影の織り手たち

あおごろも

文字の大きさ
3 / 33
【第一章】影の交差

2 : 表と裏

しおりを挟む
 訓練棟の一角、個別ブース。
 遮音と制御の施されたその空間は、外から見ればただの閉じられた部屋にすぎない。

 けれど内部には、高密度の集中と、緊張が、確かに存在していた。

「ーー開始まで、三秒。……二、一」

 パネルが点滅し、機械音声が静かに訓練開始を告げる。

 そこに立つのは、ルクス。
 まだ入学して一年目、けれどすでに数人の教官の目に留まり始めていた。

「ーーモーションユニット、起動。感応リンク、第一段階。……同期率、安定」

 ルクスは、ゆっくりと、呼吸を整える。

 瞬間、視界が、微かにゆがんだ。
 外界のノイズが一瞬遠のき、代わりに、身体に張り巡らされた回路が音もなく開かれていく感覚。

 関節の動き、筋繊維の収縮、神経の連携。

 通常は無意識下で行われる動作が、まるで設計図のように目の前に現れる。

「ーー開始」

 ルクスは一歩、前に出た。

 同時に、試験用の演算兵が起動する。無人の訓練機体が、その場に出現するように立ち上がった。

 ルクスは走った。
 身体の速度が、突如として跳ね上がる。
 感覚がさらに研ぎ澄まされていく。

「ーー反応時間、0.3秒短縮。筋反射、200%向上」

 通常の人間では捉えられない速度域での一撃が、演算兵のセンサー部を正確に打ち抜く。

 静寂が戻る。
 けれどルクスはすぐに動きを止めなかった。

「ーー第二段階、継続」

 静かに、でも確かに、自らの能力をもう一段、深い層へとつないでいく。

 わずかに、指先が震える。
 目の奥が、うずく。

ーーここから先が、裏側だ。



 同じ時間、訓練観測室。

 カスパルは、壁面のディスプレイ越しにその様子を見ていた。

 理由は簡単だった。
 偶然、配置のタイミングが重なっただけ。
 本来なら関与しない訓練。
 しかし、カスパルの能力〈演算〉は、ルクスの動きに、ただの強化ではない何かを感じ取っていた。

「……また、動きが変わる」

 カスパルの脳内で、予測演算のグラフが、一瞬、乱れる。
 通常の強化系なら、限界負荷の一歩手前で抑えるはずの波形を、ルクスは、わずかに越えていく。

 しかも、整っていた。
 破綻も、逸脱もない。
 だが確かに、正規の理論値を外れていた。

「普通じゃ、ないな」

 カスパルは淡々とつぶやく。

 一部の者しか知り得ない、裏の応用ーー神経系への直接干渉。
 筋反応、動作の操作、さらには対象の動きの強制的な阻害まで可能にする。

 完全に制御できれば、戦場で個人が小隊の役割を担えるほどだ。

ーーだが、それを見せれば……ルクスは、きっと〈武器〉として分類される。

「……自分でも、それがわかってる顔だ」

 画面の中のルクスは、普段見せることのない、静かな表情をしていた。
 恐れと決意、その両方を抱えた者の目。

「飲み込まれすぎない」

 カスパルは低くつぶやく。
 彼自身がときおり忘れそうになる〈境界〉を、ルクスが持っていることへの淡い敬意が、そこにはあった。



 訓練を終えたルクスは、規定通り機材を外し、深く息をついた。

「……やりすぎない。今日はここまで」

 誰にも聞かれない声で、自分自身にそう言い聞かせる。

 バレるわけにはいかない。
 でも、見えなければならない。
 この矛盾した立場の中で、ルクスは今日もまた、正解の分からない選択を繰り返していた。

 ドアを開けて外に出た先に、予想外の顔があった。

 カスパルが、壁にもたれて立っていた。

「……いたんだ?」
「たまたま。タイミングが重なっただけ」
「ふうん」

 ルクスは笑ったが、その目は少しだけ問いかけていた。
 カスパルはそれには答えず、代わりに言った。

「君のやり方、無理がない。けど、無傷でもないね」
「……どのあたりが?」
「呼吸が浅い。終盤、微細運動の精度が落ちた。負荷を内側に吸収してる」

 その分析に、ルクスは驚かなかった。
 ただ、少しだけ瞼を伏せて、言った。

「そういうの、見てるんだね」
「見ないと選べないから」
「選ぶ?」
「距離、だよ。どこまで関わるか、関わらないか」

 ルクスはふと気になり、尋ねた。

「……じゃあ、今は?」
「今は、話しかけるだけにしておく」
「そう」

 少しほっとした様子をみせたルクスに、カスパルは何か言いかけて……何も言わず、ただ、黙って見つめていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

後宮に咲く美しき寵后

不来方しい
BL
フィリの故郷であるルロ国では、真っ白な肌に金色の髪を持つ人間は魔女の生まれ変わりだと伝えられていた。生まれた者は民衆の前で焚刑に処し、こうして人々の安心を得る一方、犠牲を当たり前のように受け入れている国だった。 フィリもまた雪のような肌と金髪を持って生まれ、来るべきときに備え、地下の部屋で閉じ込められて生活をしていた。第四王子として生まれても、処刑への道は免れられなかった。 そんなフィリの元に、縁談の話が舞い込んでくる。 縁談の相手はファルーハ王国の第三王子であるヴァシリス。顔も名前も知らない王子との結婚の話は、同性婚に偏見があるルロ国にとって、フィリはさらに肩身の狭い思いをする。 ファルーハ王国は砂漠地帯にある王国であり、雪国であるルロ国とは真逆だ。縁談などフィリ信じず、ついにそのときが来たと諦めの境地に至った。 情報がほとんどないファルーハ王国へ向かうと、国を上げて祝福する民衆に触れ、処刑場へ向かうものだとばかり思っていたフィリは困惑する。 狼狽するフィリの元へ現れたのは、浅黒い肌と黒髪、サファイア色の瞳を持つヴァシリスだった。彼はまだ成人にはあと二年早い子供であり、未成年と婚姻の儀を行うのかと不意を突かれた。 縁談の持ち込みから婚儀までが早く、しかも相手は未成年。そこには第二王子であるジャミルの思惑が隠されていて──。

僕の、しあわせ辺境暮らし

  *  ゆるゆ
BL
雪のなか3歳の僕を、ひろってくれたのは、やさしい16歳の男の子でした。 ふたりの、しあわせな辺境暮らし、はじまります! ぽて と むーちゃんの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

狼の護衛騎士は、今日も心配が尽きない

結衣可
BL
戦の傷跡が癒えた共生都市ルーヴェン。 人族と獣人族が共に暮らすその街で、文官ユリス・アルヴィンは、穏やかな日々の中に、いつも自分を見守る“優しい視線”の存在を感じていた。 その正体は、狼族の戦士長出身の護衛騎士、ガルド・ルヴァーン。 無口で不器用だが、誠実で優しい彼は、いつしかユリスを守ることが日課になっていた。 モフモフ好きなユリスと、心配性すぎるガルド。 灰銀の狼と金灰の文官―― 異種族の二人の関係がルーヴェンの風のようにやさしく、日々の中で少しずつ変わっていく。

処理中です...