もう随分昔の話

コーヤダーイ

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自我の目覚めの時

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 自我の目覚めの時、それは覚醒する。毎回、必ず。



 過去の膨大な記憶、俺の愛した、たった一人の獣。

 俺たちは何の因果か、絆で結ばれ、いつどこで生まれても再び出会ってきた。







 一番最初に獣に出会ったのは、どこか大きな町の貧民街だ。



 獣の耳と尻尾を持った小さな子供が、道端で身体を傷だらけにして犯されてるのを見て、気分が悪いと相手を斬った。

 俺は虫の居所が悪くて、子供の叫ぶ声が耳障りだっただけ、たまたまだ。



 ボロきれをまとった獣の子が、黙って俺を見ていた。

 大きな瞳は不思議なくらい澄んでいて、俺はつい、その瞳の奥を覗き込んでしまった。

 ずっと奥まで覗きすぎたことに気づき、目を反らし歩き出したが、獣の子は無言で俺のあとを付いてきていた。



 俺は流しの旅人だ、刀で斬れるものなら、なんでも仕事を請け負う。

 昔からどこにいても、何をしていても、自分がいるべきはここではない、という焦燥感にかられていた。

 成人してからは、刀一本でひとつの場所に長居はせずに、放浪を続けている。



 宿に泊まり出かけようとすると、獣の子が暗がりから転げ出てきた。

 もうとっくにいなくなっているだろうと思っていたが、歩き出せば無言で付いてくる。



 俺は宿で出た朝食の残りを、切れ込みを入れた硬いパンに、はさんで持っていた。

 腹が減ったら食うつもりだったそれを、獣の子へと投げた。







 俺が付いてくるなと言っても、町を出てどこへ行こうと、獣の子は付いてきた。



 仕方がないから、草と木ばかりの道の脇で星の下眠るときには、火を起こして、そばへ呼んだ。

 野宿のときには、火のそばにいるのが最も安全で、見知らぬ旅人同士でも同じ火を分かち合うことは、旅する者の心得だったからだ。



 火のそばで丸まって寝る獣の子は、ボロきれをまとって、とても幼くて、汚れていて臭った。

 明日、汚れものを洗うついでに、こいつを川で洗うか、と決心して俺も横になった。



 川で身ぎれいにした獣の子を見て、俺は後悔した。

 ボロきれを巻いて、汚れて臭い方が、何倍もマシだった。

 汚れの落ちた獣の子は、それほど美しかったからだ。



 適当に布を巻いて歩かせ、近くの町で服を買い、着せようと振り返ると、子供はいなかった。

 男たちに口をふさがれて、さらわれていたのだ。



 ようやく探し出した俺の前で獣の子は、俺が余った食べ物をくれてやってるから、ようやく子供らしくふっくらしてきた身体を、男たちに犯されていた。



 貴様ら、なにしてやがると俺はすべて斬った。

 俺の薄くて硬い片刃の刀は、よく切れる。

 息のある者もない者も、すべてのイチモツを俺はそぎ落とした。



 獣の子を抱いて町を出て、川へ向かい、ゴシゴシと俺は洗った。

 せっかくきれいにしたのにと、なんだかやるせない気持ちになりながら、獣の子に泥を塗らせた。

 獣の子は何をされても無言のままだった。



 耳は聞こえているようだが、こいつはたぶん言葉を話せないんだろう。

 俺は夜になると、ときどき獣の子に独り言を聞かせるようになった。







 旅をするうちに、獣の子が成長していくのが、楽しみになっていた。



 食べる量が増え力がつき、ふっくらして身長も伸びた。

 俺の言うことは何でも聞くから、読み書きを覚え、簡単な数の計算もこなせるようになった。



 ただ、まったく目を離せない。

 どんなに泥を塗って粗末な服を着せても、獣の子は美しすぎた。

 マントをつけてフードをかぶせていても、世にも珍しい性愛玩獣の子は、怪しげな輩に狙われた。



 声を上げて叫ぶことはできるのだから、助けを求めればいいのに、獣の子は襲われても、毎回無言だった。

 俺の後ろを歩かせるから、襲われても気づきにくいのかと思い、隣を歩くように教えた。



 そうして初めて、俺の歩幅では獣の子はどんどん遅れて、距離があくと小走りで付いてきていたのだと知る。

 隣を気にかけるように歩くようになった俺を、たまに獣の子が見上げながら歩く。

 俺も視線を受けて、たまにその顔を見る。



 獣の子は相変わらず無表情で、一言も話さない。







 野宿のときには、火のそばで一緒に寝たし、宿を取れば同じ寝台で共寝をした。



 俺は子供に興味がないから、性的なことは一切ない。

 獣の子は獣の子で、俺を抱き枕とでも思っているのか、目が覚めると俺はいつもしがみつかれていた。

 最初は寝返りを打つのも、つぶしそうで怖かったが、そのうち身体の横に自分より高い体温がしがみつくことにも、慣れた。



 そんな感じで、俺たちの旅は長いこと続いた。







 どうしてだ、と俺が叫びたいくらい、獣の子は狙われた。



 今回の町ではちょっと厄介で、町の裏を牛耳る男に、目をつけられたらしい。

 斬っても斬り捨てても、沸くように出てくる輩に、俺もさすがに疲れて片膝をついた。



 自慢の刀は刃こぼれし、ツカのところは緩んでグラグラ動いた。

 道は行き止まりで、背中には獣の子をかばっている。



 前方から走って近づく幾人かの足音が聞こえ、俺は刀を支えにして、よっこいしょと立ち上がった。

 動くなよ、と獣の子に言い聞かせて、向かってくるすべてを斬った。

 刀は血を吸いすぎて、いつもの切れ味を失い、ガツガツと叩き斬るしかない。



 最後はもう立ち上がるのも面倒で、このまま目をつぶって意識を手放したいと思ったが、支えにしている刀を握る汚れた手を、獣の子に舐められ、俺は自分のやるべきことを思い出した。



 ようやく追っ手を巻き、新しい刀を手に入れて俺たちは町を出た。



 町を出るときに、俺は初めて獣の子に、行くぞと言った。

 俺なんかと来るなんて、馬鹿のすることだぞと言ったのは照れ隠しだ。



 獣の子の尻尾が揺れ、唇が笑みの形をとった。







 獣の子がようやく成人した。



 俺は放浪することをやめ、町から少し離れた森に近い場所へ終の棲家を手に入れた。



 美しい性愛玩獣へと成長した獣の子は、成人したことで毎夜俺を寝かせなくなった。

 どんなに言葉を重ねるよりも、雄弁に語るその瞳でじっと見つめられれば、その愛を間違えることなどありえない。



 ある夜、俺をくれてやる、欲しがりなやつめと言うと、成人した獣は初めて言葉を発した。



「永遠に離さないから、覚悟して」



 それは獣の知る、唯一の誓いの言葉で、古の魔法の言葉だった。



 白い星がまたたき、臨むところだと、俺は笑った。







 もう随分昔の話だ。









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