永遠の誓い

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21.今はただ

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翌日になり。
ジルは、数日ぶりに外へ出てみることにしました。

……シェイドと出会ってから今まで、部屋でたった一人、泣いてばかりいました。

このまま、死んでしまってもいいかもしれないとさえ、思っていました。
生きる希望を失ってしまったからです。
……けれど。


ーーガチャ


部屋から出て一階へ降りると、女主人がちょうど受付で何か仕事をしているようでした。


「こんにちは」


女主人はジルに気づくと、ホッとしたような、安心した表情を浮かべました。
どうやら心配をかけさせていた事に気づき、ジルは申し訳ない気持ちでいっぱいになります。


「もう、大丈夫かい?」
「はい。……心配かけて、すみませんでした」
「いいんだよ。出かけるのかい? 暗くなるまでには戻るようにね」


子供に言い聞かせるような女主人の言葉に、思わず笑みをこぼしてうなずきました。

そして宿屋から出て
ふと空を見上げると、雲ひとつない青空が広がっていました。


「いい天気」


どこか目的地があるわけでもなく
ジルは、町の中を歩き出しました。
 


「この香り……」


町の中を歩いてると
かすかな花の香りに気づき、ジルは思わず足を止めて辺りを見回しました。
大好きな花の香りは、どんな時でも心を癒してくれるのです。

果物屋、八百屋、武器屋とさまざまなお店が並んでいる通りの中、ジルはようやく花屋を見つけました。


「こんにちは。花はいかが?」
「……!」


花屋の前で立ち止まると
……聞き覚えのある懐かしい声が、店の中から聞こえてきます。
ゆっくりと、視線を声のする方へと向けると。

騎士ライトに、騎士トゥルーの生まれ変わり……
そして、


「アリス……」


アリスの、生まれ変わり。


「?
あら、私はイリアって言うけど……誰かに似てるの?」


アリスの生まれ変わりの女性、イリアは不思議そうにジルを見て尋ねます。
しかしジルは驚いた表情をしたまま、首を横に振りました。

……運命は、あるのかもしれないと感じます。

広い、広い大地の中……
長い、長い時の中で
こうして再び、めぐり合う事。

それは、遠い昔から決まっていたのかもしれません。
そう、ジルはぼんやりと思いました。


「あなたみたいな綺麗な人、初めて見たわ。
旅人? 目的地はどこなの?」


花の手入れをしながら、イリアが楽しげに話しかけてきました。
外からの旅人が珍しいのでしょう。

しかしジルは、イリアの質問に思わず口ごもります。


「さぁ……、目的はもうなくなってしまったから」


そう。
ジルは、目的を失ってしまったのです。
これからどうするべきか、何も考えていませんでした。
言うなれば、今はただ……。


「そうだわ! じゃあ、このお店を手伝ってくれない??」
「え?」


突然のイリアの提案に、キョトンとしてしまいます。
花は好きだし、目的のない今、断る理由は何もありませんが……。


「少し前に、働いてた子が急に辞めちゃって。おかげで休みナシで大変なの。
ねぇ、花は好き?」


ふぅ、とため息交じりに言うイリア。
そんなイリアに、思わず笑みを浮かべました。


(懐かしい)


何だか、昔に戻ったような、そんな気持ちになったのです。
遠い遠い過去の事なのに、懐かしくてたまりません。


「私でよければ」
「よかった、ありがとう!」


二人が、そんなやりとりをしている時でした。


「ねぇシェイド、花を買ってほしいわ」
「……、」


道の向こう側から聞こえてきたシェイドの名に、ジルはドキリと反応します。
思わず振り返ると、そこにはこちらへ歩いてくるシェイドと……


「……リナ……」


リナ姫の生まれ変わりである女性、ナミの姿が目に映りました。
ナミはシェイドの腕に手をからめ、楽しそうにしゃべっています。


「ナミったら、また違う男と歩いてるわ」


呆れたような声で言うイリアの言葉は、ジルの耳には届きません。


(……もしかして、恋人?)


今まで、考えたこともなかったのです。

生まれ変わった騎士ライトと共に生きていくのは自分なのだと
ずっと、信じて疑わずに生きてきました。

ジルが複雑な気持ちでシェイドを見つめていると、


「あ……」


……ふと、シェイドと目が合いました。
しかし、


「何でオレが、お前に花を買わなきゃなんねぇんだよ」
「あら、いじわるなのね」


ふい、とすぐに目を逸らされました。
声をかけるな、という事でしょうか。


「あの、それじゃあまた」


ジルはその場にいられず、イリアに別れを言って立ち去ろうとします。


「おい、恋人面すんなよ。お前、うざい」
「そんな言い方しなくてもいいじゃない」


そんな、シェイドとナミの会話が聞こえて
少しだけ、ホッとしました。


***


「…………」


ジルの姿が町角に消えるのを、シェイドは黙って見ていました。
そんなシェイドの視線に気づいたのか、ナミは少し頬を膨らませて質問してきます。


「……今の綺麗な人、知り合い?」


その質問に、シェイドはというと一瞬間を置いて、


「別に……」


興味なさげに、一言答えます。


「そう」


その返事に満足したのか、ナミはそれ以上何も聞きませんでした。


「……いい加減、離れろ」
「いやよ」
「…………」


シェイドは相変わらずくっついて離れないナミに苛立ちながらも、花屋の前を通り過ぎ
ふと、立ち止まります。


「…………」


目に映るのは
色とりどりの、花。

シェイドは一瞬、ほんの一瞬だけ……切なそうな表情を浮かべました。


「……用事できたから、帰る」
「え? 用事?」


ポツリとそう言うと
シェイドはナミの腕を払いのけ、スタスタとどこかへと向かって、歩き出しました。


「シェイド、また明日会いに行くわ」


ナミの声は聞こえているはずなのに、シェイドは返事をしませんでした。
そんなシェイドの後ろ姿を見て、ナミは少し不満そうな表情を浮かべます。


シェイドが向かったのは、宿屋でした。

客室のある三階へとあがり、自分の部屋の前を通り過ぎ……
ジルの部屋の前へと、やってきます。


「おい」


ノックをせず、シェイドは中にいるであろうジルへと声をかけます。
しかし、中からは返事がありません。


「いないのか?」


やはり返事がないので、何となくドアノブに手をかけると、


「……無用心だろ」


鍵はかかっておらず、ドアはすんなりと開きました。

呆れたように呟きながら、シェイドは部屋の中に視線をうつします。
すると、目に映るのは……

すー、すー、と
ベッドに横になり、寝てしまっているジルの姿でした。


「…………」


近寄ってジルの顔をよく見てみると、ふと、涙の跡に気づきます。
また、泣いていたのでしょう。


「……ライト……様……」


ジルは悲しい夢でも見ているのか
閉じている目から、一筋の涙が流れました。

ソッ、とシェイドはその涙を指で拭いました。


「……シェイド?」
「…………」


シェイドが触れた感触で、ジルは目が覚めたようです。

寝起きだからか、ぼんやりとした表情でただ、シェイドを見つめていました。
シェイドもまた、何も言わずにただ、ジルを見つめているだけです。

長い時間のようにも、感じました。


「……なぁ、お前は……」


ポツリと、シェイドがようやく口を開きます。
すると、


「……え!? ……シェイド!? ど、どうしてここに? か、鍵は?」


ようやく、ジルは我に返ったのか
ガバッと上半身を起こし、慌てて乱れた髪を手で整えようとします。

寝顔を見られた事と、シェイドとの距離が近い事があってか、
顔は、真っ赤に染まっていました。


「……鍵、あいてた」


シェイドは立ち上がりながらそう答えると、部屋から出ようと背を向けます。


「あの、何か用があったんじゃ……」


部屋を出る直前。
シェイドは振り返るなり、


「……飯、食いに行くぞ」


そんなことを、口にしました。


***


「え?」


ジルはまさか、と思いました。
シェイドから誘ってくれるだなんて、思ってもみなかったのです。


「あ、待ってっ」


返事を聞くことなく、ガチャ、と部屋からシェイドが出て行きます。

気が変わったのでしょうか。
それとも、ただの冗談だったのでしょうか。

どちらかは分かりませんが、ジルは慌てて身だしなみを整え、急いで後を追うように部屋を出ます。
すると、シェイドは部屋の外の通路の壁にもたれて、立っていました。
そしてジルの姿を確認すると、何も言わずにスタスタと歩き出します。


(待っててくれたの?)


……たった、それだけの事。
それだけの事なのに、ジルは嬉しくてたまりません。

言葉などなくても良いのです。
その何気ない態度の中にある、優しさに……胸が締め付けられました。


外へ出て
シェイドからほんの少し離れ、ジルはぼんやりとその背中を見つめながら歩きます。


(不思議……)


二人に会話はありません。
それでも、何故でしょうか。
気まずいと感じたりしません。
むしろ、シェイドといるだけで……心が安らぐのです。

自分の頬がほんの少し赤く染まっていることに、ジルは気づいていません。


--カラン……


二人が向かった先は、ライアンの酒場でした。
まだお昼なので、もちろん店は閉まっている時間です。
しかしお構いなしに、シェイドは店の中へと入りました。


「またお前か、シェイド」


店の奥のほうから出てきたライアンが、シェイドの姿を確認するなり呆れた声を出します。
そして、


「……ん?」


シェイドの後ろにいるジルに、気がついたようです。
ジルがシェイドに続いて中に入って良いものか戸惑っていると、


「ジル、元気になったのか。いいよ、どうぞ」


そう言って、ニコリと笑みを浮かべて中へと促してくれました。


「あ、は、はい。
……昨日の食事、とてもおいしかったです」


すでにカウンターの席に座るシェイドの隣に座ると、昨日シェイドが持ってきた食事の礼をします。
女主人から、ライアンが作ってくれたのだと聞いたのです。


「いや、そう言ってもらえれば」
「誰か来たの?」


ライアンがすべてを言い終えることなく、店の奥から、女性の声が聞こえてきました。

聞き覚えのある声に、ジルが少し驚いていると
パタパタ、と足音が近づいてきました。
そして、


「あっ……ジル?」
「イリア?」


驚いたような、でも嬉しそうな表情を浮かべる声の主は、イリアだったのです。
そんなイリアに、ライアンが不思議そうに尋ねます。


「なんだ、知り合いか?」
「えぇ。実は、明日から花屋を手伝ってもらうことになったの」
「へぇ、良かったな」


そんな二人の間に漂う、どこか温かい空気に
ジルは、何となく気づきます。
二人が恋人同士だと、いうことに。

前世でも恋人同士だった二人は、生まれ変わってもめぐり合い、愛し合っているのです。


「…………」


素直に、うらやましいとジルは思いました。

仲良さげに話している二人を直視できず、ゆっくりと視線をおとします。
心のどこかで“妬み”という感情を抱いているのだと、嫌でも気づかされました。


(……私、最低だわ)


騎士ライトの生まれ変わりであるシェイドと巡り会い、不老不死の呪いが解けたこと……。

それだけで、十分過ぎるほど幸せなはずなのに。


「……何だよ」


気づいたら、ジルはギュッと、シェイドの服の袖を強く握り締めていました。


「ご、ごめんなさい」


シェイドの無愛想な表情に気づいてハッと我に返り、握っていた袖を離します。
……ずっと握っていたかったけれど、離すしかありませんでした。
すると、


「ねぇ、あなたさっきナミと一緒にいたでしょ。ナミとはどういう関係なの?」


好奇心からか、イリアが話しかけてきます。

気にならないわけがありません。
ジルは黙って、シェイドの答えを待ちます。
しかし。


「別に……」


シェイドはその一言だけ答えると、カウンターに置かれた水を、一口飲みました。


「なにそれ、つまんない。
ね、今日はお店閉めて四人で飲まない?」
「おいおい、店主はオレだぞ」

「いいじゃない、こうしてこの町で出会えた記念に」


そんなイリアの言葉に、ジルは目頭が熱くなるのを感じます。

もちろん二人には、前世の記憶などないでしょう。
それでも、何かしら感じているのかもしれません。


「まぁ、いいけど」


何だかんだ言ってライアンは、イリアに弱いようです。
その提案に頷きました。


***


「……寝てんのか? そいつ」


ライアンの肩にもたれるイリアを指差して、シェイドがポツリと言いました。

時間が経つのは、あっと言う間です。
窓の外は、すっかり暗くなっていました。


「……あー、本当だ。イリアのやつ……寝てるな」


酒に弱いのか、イリアは頬を赤くしてすっかり熟睡しているようです。
ライアンはイスから立ち上がると、起きる様子のないイリアの体をヒョイと抱き上げました。


「ちょっと、寝かせてくる」


そう言うと、店の奥へと行ってしまいました。
店内には、カウンターに座るシェイドとジルの二人だけになってしまいます。

しかし、二人とも何かを話すわけではありません。

……とても居心地の良い空間に
このまま時が止まればいいのにと、ジルは確かに願いました。

ふと視線を感じて、ジルは隣に座るシェイドの方を見ます。
そして目と目が合うと……


「……、」


シェイドが、初めてジルに笑いかけました。

頬が少し赤いのは、酔っているからでしょう。
しかし、ジルの頬が赤く染まっているのは
……シェイドの、優しい、微笑みのせいでした。


「……なぁ」
「え……?」
「ライトのどこに惚れたんだ? オレの事、まだ愛してるって、言えんの?」


何故急にそんな事を聞くのか、ジルには見当もつきません。

どこか真剣なようで、冗談混じりに言うシェイドは……
いつか見た、悲しげな表情にも見えました。


「シェイド……」
「そろそろお開きにするか。イリアのわがままだったんだし、おごりだ」


ジルが話しかけようとした時。
ライアンがそう言って、店の奥から戻ってきました。


「シェイド、送り狼になるなよ」


からかうように言うライアンに、シェイドはというと、呆れているようです。
先ほど見せた悲しげな表情は、微塵もありません。


「なるかよ……。行くぞ」


眉間にシワをよせながらイスから立ち上がるシェイドに促され
ジルも立ち上がりながら、ライアンに礼を言います。


「あの、ありがとうございます。ごちそうさまでした」
「また来るといい、じゃあな二人とも」


ーーカラン……


ライアンに見送られ、二人は酒場の外へと出ました。


「…………」


そしてまた、何も喋る事なく歩き出すシェイドの後ろ姿を眺めながら
……ジルは、先ほどの質問をぼんやりと思い出します。


『ライトの、どこに惚れたんだ? オレの事、まだ愛してるって、言えんの?』


(……ライト様の、全てを愛してた)


口に出す事なく、ジルは心の中で答えます。
そして……。


「……何してんだ?」


いつの間にか立ち止まったジルに気づき、シェイドが振り向いて声をかけます。
その声にハッと我に返ると、ジルは微笑んで首を横に振り、再び歩き出しました。


(……少しだけなら、そばにいてもいい?)


ずっとだなんて、わがままを言うつもりはありません。
今はただ……

シェイドのそばに、いたいのです。
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