永遠の誓い

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24.何故

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町から出て行く前に、ジルにはどうしても立ち寄らなければならない場所がありました。
それは、もちろん酒場です。
今の時間ならば、ライアンとイリアがいるはずです。


ーーカラン……


「……あら、ジル! もう熱は大丈夫なの? 今日は仕事休んでいいのよ?」


店の奥から出てきたのは、ジルの訪問に驚くイリアでした。


「急でごめんなさい」
「え?」


心から心配をしてくれるイリアに、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら
ジルは、続けて言いました。


「私、町を出ることにしたから……さよならを言いに来たの」
「ど、どうして?」


突然のジルの言葉に、驚きを隠せない様子です。
無理もないでしょう。


「それは……そろそろ、故郷に帰ろうと思って」
「どうした?」


ちょうど、店の奥からライアンも出てきました。
イリアの様子がおかしいことに気づいたらしく、真剣な表情で聞いてきます。


「ライアンさんも、お世話になりました。……町を出ることにしたんです」
「……何か、あったのか?」


ライアンも突然の事に、動揺を隠せないようです。

しかし、あまりここに長居をしては、シェイドがやってくるかもしれません。
そう思い、ジルはぺコリと二人に頭を下げました。


「仲良くしてくれて、本当にありがとう。すごく、楽しかったわ。
……二人とも、元気で」
「ま、待ってよジル!」


ーーグイッ


酒場から出ようとすると、イリアに腕をつかまれます。

驚いて振り向くと
……イリアは、泣いていました。


「……イリア? どうして泣くの……?」


ジルがイリアの肩をソッとつかんで、困ったように尋ねます。
そんなジルの体に抱きつきながら、イリアは震える声で答えました。


「だって……ずっと前にも、同じ事があった気がするの……」
「…………」


それは
遠い遠い、昔の記憶……。

騎士ライトの葬儀の後
戻ってきた騎士トゥルーとアリスの前から、ジル姫が姿を消した時の、記憶。

もちろん、イリアは前世の記憶など覚えていません。
それでも……漠然とした不安な思いが、胸を締め付けるのでしょう。


「行っちゃダメ」


その言葉に、ジルは苦笑いを浮かべます。
もう、決めたことなのです。

すると、黙っていたライアンが口を開きました。


「出発は一日待ってくれないか。今日は、二階の部屋で二人で飲むといい」
「で、でも」


そんなライアンの提案を、ジルは断ろうとしました。
しかし、


「シェイドがきても、黙っとく。……イリアのためにも、頼む」
「……ッ」
 

ウインクをしながらそう言うライアンに、ジルは何も言えなくなりました。
どうやら、シェイドが原因なのだと気づいたのでしょう。


「イリアも、ジルを説得できなかったら、明日はちゃんと快く見送ってやれ」
「……分かったわ」


それから
ジルとイリアは、二階の部屋へとあがりました。


「さっきは取り乱して、ごめんなさい」


イリアがそう、少し苦笑いを浮かべながら謝ってきて
ジルは、首を横に振りました。


「……引き止めてくれて、ありがとう。でも、」
「ジルに初めて会った時、すごく懐かしい気持ちになったの」


ジルの言葉を遮って、イリアはグラスをテーブルに置きながら言います。


「シェイドに会った時も、同じ気持ちになったわ」
「…………」


二つのグラスに酒をつぐと、イリアはジルへと手渡しました。
そして、


「ずっと、ずっとあなたたちに会いたかったんだって、気づいたの。変よね」


そんなイリアの言葉に、ジルは胸がいっぱいになります。

この町で、シェイドやイリア、それにライアンに出会えて
ほんのわずかな時間ですが、過ごすことができて……
とても、とても幸せだったと、ジルはあらためて思います。


「……変なんかじゃ、ないわ。
私も、イリアやライアンさん、それに……シェイドに、会いたかったから」
「え?」
「ねぇ、これは何ていうお酒? とってもおいしいわ」


ジルはニコリと笑みを浮かべながら、話題を変えました。

今日一日だけ。
今日一日だけは、イリアと楽しく過ごしたいと思ったのです。
 
過去のことも、未来のことも、シェイドのことも、全部忘れて
……ごく普通の、女の子として。
 
 
***
 

どれだけの時間が、経ったのでしょうか。
シェイドはこの日、珍しく宿屋の部屋で一日を過ごしています。

いつもはライアンの酒場へ行ったり、町をぶらぶらしたり、魔物を狩りに出たりとしていました。
そんなシェイドが一日中、部屋にいる理由は……ジルです。

『放っておいて』と言われてから、ずっと、部屋のベッドに横になっていました。
何かをする気にもなりません。
何故なら……。


「……くそっ……何なんだよ……」


シェイドはクシャクシャ、と頭をかきながら、苛立った声を出しました。


「何で、散歩のくせにこんなに遅ぇんだよっ」


外はもう、薄暗いのですが……
ジルが宿屋に戻ってきた様子が、まだないのです。

……そうです。
シェイドはずっと、ジルが戻るのを待っていました。

ようやく体をベッドから起こすと、部屋から出ます。
そして、


「あの女、どこ行ったか聞いてねぇ?」


一階に降り、掃除をしていた女主人に尋ねます。
すると、呆れたような、そんな表情をされました。


「何だ、知らなかったのかい?」
「……何が?」
「今朝、部屋を解約して出て行ったよ。お世話になりましたってね」
「は……?」


驚いて言葉を失っていると、女主人がニヤリと笑みを浮かべました。


「……惚れてるのかい?」
「……くそっ」


そんな冷やかしなど、聞いていられません。
シェイドは急いで、宿屋から出て行こうとドアに向かいます。
すると。


「シェイド」
「何だよッ」


呼び止められ、苛立ちながら振り向くシェイドに
女主人は、優しく微笑みながら一言、


「彼女は、まだ酒場にいるよ」
 

そう、告げました。

その言葉に、シェイドは不思議そうな表情を浮かべます。


「なんでそんな事分かるんだよ」
「いいから早く行っておやり」


シェイドの質問に答えることなく
女主人はグイグイと背中を押し、宿屋から追い出してしまいました。


「……?」


ただの“女の勘”というものでしょうか。

シェイドは疑問に思いながらも、早足に歩き出します。
今は、そんなことを気にしてる場合ではないからです。

そんなシェイドが向かった先は……もちろん、酒場でした。


ーーカラン……


中に入るなり店内を見回しますが、ジルの姿はどこにもありません。
……ここではないとすると、もう、町を出たということでしょうか。


「何だ、今日は来るのが遅いじゃないか」


カウンターにいたライアンの言葉を無視して、シェイドは質問します。


「……あいつ、来てねぇの?」
「あいつって?」


もちろん、ライアンは誰の事か分かってるはずです。
意地の悪い質問に、シェイドは思わず苛立ってしまいました。


「だから、あの女だよっ」
「かわいそうに。いい加減、名前で呼んでやれよ……。ジルって、可愛い名前があるのに」
「…………」


一瞬、ムッとしたシェイドの表情をライアンは見逃さなかったようです。


「で、何かあったのか?」


ライアンが笑いをこらえながら、そう聞いてきました。


「……あいつ、暗くなるってのに帰ってこねぇから」
「お前、保護者か?」
「……いないんならいい」


これ以上、話をしてもからかわれるだけだと思い、シェイドはライアンに背を向けました。
そして、急いで店を出ようとすると。


「お前には言わない約束なんだけどな。
彼女は今、二階にいるよ。町を出るって言ってたけど?」


そう、ライアンが苦笑いをしながら、教えてくれました。

……町を出る。


女主人の言っていた事は、本当でした。
ジルが町を出て行く事を知らなかったのは、シェイド一人だけだったのです。
何も言わずに、『散歩に行く』とだけ告げて……。


「……なんで町を?」
「いや、だからそれをお前に聞いてるんだって。お前が原因なんじゃないのか?」
「あいつ……!」


シェイドはライアンを無視して、店の奥へと入ります。
その表情は、険しいものでした。


「……お、おいシェイド。手荒なまねはよせよ」


慌てたようにライアンがそう声をかけるだけの雰囲気を、かもし出していたのでしょう。
しかしシェイドは返事をする事なく、二階へとあがっていきました。


「……大丈夫、だよな?」
 

いくら短気なシェイドでも、まさか女性に手はあげないと信じて
ライアンは再び、仕事を再開しました。


ーーガチャッ


ドアを勢いよく開けたシェイドの目に映ったのは、眠っているジルとイリアの姿でした。
たくさん、本当にたくさんの色々な話をした二人は、話し疲れてしまったのでしょう。


「……おい」


シェイドはソファにもたれて眠っているジルの元に歩み寄ると、


ーーグイッ


乱暴に、その華奢な腕をつかみました。


「……えっ? ……シェ、シェイド?」


寝起きのため、まだ意識がはっきりしていません。
しかし、ジルは腕を引っ張られると、強引に立たされます。
そして、


「心配かけさせんな!!」


シェイドの怒鳴り声に、体がビクッと反応しました。
呆然としていたジルですが、ようやく今の状況を理解したのです。
しかし、


「ど、どうしてここに?」
「帰るぞ」


……何故、シェイドがこんなに怒っているのか、まるで分かりません。

腕を離して先に歩き出すシェイドを、ジルはただぼんやりと、眺めました。


「おい」
「一人で帰って……」


シェイドが振り向きますが、ジルは目を合わせる事ができず、慌ててそらします。
自分の決意が……あまりにももろく、崩れ去るからです。

シェイドはそんなジルに舌打ちをすると、再び歩み寄りました。
ジルは思わず、後ずさりをしてしまいます。


「放っておいてって言ったわ」
「お前ッ…….」


シェイドが
手を、振りかざしました。


「……ッ」


頬を叩かれるのだと思い……ジルがとっさに、目を閉じると。

……ジルはギュっと、体を強く、強く抱きしめられました。

シェイドの腕の中
ジルは、驚いて目を見開きます。


(どうして?)


初めて会った時のまま……
最後まで冷たくしてくれていれば良かったのにと、ジルは思います。

そうすれば、騎士ライトとの思い出だけを胸に生きていけたというのに。

何故、心配なんかするのでしょう。
何故、優しくなんかするのでしょう。
何故……こんなにも強く、抱きしめるのでしょう。


「……き、嫌いよシェイドなんて……」


気づいたら、涙が頬を伝っていました。
シェイドの体を押しのけようとしますが、男の力にはまるでかないません。


「優しくしないでっ……」
「…………」


シェイドは何も言いませんでした。
そんな腕の中で、ジルは何度も繰り返します。


「嫌いよッ……大嫌い……放して……」


『嫌い』という言葉を、自分に言い聞かせるかのように、何度も。
そして……声をあげて、泣きました。

ジルが泣いている間
シェイドはずっと、その体を黙って抱きしめていました。
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