

コーヤダーイ

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「竜に触りたい、って」
「ええ、わたくしは一度も竜を見たことがないのです」
「それはそうだろう、目が見えないんだから」
「竜の近くにも寄ったことがないのです」

 普通の人間だって、人を運ぶ地竜ならともかく、飛竜は遠くから眺めるくらいだと思う。竜は基本的に絆を結んだ人間以外を嫌う、危険な生き物である。

「竜は危険なんだ、俺がいても触るのは無理だ。安全を保障できない」
「ラウラウラは乗っているではないですか」
「こいつは竜の里の人間だし、竜に気に入られている」

 ラウラウラを連れて研究室に入ると、自分で人払いをしたグラシアノ神官が、ウーヴェに頼みがあると言った。竜に触ってみたいという願いは、危険すぎて聞き届けられない。

「わたくしも、気に入られるかもしれません」
「たぶん無理だ、俺以外こいつしか乗せたことがない。悪いな」

 杖を使ってウーヴェの声がする方へ近づく。杖を投げ出し、手探りでウーヴェのシャツを掴むと、ぐいと引き寄せて顔を近づける。

「では、わたくしと結婚してくださいませんか」
「……え」

 ウーヴェに向けている目は虚ろで、視線が合うことはない。小さな声で、すがるように頼み続ける。

「わたくしが神官を辞め、神殿を出たなら。どうかわたくしと、結婚をしてくださいませんか」
「なんだよ。なんかやべえ事でも、ここであったのか? 話なら聞いてやるし、相談にものれるかもしれないが」
「ここは牢と同じです。わたくしは、ここを出たい……」

 シャツを掴むために腕を持ち上げているので、神官服からいつもより手首が見えている。両手首には痣と治りかけた薄い傷がついていた。
 グラシアノからは見えないのをいいことに、手首をよく観察する。何かできつく縛られ擦れた痕と、男の手で強く握った指の痕。この神官は大人の男だ、まさかとは思うが。

「あんたの首のところ、ちょっと見せてもらうぞ」

 返事を待たずに、神官服の襟元を引っ張り確認する。

「酷なこと聞くかもしれんが、合意の上か?」

 男と寝るのにそういう性癖の場合もある。物理的に束縛したり、首を絞められたり、そういう刺激がないと到達できない嗜虐趣味の可能性。

「違いますっ」

 グラシアノが自分の首に、はっと手をやる。同時に手首についている傷のことも思い出したらしい。神官服の袖を直し、襟元を整え、違いますと小声でつぶやく。

「わたくしは合意したことなど、一度もありません」

 相手の人数はわかっても、それが誰なのか、わからないのですから。と言った声は、もっと小さかった。少し離れたところで座るラウラウラには、聞こえていないといい。手首を押さえる指が、強く握りすぎて白くなる。

「ここを出たいんだな」
「ええ」
「一旦持ち帰る。それでもいいか」

 見えない目を見開いて、思わず顔を上げる。

「助けて、くださるのか」
「だってあんた、望んでないことされてんだろ」
「……ぅ」

 泣くまい、涙を流すまい。目が腫れれば、付き添いに探りを入れられる。人払いして扉を閉めて会話をするだけで、いい顔をされないのだから。



 ウーヴェはその夜、持ち帰った問題を、竜の里の執務室で話し合った。ラウラウラは部屋にいて、古代語の復習をしているだろう。鍵はもちろん閉めている。

 イェンス、副官、秘書官、ウーヴェ。四人で話し合っても、出てくる答えは一つしかない。助けてやりたいが、神殿を敵に回すことはできない。

「だから結婚、なんて発想になったんだろうな」
「出歩けないんじゃ、出会いもないだろうし」
「ウーヴェに結婚を迫るなんて、よっぽどだ」
「おい」
「それにしても、どうするか」

 ウーヴェが結婚するのは無理だ。ラウラウラを引き取ったばかりだし、イェンスに返す借金の額がすごい。もう一人、大人の男を養うだけの甲斐性はない。

「イェンスが結婚したらどうです?」

 発言したのは秘書官で、彼は現在イェンスと結婚している。たしかに重婚は法律で禁止されてはいない。イェンスの性欲がすごくて、正直一人では体がもたないんですよ。という声に、イェンスが不服そうな顔をする。

「おまっ、あんなにいつも気持ちいいってよがってるじゃないか」
「それだって続きすぎれば拷問なんですよ」
「ひどい」
「あまり知りたくない、長の性生活……」

 副官が眉間を指で揉んでいる。聞かなかったことにしたいのだろうが、嫌な記憶ほど残るものだ。

「長の性欲が旺盛なことは置いておき、無理矢理男と寝ることを強要されてきた人間に、結婚したから相手をしろ、というのもいかがなものかとは思いますが」
「目が見えないと、ここでは仕事がないですからねえ」
「古代語ができるっていっても、他になんか特技とかないのかよ」
「たぶんねえな。精霊の力で少し風を起こすのしか見たことがない」
「使えねー」
「言ってやるな」
「さて、どうするか」

 四人で話しても、あまりいい案は出てこない。

「一番手っ取り早いのは、死ぬことだけど」
「ああ、でも神殿を出られない神官が死ぬのは、どんなときだ」
「いや、死んだらそもそもお終いでは」
「そうだよなー」

 堂々巡りで、結局結論はでなかった。

「飛竜で行って、夜中にさらってきちゃえば?」
「神殿にばれたら敵に回すことになりますよ」
「バレなきゃいいんだろ」
「竜で行ったら、一発でばれるだろう」
「ああー、たしかに」
「駄目だ、今日はもう駄目だ、解散。寝よう」

 翌日、ウーヴェとラウラウラが竜舎の掃除をしていると、執務室に呼び出された。ウーヴェは一日おきに神殿へ行くため、日帰りできる飛行の仕事以外請けられない。簡単な仕事は金も安く、不慣れな若い竜騎手が請けることが多い。よって、暇な時間は竜舎の掃除を手伝っている。これもやれば金をもらえるのだ。

「明日神殿へ行ったときに、伝言を頼みたいのです」

 話は秘書官がまとめておいてくれた。内容はこうだ。
 ウーヴェの都合がつかず、代理人がラウラウラを送迎する。代理人はグラシアノ神官に一目惚れし、その場で結婚を申し込む。グラシアノ神官も、熱意に押され結婚を受け入れる。

「茶番だが……これほんとにうまくいくのか」
「茶番でいいんですよ。一目惚れだの結婚だのは、連れ出すための口実なんですから」
「ところでウーヴェ……グラシアノ神官は、どんな姿なんだ?」
「どんなって、紫の髪が長くて、背は俺と同じくらい。あとは細身だな」
「顔は?」
「顔……どんなだっけ」

 近くで見たときも、見えない目が虚ろだったことしか思い出せない。

「目と鼻と口がついてたな」
「顔の造作を聞いてんだよ。眉が太いとか、鼻が横に広がってるとかあるだろ」
「眉? 見てないな。鼻は……人の鼻の形なんか覚えてるか?」

 イェンスに聞かれて、けんめいに思い出そうとするが、そもそも人の顔を覚えるのは苦手だ。顔の造作の良し悪しなど、もっとわからない。

「駄目だ、役に立たない」
「なんだよイェンス、結局お前が行くの?」
「ロナルトが行ってもいいんだけど、嫁が怖ぇんだとよ」
「ああ……たしかにな」

 副官の妻は女性で、竜の里の女らしく大変気が強い。人を一人助けるためとはいえ、本当に結婚するのは許されなかったようだ。

「あそこは子だくさんだから、金もかかるしな」
「仕方ないか」



 神殿へ行き、授業をはじめる前に人払いをしてもらい、伝言を話した。伝言を聞いたグラシアノ神官は、まず嬉しそうな顔をし、それから落ち込んだ表情を見せた。

「結婚をして助けてくださいと、お願いしたのはわたくしなのですが、結婚はできないかもしれません」
「神官てなんか制約があんのか」
「神官は結婚が許されません。神官を辞めれば結婚はできますが、実はわたくしはプレムナスヒュージ連合国の王族なのです」
「え」
「一部の人間しか知らないはずです。万が一の予備、といっても、幼い頃から神殿で過ごしているのですが。ですから子を為すことはできず、女性との結婚はできないのです」

 建物の造りのわりに、グラシアノの研究室には金が掛かっている理由がわかった。ここは本当に人間を閉じ込めておくための場所だったのだ。

「……王族ってのは、本当にクソばかりだな」

 ラウラウラがそばで大きく頷いている。ラウラウラには、グラシアノ神官が助けを求めており、竜の里が助けるつもりだと話してある。
 無意識だろうが、指先で左手のひらをさすっている。王家の紋章という焼き印を押されたところである。

「けど、結婚するのが男で、竜の里長ならどうだ?」
「竜の里の長……」
「それなら身元もはっきりしてるし、あんたの身分でも問題ない、はずだろ?」
「結婚する相手が竜の里長ならば……えぇ、そうかもしれません」



 何度も人払いをしすぎた。今までカールから尋ねられても、会話の内容を話さなかったのもよくなかった。
 部屋に戻ると、いつものように食事を持ってきたカールが、人払いをした間の話を聞いてきた。個人的なことは話さない、といつものように答えた。

 空気が膨れ上がるような気がした。ガシャンッと食器が落ちて割れる音がする。

「? カール? なに、が……っ」

 パンッと頬をはられた。左顎から上に殴られたので、頭のなかがぐわんと揺れた。椅子から転げ落ちるのを、二の腕を掴まれてとどまった。

「来い、わからせてやる」

 片方の手首も掴まれ、引きずるように移動させられる。そちらにあるのはベッドしかない。乱暴に音を立てて歩く足音。嫌だ、まさか、そんな。

 ベッドに投げるように乗せられ、動く間もなく背中にのしかかられる。後ろに手を伸ばして、爪を立てようともがくと、髪を掴んで引っ張られた。

「ぐぅっ、かはっ」

 シュル、と布を伸ばす音がして、後ろ手に縛られる。この拘束の仕方には覚えがある。嘘、信じたくない。

「カ、ール、なぜ」
「嫌いなんだよ、あんたが」
「カール、頼むからやめっ……ふぐ」
「うるせーな。これでもくわえてろ」

 布のかたまりを口に入れられた。舌で押しだそうとしたら、布で頭の後ろに縛られた。入れられた布が大きすぎて息が苦しい。

 信じない、信用しないとは思っていたけれど、自分を犯していた一人が付きそい神官のカールだったなんて。
 心が傷つきすぎて、混乱して、涙が流れる。とにかくもがいて、足を思い切り動かした。

「ちっ、なにしやがる」

 伸ばしたかかとがカールの体をかすった。たいした攻撃にならなかったどころか、かえって怒らせてしまったようだ。
 両ももにまたがられ、動きを封じられた。後ろ手に縛られた手に体重が掛かって痛い。

「調子に乗りやがって」

 カールの口から、聞きたくない言葉がでた。

「ずっと前から気に食わなかったんだ」

 首を振る。知らない。自分の何がいけなかったのかなど、わかるわけもない。

「この体で何人も神官を籠絡して堕落させた」

 していない。何も望んでいない。止めてくれと泣きながら首を横に振っても、カールの拘束は緩まない。

「止めてじゃないだろ、あんなに気持ちよさそうによがっているくせに」

 いつも突然で、拘束されて、何人もの男たちに、わたくしはずっと。

「殺してやる」

 首を絞められ、真ん中を潰すように押されている。
 苦しい。

 空気がはいってこなくて、頭がとても熱い。手も足もびりびりと痺れている。
 息を。

 息が。
 誰か。

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