影の織り手たち

あおごろも

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【番外】

エリオ、婚姻の夜

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 夜は深く、雨が降っていた。

 婚儀の宴が終わり、来賓たちの笑い声も遠のいたころ。
 広い寝室には、燭台の明かりと、花の香り。
 それは祝福の香であるはずなのに、どこか息苦しく感じられた。

 今、扉の向こうに、彼女が立っている。
 薄衣の上に羽織を掛け、侍女たちに見送られた後、ひとりでこの部屋へ来たのだ。
 習わしに従い、扉を開けて、寝室に花嫁を迎え入れる。 

「……今日はお疲れでしょう、エリオ様」

 彼女が口を開いた。
 声は細く、穏やかだった。

「少し」
 
 短い言葉を受け、彼女は静かに微笑んだ。

 この婚姻は、家と家を繋ぐもの。
 互いの立場を理解し、敬意をもって結び合う。
 その条件のすべてを、己も彼女も承知の上で受け入れている。
 だから、彼女の瞳に情を探そうとするのは、間違いだ。

 それでも、視線を交わすたび、あの色が、疼く。
 光の加減で宝石にも見える青紫の色の奥に、あの名を呼び、ともに過ごした時間の記憶がよぎる。

ーーあれはもう、過去だ。

 その事実を己に言い聞かせながら、手を伸ばす。
 触れる肌越しに、かたい緊張が行き交った。

「……緊張しているのは、私だけではないようですね」

 彼女の口元が、少しだけ緩む。
 薄明かりの中で、その笑みは、誰かの笑い方に似て見えた。
 危うく揺れかけた心を飲み込み、じっとこちらを見つめる彼女の目を見つめ返す。

「……あなたを不安にさせることは、しない」
「不安ではありません」
「なら、何を」
「……覚悟をしています」

 その一言に、彼女が背負う、責任と孤独の影が並んでいた。
 彼女もまた、公爵家の娘として、役目の中で生きてきたのだ。
 互いに、家と、家にまつわる全ての未来を背負い、ここにいる。

「……感謝しています。あなたが、ここにいてくれることに」

 彼女は小さく首を振った。
 そして、微笑んだまま、囁く。

「この婚姻が、互いの家のために結ばれた協定であっても……」

 言葉が短く途切れた。
 雨の音がその間を埋める。

「……私は、あなたの隣にいられることを誇りに思います」

 その言葉に、その誇りに応えるため、抱き寄せる。
 肌の奥の温度が近付く。
 香りが混ざり合い、夜が満ちていく。
 触れる指先の熱が、現実を呼び戻す。
 今ここにいる、妻の呼吸がある。

ーーこれが、選んだ未来だ。

 雨はまだ降り続いていた。
 それが祝福の雨なのか、涙の名残なのか、判別しようとは思わなかった。
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