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42宗主
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ムスタが歓迎会という名の夕食後に占星の儀式は明日にでもどうかと言えば、次代カシュパルはではそのようにと頷いた。
「わしはそなたに譲位した18年前から、宗主はそなただと思っておる」
「ムスタファ様……ムスタファ様……ありがたいことでございます」
肩に置かれたムスタの手を自らの手で包み込んで、次代カシュパルは頬を擦り寄せた。一体星森はどうしてしまったのだろうかとムスタは訝しみつつ、ひとまずカシュパルの好きにさせておく。今ここで波風を立てて明日の儀式に支障があっては困るのだ。
夕食会の後には旅の疲れを癒さねばならぬからと、ムスタとクラースは早々に部屋へと戻っていた。ムスタにはカシュパルがべたりとくっついて離れないし、クラースに至っては様々な獣人が文字通り群がってきた。二人して身の危険を感じたため部屋に籠ることにしたのだが、クラースの部屋の扉を叩き続ける者が引きも切らずとうとうたまらずムスタの部屋へと避難させてもらうことにした。
ムスタが浴室を使っているうちに柔らかい絨毯に転がったクラースは、頭まで薄布を被って今夜はさっさと寝てしまおうと目を閉じた。慣れぬ国での緊張もあったのかすっと眠りに落ちたクラースだったがふいに良い香りがし、薄布ごと誰かに優しく抱きしめられて目を覚ました。
薄布をまくって顔を見せれば、横になった身体に添うように身体を横たえたサキがいた。
「……サキか?ムスタは浴室使ってんぞ」
「……あ……ごめんね、寝てるとこ起こして。間違えちゃった」
「いや、いいけど。役得」
「ふふっ、そう?」
星森の押しの強い獣人たちとは違うサキのふわりとした佇まいに心がほっとする。しばらくそのままで他愛もない話をしていれば、浴室から出てきたムスタが何とも言えぬ表情で二人を眺めていた。
「仲がいいことじゃのう」
「ふふっ、そうだよ」
ムスと間違えちゃったのと湯上りのムスタに抱きつくと、軽く口づけをして僕は花畑で寝るからまた明日、とサキはそのまま消えてしまった。
ここの獣人たちの精気はサキにとっては毒のようなものでしょうから、とあっさり消えたサキに寂しそうなムスタをなぜか慰めることになったクラースである。
朝になってみるとムスタファ宗主の元で占星の儀式を執り行うとあって、星森は活気に満ちていた。儀式を行う洞窟は広いので多くの人が見学することができるようになっている、それでもあぶれては大変と洞窟前に列をなす獣人たちもいるようだ。
クラースとマティアスもヴァスコーネス王国代表として参列するため、柱の傍の隅へとしっかりと場所を確保した。サキの転移は外から見えぬよう、魔法師たちのマントが覆うように立ちふさがる手はずとなっている。
柱に手を触れるか触れないかの位置で止めたマティアスが、片手は顎に当て眉を寄せて考え込んでいる。少しだけ首を傾げたマティアスが顎から外した手を軽く空中で回せば、いくつもの魔法陣が浮かび上がる。
「クラース、この辺りに結界を張る、サキを呼ぶぞ」
呼び寄せの魔法をサキに向ければ白い花の香りをまとって、黒いマントのフードを深く被ったサキが現れた。
「うわっ、何これ。ひどいね」
「やはりそうか」
「うん、何ていうか……真似させようとした出来損ない?」
「うむ、巧妙に隠されて昨日は気付かなかったのだが」
「僕には気持ち悪いだけだけど。……じゃあこれが狙いってことなのかなあ」
「かもしれん」
いつものようにクラースは説明がもらえるまで静かに待つ。結界を張っているため誰かが入ってきても問題はないはずだが、どうにもそわそわと落ち着かず何度も入口付近を確認してしまう。
「クラースはどう?何か体調がおかしいとかない?」
「え、俺?んー、落ち着かない感じはするけど体調は特には」
「やはり長期間に渡って徐々に作用するよう仕掛けられているのだろう」
「そっかー、しっかり核まで壊さないといけないなあ」
「柱をすぐ消すのはまずいだろう、折りを見て破壊するまでは封印でも施しておくか」
「はーい」
ムスタに報告しておくとマティアスが言うので、結界は解除して一旦マティアスのいる部屋へと向かう。サキだけは花畑経由でムスタの部屋へと直接飛ぶようマティアスから指示が出る。
クラースとマティアスが徒歩でマティアスの部屋へと向かい扉を叩こうと手を上げると、部屋の中から無理に抑えた獣のようなかすかな息遣いが聞こえてきた。クラースが扉に手を掛けるが内鍵が掛かっているようで開かないが隣の部屋の扉はクラース用に貸し出された部屋である、クラースは与えられた鍵を差し込み部屋へと入った。
続きの間の扉を開けばそこには鼻につくような香が焚かれ、口に布を噛まされ手足の自由を奪われたムスタが衣服を剥かれ次代カシュパルに襲われている図があった。
「いっそ放っておくか」
「いやいや、まずいでしょ。助けないとサキが怒りますよ」
「僕が怒るって?」
「………」
「あ、いや……」
マティアスとクラースを目標に飛んだのだろう、サキが部屋へ目を向ければそこには愛しい男が次代カシュパルに圧し掛かられているのが見えた。瞬間的にサキの手からおそらく魔法が放たれたのだろう、びくりと身体を震わせて次代カシュパルの体重を支えていた両腕が力を失い、全体重をムスタへと預けた。
「父さん、父さんとクラース二人だけに結界を。どちらかムスに触れていて、このまま花畑に飛びます」
サキは冷静に指示を出すと一気に5人で花畑へと飛んだ。
強い魔素に中てられてムスタが一瞬で正気に戻ると、サキが素早く結界を施した。クラースが次代カシュパルの身体を押しのけて、ムスタの拘束を解いていく。次代カシュパルはムスタに盛ったもののその身体を解しきれなかったのか、待ちきれなかったのか。ムスタへと挿入するまでには至らずどうやらムスタの腿の付け根へと己を擦り付けていたようである。それでも射精は済ませたのだから本懐は遂げたというべきであろうか。
「突然無理やり犯されるという恐ろしさがよくわかった」
サキがムスタに浄化を施すと、開口一番ムスタがため息をついた。
「他は無事?怪我はない?」
サキがしきりとムスタの髪を梳いて首元を確認している。
「あぁ、噛まれてはおらぬ」
「ごめんムス、一人にして。何があったの?」
ムスタが言うにはクラースがマティアスと出掛けた直後、食後の飲み物を持ってきた獣人がいたのだという。夕べも見た者であったし飲みなれた茶の匂いにおかしいとも思わず口にすれば、即効性の痺れ薬だったようですぐに身体が痺れて動けなくなったそうだ。
茶を持ってきた獣人が再び部屋へと来て窓を閉め香炉を置き、ムスタを手早く拘束したのだという。あとは次代カシュパルが入って来て内鍵を閉めたという話である。
ムスタの衣服は所々破れておりサキが『空間』から予備の服を出して着替えを手伝う間に、呻きながら次代カシュパルが正気を取り戻したようであった。
このまま亡き者にするかと真顔で言い切るマティアスに、サキは緩く首を横に振って浄化と結界を施した。
「……ここは……?ムスタファ様……ではあなたがムスタファ様の番……私はなぜあのような……」
おかしくなってはいても記憶は残っているのだろう、力なく項垂れた次代カシュパルが両手で顔を覆った。やがて何かを決意した様子で顔を上げた次代カシュパルは、きっぱりと死を口にした。
「恥を晒して生きるわけには参りません、死で償いを」
「待ってください、死ぬ勇気があるのなら僕たちに協力を」
「……協力?」
「星森の国を正常に戻します、あなたの力も必要です」
結局終わってみればわかったことは、星森にかつていたと思われる魔族がおそらく星森の獣人たちが数を徐々に減らしていくのを杞憂し、魔族の力を模倣してわずかばかりの淫靡な雰囲気を流し続ける仕組みを作ったことが原因であったと思われる。
魔族というものは元々強い純粋な魔素から生まれることがラミにより知らされている。憶測にすぎないが魔族たち自身には通常出産というものはないから、獣人たちの数が減った理由が閨に籠る頻度を高めれば子が増えて問題も解消される、とでも考えたのではないだろうか。
ほんのわずかな瘴気のようなものである、だが長い年月を掛けてこの土地に澱のように淫靡な毒気が溜まっていったのだろう。長く毒素に晒された者が次第に毒され、次いでその者たちが育てた若い者が毒されていく。
魔族が読み間違えたのは、そもそも近親婚を繰り返すことによって出生率が低下し種の存続が難しくなったというのを理解できなかったことにあるだろう。気づいた獣人たちが外の血を受け入れ拡げていこうとしたときに、すでに雌種は数少なかったのである。
半獣人たちや自由を好む獣人たちは閉鎖的な星森よりも人間の暮らす街へと出て行き、結局星森に残ったのは外の世界へは出られない者たちばかりであった。
そこで起こった反乱で一層数を減らした星森の民たちは淫靡な毒気に少しずつ染まっていき、現在の在り方に誰も疑問を持たぬ国となってしまったというわけである。
正気を失うわけではない、人々の心が常に淫靡な雰囲気に中てられているだけだから余計に質が悪かった。一つの国をまるで大きな娼館のように仕立ててしまった古い仕組みなど、やはり壊してしまうべきであろう。
正気に戻った次代カシュパルが了承し、占星の儀式を行う代わりにマティアスの手によって占星の珠は封印され、柱は破壊された。
祭りのように熱気に浮かされていた星森の民も、これからは占星に頼ることなく自分たちの力で生きていけば良いというムスタの言葉と共に、再び正式にカシュパルが宗主とする儀式だけを執り行えばやがて徐々に落ち着いていった。
サキは数日かけて星森の民を少しずつ花畑へと連れて飛び、正気に返れば戻ってくるを繰り返した。毎夜くたくたになったサキは一人花畑で眠り、朝になるとマティアスの呼びかけに応じてやって来る。
最後の星森の民数人を正気にして戻ってきたサキは、ややぐったりとこれで終わりだあと呟いた。くたりとしたサキをようやく胸に受け止めて、ムスタは感謝すると言って抱き締めた。
星森を出立する朝ムスタは軽くそれではの、と挨拶しヴァスコーネス王国へと発っていった。それを笑顔で見送った宗主カシュパルの顔は晴れ晴れとしていた。
ヴァスコーネス王国まであと少しという町で一度休憩をとることにした。ルカーシュも星森でサキに花畑へと連れて行かれ正気に戻っている。クラースに連れられたルカーシュは馴染みのある長屋の前にいた、この玄関扉には見覚えがある。ルカーシュは我知らず首へと手をやっていた、もちろん今は首に何もついてはいない。
「お前の罪はすでに許された。お前自身で人生を決めていい、どうする?ルカーシュ」
クラースに尋ねられたルカーシュは下唇を噛んで目に浮かぶものを堪えた、下を向けばぽたりぽたりと涙が地面に跡をつけた。
ぐいと目元を服の袖で乱暴に拭うと、ぐっと顔を持ち上げてルカーシュは決めました、とクラースに言った。答える代わりにクラースが頷けば、ルカーシュは玄関扉を強めに叩いた。
どたどたと中から走る音が聞こえて扉がやや乱暴に開けられた、中から出てきたのはリボルという名の悪人面した冴えない中年男である。
「……ルカーシュ……」
「リボル、ただいま……」
扉を押さえたリボルという中年男は、まさかとつぶやいたきり固まっている。ルカーシュはクラースに頭を深く下げた、クラースは頷いて軽く手を上げると元気でなと笑って立ち去った。
「ね、家に入ってもいい?」
ルカーシュが聞けば、リボルという中年男は何やら返事らしきものを呻いて脇にどいた。ルカーシュが家に入り、家の中が汚いと顔をしかめるとようやく動き出した。
「許してくれるって、自由に生きていいって言われて。俺自分で選んだんだ」
「こんな薄汚い男のところでいいってのかよ……」
「いいんだよ、リボル。あんたがいいんだ、ただいま」
「……ルカーシュ……おかえり」
ルカーシュはこの上なくきれいな笑顔を、リボルにだけ見せた。
「良かったのか?」
「うん、もちろん」
長屋の方から戻ってきたクラースがサキに問う、物陰から様子を見ていたのだが上手くいった様子にサキもにこにこしている。最初からこうなってほしいとヴァスコーネス王国を発つ前にサキはエーヴェルトに頼んでいたのだ。
隷属の首輪を持っていた男ではあるが、男が犯罪を犯したのはヴァスコーネス王国内ではない。ルカーシュの犯した罪の方が重いとエーヴェルトはサキを諭したのだが、被害にあったサキ自身の望みであれば叶えないわけにはいかなかった。
「これからどうなるかは二人次第だけど、幸せになってほしいなあ」
「そうだな」
「クラースも無理を聞いてくれていつもありがとう」
「何言ってんだよ、今さらだろ?」
「あはっそうだった」
サキとクラースの明るい笑い声が小さな町に響いた。
「わしはそなたに譲位した18年前から、宗主はそなただと思っておる」
「ムスタファ様……ムスタファ様……ありがたいことでございます」
肩に置かれたムスタの手を自らの手で包み込んで、次代カシュパルは頬を擦り寄せた。一体星森はどうしてしまったのだろうかとムスタは訝しみつつ、ひとまずカシュパルの好きにさせておく。今ここで波風を立てて明日の儀式に支障があっては困るのだ。
夕食会の後には旅の疲れを癒さねばならぬからと、ムスタとクラースは早々に部屋へと戻っていた。ムスタにはカシュパルがべたりとくっついて離れないし、クラースに至っては様々な獣人が文字通り群がってきた。二人して身の危険を感じたため部屋に籠ることにしたのだが、クラースの部屋の扉を叩き続ける者が引きも切らずとうとうたまらずムスタの部屋へと避難させてもらうことにした。
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「……サキか?ムスタは浴室使ってんぞ」
「……あ……ごめんね、寝てるとこ起こして。間違えちゃった」
「いや、いいけど。役得」
「ふふっ、そう?」
星森の押しの強い獣人たちとは違うサキのふわりとした佇まいに心がほっとする。しばらくそのままで他愛もない話をしていれば、浴室から出てきたムスタが何とも言えぬ表情で二人を眺めていた。
「仲がいいことじゃのう」
「ふふっ、そうだよ」
ムスと間違えちゃったのと湯上りのムスタに抱きつくと、軽く口づけをして僕は花畑で寝るからまた明日、とサキはそのまま消えてしまった。
ここの獣人たちの精気はサキにとっては毒のようなものでしょうから、とあっさり消えたサキに寂しそうなムスタをなぜか慰めることになったクラースである。
朝になってみるとムスタファ宗主の元で占星の儀式を執り行うとあって、星森は活気に満ちていた。儀式を行う洞窟は広いので多くの人が見学することができるようになっている、それでもあぶれては大変と洞窟前に列をなす獣人たちもいるようだ。
クラースとマティアスもヴァスコーネス王国代表として参列するため、柱の傍の隅へとしっかりと場所を確保した。サキの転移は外から見えぬよう、魔法師たちのマントが覆うように立ちふさがる手はずとなっている。
柱に手を触れるか触れないかの位置で止めたマティアスが、片手は顎に当て眉を寄せて考え込んでいる。少しだけ首を傾げたマティアスが顎から外した手を軽く空中で回せば、いくつもの魔法陣が浮かび上がる。
「クラース、この辺りに結界を張る、サキを呼ぶぞ」
呼び寄せの魔法をサキに向ければ白い花の香りをまとって、黒いマントのフードを深く被ったサキが現れた。
「うわっ、何これ。ひどいね」
「やはりそうか」
「うん、何ていうか……真似させようとした出来損ない?」
「うむ、巧妙に隠されて昨日は気付かなかったのだが」
「僕には気持ち悪いだけだけど。……じゃあこれが狙いってことなのかなあ」
「かもしれん」
いつものようにクラースは説明がもらえるまで静かに待つ。結界を張っているため誰かが入ってきても問題はないはずだが、どうにもそわそわと落ち着かず何度も入口付近を確認してしまう。
「クラースはどう?何か体調がおかしいとかない?」
「え、俺?んー、落ち着かない感じはするけど体調は特には」
「やはり長期間に渡って徐々に作用するよう仕掛けられているのだろう」
「そっかー、しっかり核まで壊さないといけないなあ」
「柱をすぐ消すのはまずいだろう、折りを見て破壊するまでは封印でも施しておくか」
「はーい」
ムスタに報告しておくとマティアスが言うので、結界は解除して一旦マティアスのいる部屋へと向かう。サキだけは花畑経由でムスタの部屋へと直接飛ぶようマティアスから指示が出る。
クラースとマティアスが徒歩でマティアスの部屋へと向かい扉を叩こうと手を上げると、部屋の中から無理に抑えた獣のようなかすかな息遣いが聞こえてきた。クラースが扉に手を掛けるが内鍵が掛かっているようで開かないが隣の部屋の扉はクラース用に貸し出された部屋である、クラースは与えられた鍵を差し込み部屋へと入った。
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「………」
「あ、いや……」
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「突然無理やり犯されるという恐ろしさがよくわかった」
サキがムスタに浄化を施すと、開口一番ムスタがため息をついた。
「他は無事?怪我はない?」
サキがしきりとムスタの髪を梳いて首元を確認している。
「あぁ、噛まれてはおらぬ」
「ごめんムス、一人にして。何があったの?」
ムスタが言うにはクラースがマティアスと出掛けた直後、食後の飲み物を持ってきた獣人がいたのだという。夕べも見た者であったし飲みなれた茶の匂いにおかしいとも思わず口にすれば、即効性の痺れ薬だったようですぐに身体が痺れて動けなくなったそうだ。
茶を持ってきた獣人が再び部屋へと来て窓を閉め香炉を置き、ムスタを手早く拘束したのだという。あとは次代カシュパルが入って来て内鍵を閉めたという話である。
ムスタの衣服は所々破れておりサキが『空間』から予備の服を出して着替えを手伝う間に、呻きながら次代カシュパルが正気を取り戻したようであった。
このまま亡き者にするかと真顔で言い切るマティアスに、サキは緩く首を横に振って浄化と結界を施した。
「……ここは……?ムスタファ様……ではあなたがムスタファ様の番……私はなぜあのような……」
おかしくなってはいても記憶は残っているのだろう、力なく項垂れた次代カシュパルが両手で顔を覆った。やがて何かを決意した様子で顔を上げた次代カシュパルは、きっぱりと死を口にした。
「恥を晒して生きるわけには参りません、死で償いを」
「待ってください、死ぬ勇気があるのなら僕たちに協力を」
「……協力?」
「星森の国を正常に戻します、あなたの力も必要です」
結局終わってみればわかったことは、星森にかつていたと思われる魔族がおそらく星森の獣人たちが数を徐々に減らしていくのを杞憂し、魔族の力を模倣してわずかばかりの淫靡な雰囲気を流し続ける仕組みを作ったことが原因であったと思われる。
魔族というものは元々強い純粋な魔素から生まれることがラミにより知らされている。憶測にすぎないが魔族たち自身には通常出産というものはないから、獣人たちの数が減った理由が閨に籠る頻度を高めれば子が増えて問題も解消される、とでも考えたのではないだろうか。
ほんのわずかな瘴気のようなものである、だが長い年月を掛けてこの土地に澱のように淫靡な毒気が溜まっていったのだろう。長く毒素に晒された者が次第に毒され、次いでその者たちが育てた若い者が毒されていく。
魔族が読み間違えたのは、そもそも近親婚を繰り返すことによって出生率が低下し種の存続が難しくなったというのを理解できなかったことにあるだろう。気づいた獣人たちが外の血を受け入れ拡げていこうとしたときに、すでに雌種は数少なかったのである。
半獣人たちや自由を好む獣人たちは閉鎖的な星森よりも人間の暮らす街へと出て行き、結局星森に残ったのは外の世界へは出られない者たちばかりであった。
そこで起こった反乱で一層数を減らした星森の民たちは淫靡な毒気に少しずつ染まっていき、現在の在り方に誰も疑問を持たぬ国となってしまったというわけである。
正気を失うわけではない、人々の心が常に淫靡な雰囲気に中てられているだけだから余計に質が悪かった。一つの国をまるで大きな娼館のように仕立ててしまった古い仕組みなど、やはり壊してしまうべきであろう。
正気に戻った次代カシュパルが了承し、占星の儀式を行う代わりにマティアスの手によって占星の珠は封印され、柱は破壊された。
祭りのように熱気に浮かされていた星森の民も、これからは占星に頼ることなく自分たちの力で生きていけば良いというムスタの言葉と共に、再び正式にカシュパルが宗主とする儀式だけを執り行えばやがて徐々に落ち着いていった。
サキは数日かけて星森の民を少しずつ花畑へと連れて飛び、正気に返れば戻ってくるを繰り返した。毎夜くたくたになったサキは一人花畑で眠り、朝になるとマティアスの呼びかけに応じてやって来る。
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ぐいと目元を服の袖で乱暴に拭うと、ぐっと顔を持ち上げてルカーシュは決めました、とクラースに言った。答える代わりにクラースが頷けば、ルカーシュは玄関扉を強めに叩いた。
どたどたと中から走る音が聞こえて扉がやや乱暴に開けられた、中から出てきたのはリボルという名の悪人面した冴えない中年男である。
「……ルカーシュ……」
「リボル、ただいま……」
扉を押さえたリボルという中年男は、まさかとつぶやいたきり固まっている。ルカーシュはクラースに頭を深く下げた、クラースは頷いて軽く手を上げると元気でなと笑って立ち去った。
「ね、家に入ってもいい?」
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「いいんだよ、リボル。あんたがいいんだ、ただいま」
「……ルカーシュ……おかえり」
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「良かったのか?」
「うん、もちろん」
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「これからどうなるかは二人次第だけど、幸せになってほしいなあ」
「そうだな」
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「あはっそうだった」
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桜
BL
戦時中のある日、特攻隊として選ばれた私は友人と別れて仲間と共に敵陣へ飛び込んだ。
死を覚悟したその時、光に包み込まれ機体ごと何かに引き寄せられて、異世界に。
そこは魔力持ちも世界であり、私を番いと呼ぶ物に囲われた。
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