影の織り手たち

あおごろも

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【番外】

舞踏訓練会

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 士官学院の大講堂は、華やかな空気に満ちていた。
 普段は秩序立った硬質さをまとう場所に、今夜は楽の音が流れ、楽しげなざわめきが行き交っている。

 ルクスは、壁際に立っていた。
 肩の力を抜こうとしても、うまくいかない。
 白い手袋の内側にうっすらと汗が滲む。

 ーー舞踏訓練会。
 社交の礼節を学ぶための行事であり、同時に、候補生たちの所作も評価される課程の一部。
 士官学院の伝統とはいえ、実質は舞踏会そのものだった。
 すでに舞踏会に慣れている者と慣れていない者とで印象が異なる行事であり、ルクスは、慣れていない側の人間だった。
 授業で習ったのは、足運びや目線、礼の角度、呼吸の合わせ方。
 下級生は女性パートを担当することになるので、ただでさえ大変なものが、さらに大変で大変にーー

「場にそぐわない表情は減点になるよ」

 すぐ隣から聞こえた声。
 カスパルが苦笑していた。
 ルクスは慌てて姿勢をなおし、すました表情をつくる。
 行事としてとりおこなわれる以上、この場での振る舞いも評価の対象となる。

「慣れてなくて……」
「最初は誰でもそうだよ。戦術演習と同じだと思えばいい」
「同じ、かな」
「全体の流れの中で、相手の動きを読んで、自分の動きを最適化する。似てるだろ」

 軽口のような言い方で、気遣ってくれている。
 ルクスは思わず笑って、ほんの少しだけ肩の力が抜けた。

「一曲目は僕がリードする。まずは慣れよう」

 やがて、演奏が始まる。
 カスパルが手を差し出した。
 形式に従い、ルクスは下級生としてその手を取り、ホールの中央へ。

 カスパルの手の温度は、安心を与えてくれる。
 軽やかに導かれる動作の中で、授業で習った手順がよみがえる。

「踏み出す足、もう少しだけ遅らせて」
「こう?」
「そう、それでいい」

 光がこぼれるような景色の中で踊るのは、授業とは違う感覚があり。
 少しだけ笑みがこぼれる。
 カスパルも、その笑みを見て、目を細めた。

「悪くない。形になってる」
「君が上手だから」

 曲が終わり、礼を交わす。
 ホールの中央から離れ、ひとつ息をつく。
 張りつめていた緊張がほぐれた分、周囲を見渡す余裕もできた。
 二曲目が始まり、ホールの中央では上級生も下級生も教官も、パートナーをかえて踊り始めた。

「みんな上手だな……あ、ほら、あの人とか特に……エリオだ」

 視線の先にいたのは、エリオだった。

 ひときわ目を引く洗練された所作。
 滑らかな足運び、無駄のない動き、正確でいて優雅な重心の転換。

「……さすが」

 カスパルが呟く。
 ルクスも静かに頷いた。

 二曲目が終わる。
 パートナーと礼を交わしたエリオが向きを変えた瞬間、視線がぶつかった。
 エリオは、まっすぐに歩み寄ってきた。

「ルクス」

 エリオがルクスの前で立ち止まり、手を差し出す。

「え……」
「曲が始まる」

 その言葉と同時に、ルクスの手が取られる。
 そのまま、ホールの中央へ。
 カスパルはわずかに目を見開いたが、止めることはしなかった。
 状況を飲み込めぬまま、気付けば三曲目の旋律が流れ始めていた。

 エリオのリードは完璧だった。
 まるで音そのものが身体に触れてくるように、動きのひとつひとつが自然に誘導される。
 ルクスはただ、必死で手順を追った。

「なぜ、僕を?」

 問うと、エリオは微笑した。

「目が合ったから」

 あまりに当然のように言われ、ルクスは返す言葉を失う。

 足の運びは乱れず、音に合わせて進む。
 だが、体の奥で小さな羞恥が広がっていく。
 自分の拙い動きが、エリオの流れるような動作の中で際立つような気がして、ルクスはいたたまれなくなった。

「……恥ずかしい……」
「何がだ?」
「……あなたみたいに踊れなくて」

 上手く踊れない自分が、エリオの完璧な動きの間近にいることが、どうしようもなく恥ずかしかった。

 ルクスの言葉を聞いたエリオは、じっとルクスを見た。

 曲の流れが変わる。
 エリオは次の拍でルクスを引き寄せた。
 リードが変わる。
 重心の誘導がより明確に、動きに意味が生まれる。
 用意された場所へ次々と身体がおさまっていくような感覚は快感でさえあった。
 表情が変わったルクスを見て、エリオは笑みを深める。
 そして、さらに、ルクスを魅せるための動きへと導く。
 周囲の視線にも、感嘆の色がまざり始めた。

「踊れてるじゃないか」

 エリオの声は楽しげだった。
 いつの間にか夢中になっていたルクスは、ハッと我に返り、エリオを見る。

「あなたが踊らせてくれてるんです」
「同じことだ」

 曲が終わると、ひときわ大きな拍手が起こった。
 エリオは軽く一礼し、ルクスの手を引いて人波から出る。
 くらくらするような余韻のまま手を引かれ、人波を出たところで、カスパルに迎えられた。

「おつかれ。ちゃんと踊れてたよ」

 穏やかな声に、ルクスはようやく現実に戻る。
 エリオはすでに、人波の中に戻っていた。
 カスパルからグラスを手渡され、礼を言った後、苦笑した。

「エリオが、そう見せてくれただけだよ」
「下手な相手なら、エリオはリードを変えたりしない」

 カスパルは軽く笑った。

「君と踊ってる時のエリオ、楽しそうだったよ」
「え?」
「ほら、戦術演習と同じだ。自分の動きばかり気にしてると、相手の情報を見落とす」

 そう言って、カスパルは軽くグラスを傾けた。

 頬が、少し熱い。
 身体に残る熱を冷まそうと、ルクスはグラスに口をつけた。
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