影の織り手たち

あおごろも

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【終章】

影たちの名前

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 馬車の車輪が砂利を噛む音は、雨脚に追い立てられるように遠ざかっていった。
 最後のきしみが耳から抜け落ちると、残されたのは容赦なく降り注ぐ雨と、沈む重苦しい静寂だった。

 カスパルは街道に立ち尽くしたまま、しばし身じろぎもしなかった。
 胸の奥に浮かんだ問いが、ひとつ。

ーー本当に、これしか道はなかったのか……?

 しかし、すぐさま、それを押し殺す。
 迷いを許せば、泥に足を取られるように、進めなくなるとわかっていた。

 カスパルは文官だ。
 合理を秤にかけ、最小の犠牲で最大の成果を得ること。
 それが自分に課された職務だ。
 しかし、今、胸に沈むのは冷徹な計算だけではなかった。

 動かなければ、彼は利用され、やがて消される。
 政争の渦中で、ひとりの命など紙切れ同然に扱われるのだから。

 カスパルは外套の裾を払うと、滴る雫を振り落としながら歩みを返した。
 まだ終わりではない。
 やるべきことは残っている。



 深夜、雷鳴をはらむ嵐の中、カスパルが辿り着いたのはグランヴェレス公爵家の本邸だった。
 重厚な門が開かれ、執事が静かに現れる。
 長年の仕えぶりを思わせるその所作は、驚きも狼狽もうかがわせない。
 ただ瞬時に状況を見抜いて、主のもとへと案内する。

 通されたのは、応接室ではなく、執務室だった。
 灯りをおさえた室内で、寝衣の上から濃色のガウンを羽織ったエリオが、背後の執務机を影のように従えて立っている。
 深夜の来訪にもかかわらず、その眼差しには眠気の欠片もなく、鋭利な光だけが宿っていた。
 カピタンの頃を思い出す、揺るがぬ双眸。

「嵐の中をよく来たな」
「必要があった」

 短い応酬。
 沈黙の一拍を置き、カスパルは低く告げる。

「貸しを返してもらう」

 エリオの目が細められる。
 思い出している。
 あの時、カスパルに与えた、貸し。
 必要のないものだった。
 それでも残したのはーー

 エリオの口元がわずかに緩む。
 表に歓迎の色を見せることはない。

「……そうか。では、応じよう」

 その声音は静かでありながら、奥には熱が潜んでいた。

「相手が牙を剥いたのなら、こちらも牙を剥くまでだ」

 その言葉に、カスパルは頷いた。



 ひときわ強く雨が窓を叩く中。
 影と影が結び合い、ひそやかな同盟が動き出した。
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