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23.過去の人間
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「……朝……?」
次にジルが目覚めたのは、朝日が差す頃でした。
どうやら、丸一日近く眠っていたようです。
たくさん汗をかいたからなのか、熱はもうすっかり下がりました。
おそらく……
呪いが解けたため、体がその変化についていけなくて熱が出てしまったのでしょう。
(私……生きてる)
ちゃんと目覚めることができ、ジルはホッと胸をなでおろしました。
そして、すぐに昨日の事を思い出します。
「……シェイド?」
ジルは慌てて部屋の中をキョロキョロと探しましたが……どこにもシェイドの姿は、ありませんでした。
ジルが眠っている間に、帰ったのでしょう。
「仕方ないわよね」
……少し寂しくなり、そう苦笑いをしながらポツリとつぶやきました。
一晩中看病してもらうような関係ではないと、もちろん分かっています。
それでも、シェイドはジルが寝付くまで、手を握ってくれていました。
「…………」
暖かいシェイドの手の温もりを思い出し、嬉しくて笑みがこぼれます。
ゆっくりと体を起こすと、ふと、何かに気づきました。
それは、
「……花……?」
見覚えのない、白い可愛らしい花束が、テーブルの上の花瓶にさしてあったのです。
熱が出てイリアとこの部屋に戻ってきた時には、なかった花束は……シェイドが、持って来てくれたのでしょう。
もちろん、イリアに強引に持たされたであろう事は想像できましたが。
「……シェイド」
シェイドに、無性に会いたくなりました。
会いに行っても、追い払われるかも知れません。
……それでも、
(昨日そばにいてくれた事と、花束のお礼……言うだけならいい?)
会いたくて、たまらないのです。
ジルはシャワーを浴びる準備をしながら、昨日のことをふと思い出しました。
『理由なんてなかった……。あなただから、愛したの……』
……熱にうなされてたとはいえ、なんて事を口にしてしまったのでしょう。
ジルはあまりの恥ずかしさに、顔を真っ赤に染めてしまいました。
しかし、思い出します。
『あんたはオレのこと、何も知らねぇだろ』
シェイドと初めて会った時に告げた、『愛してる』の言葉が
冷たく、突き放された時のことを。
(……何も、求めないから)
準備を終えて、シェイドの部屋へと向かいながら。
どうか、冷たく追い払われない事だけを願いました。
シェイドの部屋の前まで来ると、ドアが少しだけ開いている事に気づきます。
中から、シェイドとナミの話し声がしました。
(……彼女は、リナの)
騎士ライトに想いを寄せていた、リナ姫の生まれ変わり……。
何故彼女が、シェイドの部屋にいるのでしょうか。
ノックをしようとしましたが、ジルは躊躇してしまいます。
すると、
「好きなの……シェイド」
ナミの甘えた声が聞こえ
ジルは、思わず手を引っ込めてしまいました。
そして、
「……ッ、」
ドアの隙間から、シェイドとナミが抱き合っている姿が見えたのです。
正確には、ナミがシェイドに一方的に抱きついているようにも見えますが……
シェイドは、特に払いのけようともしません。
(……やっぱり……恋人だったのね)
以前、シェイドとナミが腕を組んで歩いていた時の事を、思い出しました。
ナミは、人形のように可愛らしい女性。
誰だって、告白されれば満更でもないはずです。
ジルはうつむき、音をたてないよう静かにその場をあとにして
……自分の部屋へと、戻りました。
部屋に入るなり、ジルはドアの前にズルズルと座り込んでしまいました。
そして虚ろな目で、テーブルにある白い花束を見つめます。
(バカみたい……)
看病してくれただけで、花束をもらったくらいで、浮かれていた自分に呆れてしまいます。
先ほど、何も求めない、と心に決めたはずなのに
そうではなかったのだと、気づかされました。
……思えば、シェイドと初めて出会った時もそうでした。
騎士ライトの生まれ変わりのシェイドと出会って、やはり浮かれていた事を思い出します。
『別に、女なら誰でもいいけど?』
『オレはオレだ。生まれ変わりだか何だか知らねぇけど……
あんたに、興味はない』
そう……初めから、言っていた事なのに。
(シェイドは新しい人生を歩んでる……。
前世の、ライト様の人生は終わったのよ)
騎士ライトもシェイドも同じだと、気づいたばかりでした。
……けれど、
騎士トゥルーもアリスもリナ姫も……もちろん騎士ライトも。
彼らは生まれ変わり、新しい人生を歩んでいるのです。
ジルだけが……
まだ、過去を生きているのです。
(私は過去の人間……)
遠い昔……
騎士ライトは、ジルの腕の中で約束してくれました。
『待っていてください……、必ず……あなたを……幸せに……します……』
……そうです。
騎士ライトは最期の瞬間まで、ジルを愛してくれていました。
それだけで……十分だったのです。
騎士ライトが後悔などしていなかった事は、ジルが一番よく分かっていました。
(……ライト様。
私はあなたに愛されて、十分幸せでした……)
それ以上は、何も望みません。
望んでは、いけないのです。
(……シェイド。あなたに会えて、良かった)
ジルの目から、涙が流れました。
これ以上シェイドの前にいてはいけないと、悟ったのです。
そばにいたら、現世で新しい人生を歩む彼の邪魔でしかないからです。
そばにいるだけで良かったのに……
ナミと抱き合っている姿を見て、そんな事はないと気づかされました。
「…………」
ゴシ、と涙を指で拭うと
ジルはその場から、ゆっくりと立ち上がります。
そして、この部屋にある数少ない自分の荷物を、まとめ出しました。
……気持ちが揺らぐ前に
シェイドの前から、去るために。
「……! ……!!」
ふと、ナミの怒鳴り声がジルの部屋まで聞こえてきて
思わず、手をピタリと止めます。
「……なに?」
何を言ってるかまでは、よく分かりません。
しかし、
(……私にはもう、関係ない)
そう自分に言い聞かせながら首を振ると、再び荷物をまとめ出します。
そして五分も経たないうちに全ての荷物をまとめ終えると、テーブルにある白い花束に目をやりました。
……その時。
「おい、起きてんのか?」
「……!」
ドアの向こうから、シェイドが声をかけてきたのです。
まさかのシェイドの訪問に、ジルは驚きを隠せません。
ーーガチャ……
ゆっくりとドアを開けると、そこにはシェイドが一人、立っていました。
その手には、フルーツが入ったカゴを持っています。
「……食える?」
ジルのために持ってきたのでしょう。
シェイドはスッと、ジルに向かって無愛想にカゴを差し出しました。
(どうして?)
……何故、優しくするのでしょう。
何故、気にかけてくれるのでしょう。
ジルはぼんやりとシェイドを見つめながら、そんな疑問を抱きます。
ふと、シェイドの服から香る女性用の香水の匂いに、気づきました。
先ほど、ナミと抱き合った時のものでしょうか。
そのシーンを思い出して……ジルは、胸がズキズキと痛むのを感じます。
「……どうした?」
返事をせず、ただ自分を見つめるジルに、シェイドが不思議そうに尋ねます。
しかし、ジルは小さく首を振ると、
「……ありがとう」
力なく微笑み、シェイドとドアの間をすり抜けて歩き出しました。
「おい……どこ行くんだ?」
「ちょっと、散歩に」
シェイドの問いに、振り向いて精一杯の笑顔で答えました。
そしてまた前を向き歩き出そうとすると、
ーーグイッ
……シェイドに強く、腕を掴まれたのです。
「ッ、」
「……泣いてたのか?」
心配そうな声で、何故そんな事を聞くのでしょう。
(ずるいわ)
こんな時に、優しくするなんて。
ジルは振り向かず、シェイドの腕を……払いのけました。
「放っておいて……!」
これ以上優しくされると、決意が鈍ります。
だからジルは、そのまま駆け出しました。
「……っくそ!」
ーーダンッ!
シェイドの苛立った声と、ドアを足で蹴る音が通路に響きます。
そして、階段をかけ降りるジルに、シェイドは怒鳴りました。
「…….おい! 分かってんだろな! 暗くなる前には帰れよ!!」
……それは、シェイドがこの港町に初めて来た日の夜。
治安の悪いこの港町でジルが襲われそうになっていたのが、二人の出会いだったから出た言葉なのでしょう。
……しかし、ジルは振り向きも返事もしないまま
シェイドの視界から、消えてしまいました。
「おや、どこかに出かけるのかい?」
ジルが一階に着くと、受付にいた女主人がニコニコと笑顔で声をかけます。
そんな女主人に、
「部屋を解約します。お世話に……なりました」
ジルがペコリと頭を下げてそう言うと、女主人は少し驚いた表情を浮かべました。
「何だい、急だね。何かあったのかい?」
「……いいえ。また、旅に出ようかと思って」
苦笑いを浮かべ、答えをはぐらかしました。
そして、急いで支払いを終えて……宿屋から出ようとした時です。
「後悔するよ」
女主人の言葉に、思わず振り返ると
どこか心配そうな……そんな表情を浮かべていました。
(後悔……?)
もしかしたら女主人は、ジルのシェイドへの気持ちに気づいていたのかも知れません。
だから、そんな事を口にしたのだと思い、
「大丈夫です。……お世話になりました」
精一杯微笑みながらそう答えると、ジルは宿屋から出て行きました。
……昨日は雨が降り出しそうな天気だったというのに
今日は、ジルの心とはまるで正反対の……澄んだ青空が広がっていました。
スッと、三階の窓を見上げてみます。
そこは、シェイドが借りている部屋の窓でした。
もちろん、その姿は見えませんが……
「……さよなら」
ポツリと……
ジルは、シェイドに別れを告げました。
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