アイスみたいにぜんぶ溶かして

コーヤダーイ

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 シャワーを浴びてくるように促されて、洗濯されたバスタオルを手渡された。



(なんか、まきさんの特別になった感じがする)



 赤くなった顔を隠すようにして、そそくさと浴室を借りた。頭は洗えないからササっと汗を流して着替え、部屋に戻る。

 入れ違いに浴室へ行ったまきさんが、すぐに戻ってきた。早かったなと振り返れば、濡れた髪を拭きながら歩くまきさんがいた。上げていた髪が降りて少し雰囲気が柔らかくなっている。

 目が合えば優しそうに笑うから、ドキドキしておかしな声が出そうになってしまった。



(まきさん、恰好良すぎだよぉ)



 もうどこを見たらよいのかわからなくなって、テレビの方に向き直ってTシャツをぎゅっと握りしめた。







 前から気になっていた映画は古いものだから、まきさんは退屈するんじゃないかと心配だったけれど杞憂に終わった。それは言葉も世代も超えた大人の愛の物語で、愛と言っても人と人が愛し合う恋愛ではない、もっと深い性別を超えた心の絆の物語だった。

 心に余裕のない若い頃に観ても、きっと理解できなかったに違いない。十年以上気になっていた映画をまきさんと観られたことが、また特別に思えてくる。



 濃い目のコーヒーをカフェオレにしてもらったら、ものすごく美味しかった。いつもインスタントコーヒーしか飲まないから、まきさんが丁寧に淹れてくれたコーヒーを大事に味わっていると、食べ物でアレルギーや好き嫌いはないか尋ねられた。

 アレルギーはないし嫌いなものも特にないと答えると、じゃあ好きな食べ物は?と聞かれる。人に迷惑を掛けないように気にして生きてきたから、自分の好きなものを聞かれると困ってしまう。



「じゃあわたるさん、グラタンは?好き、嫌い?」

「す、好きっ」

「……おっ、いいね。じゃあ夕飯はグラタン食べよう」



 そんなに何回も食べたことがあるわけじゃないけど、グラタンは施設で出てくるご馳走だった。思わず食いついてしまうと、まきさんが瞳が見えなくなるくらい目を細めて笑った。







「わたるさん、どうぞ召し上がれ」

「…………っ!」

「どうした?熱いの食べられない?」



 首を振って、違うのだと伝える。感動で、言葉が出てこない。まさか、グラタンを自分で作れる人がいるなんて。一口食べて、口元を押さえて涙ぐめばそれは心配もされるだろう。早く言葉で伝えなければとグラタンを飲み込んで、わたるはようやく感動を言葉で表した。



「美味し、すごく美味しいです」

「そっか良かった」

「今まで食べたなかで、一番美味しい……」

「こんなので良かったら、いつでも作ってあげる」

「……また来てもいいの?」



 当たり前でしょ、いつでもおいでとテーブルの向こうから伸びてきた手が、くしゃりとわたるの頭を撫でた。



「(あぁ、こんなに優しくされたら好きになっちゃう)」



 心の中で悶えると、真樹がいいよと言った。



「わたるさん、俺のこと好きになって?」

「………ひゃぁあああっっ!!おれ何言ってっ??気持ち悪いこと言って、ご、ごめんなさいっ、」



 心の中で呟いたはずの言葉が声になって出てしまっていた。



「気持ち悪くなんてない。わたるさん、俺はとっくにわたるさんのことが好きだ」

「えっ?」

「俺のことも、気持ち悪い?」



 首を横に振って必死に伝える、気持ち悪くなんてない。



「俺はわたるさんのこと、好きだよ」



 優しい手がわたるの頭を撫で続けていた。



「わたるさんに俺のことを好きになってもらいたいし、わたるさんのことをもっと知りたい」



 優しい手は、わたるの頬を撫でていた。湿った指先が眉や目元や、唇をたどる。

 くすぐったいような、もっとたくさん触れてほしいような。思い切って視線を上げれば、真樹の瞳がじっとわたるを見ていた。



「あの、おれ、こういうの全然慣れてなくて。嬉しいんだけど、すごく、緊張して、ます」



 ふっと笑った真樹が、俺もと言ってテーブルの向こう側から身体を伸ばして、わたるの鼻の頭にチュッとキスをした。



「ふぁっ、」

「俺も緊張してる、見てよ手汗すごいんだから」



 わたるの手に握らされた真樹の手は、たしかにしっとりと汗ばんでいた。緊張しているのが自分だけではないとわかって、わたるの緊張も少しだけほぐれた。

 節くれだった長い指をした真樹の手は、手のひらも大きくて厚くてごつごつしている。自分の手とはまったく違う男らしい手を、わたるは珍しい気持ちで眺めていた。左手の小指の第二関節が少しだけ曲がっているのに気づいて触れてみれば、真樹が気づいた。



「これね、昔スポーツやってて骨折してた」

「骨折……してたって」

「うん、試合中で。痛って思ったら曲がってて、慌てて引っ張って伸ばして試合続行」

「何のスポーツやってたの?」

「ラグビー、俺はスクラム組まない走るの専門だったけどね」



 もしかして今もそんな危険なスポーツをやっているのかと真樹を見れば、大学卒業でおしまいだよと苦笑された。わたるさんはスポーツしないの?と聞かれて、中学と高校の頃はサッカー部にいたけど補欠だったと答える。



「かっこよかっただろうね、わたるさんのサッカーする姿は」

「ぜんぜん、そんなことない。ボールを持つとプレッシャーに弱いからすぐ取られちゃうし。試合に出たことないから、マネージャーみたいなもんだった」

「ははっ、優しいんだ」

「そういうんじゃない、から」



 たぶん顔が真っ赤になっているんだろうが、真樹はそこには触れずにグラタン熱いうちに食べちゃおうか、とだけ言った。

 こくりと頷いてフォークを口に運ぶ。ツーっと伸びたチーズが唇のところでパチッと切れると、唇にくっついた。もぐもぐと咀嚼してから唇をぺろりと舐めると、美味しそうだねぇと真樹が頬を緩めていた。

 うんうんと頷きながら美味しいですと答えれば、美味しそうなのはグラタンじゃなくて、わたるさんだと言われてしまった。



「味見、したいなぁ」

「………」

「駄目?まだ早い?」

「ダメじゃ、ないけど……」



 恥ずかしいから、という言葉をグラタンを口に入れることで、一緒に飲み込んでしまう。わたるだって真樹に会うために走っていたくらいだ、最初に挨拶を交わした日に一目惚れしているのだから、好意を寄せられて嫌なわけがない。



 でも、とわたるは躊躇してしまう。こんないい年をして恋愛の経験がないのだと、告白できるだろうか。人に気を使い過ぎるあまり、誰とも深く付き合うことができなかった。こんなことなら、どこかで誰かと遊んでおくのだったと、おかしな方向に後悔をし始めるわたるである。











 無言になって、それでもグラタンを黙々と食べるわたるを見て、真樹はそっと息をついた。赤面症で初心なのかと思えば、こちらがドキリとするくらい色っぽい仕草をしてみせる。

 先ほどはてっきり誘われているのだと思ってノッてみれば、すっと引かれてしまった。言い方か何かが気に入らなくて気を悪くしたのだろうかと、大きく口を開けて真樹はグラタンを口に入れた。



 食べ終わり一緒に食器を片付けても、わたるは怒っている風には見えない。どちらかというと真樹の様子を見ながら、気を使って動いているような感じである。

 向こうから近づいてくるから手を伸ばせば、すっと逃げてしまう。まるで臆病な野生動物だ、と真樹は思った。これは逃げられないように、もっと懐なつくまでしっかりと囲い込まないといけない。



 決意を新たにしていると、真樹のスマートフォンが鳴った。ワンコールで出れば、今朝の彼は大丈夫そうだったか?と聞かれた。仕事終わりに気にかけて連絡を入れてくれたらしい。



「わたるさん、今朝の義兄からだけど気分は悪くないかって」

「あ、大丈夫です、目まいも痛みもありません」

「目まいも痛みもないって、あぁそうだよ、あぁうん。わかった、サンキュ」



 じゃまた、と電話を切ると真樹は笑顔をわたるに向けた。



「わたるさん、先生からの指示で今夜はうちに泊まってもらうから」

「……えっ?」

「頭を怪我した人って、後で後遺症が出たりすることがあるんだって。24時間は気を付けた方がいいっていうから仕方ないよね」

「え、えっ?」

「ちょっと俺、電話してくるから楽にしてて?」



 鼻歌を歌いながら真樹は短い廊下の方へ移動した、扉がパタンと閉まると人間一人分、急に静かになる。わたるは電話を掛けるのなら一応、とテレビの音量を少し小さく下げておいた。



 えぇ、すみません。友人が頭を打ちまして、医師からの指示で明日まで様子を見るという話で、えぇはい、それは大丈夫です。はい、よろしくお願いします、失礼します。

 真樹は会社に連絡を入れているのだろう、自分のために二日間も会社を休ませてしまってもいいのだろうか。



(今夜はまきさんの家に泊まりだなんて)



 嬉しいような、恥ずかしいような。身体の中がムズムズするような気がして、わたるはソファーの背もたれに抱きついて足をバタバタさせた。戻ってきた真樹が、何カワイイことしてんのわたるさんと言うまで、わたるは気づかず一人でじたばたしていたのだった。







 泊まるのならば歯ブラシが必要だが、あいにくストックはない。早めに夕食を摂ったが、わたるは一日緊張して疲れているのだろう、小さな欠伸あくびを繰り返している。ちょっとコンビニに行ってくるからと言いおいて、真樹はサンダルを履いて外に出た。家の鍵をカチャリと回すと、エレベーターではなく階段を軽い足取りで降り始めた。



 コンビニで歯ブラシを買うついでにカップアイスを4つ買う。濃厚で美味しいアイスだが、わたるの好みがわからないので置いてある全種類を買った。

 誰かの待つ部屋に帰るのはいつぶりだろうか、階段を上がり家の鍵を差し込みカチャリと回す。そっと部屋へ入れば、わたるは起きていて顔をほころばせておかえりなさいと言った。



「ただいま……アイス食う?」

「アイス!食べたい!」



 やはり甘いものが好きだったようだ、好きなの選んでとアイスを渡せば真剣な顔で悩みだした。



「まきさんはどれが好き?」

「俺はどれでもいいよ、わたるさんが好きなの選んでよ」

「おれはこのアイス食べたことないから。どれでも嬉しい」



 じゃあこれとこれを今食べて、明日はこっちを食べようと提案すればわたるは顔を輝かせた。



「わたるさんこれも一口食べてみなよ、美味しいよ」

「ありがとう」







 スプーンで大きくすくったアイスをわたるの唇へと持っていけば、素直に口を開いた。薄目でパクっと食いついて、美味しいぃと悶えている。真樹は自分もアイスを口に入れて冷たさと濃厚な甘さを楽しむ。



「そんなに美味しいなら、もっとあげる」



 スプーンですくったアイスをもう一度持っていけば、わたるは先ほどと同じように薄目になって口を開けた。アイスを口の中でとろけさせ満足そうなわたるの唇をチュッとついばんで、ついでにぺろりと舐めた真樹は、ほらやっぱり甘くて美味しいと呟いた。



 わたるは何が起こったのかわからないのか固まっているが、アイスをもう一口持っていけば、仕掛け人形のように口を開いた。目を大きく見開いたままアイスを溶かし食べ終えたのだろう、ええぇ!と驚く声がわたるの口から飛び出した。



 ギギギ、と音が聞こえそうな動きで、わたるが真樹を見る。アイスの乗ったスプーンを構えていた真樹が嬉しそうな顔で、わたるさんアイスと言ってスプーンを差し出した。

 反射的にアイスを口に受け入れたわたるの閉じた唇に、真樹がまた軽くチュッと唇を重ねて、ごちそうさまと微笑んだ。


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