悪役令嬢グラッセは婚約破棄を「請求」する!

恋の箱庭

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「……暴落したわね」

早朝のラズベリー公爵邸。

私は優雅に焼きたてのスコーンを食べながら、新聞の経済面を開いていた。

見出しには、衝撃的な文字が踊っている。

『王国通貨(ガバス)、大暴落! 国債の格付けは「ジャンク級」へ転落!』

グラフは見事な右肩下がりを描き、紙面の端を突き抜けて床に落ちそうなくらいだ。

「予測通りですわ。アラン王子が『支持率回復のために税金を免除する』なんてポピュリズム全開の政策を打ち出した時点で、こうなることは見えていました」

私はコーヒーを飲み干し、目の前に座るシリルに言った。

「シリル閣下。帝国の通貨と我が国の通貨の為替レートは?」

「今朝の時点で、1帝国ドル=100王国ガバスだ。先週の倍だな」

シリルは涼しい顔で答える。

「つまり、私の持っている帝国資産の価値が、この国では倍になったということです。……笑いが止まりませんね」

「君の国が沈みかけているのに、嬉しそうだな」

「沈む船からは鼠が逃げると言いますが、私は違います。沈む船を『スクラップ価格』で買い叩くのが商売人です」

その時。

バァン!!

執務室の扉が勢いよく開かれた。

飛び込んできたのは、ピンク色の髪を振り乱したミナ――コードネーム『ピンク・スパイダー』だ。

「大変よ、ボス(グラッセ)! 城がパニックになってるわ!」

ミナは息を切らして報告する。

「国王陛下が倒れたの! 国庫が空っぽなのがバレて、近衛兵への給料も払えなくなって……とうとう城内で暴動が起きかけてる!」

「あら、お父様(国王)が? ストレス性の胃潰瘍かしら。治療費もなさそうね」

「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないわよ! アラン王子なんて、『僕のお小遣いがない!』って泣き叫んで、玉座の間の床を転げ回ってるわ!」

「……相変わらずね」

私は立ち上がり、窓の外を見た。

王都の街並みからは、そこかしこから煙が上がり、怒号が聞こえてくる。

民衆の不安が爆発し、取り付け騒ぎが起きているのだろう。

「このままじゃ国が崩壊するわ。……ねえ、どうするの? あんたの商売だって、国がなくなったらおしまいでしょう?」

ミナが不安そうに私を見る。

確かに、市場(マーケット)そのものが消滅しては元も子もない。

私はニヤリと口角を上げた。

「そうね。だからこそ……『買い時』なのよ」

「は?」

「シリル閣下。準備はいい?」

振り返ると、シリルは既に小切手帳と万年筆を手にしていた。

「いつでもいける。私の個人資産を投入すれば、この国の借金を肩代わりするくらい造作もない」

「素晴らしいスポンサーですこと。でも、タダで助けるわけにはいきません」

私はコートを羽織り、カツカツとヒールを鳴らして歩き出した。

「行きましょう。王城へ。……国一つ丸ごと、お買い上げ(バイアウト)しに!」

***

王城は地獄絵図だった。

衛兵たちは職務放棄して逃げ出し、メイドたちは家財道具を持ち逃げしようとしている。

「どけ! この銀食器は私の給料代わりよ!」

「俺だって三ヶ月タダ働きなんだ!」

略奪が横行する廊下を、私とシリル、そしてミナの三人は堂々と歩いていく。

「……世紀末だな」

シリルが呟く。

「民度の低下は経済の低下に比例します。これもアラン王子の『教育』の成果ですね」

私たちは玉座の間へと辿り着いた。

重厚な扉を開けると、そこには――。

「ううっ……父上、死なないでくれぇ!」

玉座の階段で、アラン王子が倒れた国王に縋り付いて泣いていた。

国王は顔面蒼白で、ピクリとも動かない。

周囲には大臣たちもいない。皆、保身のために逃げ出したのだろう。

「アラン殿下」

私が声をかけると、王子はビクッとして振り返った。

「グ、グラッセ……!?」

王子は私の姿を見ると、希望の光を見出したように這いずり寄ってきた。

「助けてくれ! 父上が……父上が息をしていないんだ! 医者を呼ぼうにも、誰も来てくれなくて……!」

「当然です。診察料が払えない患者を診る医者はいません」

私は冷たく言い放ち、倒れた国王に近づいた。

脈を見る。

「……気絶しているだけですね。過度の心労によるショック状態です」

「よ、よかった……」

「ですが、国の状態は『心肺停止』寸前ですよ?」

私は王子を見下ろした。

「国庫は空。借金は天文学的数字。通貨は紙切れ同然。……殿下、この責任をどう取られるおつもりで?」

「わ、わからない……! 僕にはどうすればいいのか……」

王子は頭を抱えた。

「もうダメだ……。この国は終わりだ……」

「終わらせませんよ。――私がいる限り」

「え?」

私は懐から、一枚の分厚い契約書を取り出した。

『国家再建に関する包括的業務提携契約書』。

「殿下。この国を私に売ってください」

「う、売る……!?」

「正確には、国の『経営権』を私に譲渡していただきます。その代わり、私がラズベリー家の総資産と、シリル公爵の出資によって、国の借金を全額肩代わりします」

「そ、そんなことができるのか!?」

「できます。ただし条件として、今後、王家の人間は政治・経済に一切口出ししないこと。そして……」

私はニッコリと微笑んだ。

「王族の皆様には、私の『従業員』として働いていただきます。借金を返済し終えるまで、労働で償っていただきましょう」

「ろ、労働……!? 僕がか!?」

「嫌なら、このまま暴徒化した国民に吊るされますか? 外ではギロチンの準備が始まっているようですが」

窓の外から「王族を殺せー!」というシュプレヒコールが聞こえてくる。

アラン王子は震え上がり、涙目で頷いた。

「わ、わかった! 売る! 国でも何でも好きにしてくれ! だから僕を助けてくれぇ!」

「商談成立です」

私はペンを渡した。

王子は震える手で、契約書にサインをした。

その瞬間。

この国は実質、私の『私有地』となった。

「シリル閣下、資金の注入をお願いします。まずは近衛兵の未払い給与を即時決済して、治安を回復させましょう」

「承知した。……君の買い物リストに『国家』が加わるとはな」

シリルが苦笑しながら、魔道具を使って部下に送金を指示する。

「ミナ! 情報網を使って『グラッセ様が国を救った!』と宣伝しなさい! 通貨の信用を回復させるのよ!」

「りょ、了解! ボス、かっこよすぎ!」

ミナが駆け出していく。

私は玉座の前に立ち、倒れている国王(気絶中)と、へたり込む王子を見下ろした。

「さあ、忙しくなりますよ。まずは……この無駄に広い城を改装して、テーマパークにでもしましょうか」

「て、テーマパーク……?」

王子が呆然と呟く。

「ええ。入場料を取って観光客を呼ぶのです。アラン殿下、あなたにはマスコットキャラクターの着ぐるみを着ていただきます」

「そ、そんなぁ……!」

「『パンダ』ならぬ『ダメ王子』として人気が出るかもしれませんよ? 客寄せパンダとして、しっかり稼いでくださいね」

私は高らかに笑った。

崩壊寸前の王国。

しかし、私の目には、それが巨大なビジネスチャンスの山にしか見えていなかった。

「さて、国に名前をつけ直さないと。『ラズベリー・ランド』でいいかしら?」

私の野望は、もはや留まるところを知らなかった。
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