仮の番契約

りあやな煮工房

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暁月と架月#1

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「…………」

 その日、架月かげつは自身の身体に妙な違和感を覚えていた。
 何となく身体が怠い。熱を帯びているような気もする。
「……はぁ、」
 周囲に聞こえぬように小さくため息をつく。
 腹の奥が、変に疼くのだ。三千年程生きているが、こんな事は初めてだ。ただでさえ天帝や他の神達に無理矢理犯されている架月は、交接で感じた事もなく、それが熱を持つこと自体もかなり異様だと言えた。
 はぁ、ともう一度ため息をつく。きっと疲れているのだろう、と自分に言い聞かせながらミスなく仕上げた書類を天帝に提出するために立ち上がった。
「……?」
 するとその時、後孔の辺りから何か液体のようなものが数滴、滴った気がしたのだ。しかし、忙しい架月はそれを気にも留めず、書類を手にして執務室を後にした。
 
 
 天堂国てんどうこくの中心部に位置する天堂国殿はかなり広く、天帝の執務室まで大分距離がある。架月が廊下に出ると、すれ違う神達が皆、自分を卑しい目で見ている事に気づいた。中には、指を差して嗤う者もいる。架月はそれを見て見ぬ振りをしながら足を進めると、廊下の向こう側から誰かが歩いてくるのが見えた。
 その男神は黒髪で、少し長い襟足を一つに束ねている。華風の衣服を纏ったその神が歩く度に身につけている装飾品がチリチリと音を立てた。
(……ああ、暁月ぎょうげつさんか)
 架月はそれだけ思うと足早に暁月とすれ違う。彼は何かと自分に絡んでくるので、あまり関わりたくない相手なのだ。絡まれないうちに、架月は早々とその場を立ち去る。
 架月とすれ違った後、暁月は不意に立ち止まった。そして彼を振り返ると、何かに気づいたように満月色の瞳を細めた。
「…………」



「あら、架月じゃない。調子はどう? 薬は足りてる?」
 天帝に書類を提出しに行った帰り、架月は聞き覚えのある声に呼び止められた。
香霧こうむ様。お久しぶりです。体調は変わりありません。香霧様も元気そうでなによりです」
 架月はそう言ってひざまずくと、片手を拳にし、もう一方の手でその拳を包み込みながら頭を下げた。
「ふふ。そういう堅苦しい挨拶は僕にはいいって言ってるのに。架月は真面目だなぁ」
 香霧と呼ばれたその男神は、美しい銀色の長髪を緩く三つ編みにし、優しい紫色の瞳で柔らかく微笑んだ。
「いえ、そういう訳には……」
「——架月。少し寄って行きなよ」
「……? はい」
 架月の言葉を遮るようにして、半ば強引に香霧は彼を診療室兼自室に招き入れた。


「失礼します……」
 天堂国国医である香霧の診療室はやたらと安心する香りが漂っている。寝台側の椅子に座って待っているように促された架月は、少し緊張した面持ちでキョロキョロと辺りを見渡していた。お世辞にも整頓されているとは言えない机にはぶ厚い本や書類が積み重なっており、正面に見える薬棚には様々な薬草が並んでいた。
「……」
 まるで時がゆっくり進んでいるかのようなその空間に、架月は何故か安堵してしまう。
「ごめん、ごめん。お待たせ」
 しばらくすると、白衣に身を包んだ香霧がハーブティーを手にして戻ってきた。
「それを飲んだら、診察しようか」
「……ありがとうございます」
 香霧は架月と向かい合うようにして椅子に腰掛けると、彼のカルテを開く。
「………あの、香霧様は何故、私なんかに構うのですか?」
 暗いトーンで言いながら、架月は割としっかり目に締められた襟に手をかけた。
「……架月、」
「私はこの国で〝奴隷〟のような存在ですよ」
 言葉と共に、架月は自ら漢服の前を寛げた。
 そこに現れたのは、架月の心臓を蝕むようにして根を張る、禍々しい〝呪印〟だった。


 天堂国第一書記官。これがこの国での架月の身分だ。だがそれは表向きの身分であって、事実上は〝奴隷〟として虐げられている。
 理由は、架月の「神気」が少ないからだ。神気の量によって地位や身分、仕官先、果てには結婚相手まで決められてしまう。例えそれが自分の意思ではなくとも、そうなってしまうのが〝神気が全て〟と言われる所以なのだ。
「……そうだね。でも、ひとりくらい味方がいてもいいじゃない」
 そう言って優しく笑う香霧の表情は、どこか寂しげに見えた。
「……っ、」
 俯く架月の、柔らかい紫鼠色の頭を撫でる。その香霧の安心する温かい手のぬくもりに、三日月色の瞳が潤んだ。
「……ありがとうございます……っ、」
 神として生まれながら奴隷として扱われている架月を平等に接してくれる、唯一の神。それが香霧なのだ。
「——あれ、架月、」
 すると急に、香霧が眉をひそめた。
「ごめん。ちょっと寝台に横になってもらってもいい? 神気を視たい」
「? はい、分かりました」
 香霧の指示に素直に従い、架月は寝台の上に仰向けで寝っ転がった。
「少し服、脱がせるね。脈とか診たいから」
「……はい」
 慣れた手つきで漢服を脱がし、香霧は架月の左手首の脈に触れ、軽く神気を込めた。そして、神気を纏った指先で架月の身体のあらゆる場所を辿る。
「——!」
 そして架月の腹部に触れた途端、香霧の疑問は確信へと変わった。
「架月。お前、〝発情期〟が始まっているよ」
「——え……?」
 香霧から告げられた衝撃的な言葉に、架月は目の前が真っ暗になった。
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