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【第一章】影の交差
2 : 表と裏
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訓練棟の一角、個別ブース。
遮音と制御の施されたその空間は、外から見ればただの閉じられた部屋にすぎない。
けれど内部には、高密度の集中と、緊張が、確かに存在していた。
「ーー開始まで、三秒。……二、一」
パネルが点滅し、機械音声が静かに訓練開始を告げる。
そこに立つのは、ルクス。
まだ入学して一年目、けれどすでに数人の教官の目に留まり始めていた。
「ーーモーションユニット、起動。感応リンク、第一段階。……同期率、安定」
ルクスは、ゆっくりと、呼吸を整える。
瞬間、視界が、微かにゆがんだ。
外界のノイズが一瞬遠のき、代わりに、身体に張り巡らされた回路が音もなく開かれていく感覚。
関節の動き、筋繊維の収縮、神経の連携。
通常は無意識下で行われる動作が、まるで設計図のように目の前に現れる。
「ーー開始」
ルクスは一歩、前に出た。
同時に、試験用の演算兵が起動する。無人の訓練機体が、その場に出現するように立ち上がった。
ルクスは走った。
身体の速度が、突如として跳ね上がる。
感覚がさらに研ぎ澄まされていく。
「ーー反応時間、0.3秒短縮。筋反射、200%向上」
通常の人間では捉えられない速度域での一撃が、演算兵のセンサー部を正確に打ち抜く。
静寂が戻る。
けれどルクスはすぐに動きを止めなかった。
「ーー第二段階、継続」
静かに、でも確かに、自らの能力をもう一段、深い層へとつないでいく。
わずかに、指先が震える。
目の奥が、うずく。
ーーここから先が、裏側だ。
同じ時間、訓練観測室。
カスパルは、壁面のディスプレイ越しにその様子を見ていた。
理由は簡単だった。
偶然、配置のタイミングが重なっただけ。
本来なら関与しない訓練。
しかし、カスパルの能力〈演算〉は、ルクスの動きに、ただの強化ではない何かを感じ取っていた。
「……また、動きが変わる」
カスパルの脳内で、予測演算のグラフが、一瞬、乱れる。
通常の強化系なら、限界負荷の一歩手前で抑えるはずの波形を、ルクスは、わずかに越えていく。
しかも、整っていた。
破綻も、逸脱もない。
だが確かに、正規の理論値を外れていた。
「普通じゃ、ないな」
カスパルは淡々とつぶやく。
一部の者しか知り得ない、裏の応用ーー神経系への直接干渉。
筋反応、動作の操作、さらには対象の動きの強制的な阻害まで可能にする。
完全に制御できれば、戦場で個人が小隊の役割を担えるほどだ。
ーーだが、それを見せれば……ルクスは、きっと〈武器〉として分類される。
「……自分でも、それがわかってる顔だ」
画面の中のルクスは、普段見せることのない、静かな表情をしていた。
恐れと決意、その両方を抱えた者の目。
「飲み込まれすぎない」
カスパルは低くつぶやく。
彼自身がときおり忘れそうになる〈境界〉を、ルクスが持っていることへの淡い敬意が、そこにはあった。
訓練を終えたルクスは、規定通り機材を外し、深く息をついた。
「……やりすぎない。今日はここまで」
誰にも聞かれない声で、自分自身にそう言い聞かせる。
バレるわけにはいかない。
でも、見えなければならない。
この矛盾した立場の中で、ルクスは今日もまた、正解の分からない選択を繰り返していた。
ドアを開けて外に出た先に、予想外の顔があった。
カスパルが、壁にもたれて立っていた。
「……いたんだ?」
「たまたま。タイミングが重なっただけ」
「ふうん」
ルクスは笑ったが、その目は少しだけ問いかけていた。
カスパルはそれには答えず、代わりに言った。
「君のやり方、無理がない。けど、無傷でもないね」
「……どのあたりが?」
「呼吸が浅い。終盤、微細運動の精度が落ちた。負荷を内側に吸収してる」
その分析に、ルクスは驚かなかった。
ただ、少しだけ瞼を伏せて、言った。
「そういうの、見てるんだね」
「見ないと選べないから」
「選ぶ?」
「距離、だよ。どこまで関わるか、関わらないか」
ルクスはふと気になり、尋ねた。
「……じゃあ、今は?」
「今は、話しかけるだけにしておく」
「そう」
少しほっとした様子をみせたルクスに、カスパルは何か言いかけて……何も言わず、ただ、黙って見つめていた。
遮音と制御の施されたその空間は、外から見ればただの閉じられた部屋にすぎない。
けれど内部には、高密度の集中と、緊張が、確かに存在していた。
「ーー開始まで、三秒。……二、一」
パネルが点滅し、機械音声が静かに訓練開始を告げる。
そこに立つのは、ルクス。
まだ入学して一年目、けれどすでに数人の教官の目に留まり始めていた。
「ーーモーションユニット、起動。感応リンク、第一段階。……同期率、安定」
ルクスは、ゆっくりと、呼吸を整える。
瞬間、視界が、微かにゆがんだ。
外界のノイズが一瞬遠のき、代わりに、身体に張り巡らされた回路が音もなく開かれていく感覚。
関節の動き、筋繊維の収縮、神経の連携。
通常は無意識下で行われる動作が、まるで設計図のように目の前に現れる。
「ーー開始」
ルクスは一歩、前に出た。
同時に、試験用の演算兵が起動する。無人の訓練機体が、その場に出現するように立ち上がった。
ルクスは走った。
身体の速度が、突如として跳ね上がる。
感覚がさらに研ぎ澄まされていく。
「ーー反応時間、0.3秒短縮。筋反射、200%向上」
通常の人間では捉えられない速度域での一撃が、演算兵のセンサー部を正確に打ち抜く。
静寂が戻る。
けれどルクスはすぐに動きを止めなかった。
「ーー第二段階、継続」
静かに、でも確かに、自らの能力をもう一段、深い層へとつないでいく。
わずかに、指先が震える。
目の奥が、うずく。
ーーここから先が、裏側だ。
同じ時間、訓練観測室。
カスパルは、壁面のディスプレイ越しにその様子を見ていた。
理由は簡単だった。
偶然、配置のタイミングが重なっただけ。
本来なら関与しない訓練。
しかし、カスパルの能力〈演算〉は、ルクスの動きに、ただの強化ではない何かを感じ取っていた。
「……また、動きが変わる」
カスパルの脳内で、予測演算のグラフが、一瞬、乱れる。
通常の強化系なら、限界負荷の一歩手前で抑えるはずの波形を、ルクスは、わずかに越えていく。
しかも、整っていた。
破綻も、逸脱もない。
だが確かに、正規の理論値を外れていた。
「普通じゃ、ないな」
カスパルは淡々とつぶやく。
一部の者しか知り得ない、裏の応用ーー神経系への直接干渉。
筋反応、動作の操作、さらには対象の動きの強制的な阻害まで可能にする。
完全に制御できれば、戦場で個人が小隊の役割を担えるほどだ。
ーーだが、それを見せれば……ルクスは、きっと〈武器〉として分類される。
「……自分でも、それがわかってる顔だ」
画面の中のルクスは、普段見せることのない、静かな表情をしていた。
恐れと決意、その両方を抱えた者の目。
「飲み込まれすぎない」
カスパルは低くつぶやく。
彼自身がときおり忘れそうになる〈境界〉を、ルクスが持っていることへの淡い敬意が、そこにはあった。
訓練を終えたルクスは、規定通り機材を外し、深く息をついた。
「……やりすぎない。今日はここまで」
誰にも聞かれない声で、自分自身にそう言い聞かせる。
バレるわけにはいかない。
でも、見えなければならない。
この矛盾した立場の中で、ルクスは今日もまた、正解の分からない選択を繰り返していた。
ドアを開けて外に出た先に、予想外の顔があった。
カスパルが、壁にもたれて立っていた。
「……いたんだ?」
「たまたま。タイミングが重なっただけ」
「ふうん」
ルクスは笑ったが、その目は少しだけ問いかけていた。
カスパルはそれには答えず、代わりに言った。
「君のやり方、無理がない。けど、無傷でもないね」
「……どのあたりが?」
「呼吸が浅い。終盤、微細運動の精度が落ちた。負荷を内側に吸収してる」
その分析に、ルクスは驚かなかった。
ただ、少しだけ瞼を伏せて、言った。
「そういうの、見てるんだね」
「見ないと選べないから」
「選ぶ?」
「距離、だよ。どこまで関わるか、関わらないか」
ルクスはふと気になり、尋ねた。
「……じゃあ、今は?」
「今は、話しかけるだけにしておく」
「そう」
少しほっとした様子をみせたルクスに、カスパルは何か言いかけて……何も言わず、ただ、黙って見つめていた。
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