スィルゼナの果てから果て

コーヤダーイ

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 骨折からの発熱は、微熱が一週間ほど続いた。寝かされたベッドは大きくて、イェンスの匂いがした。
 夜はイェンスがやってきて、横に並んで寝ることもあった。そんな夜は髪を優しくなでられた。

 危険なことは何もなく、日中はベッドでうつらうつらとする日々。イェンスの伴侶だという秘書官がやってきて、てきぱきと様々なことを教えてくれた。
 グラシアノの記憶力のよさに目をつけた秘書官からは、回復したら秘書官の仕事を手伝ってもらいたいと言われている。

 結婚という制度にすがって救い出されたものの、本当に結婚生活を送ることがないのはわかっている。イェンスにはすでに、伴侶がいるのだから。荷物は杖以外すべて置いてきてしまったし、先の見通しがあるわけではなかったので、仕事がありそうなのは助かると思った。

 熱が引いても両手が使えないので、自分で体や髪を拭くこともできない。イェンスか秘書官が交代で湯を運び、熱いくらいの布で拭いてくれた。湯はいつも鼻につく独特の匂いがした。
 雑そうに見えて、イェンスは優しいこともわかった。全身を上から下まで拭くためにすべて見られたが、覚悟していた痛いことも恐ろしいことも、一度もなかった。

 手首の骨が治ったのは三月ほど経ってから。すべての指は動くし痺れもない。骨がついたら風呂に入れると聞いていたので、今日がその日である。
 話だけで聞いていた、温泉という匂いのある湯に浸かれることを、グラシアノはとても楽しみにしていた。

 目の見えないグラシアノが、洞窟内を歩けるかが心配されたが、杞憂におわった。記憶力のよさで洞窟内の通路と部屋の位置をすぐに覚え、洞窟の壁を伝ったほうが歩きやすいと杖を手放した。
 杖がないので引っかからず、ゴツゴツした床でも問題なく歩くことができている。

 風呂は小さな個室風呂がいいだろうと、秘書官が用意してくれた。イェンスに連れられ、三人で入るらしい。「何もしないように」と釘をさしている秘書官に、イェンスが面倒くさそうな返事をしている。
 こういったやりとりは、神殿ではなかったものだ。この二人は本当に仲がよい。目が見えなくとも、二人の信頼関係は手に取るようにわかる。

 はじめての温泉は、最高だった。イェンスが「もう上がろうぜ」というのを「もう少しだけ」とお願いして、浸かり続けた。
 湯に浸かったまま意識を失い、そのまま沈むところをイェンスに抱えられ、大層迷惑をかけた。ベッドまで横抱きで運ばれ、目が覚めるとすぐに水を飲ませてもらった。

 気づけば、「イェンスのような男と過ごせる秘書官がうらやましい」と口に出ていた。

「結婚したんだから、お前も同じ立場だが」
「立場上は、そうですね」
「うらやましいってことは、自分もそうしたいってことだ」
「え」
「俺が好きか」

 問われて、見えぬ目をまたたく。

「わかりませんが、おそらく……わたくしはあなたを、好ましく感じているのだと思います」
「ふっ、言い方がまどろっこしいな」

 唇を重ねられた。湯上がりの唇は薄くてとても、熱かった。

「キスしていいか」
「もうしてます」
「そうだな。嫌だったか?」
「いいえ」

 唇に唇を重ね、互いの熱を交換しあった。角度を変えて降りてくる唇を何度も受け入れる。熱い舌が歯の隙間から入ってきて絡む。何も怖くはない。ただ夢中で相手にしがみついた。

「俺の考える結婚てのは、こういうことなんだが……続けていいか」

 一旦離れた唇から息がかかる。もっと欲しくて、自分で顔を近づけた。

「えぇ、続けてください」

 はじめて自分からねだる行為であった。ぎゅっと背中に腕が回り、簡単に体を持ち上げられる。顎から首へと、舌が移動する。はだけた上半身を、熱くて乾いた手がなでていく。不快感はまったくない。もっと触れてほしいと期待して、下半身を揺らした。

「お前、やらしい体してんなあ」

 ごり、と音がしそうなほど硬いものが、太ももに擦り付けられた。確かにわたくしの体はいやらしく、穢れている。望まぬとはいえ、長年何人もの男たちに暴かれ続けた体だ。いつの間にか色欲を自ら望む、淫乱な体になってしまったことが恥ずかしい。

「このように淫らな体は……お嫌いですか」

 唇を噛んで尋ねる。骨が折れたときに罵倒されたことばが思い出された。

「いいや」

 噛んでいる歯を指に押される。解放された唇が次のことばを紡ぐ前に、唇は塞がれた。

「すげえ、俺好み」

 許された。いいのだ。男の欲を身に受け入れることでしか達しない、この体でも。一晩に何度も奥を突かれ己の精を吐き出すような、汚い体でも。
 涙を見られたくなくて、しがみつくようにイェンスの背中に手を回した。そのあとは夢中になって、よく覚えていない。

 目が覚めると朝にさえずる鳥が鳴いていた。夕べは夕食もとらずにイェンスと過ごしてしまったらしい。体もベッドシーツも、触るといたるところが放った精液で固まっていた。

 朝一番に様子を見に来た秘書官が、イェンスを叩き起こして「合意か?」と低い声で聞いたのがこわかった。イェンスの伴侶である秘書官がいながら、このようなことはまずかったのかもしれないと不安になる。

「いてっ、合意だって。んな叩くな」
「本当ですか? グラシアノ」
「えぇ」

 合意だと言うと、秘書官の体がぐっと近づいてきた。

「合意の上……それで、どうでした」
「ど、どう、とは」
「今後もこの男と結婚生活を続けられそうですか? もちろん肉体関係を含めての結婚生活です」
「え、えぇ。大丈夫だと思います」
「……………はぁ……よかった」

 盛大なため息と一緒に秘書官の体が離れていった。助かったとか何とか聞こえた気もするが、気のせいだろう。

「グラシアノ、こいつはしつこい。本当にしつこいんです。嫌なときは、ちゃんと断るのですよ」
「えぇ、わかりました」
「では風呂で汗を流したら、朝食にしましょう。イェンス、今後は絶対個室風呂だ。わかるな?」
「あぁん? ……あ、あぁ、そうだな。それがいいだろう。うん一緒に入ろう」

 グラシアノは目が見えなくてよかったかもしれない。体中、本当に体中余すところなく、赤い所有印が残されていたのだから。

 秘書官は元々女性が好きだった。イェンスに抱かれるのはよがってトぶほど気持ちがいいが、なにしろ長くてしつこい。疲れが翌日の仕事にまで影響する。そこまで性欲がないので、夜の性生活をグラシアノにも請け負ってもらえて、心底助かったと思っている。

 グラシアノは拒みつつも、長い間抱かれることに慣らされ続けてきたため、男の精を体の奥に受け入れなければイくことができない。使ったことのない前は、体に見合わぬ小ぶりで皮をむくとピンク色が顔を出す。腰を掴めば指が埋もれる柔い肌は、今まで寝たどんな女性より柔らかい。快楽を拾うのがうまく、奥で達してもなお、その先までイくことができた。

 イェンスは二人の伴侶を得て、ようやく安定した。無茶をしても壊れない頑丈な体を持つ秘書官と、掴めば埋もれるような柔い肉を持つグラシアノ。どちらも違ってどちらもいい。イェンスは二人を同じように愛し、愛された二人はそれぞれにできることで愛を返した。


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