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12.忘れることのない言葉
しおりを挟むーーガチャ。
騎士ライトが自分の部屋に戻ると、ジル姫がパタパタと駆け寄りました。
頬を赤く染め、とても嬉しそうな表情を浮かべながら。
「ライト様」
「ジル姫……」
少し前までは、こんな表情を見せてくれるようになるなんて、思いもしませんでした。
自分に心許してくれたジル姫が、愛しくてたまりません。
「あの……ハクが、ご飯を食べてくれるようになりました。二日も食べてなかったんです……」
ジル姫がはにかみながら、カゴにいる小鳥から視線を騎士ライトに移します。
しかし、
「……それは良かった」
騎士ライトは慌てて目をそらし、ジル姫を横切ります。
これ以上そばにいたら、離れられないと感じたからです。
決意が、鈍ってしまいます。
「……ライト、様?」
「……ッ、」
不安そうなジル姫の声に、胸が締め付けられました。
そして気づいたら、
「あ……あの……?」
ギュッと、ジル姫を強く抱きしめていたのです。
***
部屋に戻ってから様子がおかしい騎士ライトに、ジル姫は困惑してしまいます。
目をそらされたかと思えば、突然抱きしめられ……。
それでも。
騎士ライトのその温もりが心地よくて、ジル姫は耳まで真っ赤になるのを感じながら、目をゆっくりと閉じました。
……ずっと、このままでいたいと願いながら。
そして恐る恐る、騎士ライトの背に手を回すと、
「……これからは、私の代わりにトゥルーがあなたをお守りする事になります」
……突然、騎士ライトがそんな事をポツリと口にしました。
「……え?」
言葉の意味が、すぐには理解できませんでした。
無理もないでしょう。
つい数時間前に、そばにいると誓ってくれたばかりなのです。
……でも、
「……わかり、ました……」
ジル姫は、ただ小さくうなずきました。
涙がこぼれそうになるのを必死に堪えながら。
……騎士ライトの背に回していた手を、ゆっくりとおろします。
理由は聞きません。
聞かなくても、分かります。
……やはり、迷惑だったのでしょう。
しかし騎士ライトは、一向にジル姫の体を放そうとはしません。
むしろ、さらに強く抱きしめてきます。
ジル姫が泣いていると思い、責任を感じているのでしょうか。
……そんなもの、騎士ライトが感じる必要は全くないのです。
「……ッ、放してください。私は大丈夫ですから……」
これ以上、迷惑をかけたくはありません。
いいえ……嫌われたく、ありません。
「……ジル姫」
騎士ライトに名前を呼ばれ、ビクリと体が震えました。
きっと、謝罪の言葉なのでしょう。
そう思い、ジル姫は覚悟を決めてギュッと目を強く閉じます……が。
「私は……魔女を探しに、旅に出ます」
「……え?」
騎士ライトの口から出たのは、あまりにも予想外の言葉でした。
……魔女を探す旅に。
思わず顔を見上げると、騎士ライトはどこか吹っ切れたような、そんな表情に見えました。
***
……そうです。
騎士ライトが決意した事とは……魔女を探しに、旅立つ事だったのです。
リナ姫との約束で、ジル姫のそばにいることができないのも、決意した理由の一つではあります。
しかし、ずっと考えていたことでした。
どんなに調べても、呪いを解く方法が見つからない今。
……魔女を探すしか、方法はないのかもしれない、と。
「そんな……無理に決まっています! 魔女はきっと、もう……」
ジル姫の目から、大粒の涙が流れました。
騎士ライトはその涙を指でぬぐいながら、首を横に振ります。
確かに、数十年前から捜索してるにも関わらず見つからない魔女。
もしかしたら、もうこの世にいないのかもしれません。
それでも、
「必ず呪いを解く方法を見つけてきます。だから姫は、アリスたちと共に待っていてください」
騎士ライトはそう、断言しました。
***
「私は……!」
……騎士ライトを信じようと、希望を持とうと、確かに心に誓いました。
しかし、もうこの世にいないであろう魔女を探しに行く彼を、笑顔で送り出すことなどできません。
できるわけが、ありません。
騎士ライトはきっと、呪いを解く方法が見つかるまで帰って来ないでしょう。
何年、何十年かかるか分かりません。
彼の人生を台無しにしたくありません。
……いいえ。
ジル姫が本当に止める理由は。
「私は……あなたがそばにいてくれるだけで……いいんです……」
……騎士ライトと、離れたくなかったのです。
ただ、それだけだったのです。
ジル姫がうつむいて、涙を流していると、
「……!」
騎士ライトがジル姫の頬に……ソッと、優しく触れるだけのキスをしてきました。
ジル姫は耳まで真っ赤になり、動揺した様子で、再びうつむいてしまいます。
そんな彼女を見て、騎士ライトは思わず笑みを浮かべました。
「姫、お願いがあります」
……愛しいジル姫。
このまま、彼女を城から連れ去りたいと思いました。
騎士という身分も姫という身分も捨ててしまえば、リナ姫との約束を守る必要はないのですから。
しかし、今はまだそうすることができません。
……ジル姫の呪いを、解くまでは。
「何、ですか……?」
初めてジル姫に出会った時。
息をのむその美しさに、一瞬にして心奪われました。
そしてその心の清らかさ、優しさ、強さ、脆さを知った今……。
「姫の呪いが解けて元の体に戻った暁には……
どうか私と結婚してほしい」
彼女を生涯守りたいと、
彼女と生涯共にいたいと、
……そう、思ったのです。
***
「ライト、様……」
突然の騎士ライトからの求婚に、ジル姫は驚きを隠せません。
自分をそこまで想ってくれていたなんて、思ってもみなかったのです。
……いいえ。
期待してはいけないと、騎士ライトの気持ちに気づかないフリをしていたのかもしれません。
「初めて会った時から、あなたに惹かれていました」
「……ッ」
「私はあなたと共に生き、同じ年月を過ごしたい」
……その言葉は。
ジル姫にとって、生涯忘れる事のない言葉となるでしょう。
優しく、そして揺るぎない決意を秘めた瞳で見つめる騎士ライトに、ジル姫はあふれる涙を拭いながら、強く……強く、うなずきました。
「……わ、私も……あなたと……生きたい……。あなたと、ずっと一緒に、ッ、」
騎士ライトと共に生きる事ができたら、どんなに幸せでしょうか。
***
「……本当、ですか? 姫」
耳を疑いました。
騎士ライトは泣きじゃくるジル姫の肩をソッと掴み、もう一度聞きました。
幻聴だと思ったからです。
しかし、
「はい……!」
ジル姫は幸せそうに満面の笑みを浮かべ、ハッキリとうなずいてくれました。
……ジル姫も、自分と同じ想いを抱いてくれていたのです。
「良かった……。断られる覚悟だったのに」
安堵のため息をつきながら、騎士ライトは再びジル姫を恐る恐る抱きしめます。
すると、ジル姫もギュッと、抱きしめ返してくれました。
……誰かを愛することがこんなにも幸せなことだなんて、生まれて初めて知りました。
ジル姫に出会わなかったら、きっと、一生知らないままだったことでしょう。
「こ、断るだなんて! ……私の方こそ、まだ信じられません。
……本当に、魔女を探しに行くのですか?」
腕の中のジル姫の不安げな問いに、騎士ライトは迷いなくうなずいて答えます。
「すぐに戻ってきます。……だから、どうか信じて待っていてください」
「…………」
もう、いくら止めても騎士ライトの意志は変わらないと気づいたのでしょう。
ジル姫は騎士ライトの腕の中で、コクリと小さくうなずきました。
「はい……。ライト様の帰りを……待っています」
そして二人は見つめあい、ようやく笑いあったのです。
***
その日の深夜、ジル姫やアリスが寝付いたころ。
騎士ライトは、物音をたてないよう、静かに部屋を出ます。
そして向かったのは、
「こんな時間にどうしたんだ?」
親友、騎士トゥルーの部屋でした。
彼はソファに座り、足を組みながら質問してきます。
そして、騎士ライトはソファに座ることなく、
「……魔女を探しに、旅立つつもりだ」
そう、ポツリと口にします。
騎士トゥルーは少し間を置いて、はぁ、とため息をつきました。
その表情は、どこか呆れたような、そんな表情にも見えます。
「……なんとなく、予想はしてた」
長い付き合いだからでしょう。
騎士トゥルーはそう言って、肩をすくめてみせました。
「ジル姫のこと、本気なんだな? 何年かかるか分からないんだ。騎士の称号をはく奪されても、おかしくないんだぞ」
今なら、まだ間に合う。
……そう言いたいのでしょう。
『……わ、私も……あなたと……生きたい……。あなたと、ずっと一緒に、ッ、』
泣きじゃくりながら、そう言ってくれたジル姫を思い出し……胸が、熱くなるのを感じます。
「オレは……ジル姫と出会うために、生まれてきた」
運命だと、思いました。
「共に幸せになる。……そのためなら、騎士の称号なんて捨ててもいい」
ジル姫の笑顔のためならば。
騎士トゥルーは、フッと笑みを浮かべました。
「だからトゥルー、」
「分かってる、心配するな。お前がいない間、ジル姫のことは任せろ。そのかわり……」
騎士ライトの言葉を遮って、
「必ず帰って来るって、約束しろよ」
真っ直ぐと騎士ライトの目を見て、そう、言いました。
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