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6.二つの願い
しおりを挟む「ジル姫」
リナ姫と別れた後、騎士ライトはいつものように庭園へとやってきました。
そしてジル姫の姿を見つけるなり、笑みを浮かべながら声をかけます。
……しかし、すぐに彼女の様子がおかしい事に気づきました。
「……姫?」
騎士ライトが来たことに気づいていないのか、真っ青な顔をしたままうつむいているのです。
今にも泣き出しそうなその表情に、騎士ライトは驚いて駆け寄りました。
「何かあったのですか!?」
「……ッ、」
ジル姫は一瞬体を強ばらせると、目を合わせる事なくただ小さく首を横に振りました。
……何もない訳がありません。
それは誰の目から見ても明らかです。
騎士ライトは、先ほどリナ姫が庭園に来たと言っていた事を思い出しました。
「……リナ姫と、何かあったのですか?」
ジル姫の肩をソッとつかみ、その顔を覗き込んで優しく問いかけます。
しかし、
「……いいえ」
ジル姫は顔を背けながら、短い言葉で答えました。
……騎士ライトは、胸が痛むのを嫌でも感じます。
愛しい姫に、一体何があったのか。
何故、自分の目を見て答えてくれないのか。
ジル姫の固く握りしめられた震える手を、包み込むように握ります。
すると、
「城を……」
「え?」
「城を、出ようと思います……」
ジル姫からの、思いがけない言葉。
騎士ライトは耳を疑いました。
「……何故です?」
動揺しながらも、できる限り平静を装いながら真意を問います……が、
「……あなたには関係のない事ですから」
「……!」
ジル姫は拒絶するかのように、騎士ライトに背を向けてしまいました。
そして、
「ごめんなさい……」
そう、震えた小さな声で謝ります。
その華奢なか細い後ろ姿に……騎士ライトは、釘付けになりました。
誰かが守らなければ、今にも散ってしまいそうな、花のような女性……。
「それなら、」
迷いは、ありませんでした。
「……あなたが城を出るというのならば、私も共に参ります」
「ッ、!」
名誉ある騎士の名を捨ててでも、自分はジル姫のそばにいなければならないのです。
……いいえ。
そばに、いたいのです。
「な……何故、私のためにそこまでして下さるのですか?」
騎士ライトの言葉に、ジル姫は驚いて振り返りました。
無理もないでしょう。
そこまでされる理由が、ジル姫には分からないのですから。
「そ、それは……」
ジル姫の問いに、騎士ライトは頬を赤く染めると、口ごもってしまいます。
***
『この花のように、私たちの人生は一瞬で散りゆく儚いもの。
あなたには分からないのかもしれませんが』
ジル姫の体は、永遠に一人で生きていかなくてはならない、呪われた体。
『ライトとは、異国の言葉で“光”という意味があるんですよ』
……絶望という暗闇に射し込む、希望という名の一筋の光。
騎士ライトならば、もしかしたら救ってくれるかもしれない。
そんな他人任せな甘い考えを、心のどこかで持っていました。
しかし、
『……ライト様は未来ある騎士様です。どうか、無駄な事のために大切な時間を奪わないであげて下さい』
リナ姫の言葉で、目が覚めたのです。
……騎士ライトを解放しなければ、彼の人生を台無しにしてしまうのです。
「迷惑、なんです……。だから、……!!」
拒絶の言葉を、最後まで言う事はできませんでした。
突然、騎士ライトに強く抱きしめられたからです。
「……何を、何をリナ姫に言われたのですか!」
「ッ、」
騎士ライトの怒気を含んだ声に、ジル姫はビクリと体を強ばらせます。
「な……何も」
話せません。
優しい騎士ライトならばきっと、“迷惑なんかじゃない”と答えるからです。
きっと、その言葉に甘えてしまいます。
「……ッ、」
ジル姫はさらに、騎士ライトに強く抱きしめられるのを感じました。
そして、
「……何故、私を信用して下さらない……」
初めて聞く、騎士ライトの震えた……今にも泣き出しそうな声に。
……ジル姫の胸は、痛いくらいに締め付けられました。
自分の手を騎士ライトの背にまわそうとして、ハッと我に返ります。
ここで甘えては、いけないのです。
「私はあなたを、必ず救います。……だから」
「放してください……ライト様」
騎士ライトの言葉を遮って、小さな震えた声でポツリと言うと。
騎士ライトはようやく腕の力を弱めて、ジル姫の体を離してくれました。
ソッと見上げてみると、その表情は……悲しげなものでした。
「……お願いです」
ジル姫は大粒の涙をポロポロと流しながら、懇願します。
……優しい騎士ライトのそばにいたいと。
それと同時に……彼の人生を振り回したくないと。
……相反する、二つの願い。
どちらか一方しか、選べないのです。
それならば。
「……もう、私に構わないでください」
ジル姫が選んだのは、やはり後者でした。
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