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22.光と影
しおりを挟むそれから数日が経ち
ジルが、花屋の仕事にも慣れてきた頃のことです。
この日の天気は、今にも雨が降り出しそうな曇り空でした。
「ひと雨きそう。外に置いてある花を店内に移動させた方がよさそうね」
イリアが曇り空を見上げながらそう言いますが……ジルは返事をすることができませんでした。
「ジル?」
返事のないジルに、イリアが不思議そうに振り返った瞬間
あまりの体のつらさに、ジルはその場に座り込んでしまったのです。
「ど、どうしたの? 大丈夫?」
「えぇ……ちょっと、気分が……」
心配をかけさせぬよう、ニコリと笑みを浮かべます。
しかし体は熱く、嫌な汗が出て止まりません。
イリアが額に手を当てると、驚いた声をあげました。
「すごく熱があるじゃない! 今日はお客さん来ないし、もう閉めて帰りましょ」
「でも、」
「一人で歩けないでしょ?」
確かに、とても一人で宿屋まで帰れそうにありません。
迷惑をかけたくはありませんでしたが、ジルはイリアの好意に甘えることにしました。
***
イリアの助けを借りて宿屋に着くと、女主人は出かけているようでした。
「……宿屋のおばさん、いないみたいね。一人で大丈夫? 戻ってくるまで一緒にいましょうか?」
看病してくれる人が、誰もいないからでしょう。
服の着替えを手伝いながら、イリアが心配そうに尋ねました。
病気の時は、誰だって一人でいたくないものです。
けれど……
ジルは首を横に振りながら、かすかに微笑みます。
「……大丈夫、ありがとう。寝ていれば治ると思うから」
「でも、」
「すごく眠いの……」
ベッドに横になり、急激な睡魔におそわれたジルに、イリアは少し間を置いてうなずきます。
「ゆっくり寝てて。後でお薬、持ってくるわ」
ジルはイリアの言葉に小さく頷くと、ゆっくりと目を閉じました。
(……もし、)
……呪われていた長い長い年月の間、病気一つしませんでした。
しかし今は、怪我もすれば病気もする、ごく普通の体。
(もし……不治の病だったら?)
22歳の誕生日
ジルは、不治の病にかかりました。
それが、全ての始まりでした。
あの時……
本来ならば、ジルは死んでいたに違いありません。
不老不死の薬を飲まなければ、何百年もの間、生き地獄に苦しむこともなかったでしょう。
……騎士ライトを死なせることも、なかったでしょう。
(今更……怖いだなんて感じる権利、私にはないじゃない)
ジルは薄れる意識の中、そう、自分に言い聞かせます。
もし今、このまま眠りについて二度と目が覚めなかったら思うと……怖くて、たまらないのに。
(ライト様は、後悔しなかった……?)
急に……そんな不安が押し寄せてきました。
『死』を感じたとき
騎士ライトは、何を思っていたのでしょうか。
心のどこかで、後悔をしていたのではないでしょうか。
……いいえ。
もっと生きたかったに、決まっています。
「う……っ……ッ」
頬を、涙が伝うのを感じました。
この町に来てから、泣いてばかりいる自分が嫌で仕方ありません。
***
ーーカラン……
イリアが酒場まで薬を取りに、急いでやってきました。
すると、
「あら?」
まだ開店前にも関わらず、シェイドがカウンターに座っています。
どうも最近、用事もないのに店に来るのが日課になっているようです。
「シェイド、こんな時に何してるの?」
思わず、呆れた口調で聞いてしまいました。
「は? つーか……店は?」
今の時間、普段ならばイリアとジルの二人は花屋で仕事をしている時間だからでしょう。
しかし、シェイドとのんびり会話してる場合ではありません。
「今日はもう閉めたわ、ジルが……。ええと、どこだったかしら」
「彼女、どうかしたのか?」
パタパタと店の奥に入りながら解熱の薬を探していると、カウンター越しに立っていたライアンも聞いてきます。
「そう、それが、高熱出しちゃって。薬取りに来たの」
「……高熱?」
シェイドの少し驚いた声に気づき、イリアは思わず振り返ります。
明らかに動揺しているように聞こえたのです。
口が悪くて無愛想。
他人や物事に関心なし。
……そんな人物だと思っていたので、少々意外でした。
イリアは引き出しから薬を見つけて取り出すと、シェイドの目の前に差し出しました。
「……何だよ」
「お見舞い、行ってあげて?」
そんなイリアの言葉に、シェイドは眉をひそめます。
「何でオレが……」
「いいから、行け」
「…………」
二人の強い口調に、シェイドはしぶしぶ薬を手にしました。
「あ、ちょっと待って。花くらい持っていったほうがいいわ」
イリアが思い出したように言うと、再び店の奥へと行ってしまいます。
そしてすぐに何かを手に、戻ってきました。
その手に持っていたのは、純白の可愛らしい花束です。
「女は花束に弱いのよ」
そう言って、シェイドに強引に手渡しまします。
「……何か勘違いしてねぇか?」
薬を持っていくだけ。
それだけなのに、何故花束まで持たされなくてはいけないのか
シェイドには、まるで分かりません。
「ジルに“お大事に”って、言っといて」
呆れた表情を浮かべるシェイドの言葉は、まるで聞く耳もたず。
そんなイリアとライアンにシェイドははぁ、とため息をつくと、イスから立ち上がりました。
……結局、薬と花束を持って。
「……ったく……何でオレが……」
ぶつぶつとそんな文句を言いながらも、足はしっかりと宿屋へと向かっていました。
そしてふと立ち止まり、受け取った花束を眺めます。
女性が好みそうな、可愛らしい花でした。
その純白の花はまるで……。
「……似合わねーし」
シェイドはフッと、思わず苦笑いを浮かべました。
……そんなシェイドを偶然、ナミが見ていたなんて
もちろん、シェイドは気づいてはいません。
「おい、薬持ってきたぞ」
ジルの部屋の前に着くなり、ノックをして声をかけてみるシェイドですが、返事はありません。
「……またかよ」
いつも、シェイドが部屋に訪れる時は返事がないことを思い出し、ため息をつきました。
そして何となく、以前のようにドアノブを回してみると、
ーーガチャ
鍵は、かかっていませんでした。
少し呆れた表情を浮かべるのも、無理ないでしょう。
いくらここが宿屋だとはいえ、不用心すぎます。
「……だから、お前は鍵くらいかけ……」
中にいるジルにそう、話しかけようとして……言葉を失います。
「…………」
ベッドで寝ているジルが、苦しそうな表情を浮かべてうなされていたからです。
「う……」
歩み寄って、声をかけてみます。
「……おい、大丈夫か?」
大量に汗をかき、額はビショビショです。
息をするのも辛そうに見えました。
「シェイド……?」
シェイドの問いかけに、ジルは気がつき、うっすらと目を開けました。
その目は不安そうで、今にも泣き出してしまいそうにも見えます。
……シェイドの気のせいでしょうか。
***
「うつるといけないわ……帰って……」
寂しくてたまりません。
怖くてたまりません。
それでもシェイドに気を使って、ジルはニコリと笑みを向けて言いました。
……本当は、今一人にはなりたくないというのに。
そんなジルの気持ちを知ってか知らずか。
シェイドはベッドのかたわらにイスを持ってくるなり、ドスンと座ってしまいました。
帰るつもりは、全くないようです。
そんなシェイドの顔を、ジルは少し驚いた表情でぼんやり見上げました。
「……どうして、帰らないの……?」
不思議そうに聞くジルの言葉に、シェイドはというと……眉間にシワをよせてしまいます。
そして、
「……強がってないで、寝てろ」
ぶっきらぼうにそう言われ。
「……ッ、」
……ジルはついに、泣き出してしまいました。
「っ……さ……寂しかったの……」
色々な気持ちが交じり合っている、今だからこそ。
ジルはずっと誰にも話すことのなかった本心を、口にします。
「……何百年も……数え切れない時間……、たった、……たった一人だった……」
「……ん」
シェイドは口を挟むことなく、ただジルの言葉を黙って聞いています。
きっと、困っているでしょう。
それでも。
「今だけでいいの……お願い……」
ソッと、ジルはベッドの中から手を出し、シェイドへと伸ばしました。
シェイドは一瞬、何とも言えない表情を浮かべましたが
……その手を、握ってくれました。
ギュッと、強く。
「……もう、呪いは解けたんだ。一人じゃねぇだろ……」
ポツリとつぶやくシェイドの言葉に、ジルは小さく首を横に振ります。
「一人よ……。誰も、もういない」
「違う」
「皆、遠い昔に……私を置いていなくなったわ……」
涙が、止まりませんでした。
こんなことを言いたいわけではないのです。
シェイドを困らせるだけだと、分かっています。
けれど……
それでも握り締められた手が、とても暖かくて。
嫌でもシェイドの優しさを、伝えてくれて。
(ライト様……?)
その時、ジルはようやく気づいたのです。
目にぼんやり映るのは、騎士ライトの生まれ変わりである、シェイド。
シェイドと騎士ライトは、全くの別人。
そう頭では理解したつもりでしたが、ずっと彼に、騎士ライトの姿を重ねて見ていました。
ジルはギュッと、握りしめた手に力を込めました。
「……今は……重ねてなんか、いない……」
「え?」
ポツリ、と口にするジルの言葉に
シェイドは不思議そうな表情を浮かべますが、黙って次の言葉を待ってくれました。
そんなシェイドに、ジルはニコリと
……花のような笑みを、向けました。
「ライト様も……シェイドも……同じだって、やっと気づいた……」
「…………」
「ふふ、名前の通り」
「……名前?」
きっと、シェイドは何のことを言っているのか分からないでしょう。
それでも、
「光と……影」
……それでも、口にせずにはいられなかったのです。
……光と影。
影のあるところには、必ず光があるということ。
また、光のあるところには、影があるということ。
二つの存在は……表裏一体。
「理由なんてなかった……。あなただから、愛したの……」
「……!」
それは
ジルが、騎士ライトを重ねることなくシェイド自身に対して言った
初めての、『愛してる』の言葉でした。
「……すごく……眠いわ……」
そう言うと、ジルはゆっくりと目を閉じます。
そして、先ほどとは全く違う安らかな寝息を立て始めました。
シェイドの手の温もりを感じ、安心したからでしょうか。
……後少しだけ起きていれば。
頬を真っ赤に染めてしまった、シェイドを見ることができたというのに。
「……ッ、言うだけ言って、寝るか?」
シェイドははぁ、と大きなため息をつきながら、片手で頭を抱えます。
呆れた口調ですが、誰の目から見ても明らかに動揺していました。
シェイドはふと、握られたままの手に目をやります。
眠ってしまったというのに、ジルの手はしっかりとシェイドの手を握り締めていて。
「……まぁ、いいか」
シェイドは、その手を離そうとはしませんでした。
「…………」
部屋のドアの向こうでは、ナミが聞き耳を立てていました。
町で花束を持ったシェイドが気になり、後を追ってきたのです。
二人の会話を聞いて、嫉妬心で頭がいっぱいになります。
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