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20.シェイド
しおりを挟む部屋に入るなり、ジルはベッドに突っ伏します。
そして、ソッと自分の唇に触れました。
(……ライト様の…シェイドの血……)
指にかすかについたのは、シェイドの血です。
『私の命をあなたが奪い……いつか生まれ変わった私の血を、一滴でも口にする事。
それが、呪いを解く唯一の方法……』
……呪いは
不老不死の呪いは、これで解けたということでしょうか。
ジルはゆっくりと上半身を起こすと、荷物の入った小さなバッグからナイフを取り出します。
そして……震える手で、指先をスッと切ってみました。
まだ呪いが解けていないのなら
赤い血は流れる事なく、みるみるうちに傷はふさがることでしょう。
これまでに、幾度となく見てきました。
……しかし。
「あ……」
ジルの指からは、赤い血が滴り落ちたのです。
ポト、ポト、と
血に混じって……ジルの目から流れた涙も、床に滴り落ちました。
……呪いは、解けたのです。
ジルの願いでもあり、騎士ライトの願いでもありました。
「ライト様……」
自分の命よりも、ジルの呪いを解くという選択をした、騎士ライトの願い。
「あなたのおかげで、元の体に戻ることができました……」
それは数百年を経て、ようやく叶うことができたのです。
「……けど……! あなたはもう、どこにもいないのですね……?」
もう、どこにもいない騎士ライトを想って
ジルはずっと
ずっと、涙を流しました。
***
それから
ジルとシェイドが出会って、数日が経った頃でしょうか。
シェイドが路銀を稼ぐため、町の外へと魔物を狩りに宿屋から出ようとした時です。
「あぁ、ちょっと待ってちょうだい」
「……何だ?」
宿屋の女主人に、突然呼び止められました。
振り返ってみると、女主人は少し困った表情をしています。
「あのジルってべっぴんさん、お客さんの知り合いなんだろ?」
ジルの名前を聞いた瞬間、シェイドは何とも言えない表情を浮かべます。
自分では気づいていないのでしょうが。
「別に……」
「もう何日も部屋から出てないみたいだよ。何も食べてないみたいだし」
「……ふーん」
無関心そうなシェイドの反応に、女主人は呆れたようなため息をつきます。
そして、
「なんだ、薄情な男だね。ほら、出かけるんなら早く行きな」
グイグイと、シェイドを宿屋から追い出すように背中を押します。
「おい、こっちは客だぞ」
「知るもんかい」
バタン、と
宿屋から追い出されたシェイドは、いったん三階の窓を見上げました。
その窓は、ジルが借りている部屋の窓です。
「……ったく」
ボソッとそう言うと
眉間にシワをよせたまま、シェイドは歩き出しました。
そして、シェイドが向かったのは町の外ではなく……
まだ開店していない、昨日の酒場でした。
開店前だということを無視して中に入ると、店内の掃除をしていたライアンが振り返りました。
「ん? あぁ……この前のハンターさんか。開店は夕方だぞ?」
「何か、食うもんくれ」
ライアンの言葉を聞いていないのか、シェイドはカウンターのイスに座るなり言います。
ライアンはというと、引きつった笑みを浮かべました。
しかし、
「おいおい、ここは喫茶店じゃないぞ」
「うまそうだよな、あんたが作った料理」
「お……そうか?」
そんなシェイドのお世辞に、ライアンは肩をすくめながら「しょうがないな」とため息をつきました。
悪い気がしなかったのでしょう。
「持って帰るから」
店の奥に向かう店主にシェイドがそう告げると、店主は振り返って不思議そうな表情を浮かべます。
「何で? ここで食ってけよ」
「持って帰る」
聞く耳をもたないシェイドに、店主は一瞬間を置き、
「あぁ……なるほど、分かった。
ていうか、お前、わがままだな……」
何に納得したのか、意外にもアッサリと了承してくれました。
「お前の名前は? オレはライアンだ」
そう、ライアンが食事を作りながら自己紹介をしてきたので、
シェイドはぼんやりと頬杖をつきながら、一言答えます。
「シェイド」
「シェイド? へぇ……名前の通りだな」
ライアンの反応に、思わず視線をそちらに移しました。
どういう意味か、分からなかったからでしょう。
すると、ライアンは笑いを堪えながら続けて話します。
「影って意味だ。異国の言葉だな」
「……ふぅん」
「お前、“光”っていうよりは“影”って感じに見える。
……ほら、できたぞ」
いつの間にか、店内に美味しそうな香りが漂っていました。
ライアンはできたての料理を皿に盛り、布をかぶせてカゴに入れると手渡します。
そして、
「あの美人、ジルだっけ? それ渡す時、よろしく言っといてくれ」
……ライアンの言葉に、シェイドは思わず受け取ったカゴを落としそうになりました。
驚いた顔をしてライアンを見ると
再び、ライアンは笑いを堪えながら言いました。
「シェイドが来るちょっと前に、宿屋の女主人がやってきたんだよ。閉じこもってる客に、元気の出る食事を頼むってさ」
「…………」
シェイドは、少しバツの悪そうな表情を浮かべます。
……どうやら、図星だったようです。
「別に、あいつに持ってく訳じゃねぇよ」
「へぇ? じゃあ、宿屋の女主人に渡してくれないか?」
ヒラヒラと手を振るライアンに何も言わずに、シェイドは酒場をあとにしました。
「……何でオレがこんなこと……」
ブツブツと文句を言いながら宿屋に向かっていると。
「ねぇ、あなた」
一人の若い女性が、シェイドに歩み寄ってきました。
肩まである髪をクルクルに巻いた、人形のような顔立ちのその女性は
シェイドの目の前で立ち止まると、ニッコリと笑いかけてきました。
「……何?」
見覚えのない女性に呼び止められたシェイドは、面倒くさそうに聞きます。
何故呼び止められたのでしょうか。
シェイドが不思議に思ってると
女性は、突拍子もない言葉を口にしたのです。
「あなたに一目惚れしたの。私と付き合いましょう?」
「……はぁ?」
あまりに突然の事に、呆れた声しか出ません。
無理もないでしょう。
「いいでしょ? あなた、名前は何て言うの? 旅人? この町へは引っ越してきたの?」
呆れているシェイドに、気づいているのかいないのか。
女性は、その場で次々と質問を投げかけてきました。
しかし、
「どけよ、邪魔」
つき合いきれないと言わんばかりに、シェイドは女性の質問を無視して再び歩き出します。
「あっ待って! 私はナミって言うの、あなたは?」
グイッと、ナミは強引にシェイドの腕にくっついてきました。
強引で、自信に満ちあふれています。
それも仕方ないと思わせるだけの容姿を、ナミは持っていたのです。
「……うぜぇよ」
シェイドは軽く睨みつけると、その腕を振り払いました。
ナミは一瞬驚いた顔をしましたが、簡単には引き下がろうとはしません。
「私が付き合ってなんて言うのは、あなたが初めてなのよ」
「そりゃ光栄だな。じゃあな」
「待ってよっ」
引き止めるナミを無視して、シェイドは宿屋へと入って行きました。
ーーバタンッ
「……何なんだ、今の女」
さすがにナミは、宿屋の中まで追いかけてこないようです。
ふぅ、と安堵のため息をつくと、シェイドは宿屋の中を見回しました。
どうやら女主人はいないようです。
「ライアンに頼んどいて、どこ行ったんだよ……」
呆れた声で一人そうつぶやくと、シェイドは三階へとあがっていきました。
そしてジルの部屋の前まで来て、ノックしようとしますが……
ピタリとその手をとめ、ためらいます。
『私は……あなたに二度と会えなくなるくらいなら、生き地獄のままでいい……』
最後に会った時のジルを、思い出したからです。
彼女はずっと、泣いていました。
二度と構うな、と言ったシェイドの言葉に……傷ついているようでした。
「…………」
チラ、とライアンから渡された料理の入っているカゴに、目をやります。
『もう何日も部屋から出てないみたいだよ。何も食べてないみたいだし』
そんな女主人の話を思い出し
シェイドはようやく、ドアをノックをしました。
ーートントン
………しかし、返事はありません。
ーートントンッ
………。
やはり、返事はありません。
短気なのでしょう。
シェイドは眉間にシワをよせながら、苛立った口調で、中にいるであろうジルに話しかけました。
「……おい、いるんだろ?」
……すると。
部屋の中からパタパタとした足音が聞こえ、すぐにドアが開きます。
そして、
「ラ……シェイド、」
泣きはらした目をしたジルが、目に映り……
思わず、シェイドは言葉を失います。
……ずっと、何日も、一人泣いて過ごしていたのでしょうか。
***
「あの……どうして、ここに?」
ジルの問いかけに、シェイドは持っていたカゴを無言で差し出して答えます。
「……何?」
カゴからは、とても美味しそうな良い香りがしました。
(……どうして?)
ジルはただ、不思議でなりません。
「飯、食えよ」
シェイドの少し乱暴な言葉に、苦笑いをして首を横に振ります。
とても食事をとる気分ではないからです。
すると……
「呪い、解けたんだろ?」
シェイドがそう、何故か心配そうに尋ねました。
いいえ、ジルがそう感じただけかもしれませんが……。
シェイドの問いに、ジルは小さくうなずきました。
「……なら、食わないと死ぬぞ」
その答えを聞いて何を感じたのかは……無愛想なシェイドの表情からは、読み取れません。
騎士ライトだったら、さぞ喜んでくれたことでしょう。
「そうね」
どこか自嘲気味に言うジルに、シェイドはグイッ、と無理やりカゴを持たせました。
「バカかお前。いいから食えよ、同じ建物ん中で死なれたら気分わりぃ……」
「…………」
放っておけばいいのに、とジルは思います。
二度と構うな、と言っておきながら見え隠れするシェイドの優しさが胸に響き、
(本当は……優しい人なのかも知れない)
そう、気づいたのです。
「じゃあな」
それだけ言うと、シェイドはその場から足早に去ろうとしました。
用事は済んだとばかりに。
しかし、
「シェイド……」
ジルがシェイドの名をポツリと呼ぶと。
「何だよ」
面倒くさそうな態度をとりながらも、ちゃんと立ち止まって振り向いてくれました。
……相変わらずの、冷たい態度。
それでも、ジルは嬉しくなり微笑んで言いました。
「……ありがとう、心配してくれて」
「……してねぇよ」
シェイドはそう言うと、階段を降りて宿屋から出て行ってしまいます。
シェイドの姿が見えなくなるまで、ジルはその場に立って眺めていました。
……胸が高鳴っているのを、感じます。
この胸の高鳴りに、ジルは動揺しました。
(……ライト様の生まれ変わりだから?)
……自分でも、胸の高鳴りの理由が分からなかったのです。
シェイドは、騎士ライトとは全くの別人なのに
まだ、彼に姿を重ねて夢見ているのでしょうか。
それとも……。
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